機械学習の天才技術者がNECを選んだワケ

プレジデントオンライン / 2019年7月12日 9時15分

工学博士 藤巻遼平氏

データ分析の専門家である藤巻遼平氏は、33歳でNECの研究最高位である主席研究員に史上最年少で就任。18年2月、NECからの「カーブアウト」としてシリコンバレーで起業した。世界から注目される天才技術者は、なぜ就職先にNECを選び、いまも関係を続けているのか。田原総一朗が迫る――。

■宇宙をやっていたのに、どうしてNECに?

【田原】お生まれはどちらですか。

【藤巻】新潟の柏崎市です。両親とも新潟の出身で、父は東京電力に勤めていて、原子力系の仕事をしていました。ただ、2~3歳から東京に引っ越したので、育ちは東京です。

【田原】大学は東京大学の工学部。航空宇宙工学を専攻されたそうですね。航空宇宙というとロケットですか?

【藤巻】航空宇宙は大きく4つの分野があります。まずはロケットエンジンで、次は材料・材質。そして超音速流体。最後は制御。そのうち私は制御を選びました。人工衛星「おりひめ」と「ひこぼし」が世界で初めて、宇宙でのランデブードッキングに成功。それを手掛けた先生が東大にいて、制御がおもしろそうだなと。

【田原】4年で卒業したのですか。

【藤巻】大学4年のあと、修士を2年やりました。修士も宇宙ロボットの研究室。そのときに、いまの事業のベースになっている機械学習の研究を始めました。修士に進んだのは2004年で、当時は機械学習が徐々に認知されていた時期。まだいい教科書もないなかで、機械学習や人工知能(AI)を人工衛星にどう適応させるかという研究を始めました。

【田原】就職はNEC。宇宙をやっていたのに、どうしてNECに?

【藤巻】機械学習の研究を続けたかったからです。当時はすでに第二次AIブームが終わり、日本で機械学習を研究していた機関の多くがやめていました。まともに残っていたのはNECとNTT、日本IBMの3社で、そのなかで最初に内定をくれたのがNEC。それも何かの縁だと思って、そのままNECに、という流れです。

【田原】僕は1980年代の前半、パソコンが普及し始めたときにアメリカにも取材に行きました。日本からも強いメーカーがたくさん出てきましたが、なかでもNECがダントツに強かった。でも、藤巻さんが入社したころは、もうかすみ始めていた。どうして調子が悪くなったんだろう?

【藤巻】原因はいろいろと考えられますが、ビジネスのシフトがうまくできなかったことが大きかったのではないでしょうか。NECはハードウエアとSI(システムインテグレーション)に強みがありましたが、ソフトウエアとクラウドに時代がシフトしていき、その波に乗り切れなかった。ビジネスモデルの転換が遅れたのです。

【田原】ほかの日本企業もそうですよね。グーグル、アップル、アマゾン。ソフトウエアにシフトしたら、アメリカ企業ばかりになった。

【藤巻】日本はソフトウエア工学が米国より大きく遅れています。ソフトウエアは単にプログラムを書けばできるというものではなく、作り方に方法論がある。日本は、そこが弱い。

【田原】何で遅れているの?

■優秀な若い人たちが集まって研究も進む

【藤巻】お金ですね。海外のソフトウエアエンジニアたちに、なぜそちらは進んでいるのかと聞くと、「給料が高いから」と言っていました。つまり、ソフトウエア産業がたくさんお金を払うから、優秀な若い人たちが集まって研究も進むわけです。

藤巻遼平●1981年、新潟県生まれ。2006年、東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻を修了し、NECに入社。15年、33歳でNECの研究最高位である主席研究員に史上最年少で就任。18年2月に、NECからのカーブアウトとして、dotDataを創業。工学博士。

【田原】話を戻しましょう。NECではどんな研究をしていたのですか?

【藤巻】当時はデータマイニングと呼ばれていた機械学習の研究グループにいました。最初は、自動車や機械システムにつけたセンサーのデータを機械学習で分析する研究でした。

【田原】よくわからない。具体的にどういうこと?

