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五輪便乗の殺人ウイルス輸入は許されるか

プレジデントオンライン / 2019年6月24日 15時15分

エボラ出血熱など最も危険度が高い感染症の病原体を扱える「バイオセーフティーレベル(BSL)4」に対応した実験施設のある国立感染症研究所村山庁舎=2014年11月17日、東京都武蔵村山市(写真=時事通信フォト)

■この夏の輸入には十分な配慮がない

厚生労働省と国立感染症研究所(感染研)は5月30日、エボラ出血熱などの5種類の生きた病原体ウイルスを輸入することを公表した。いずれのウイルスも致死率が高く、日本の感染症法で危険な1類感染症に指定されている。こんなウイルスを生のまま輸入するのは初めてだ。輸入はこの夏に行われる予定だが、テロ対策上から輸入の日時や経路は明らかにされていない。

断っておくが、致死率の高いエボラ出血熱の対策として生のエボラウイルスを使うことには賛成だ。生きたウイルスがあれば、その人が感染しているか否かについてより正確で早い検査ができるし、治療薬やワクチンの研究開発にも役立つからである。

しかし、この夏の輸入は拙速だ。「東京五輪対策」といえば、何でもOKなのだろうか。エボラウイルスに感染すると、最大で90%の人が命を落とす。極めて致死率の高い感染症である。そんなウイルスを輸入するというのだから、対応は慎重でなくてはならない。

■もっと早く輸入に踏み切るべきだった

確かに東京五輪で日本を訪れる外国人は増え、それに比例して危険な感染症の侵入もあり得る。エボラ出血熱の病原体のようなキラーウイルスが入ってこないとは言い切れない。

厚労省は「だから対策が急がれる」と強調するのだが、ここで五輪を持ち出すほど、病原体を扱う施設の周辺住民に誤解され、反発を買う。すでに住民の反発を煽るようなテレビ番組も流れている。

沙鴎一歩は、もっと早い時点で輸入に踏み切るべきだったと思う。厚労省のこれまでの対応が鈍かったのである。

■5種類のウイルスは冷凍保存されて持ち込まれる

輸入の対象となる5種類の病原体は、エボラウイルスの他、ラッサ熱、クリミア・コンゴ熱、マールブルク病、南米出血熱の各ウイルスだ。すべて冷凍して持ち込まれ、そのまま冷凍保存される。

これまで感染確認は、コンピューター上で人工的に合成したウイルスの遺伝子の一部を使って検査していたが、それだと確定しにくい面があり、最後は患者の血液を米国などの研究機関に送って検査して確定診断を行ってきた。自国で確定診断ができないと、時間がかかるだけでなく、日本の国際的な立場も弱くなる。

患者が治療で回復したときも、その患者に他人にうつす危険性が残っているかどうかの検査も、生きたウイルスを患者の血液に入れて反応を調べることができれば、正確にしかも速やかに判断ができる。

厚労省としてはどうしても生のウイルスが必要なのだ。

■イギリスはロンドンのど真ん中に「BSL4施設」がある

5種類の病原体を保存して扱う施設が、東京都武蔵村山市にある感染研の村山庁舎の「BSL4施設」だ。BSL4施設とは、国際基準のバイオセーフティー・レベルの4段階中、最も危険度が高い病原体(日本の感染症法上の1類感染症にほぼ相当)を安全に取り扱える施設を指す。物理的に封じ込めができる施設の機能から「P4施設」とも呼ぶ。

BSL4施設は、内部の気圧を低く保って病原体が外部に漏れない構造で、ウイルスなどの病原体はグローブボックス(密閉箱)に特殊な穴から手を入れて扱う。テロ対策として室内などはカメラで常時監視されている。

欧米など20カ国以上に60カ所ほどある。たとえばイギリスはロンドンのど真ん中にあり、政府がいかに市民の理解を得ているかがよく分かる。

■施設があるのに稼働できない状態が続いたワケ

感染研村山庁舎の施設は、1981年に完成してコレラなど1~3段階までの低レベルの病原体の研究を行っていたが、危険度が「4」という最高レベルの病原体は、40年近くにわたって扱うことができなかった。施設に扱える機能があるのに最高レベルの病原体が扱えないというおかしな状態が続いた。

原因のひとつは周辺住民の反対だ。そうした事態を招いたのは、安全性に対する厚労省の説明不足だろう。

4年前の2015年8月に初めてBSL4施設としての指定を受け、五輪を来年に控えた今年5月になってようやく、周辺住民を説得してエボラウイルスなどの輸入ができるようになった。切羽詰まっての対応だった。

この夏、感染研村山庁舎は国内初のBSL4施設として動き出すが、先進7カ国(G7)中、稼働したBSL4施設がないのは日本だけだった。

果たして厚労省は周辺住民の理解を得るために、どのような努力をしてきたのか。

■エボラは致死率9割なのに治療薬とワクチンがない

かつて西アフリカ(リベリア、ギニア、シエラレオネなど)では、2013年暮れからエボラ出血熱がはやり出し、翌2014年の1年間で感染者は1万5000人を超え、うち死者は5000人以上にも達した。WHO(世界保健機関)も緊急事態を宣言した。最大規模のアウトブレイク(流行)だった。

昨年8月には同じアフリカのコンゴ共和国で感染者や患者が多数出ている。感染被害は隣国のウガンダ共和国にまで及び、感染の拡大にWHOが警戒している。

エボラウイルスは患者の血液や体液、嘔吐物に直接触れることで感染する。患者との濃厚接触がない限り、感染はしない。

感染後3日~10日で発病し、高熱を出して目や鼻、腸など全身から出血し、多くの患者が命を落とす。有効性と安全性が確認された治療薬やワクチンはなく、対症療法しかない。

