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"日米安保は不公平"というトランプの焦り

プレジデントオンライン / 2019年7月6日 11時15分

会談を前に握手するトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=大阪市住之江区、2019年6月29日(写真=Avalon/時事通信フォト)

■米国と中国というスーパーパワー同士の覇権争い

トランプ米大統領が日米安全保障条約について、「日本には米国を防衛する義務がなく、一方的な条約で不公平だ」と主張し、波紋を広げている。

トランプ氏は6月26日に「日本が攻撃されれば米国は日本を守る。しかし、米国が攻撃されても日本は米国を助ける義務がない」と発言。6月29日のG20閉幕後の記者会見でも「(日米安保の破棄は)全く考えていない」としながら、同じ主張を繰り返している。トランプ氏は、日米安保が一方的に日本に有利で“片務的”だと考えているのだろう。

この発言を理解するためには、単純な経済的負担などだけではなく、世界の政治・経済・安全保障の情勢が変化していることを頭に入れる必要がある。重要なことは、基軸国家(覇権国)としての米国の地位の低下だ。経済・政治・安全保障などの面で米国の地位が圧倒的であれば、恐らく、トランプ大統領のような発言はなかったかもしれない。

ところが、米国の地位は相対的に低下している。トランプ氏の本音は「それに見合った負担にしたい」というものだろう。特に、近年の中国の台頭で、米国の覇権国としての地位は揺らぎつつある。米中の通商摩擦は、米国と中国という世界のスーパーパワー同士の覇権争いだ。

■中国の拡張主義の防波堤となってきた日本

中国が高成長を遂げ、南シナ海や新興国各国に対する影響力を強めてきた。オバマ政権はそうした中国の拡張主義を見て見ぬふりをしてきたが、トランプ政権ではそれができなくなっている。世界情勢は大きく変化しているのである。

日米安保は、米国が覇権国としての役割を維持するために重要な役割を果たしている。これまでわが国は、米国の要請に応じ譲歩や協力を行ってきた。特に中国の拡張主義の防波堤となってきた。その意味は決して小さくはないはずだ。

2016年の大統領選挙以前からトランプ氏は、日米安全保障条約は片務的(米国の負担のほうが大きい)と主張し、米軍の駐留費を全額負担するよう公言してきた。大統領再選を目指すトランプ氏は、安保をカードにわが国との通商交渉を進め支持率を上げたいところだろう。

■日本の負担は独・韓などを上回っている

一方、冷静に日米安全保障の内容を考えると、日本は米国との安保関係を維持するために、それなりの負担はしてきたともいえる。まず、日本には米軍の基地がある。在日米軍駐留経費負担(通称、思いやり予算)などを通して、米軍の駐留に必要な資金の一定額を負担している。

国際的にみても、日本の負担は独・韓などを上回っている。米国にとっても、わが国が“不沈空母”として中国や北朝鮮への防波堤となり、極東地域での米国の抑止力をきかせ影響力を維持していくためにもわが国の存在は欠かせないはずだ。

また、日米の安保関係を維持・強化するために、わが国はワシントンの要求をのんできた。1980年代の日米半導体摩擦はよい例だ。米国は半導体のダンピングを行っていると批判し圧力をかけた。1986年には、日米半導体協定が締結され、外国製半導体の利用を増やすことなどが約された。それでもレーガン政権は満足せず、カラーテレビなどへの関税引き上げを行い、政府は米国の要請に応じで市場開放を進めた。

日米安保の存在もあり、米国は一方的な要求をのませ、実利を得ることができたとも考えられる。わが国が米国に対して繊維、鉄鋼、自動車などの“輸出自主規制”を敷き、米国産業界の不満に配慮したのも同様だ。1985年、ドル高是正に各国が賛同した“プラザ合意”もしかりである。米国は日米安全保障からかなりの実利を得てきたことがわかる。

