"参加費30万円マラソン"が大人気なワケ
プレジデントオンライン / 2019年6月26日 9時15分
■なぜ、ロンドンマラソンは東京マラソンより盛り上がるのか
ファッション、アート、ミュージックなど“世界最先端”ともいえるカルチャーを発信し続けているロンドン。フットボールなどスポーツシーンでも世界中から注目を浴びているが、毎年4月に開催されるロンドンマラソンもすごいことになっている。
今年は男子マラソン世界記録保持者であるエリウド・キプチョゲ(ケニア)が世界歴代2位のパフォーマンスとなる2時間2分37秒で走破した。レベルは世界最高峰で、毎年4万人以上のランナーが出場する。筆者は今年のロンドンマラソンを現地で取材して、その熱狂ぶりに驚かされた。
ビートルズ、ローリング・ストーンズ、クイーンらを生んだ街だけに応援もロックだった。大音量の音楽が流され、沿道とランナーの“距離感”が近い。東京マラソンの応援は礼儀正しく、日本人の美しさを思わせるものがあるが、ロンドンはフットボール文化が影響しているのかもしれない。ランナーよりもオーディエンスのほうが盛り上がっているのだ。
そういえば、イギリス国会議事堂「ビッグベン」の着ぐるみをまとったランナーがフィニッシュラインの手前で頭上が引っかかり、なかなかゴールできない映像は世界中で話題になった。東京マラソンは、「スポーツ大会にふさわしくない服装」は禁止されているが、ロンドンマラソンは比較的、自由だ。さまざまなコスチュームのランナーたちが42.195kmの道のりに挑んでいる。
■市民ランナーが履くシューズのブランドで1位だったのは
ランナーたちが着用するシューズも東京マラソンと少し異なる。トップクラスはナイキの厚底シューズが多かったのは同じだが、ゴール予想タイムが3時間台後半になるランナーたちのシューズはかなりバラエティに富んでいた。
1分間ずつ3回ほど、市民ランナーがどこのブランドのシューズを履いていたかカウントすると、多い順に、
ブルックス157人、アシックス144人、ナイキ124人、アディダス66人、ニューバランス46人、ミズノ30人、ホカオネオネ22人、オン11人、アンダーアーマー1人、プーマ1人、スケッチャーズ1人、メーカー不明(選別できず)55人、ロングブーツ1人、裸足1人
という結果だった。
日本では少数派といえるブルックスを履いているランナーが多く、日本メーカーであるアシックスの人気も高かった。
■マラソンランナーの75%は20万~30万円台の寄付をした
ロンドンマラソンは世界屈指のチャリティーイベントとしても知られている。
「チャリティーランナー」は75%以上(東京マラソンは定員の約15%)で、今年の大会で第1回大会(1981年)からのチャリティー寄付金総額が10億ポンド(約1360億円)に到達した。
チャリティーランナーとは身障者支援や自然保護などの慈善団体への寄付を約束することで、出場枠が割り当てられる仕組み。寄付の最低額は日本円で20万~30万円台で、東京マラソンの10万円より高い。
ロンドンでは女子マラソン(2時間15分25秒)の世界記録保持者であるポーラ・ラドクリフを取材する機会があり、彼女はロンドンマラソンの魅力をこう語っている。
「ロンドンマラソンは英国のアスリートにとって本当に特別な大会です。アイコン的で、大会と一緒に育った人たちもいます。寄付金も世界最大ですし、大きなパワーを作り出していると思います」
ラドクリフは第一線から退いたものの、ランニングを続けており、45歳となった現在も美しいスタイルは変わらない。
「ほとんど毎日走っていますよ。7~8歳からずっと走ってきたので、走らないと自分じゃない感じがするんです。ランニングは私の人生にとって大切なもの。悲しくても、ハッピーでも、とにかく走る。ストレスがなくなり、クリアに考えられるようになるんです。家事から離れて、自分の時間を持つことができますし、時には子供と一緒に走るんですけど、その場合は体験を共有できるのがいいですね」
二児の母であるラドクリフは1日に1時間という時間を作り、10~16kmを楽しみながら走っている。ハイドパーク、リージェンツパークなど、ロンドン市内の公園を走るのが好きだという。そして、ロンドンのランニングが変化していることも感じている。
「10年前と比べて、女性ランナーが急増しています。ロンドンでは男性とほとんど同じ数の女性が走っているんじゃないでしょうか。最近は女性の通勤ランも目立つようになりました」
■ロンドンの「マフィア」ボスにも直撃取材を敢行
ロンドンでは現地のランニング事情に詳しい人物にも接触することができた。
