日本人がスタバにハマりつづける根本理由
プレジデントオンライン / 2019年6月26日 9時15分
■今年に入り打ち出した2つの新プロジェクト
あの「スターバックス」が、新たな“プロジェクト”で攻めている。いずれも好調だ。
例えば、2月28日に東京・中目黒にオープンした「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」(以下「ロースタリー」)は都内の新観光名所となった。桜の名所である目黒川のほとりという立地もあり、満開の季節には入店するまで「6時間以上待ち」だった。
また、5月15日から期間限定で「スタアバックス珈琲」も訴求。こちらは新店舗ではなく、既存店に簡単な看板を掲げ、「プリン アラモード フラペチーノ」などのメニューを取り入れた。レトロな喫茶店の人気メニューであるプリンアラモードに、同社独自のフラペチーノをアレンジしたものだ。これ以外に「ウィンナー珈琲」なども販売した。
「『スタアバックス珈琲』は、平成から令和に元号が変わる時に、長く愛された良いものを振り返りたい。日本の若者にレトロを楽しむブームが来ているのもあり『Brand New Retro』というテーマを掲げました。古くからの文化に敬意を払いながら、新たなものに生まれ変わらせ、未来に伝えたい思いも込めたのです。SNSなどネットでの反応も良く、売れ行きも好調でした」(スターバックス コーヒー ジャパン・広報担当)
なぜ日本人は、ここまでスタバが好きなのか? 取材結果も踏まえて分析してみたい。
■中目黒の新店はまるでテーマパーク
筆者は、著書『日本カフェ興亡記』(2009年、日本経済新聞出版社刊)の取材開始時から、スターバックスを見てきた。同書で紹介した当時の店舗数は841店(2009年2月末時点)で、首位の「ドトールコーヒーショップ」の1138店(2008年8月末時点)に次ぐ2位だったが、店舗数は約300店、ドトールより少なかった。
それが現在「スタバ」の国内店舗数は1434店(2019年3月末現在)もあり、2位の「ドトール」(1111店。2019年4月末現在)を、逆に300店以上も引き離す。船でいえば巨大艦隊だが、悠然と進むのではなく、さまざまなチャレンジをするのが興味深い。
長年見てきて感じるのは、「上から目線」と「横から目線」の使い分けだ。
例えば「ロースタリー」は存在感を含めて「上から目線」だ。2014年、米国・シアトルに同業態1号店がオープン。その後、中国・上海、イタリア・ミラノ、米国・ニューヨークに次ぐ5号店として東京に開業した。道路の一角に突き出るようにそびえる建物も壮観で、上空から見ると豪華客船のようだ。
メニューの内容もユニーク。例えば同店にしかない「ゴールデン スカイ ブラックティーラテ」(950円+税。ブラックティーにターメリックやカルダモンでスパイシーな風味をつけたティーラテ)には“黄金のわたあめ”(ターメリックシュガー製)が乗っている。
建物の中には焙煎工場も併設され、複数の焙煎機が設置。張り巡らされたパイプからは焙煎された豆が流れてくる。各階にテーマを掲げ、さまざまな訴求がされている。
メニューは1000円前後が中心なので、ドリンクとフードとスイーツを頼むと3000円ぐらいかかる。「カフェの食事」としては高いが、「テーマパークでの食事」と思えば、納得価格に思えてしまう。好き嫌いはあるだろうが、こうした訴求は競合を圧倒する。
■独特のサイズ名がもたらすミステリアス性
ここでいう「上から目線」はネガティブな表現ではなく、消費者が憧れ、少し見上げるという意味で使った。スタバが新たな提案をする時、多くは上から目線なのだ。
例えばドリンクのサイズ名がそうだ。「ショート」(容量は約240ミリリットル)→「トール」(同約350ミリリットル)→「グランデ」(同約470ミリリットル)→「ベンティ」(同約590ミリリットル)」という呼び方は、日本上陸後23年たっても、戸惑う消費者が多い。それでも決して「S・M・L(サイズ)」には変えない。
これを各店のパートナー(同社は全従業員をこう呼ぶ)が臨機応変に行い、横から目線で説明する。例えば容器を並べて「これがショートで、この大きさがトールです」と話す時もあれば、地方の店では「大・中・小です」と、戸惑うお客にも分かりやすく伝える。
「ロースタリー」のようななじみのない業態は、さらに伝える工夫が必要だ。会社として開業までのパートナー教育も行うが、アルバイトでも個々のスタッフの当事者意識は高い。
