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トヨタの営業マンが売れないときにやる事

プレジデントオンライン / 2019年7月3日 9時15分

トヨタカローラ徳島本店(撮影=石橋素幸、以下すべて同じ)

これからトヨタが目指すのは「世界でいちばんの自動車屋」ではなく、「町でいちばんの自動車屋」だという。どういう意味なのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が、「徳島県でいちばん」という営業マンに話を聞き、その理由を探った――。

■豊田章男社長がアメリカで話したこと

「町でいちばんの自動車屋を目指す」

トヨタ自動車(以下、トヨタ)の社長、豊田章男はアメリカでのインタビューでこんな話をした。

――世界でいちばんの自動車屋、日本でいちばんの自動車屋、そして、町でいちばんの自動車屋があるとします。
みなさん、どこで車を買いますか?
そうでしょう。町でいちばんの自動車屋で買うに決まってますよね。

トヨタは世界中に工場、事務所、販売店を持っている。そのすべてで地域社会の支持、評価を大切に考えているということだ。

一方で、この話のミソはトヨタ販売店がすべて「町でいちばん」になれば、結局、トヨタは世界でいちばん車を売ることができる。自動車会社の社長の言葉としては、表現が巧みであり、しぶといやつという感じがする。

さて、トヨタカローラ徳島(以下、カローラ徳島)は文字通り、地域でいちばんの自動車販売会社だ。徳島県内でもっとも新車、中古車を売っている販売会社が同社である。年間の売り上げは97億円、従業員は234名(2019年5月現在)。

トヨタ系列ではカローラ徳島よりも売り上げの大きなディーラーはあるが、そのなかで同社は地域に支持、評価されているディーラーだといえる。

■販売現場で勤続34年、ナンバーワンの営業課長

同社の販売現場で34年間働き、ナンバーワンの成績を上げているのが阿南店の専任課長、多田茂だ。彼の言葉こそ現場の言葉であり、車を売るためのノウハウが詰まっている。

「1960年生まれです。大学を出て、アルバイトで在庫処分の衣料品販売を行った後、84年に知人の紹介で入社しました。その頃の営業現場は、飛び込み訪問がほとんどでしたわ。商店街を20軒回るとか。僕は市役所を攻めました。役所へ入っていって、机の上にチラシを置く。そして、チラシに関心を示した人にセールストークをする。昔は個人情報にうるさくなかったから、営業マンは事務所の中まで入っていけたんです。

名前を覚えてもらわんといけんからね、名刺に5円玉を貼り付けて、『ご縁がありますように』って、営業をしていました。店に来てもらうというより、外回りで車を売る時代だった」

■町を歩けばどこかで必ず自分の顧客に会う

入社してから10年ほどはそういった活動が続いた。しかし、時が経つと、個人情報の規制も厳しくなり市役所や企業のオフィスへ入っていくことができなくなり、また、定年後も働く方が増え、個人の家を訪ねても、不在の家が多くなってきた。すると、営業手法も変わらざるをえなくなる。

ちなみに阿南市の人口は約7万3000人。世帯数は約3万1000。多田はこれまでに3000台以上を売っている。つまり阿南市の世帯のうち、10分の1は多田から車を買っている。そして、彼の管理ユーザーの数は800人。町を歩いていれば必ずどこかで自分の顧客に会うということになる。彼自身、地元では酔っ払って歩くこともできないだろう。日常を律して生活しないと、地域密着で車を売ることはできない。

「阿南市は小さな町ですから、お客さまは中小企業、商店、一般の人で、訪問はみんながおられるような時間に行きます。商店は昼で、個人の家は夕方。ただし、それもずいぶん減りましたけれど。僕はこの会社に入る前に在庫処分の衣料品販売を行っていたでしょう。そのおかげで、自動車の販売で個人宅を訪問するのはそれほど苦にならなかった。僕が売れたのはずうずうしく訪ねていくことができるという点があったからじゃないですか。だから、そこそこ売れました」(多田)

■営業マン個人ではなく組織で売る形へ

トヨタカローラ徳島の竹内浩人社長

「それともうひとつ。自動車修理店に営業に行ったんですわ。あの頃、車のセールスマンというのは、午前中はもう、喫茶店でくすぶって、ワイワイ話をする。午後になってやっと訪問するといった人がほとんどだった。しかし、僕は先輩に恵まれて、その人から教わった。

『喫茶店へ入ってお茶でも飲む暇があったら、修理屋さんへ行け』と。

それで、自動車修理店へ飛び込んで、名刺を渡して、『車を欲しいというお客さまがいたら紹介してください』と。

むろん、売れたら修理工場も収入になるわけですが」(多田)