■西アフリカと事情が違う日本で流行するリスクはゼロ

西アフリカでアウトブレイクしたとき、日本国内でも感染が疑われる患者が数人出て厚労省が検査に乗り出した。西アフリカからの帰国者で急な発熱症状などがあったが、結局、感染者はいなかった。

厚労省はこれを捉えて、「日本でもエボラ感染の危険性がある」と訴え、感染研の村山庁舎をBSL4施設として稼働するよう周辺住民に主張した。だが、日本で西アフリカのようなアウトブレイクが起こる可能性はゼロである。

西アフリカでの感染拡大には、大きく3つの理由がある。

①西アフリカの国々は内戦の影響で医療体制など国の基盤ができていない。
②公衆衛生の障害となる風習や迷信がある。
③人口の過密地域で起きた。

日本とは全く事情が違うのである。たとえ日本でエボラ感染者が出たとしても、エボラウイルスの特性を考えれば、封じ込めは十分に可能だ。

エボラウイルスはインフルエンザウイルスのように空気感染することはない。患者が発熱して下痢や嘔吐の症状が出るようになって初めてその便や吐瀉物が感染源となる。発熱した患者をきちんと隔離し、適切な治療を施すことによって感染の拡大は抑えられる。西アフリカでは実際にこのやり方でかなりの効果を上げた。まして日本は高度な医療設備・技術が整っている。むやみにエボラの侵入に怯える必要はないのである。

■本格運用OKから病原体輸入まで4年も経過

産経新聞はBSL4施設が本格稼働することになった時点で、こんな社説(主張、2015年8月11日付)をまとめている。

「感染症研究施設 高い信頼得て運用拡大を」と見出しを付けて主張している。

「病原体について詳しく調べ、患者の治療に役立てられる。日本の感染症対策にとって大きな前進である」
「当面は病原体の検査が中心だが、治療薬やワクチンの研究開発など次の段階につなげるためにも、透明性を高めることで信頼性を増していきたい」

エボラウイルスなどの輸入が今年8月というから、BSL4施設レベルの危険な病原体の取り扱いがOKになってからまる4年も経過しているのだ。いかに厚労省の動きが遅かったかが、分かるだろう。産経社説はこうも指摘する。

「感染症対策上の国際的責任も果たせるようになる意義は大きい」

厚労省の本音はここにある。日本は国際社会から非難されたくないのである。最後に産経社説は訴える。

「航空機などによって感染症は地球規模で広がる。新型肺炎のSARS(サーズ)や中東呼吸器症候群のMERS(マーズ)も出現している。国際社会ではバイオテロの危険性も指摘されている」
「脅威に立ち向かうためにも安全に病原体を研究できるBSL4施設を適正に運用していきたい」

運用が適正であれば、施設周辺の住民も納得するだろう。感染症研究施設が私たち国民の命と健康を守るためのものだからである。

■なぜ読売以外は社説で取り上げないのか

沙鴎一歩の知る限り、最近、BSL4施設をストレートに社説として取り上げたのは読売新聞だけである。各社の社説が同じテーマをこぞって取り上げることで、さまざまな角度から論議が巻き起こる。それは社会を変える原動力になり得る。社説が少ないのは、非常に残念である。

2019年6月11日付の読売社説は「病原体の輸入 厳重管理で感染症対策に生かせ」との見出しを掲げる。読売社説はこう書き出す。

「危険な感染症が国内で発生した場合に備えて、対策を講じておくことが大切である」

これは問題ない。問題はこの後である。

■これでは五輪にかこつける厚労省と同じ

「外国人観光客の増加などで、新たな感染症が国内に侵入するリスクが高まっている。来年夏には東京五輪・パラリンピックが開かれる。感染症対策の強化は、喫緊の課題と言えよう」

これでは五輪にかこつける厚労省と同じだ。保守という読売のスタンス上、こう書かねばならなかったのかもしれないが、読者としては体制への批判もほしい。

読売社説は後半でこうも指摘する。

「施設は住宅密集地にあり、不安を覚える住民も少なくない。施設自体は1981年に完成したが、事故を警戒する住民の反対で、危険度の極めて高い病原体は扱ってこなかった経緯がある」
「感染研は昨年冬から、施設の安全性について住民向け説明会を10回以上開き、大方の同意を得た。今後も説明を重ね、住民との信頼関係を深める必要がある」

■周辺住民に全ての問題があるというような書きぶり

「住民の反対」「説明会を10回以上」など読売社説は、施設の本格的な稼働に反対してきた住民に全ての問題があるというような書きぶりである。どうして厚労省の動きの鈍さと腰の重さを批判しないのか。社説として必要なバランス感覚を失っている。

続いて読売社説は書く。

「実際に国内で患者が発生した場合には、感染拡大を防ぐため、病院や地域の保健所、交通機関などの密接な連携がカギを握る。厚労省が中心となって、日頃から関係機関の意思疎通を図っておかなければならない」

読売社説の指摘を待つまでもなく、関係する組織や機関同士の連携は重要である。

問題は縦割りになりがちな組織(特に公的機関)を、いかに他の組織と結び付けてネットワークを作り上げてくかである。そのためにも読売社説が主張するように「日頃からの意思疎通」が欠かせない。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)

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