■覇権国としての米国の地位の低下傾向

日米安全保障が片務的だという考えの背景には、トランプ氏の個人的な見解に加え、世界の覇権国家としての米国の地位が徐々に低下していることも影響している。

足元、米国は中国の追い上げに直面している。これは、世界の覇権をめぐる長期的な変化だ。現在、米国は覇権国としての地位を守るため、中国に制裁関税をかけるなどしている。中国の追い上げに加えて、北朝鮮やイランとの対立もある。それらに対応するためには、それなりのコストが掛かる。

米国の地位が盤石であれば、そのコスト負担に耐えることは難しくなかっただろう。しかし、現実には米国の覇権国としての地位は低下していると見るべきだ。トランプ大統領がコスト負担に言及するのは当然のことかもしれない。

■中東・アフリカなどから熱烈歓迎された「一帯一路」

米国の地位低下傾向を考える際、2013年、インドネシアで開催されたAPEC首脳会議の出来事は象徴的だった。当時のオバマ大統領は予算をめぐって共和党保守派との利害調整に難航した。オバマ氏は国内事情を優先し、アジア各国との関係強化を後回しにしてしまった。この会議において国際社会は、米国の地位低下を強烈に認識したといえる。

その虚を突くようにして、中国は「一帯一路」(陸路と海路からなる21世紀のシルクロード経済圏構想)を提唱し、自国を中心に世界繁栄を目指すと声高らかに宣言した。米国がリーマンショック、および、その後の世界経済の低迷を引き起こしただけに、習近平国家主席の意思表明は、アジア新興国や中東・アフリカ各国から熱烈に歓迎された。

中国の提唱は、米国の同盟国にとっても喉から手が出るほど欲しい成長へのチャンスに映った。2015年には米国の重要な同盟国の一つである英国が、何の前触れもなく中国が設立を提唱したアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を表明した。その後、仏独伊が相次いで参加を表明した。

■米国の内向き志向は一段と強まっている

これは、米国の求心力が弱まっていること、つまり覇権国としての地位が低下していることを示す顕著なケースといえるだろう。トランプ政権下、米国の内向き志向は一段と強まっているように見える。この状況が続くと、米国は安保面を中心に、わが国に対してさらなる要求を突きつけるだろう。

現在、中国では債務問題がかなり深刻化している。一方、朝鮮半島では韓国経済が失速しつつあり、北朝鮮は米国から譲歩を引き出して体制維持の時間を稼ごうと躍起だ。この状況の中、日米安保は極東地域の安定に欠かせない。

トランプ大統領の見解に対して、米国政府内では安保条約を見直す可能性は低いとの見方が多いようだ。ただ、今後も米国の地位が低下し続ければ、世論が同盟国により大きな負担を求める可能性はある。その展開を念頭に、わが国は、米国に対して安全保障条約の重要性と双務性を丁寧に説明し、より強固な信頼関係を目指すべきだ。

■最終的には対米批判や不信感が高まる恐れも

安全保障は、国と国の信頼関係を支える最も重要な要素だ。それがあるからこそ、多くの日本企業が米国に拠点を構え相互に経済成長の果実を享受できる。政府は米国に、安全保障面を基礎にした関係の強化が両国に実利をもたらすことを丁寧に説き、賛同を得ていくことに注力すればよいだろう。

別の見方をすれば、米国が国家間の連携強化に背を向け始めると、世界経済全体に無視できない影響が生じる。すでに米中の通商摩擦は世界全体に張り巡らされたサプライチェーンの混乱を引き起こしている。それは、各国経済の経済成長率を低下させ、不満を増大させるだろう。最終的には対米批判や不信感が高まる恐れもある。

わが国は、米国の世論に向かって、安全保障面での関係を強固にしつつ多国間の自由な貿易と投資環境の整備が世界経済の成長に重要なことを発信すべきだ。そのために政府は、世界経済の成長を支えるアジア新興国などから「安全保障面では米国との関係を基礎とし、多国間の連携を推進することが重要」と、より多くのバックアップを得ていく必要がある。

そうした取り組みに併せて政府が能動的に国内の構造改革を進めることが、わが国の国益を高め実利を得ることにつながるはずだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=Avalon/時事通信フォト)

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