しかし、その頃から比べると販売の現場は変わった。営業マン個人個人が売るのではなく、組織として売る形になってきた。しかも、訪問よりも、店舗に来てもらって話をするのが主だ。そして、販売店は新車のマージンに頼るだけでなく、入庫してくる車の修理、サービス、中古車販売、バリューチェーンと呼ばれる車のローンや保険の販売にも力を入れるようになった。現在、カローラ徳島の利益で言えば、各ジャンルの配分は次のようになっている。同社代表取締役社長の竹内浩人が「秘密でもなんでもありませんから」と淡々と教えてくれた。

「新車販売の利益は5億3000万円。中古車の利益が2億1000万円。メンテナンスの利益が9億8000万円。保険とローンの手数料が合わせて3億円です」

■車検をしている「30分」がセールスチャンス

トヨタは現在、「モビリティサービスを目指す」と標榜している。

それで言うと、「町でいちばんの自動車屋を目指す」こととは、つまり、自動車だけを売る販売店からモビリティサービスへの脱皮を意味している。

カローラ徳島はトヨタが目指す方向へいち早く変化しているモビリティサービスショップと言えよう。

カローラ徳島に限らないが、トヨタ系列の販売店はカイゼンした結果、車検の時間が短くなっている。45分車検が通例だ。だが、カローラ徳島は30分で車検を済ませてしまう。

多田は「車検が短いことがセールスポイントとなり、営業マンは恩恵を受けている」と語る。

「トヨタ系列以外では、車検というとまだ代車を出しているところが多いんじゃないかな。うちも昔は代車を出していました。今でも長期の修理となると代車を出しますが、全部、新車です。

それにしても車検が30分で済むというのは大きい。お客さまは店にやってきて、お茶を飲んで、話をしていく。そこがセールスチャンスですよ。昔は年に180台の車検を請け負っていたけれど、半分以上はお客さまの家まで取りに行って、車検が終わったら届けに行った。それが30分だと店に来ていただける。これはもう、すごくありがたい」(多田)

■「売ってこい」ではなく「選んでいただこう」

トヨタカローラ徳島阿南店の多田茂専任課長

他にも同社はさまざまな組織的手法を取り入れて、営業マンをバックアップしている。たとえば、トヨタのカイゼン部隊に頼んで、車検だけでなく、修理サービス部門を効率化し、顧客が待つ時間を短縮した。営業マンはトヨタが開発した顧客管理システムを利用している。加えて、「メンテナンスパック」というサービスパックも開発した。メンテナンスパックは半年ごとの点検と車体を守る塗料「ボディコート」が格安価格になるサービスだ。ボディコートを塗っておけば車を売るときの「下取り価格」が高くなる。顧客からすれば、かなりの得になる。

竹内は語る。

「お客さまのニーズを大切にしています。徳島って県民性が堅実なんです。それに買ってくださいと言って買っていただける時代は終わりました。私自身、買え買えと迫られて物を買うことはありませんから。だから、私は営業マンに『売ってこい』ではなく『選んでいただこう』と言っています。

みなさん、ご存じですか? 四国各県の県民性を表す面白い話があるんです。

1万円札が落ちていたとします。1万円を拾って、5000円で飲みに行って、残りの5000円を貯金するのが香川の人。1万円を拾って、飲みに行くのが愛媛の人。1万円を拾ったら、自分の懐から1万円を足して飲みに行くのが高知の人。そして、徳島の人は1万円を拾ったら、自分の1万円を足して貯金する。しっかり者で堅実なのがうちの地域のお客さまです」

■売れないときは「売れないことを楽しむ」

では、多田本人は自分自身のどういうところが販売に結びついていると考えているのか。

「お客さまには言われる、多田さんは口下手だねって。それでもって、あんたのことは口下手やから信用しとるんじゃって、言われます。自分はどちらかというと聞き上手のほうかなと思います。お客さまから、いろんな情報も聞いて、それを営業に生かしています。

結局はもう、お客さまとのつながりですから。応対の仕方とか、心のつながりとか、そのへんのところが一番大事なのは変わってません。近頃は店にやってきた方と話をしとるだけです。いや、話を聞いとるだけです。店の力が大きいです。営業マン個人で重要なことは売れないときの心の持ち方ですかね。

売れないときによく思ったのは、営業だから売れないときもある。誰でもあることやから、それは当たり前だと。そのときに思っていたのは、売れないことを楽しむというような、そんな気分を持つことかな、と。これはもう営業マンにしか味わえないかもしれん」

売れないことを楽しむ。売れる人だから言える言葉だけれど、つまりは、売れないときはジタバタしない。余裕を持って待つ。買え買えと顧客に迫らないということだろうか。これからの営業、販売とは自動車に限らず、顧客に迫るのではなく、「町でいちばん」という評価を確立することではないか。(敬称略)

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野地秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉 撮影=石橋素幸)

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