【藤巻】たとえば自動車にいろいろなセンサーをつけてデータを収集すると、その数値から「エンジン系に故障がある」と早い段階で故障を発見したり、「そろそろ空力系に故障が発生しそうだ」と予測してメンテナンスができます。そうした分析を、機械に自動でやらせる研究です。

【田原】人間ではわからないの?

【藤巻】人間にもわかりますよ。ただ、ディーラーに行く前に先にデータを送って自動診断しておけば、行ってすぐ修理ができる。一方、人間が調べると時間がかかるし、見落としもあります。たとえば熟練の修理工なら音を聞いてエンジンの状態を把握できるかもしれませんが、みんなが優れた技術を持っているわけではありません。それを機械にやらせれば、見落としが減って技術の底上げができます。

【田原】いま藤巻さんが事業展開しているデータ分析の自動化ソリューションも、NECで研究を始められたそうですね。最初から説明してほしいのですが、データ分析の自動化ソリューションって、いったい何でしょう?

【藤巻】いまAIによるデータ分析は魔法の箱のように言われていますよね。でも、本当はソフトウエアにデータを入れればポンと出てくるようなものではありません。AIで学習させるにはモデルが必要で、それをつくるためにさまざまな作業が発生します。その作業を自動で行うソリューションです。

【田原】一般的にAIのモデルをつくるのに、どれくらいかかるのですか。

【藤巻】ケースバイケースですが、普通は1つのモデルをつくるのに数カ月かかります。もちろん人数をかければ期間を短縮できますが、モデルをつくる高度な技術を持つ人材は限りがあります。私たち自身も当時それで苦労していたので、モデルをつくる作業を何とか自動化できないかと考えて研究を始めたわけです。

【田原】自動化って、具体的にどうするんですか?

【藤巻】いままでは人間が「このデータのこういう項目に注目すれば、故障がわかるんじゃないか」と勘と経験で試行錯誤しながらモデルをつくっていました。そのパターンを探す部分をAIにやらせて自動化します。

【田原】もっと基本的なことを聞かせてください。AIは、いままでの機械化とどこが違うの?

【藤巻】いままでの機械化は、人がプログラミングをしてルールを書いていました。AIは、そのルール自体を機械にデータからつくらせることができる技術です。

■機械自身が学習できるのがAI

【田原】要するに、機械自身が学習できるのがAIだと思うけど、どうして機械が自分で学習できるようになったんだろう?

田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。現テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。

【藤巻】まずデータがたくさん溜まったこと。そして、コンピュータが大量のデータを処理できるレベルまで発展したこと。そして最後に、脳の部分にあたるアルゴリズムが進展したこと。この3つが背景にあります。

【田原】どうして脳の部分が機械でできるようになったんですか?

【藤巻】じつは脳の部分の技術、つまりディープラーニングのモデルは、何十年も前からありました。

【田原】ちょっと待って。ディープラーニングもきちんと説明してほしい。

【藤巻】機械学習にはさまざまな方法がありますが、そのなかの1つで、脳の仕組みを真似したモデルをディープラーニングと言います。

【田原】ディープというのは、深く幾つも幾つも、何重にも考えて判断できるようになったということ?

【藤巻】そうですね。何重にもニューロンが張り巡らされている脳を模したものです。もともと理論はありましたが、先ほど言ったように、大量のデータが蓄積され、コンピュータがそれを計算できる処理能力を持つようになったことで実現しました。

【田原】また話を戻します。自動化の研究はいつごろ始めたのですか?

【藤巻】プロジェクトは15年からです。ただ、11年の段階でもうアイデアはありました。当時、画像認識の機械学習の自動化を研究している有名な専門家がNECのシリコンバレーにある研究所にいたので、一緒にやったらどうかという話になって、私もシリコンバレーに行きました。

【田原】じゃあ研究はシリコンバレーで。

【藤巻】はい。でも、12年からしばらく別の研究をやっていました。AIの弱点の1つは、認識や予測ができても、それを導く過程がブラックボックスになっていて、うまく説明ができないこと。その説明をできるようにする研究をやっていたら、会社に気に入られて、「まず、その事業化を先にやれ」と言われました。3年で目途がついて、15年から自動化の研究を再開しました。