カタカナ用語を駆使して、少しミステリアス性を持たせる。そうした「ブランドとしての一線」を守る一方で、通訳者(店舗パートナー)が「気どっている感」をなじませるのだ。
スターバック社内では「コーヒービジネスではなくピープルビジネス」という言葉が浸透している。ここでいう「ピープル」にはいろんな意味があり、人材力もあるだろう。
■地域の景観に寄り添う「横から目線」の戦略
一方、「スタアバックス珈琲」の訴求は、日本文化を尊重する「横から目線」だ。
6月上旬、九州出張時に足を伸ばし、「福岡大濠公園店」(福岡県福岡市)で「プリンアラモード フラペチーノ」を試食。たまたま隣り合わせた女性2人組に聞いてみた。
「スタバが人気の秘密ですか? SNS映えするからじゃないですか。よく来ますけど、最近ハマっているのは(ここにはない)タピオカミルクティーですけどね」(大学2年生)
1999年生まれのこの女性は、スターバックス日本進出後に生まれた世代。現在、若い女性に圧倒的な人気のタピオカミルクティー店を好みつつ、スタバも利用するのが現代的な消費者像に思えた。
日本文化の尊重への代表的事例は、「リージョナル ランドマークストア」と呼ぶ、地域の景観に合った店だろう。
別の機会に詳述したいが、同業態1号店の「鎌倉御成町店」(2005年開業。神奈川県鎌倉市)を皮切りに、「富山環水公園店」(同2008年。富山県富山市)など各地に広がる。このシリーズではないが、大濠公園の店も周辺の景観にマッチした外観だ。
■アメリカ本社に「フードは改善の余地がある」
そんなスタバにも課題がある。例えば「フードメニュー」の改善だ。飲食の好みは人それぞれだが、取材すると「スタバのフードはおいしくない」という声も耳にする。店内調理ではなく、仕入れ品という側面もあるだろう。ただし「ロースタリー」のパンメニューは店内調理で、試食するとレベルが高かった。
日本法人の初代CEO・角田雄二(つのだ・ゆうじ)氏が、スターバックスを今日の存在にしたハワード・シュルツ氏(米国本社の名誉会長)に送った、有名な手紙の一節がある。
「あなたの店のコーヒーとスタッフの笑顔は素晴らしい。でもフードは改善の余地がある」
この手紙がきっかけとなり、シュルツ氏と角田氏は面会。スターバックスが提携相手として選んだのは、米国でも飲食店を経営した経験を持つ角田雄二氏と、実弟の鈴木陸三氏が経営する「サザビー(現サザビーリーグ)」だったのだ。
角田氏の指摘から四半世紀がたち、それなりにフードの改善もしてきたスタバだが、ようやく本腰を入れて取り組んだのが「ロースタリー」ではないか、と筆者は感じた。
■“留学生”スタバは国内人気を保てるか
かつて、ドトール創業者・鳥羽博道氏(現名誉会長)の取材時に、「欧米企業が日本で成功する秘訣に『本国のやり方を押しつけず、文化や風土を意識して変える』があるのでは」と、投げかけたことがある。質問に対する鳥羽氏の回答はこうだった。
「それはその通り。それに加えてもう1つ条件があります。外食産業の場合は特にそうで、『誰とパートナーを組むか』です。例えばマクドナルドは、日本では藤田田(でん)さん(故人、日本マクドナルド創業者)と組み、ケンタッキーフライドチキンは、日本法人の設立メンバーだった大河原毅さんに経営を委ねました。だからこそ成功を収めたのです」(鳥羽氏)
角田氏やサザビーとのパートナーシップが、ある段階までのスタバ成長の原動力となった。日本の事情が分からない留学生のようなスタバが選ぶ“家庭教師”は、上陸当初は提携先だった。しかし、事情が分かった現在、日本法人のパートナーたちは教師から“クラスメート”に変わったのだ。
「学生時代にアルバイトをしたスタバは、今でも大好きな店」という声を、企業の広報担当者やPR担当者(いずれも20代女性)から、別々の機会に聞いた。こうした卒業生も、スタバのよきサポーターなのだろう。
だが安心はできない。消費者の好みはどんどん変化し、昨日の人気は、明日の人気を保証しないからだ。“親日家の米国人”は、今後も日本国内で人気を保てるのか?
その答えが、紹介したような事例だ。業績が好調なうちに「新たな提案」を続ける一方、「不満の声」に耳を傾け改善する。こうした成果に「スタバ好き」の将来がかかっていると思う。
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経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト 高井 尚之)
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