2012年に「トラックマフィア」というランニングクラブを立ち上げたコーリー・ワートン。通称、マルコムだ。トラックマフィアとはずいぶん物騒な名前だが、マルコムのビジュアルを見れば、納得できるかもしれない。
「『トラックマフィア』は、私が働いていたオフィスがランニング用のトラックのすぐ近くにあったことがきっかけで始めたクラブ。よその人からは、私たちがトラックに立つ姿がランナーに見えなかったようで、誰かが『マフィアみたいなのがいるぞ!』と叫んだんだ。それで、この名前になったんだよ」
■ランニングを愛するロンドンっ子の走り方の「流儀」
毎週木曜日の18時半から約2時間。彼らはマジメにトレーニングをしている。ウォームアップで2マイル(約3.2km)走り、ドリル(予備練習)を25~30分ほどこなし、それからインターバルなどのトラックメニューという本格的なものだ。
マフィアなのに“みかじめ料”は発生しない。「誰でもウエルカム。予約制ではないし、メールも必要ない。そのときに来てくれればいい。基本は無料だ」とマルコム。多いときには60人ほどが集まり、トラックで汗を流している。男女比は6対4くらいだ。
マルコムは「NIKEランニングクラブ」のヘッドコーチも務めており、トラック練習をやらないランナーとも交流がある。彼も、ロンドンのランナーは増えていると話す。
「以前はランナーといえば、どことなく近づきにくい存在だった。たとえば、モー・ファラーのようなスリムな体形でないと走ってはいけない、という感じがあったんだ。でも、幅広い層にランニングが浸透してきた。影響力のある人が走り始めたことが促進力になっているし、ランニングクラブのようにコミュニティーに属しながら走る人も増えた。また生活スタイルとランニングがクロスオーバーするようになったことも大きい。アパレルやシューズもカッコよくなり、ランニングが生活スタイルの一部になってきたからね」
■「公園のなかを走るのはold peopleが中心だ」
そう語るマルコムと一緒にロンドンの街を駆け抜けると、驚かされた。まずマルコムが俊敏だったこと。それにマルコムが選んだルートがちょっと考えられないものだったからだ。
日本で街中を走る場合、大通りを選ぶ人が多いが、マルコムは真逆。路地裏を好んで走る。この道は通り抜けられるのか? という不安を抱くような道でもガンガン進んでいく。ロンドンの街をジグザクに走るのだ。
「私は街中を走るのが好きで、いつも“障害”を探しているんだ。坂道、階段、交差点。細い道があれば、行ったり、来たりしてインターバルなんかもする。目に入るものを遊び場的に自分のランニングに生かすんだよ。公園は芝生と木々しかないからね」
マルコムもマラソン練習をするときには、セントジェームズパーク、グリーンパーク、リージェンツパーク、ハイドパークを走るというが、公園のなかを走るのは、「old people」が中心だという。
「ロンドンは公園と公園をつなぎながら走るだけでも、いいコースを取ることができる。マラソン練習のために距離を踏むにはちょうどいい。でも若者はあまり公園を走らないな。ハマれば楽しいけど、ランニングは正直、退屈だ。そこまで興味のない人を引き込むにはいろいろとやらないといけない。走るとワクワクするような場所を探すんだ」
そこでマルコムらが仕掛けているのが、ランニングコースらしくない場所でのイベントだ。
「たとえば、地下の駐車場、ゴーカートのサーキット、サッカースタジアム。最近はショッピングモールのフロアを使ったね。場所によってはNOと言われることもあると思うけど、ほとんどNOと言われることはないな。ガハハハッ」
■「われわれはランニングを通して何かをクリエートしていきたい」
豪快な印象のマルコムだが、“マフィア”のボスらしく、人情味にあふれている。若者たちにはランナー仲間をどんどん紹介しているのだ。
「ランニングクラブというコミュニティーを通じて、仕事につながることもあるんだよ。これまでも若者たちの人生を変えていくような出来事がたくさんあった。NIKEのモデルや、メジャーリーグのバブルヘッド(選手をかたどった人形)をクリエートするデザイナーになった者もいたな。われわれはランニングを通して何かをクリエートしていきたいんだ。仲間になれば、一緒に“旅”へ連れて行くぞ!」
ただ走るだけでなく、それがビジネスにもつながっていく。ロンドンっ子たちの新しいランニングスタイルはなかなかすてきだ。
(スポーツライター 酒井 政人)
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