【田原】翌年には三井住友銀行で実証実験を始めた。

【藤巻】技術ができかかっていたときに、タイミングよく三井住友フィナンシャルグループの谷崎勝教CIOがシリコンバレーの視察にいらっしゃいました。もともと自社のために開発していた技術でしたが、プレゼンをしたら興味を持ってくださり、実証実験につながりました。この実験がうまくいって、製品化することに決まりました。

【田原】さて、そこからが興味深いですね。NECは社内で製品化するのではなく、藤巻さんを独立させて製品化する道を選んだ。どういうことですか?

【藤巻】私はNECで10年、研究開発に携わってきました。その経験から、これまでのやり方ではこの技術を製品化できないことが目に見えていた。それでカーブアウトしてやらせてほしいと掛け合ったんです。

【田原】なぜ社内ではできない?

■よければすぐ出すというスピード感

【藤巻】ソフトウエアの世界は、アイデアを思いついたらすぐに試して、よければすぐ出すというスピード感で動いています。しかし、日本の大企業の研究開発は、基礎研究に2~3年、製品化にさらに2年かけるというスピードで動いています。これは大企業の宿命のようなもの。組織が大きいと、既存事業といろいろ調整しなければいけないことがあって、どうしても意思決定が遅れるのです。

【田原】よくわかります。でも、いい技術なら会社は中でつくらせたいはず。どうしてOKしたんだろう。

【藤巻】最初は社内でやるべきだという声が大勢を占めていました。私が社外でやるメリットを説いても、「どうせ自分の利益のために言っているのだろう」と相手にされなくて。でも、半年くらいで風向きが変わりました。根底にあったのは、NECも変わらなくてはいけないという判断です。とくに新規事業推進チームなどコーポレートの方たちが「NECとして新しいチャレンジが必要だ」と味方になってくれました。

【田原】でも、NECは開発費用を出していたわけでしょ。藤巻さんが独立したら、おいしいところを刈り取れずに損するんじゃないですか?

【藤巻】カーブアウトしたdotDataという会社に、NECは投資家として出資をしています。dotDataがIPO(株式公開)すれば、NECは大きなキャピタルゲインを手にすることになります。また、日本市場での販売権はNECにあるので、内でつくろうと外でつくろうと、売って儲けることができるんです。

【田原】なるほど。dotDataの本社はシリコンバレーですね。いま従業員は何人?

【藤巻】米国、ヨーロッパ、日本に拠点があって、合計約50人です。

【田原】ターゲットは世界ですか?

■1年経ってようやく軌道に乗ってきました

【藤巻】日本のお客様にはNECと一緒に売っていけばいい。私たちの本丸は、やはり米国です。起業後は米国で営業のプロセスをつくることに注力。米国はスタートアップが山ほどあって、最初はアポ1つ取るのにも苦労しましたが、1年経ってようやく軌道に乗ってきました。

【田原】米国での最初のお客は?

【藤巻】契約上明かせませんが、いま話が進んでいるのは金融系が多いです。

【田原】料金はどれくらいですか?

【藤巻】データ分析の量で値段は変わります。ざくっと言うと、少ないところで数百万円、中くらいで数千万円。多いところでは億を超えるお客様もいらっしゃいます。

【田原】そのソリューションに競争相手はいるんですか。

【藤巻】競合のスタートアップがいますし、最近はアマゾンやマイクロソフトもやり始めました。

【田原】強敵だと思うけど、dotDataの強みは何ですか。

【藤巻】データ分析の花形はまさに分析の部分ですが、じつは作業時間の80%は、分析前にデータを加工する作業に費やされます。企業がデータを溜める目的は業務のため。それを分析用に加工するのに、かなりの手間がかかる。私たちのソリューションは、そのプロセスも自動化しています。

【田原】そうですか。頑張ってください。

藤巻さんへのメッセージ:日本で大企業発の新規事業成功の先駆けになれ!

(ジャーナリスト 田原 総一朗、工学博士 藤巻 遼平 構成=村上 敬 撮影=枦木 功)

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