ハーバード流の英語学習法は"唇"から入る
プレジデントオンライン / 2019年7月12日 15時15分
■受験英語の文法知識は会話にも役立つ
【三宅義和氏(イーオン社長)】西内さんが英語に初めて出会われたのはいつ頃ですか。
【西内啓(統計家、データビークルCPO)】小学校の頃から一応、ネーティブの先生がいる近所の英会話教室に通っていました。そこで遊びながら英語を使ったり、母が運転する車の中で英語の歌や会話のテープを聞いたりとか、ゆるゆるとやっていました。
【三宅】では中学入学時点で相当英語は得意分野だったのでは?
【西内】これが、中学も高校も凡庸な成績でして……。高校は公立の進学校だったものの、中学は普通の公立でいつも5段階中4などでした。発音に関しては中学に上がった時点では多少うまかったと思うのですが、普通の学校で英語をペラペラしゃべっていると「おい、あいつ調子に乗ってるぞ」ってみられる風潮がありますよね。だから僕もわざとカタカナ英語に戻して話していたら、そのうち正しい発音を忘れてしまうという悲しいことがおきまして。
【三宅】それはもったいなかったですね。ただ東大に入学されたわけですから受験勉強は当然しっかりされましたよね。
【西内】はい。それはもう全力で。
【三宅】受験勉強などで英語の基礎を身につけられた方は、会話の練習をはじめても伸びが早いというのをよく感じます。
【西内】それは間違いないでしょうね。いくつか語学学習に関する研究者の本などにも目を通してみたのですが、大体どの本にも大人が英語を学び直すなら基本的なスピーキングで使う英文法からはじめましょうといったことが書いてあります。「あ、それくらいならまだ覚えているからラッキー」と思った記憶がありますね。
■気合で乗り切ったハーバード留学時代
【三宅】英語を本気で勉強しだしたきっかけは何ですか? 英語の論文などですか?
【西内】いや、読むことに関しては中高の英語教育のおかげもあって大量に読んで慣れていくうちにストレスは感じないようになりました。論文などの執筆についても、多少つたない文章であっても英文校正をかければなんとかなりました。だから学生時代から大学教員時代にかけてはあまり必要性を感じることもなく過ごした。
そのあとボストンにあるハーバード大学の附属研究機関に留学しましたが、そのときは無理やり気合で乗り切ったという感じです。おそらくハーバードのキャンパス付近で最も英語が上手にしゃべれない人間だったのではないでしょうか。そのうちうまくなるだろうとタカをくくっていたら、そのまま留学が終わってしまいまして。
【三宅】そうでしたか。
【西内】そうなんです。ただ、あまりに上達しなかった自分を猛省して、日本に帰国してからコツコツ勉強するようになりました。先にやっておけよという話なんですけど。
よく日本の学校教育に対する批判がありますよね。僕なりの率直な見解を申し上げると、僕は中学、高校とも私立校に通っていないばかりか、塾にすら通っていません。最後の半年間、近所の予備校の自習室を使いたいというためだけに短期間の講習を少し受講したぐらいですね。つまり、公立の学校教育に頼りっぱなしだったわけですが、それでも学校の授業で習うことを一通りマスターすれば東大には入れてもらえます。
また、普通に統計学の研究ができるくらいの数学力や英語の読解力も身につけることができました。それにもかかわらずスピーキングができないということは、これはもう僕の問題ではなく、カリキュラムになんらかの穴があるとしか思えないのです。
■教育の公平性とは何か
【三宅】中高では話すことに力を入れていませんから、できないのは当たり前ですよね。カリキュラムの話でいえば、今、学校教育も4技能重視ということで大学入試に民間のテストを使うという方向があります。ただ、異なるテストでフェアな評価ができるのかという反対意見もありますが、これについてはどうお考えですか?
【西内】そこは公平性が求められるので確実に標準化をしないと難しい気はします。もちろんこれらは相関するので、このテストで何点であれば、このテストでは何点ぐらいだろうという調整はできますが、相関係数が1ではないということは基本的にバラツキがでるということですよね。
すると親が裕福であったり、教育熱心であったり、試験会場の選択肢が多い都市部の受験生であったりすると、片っ端からテストを受けて一番いい結果だけを報告できてしまう。それは教育の公平性という観点でどうなのかなという気はしますね。
■「英語字幕で見てシャドーイング」の効果
【三宅】たしかにそうですね。ではスピーキングが苦手だった西内さんは、そこからどうやって英語に慣れていったのですか?
【西内】結果論ですけど、私の場合、まず頭の中で英語の発音を完璧に整理することから入ってうまくいきました。実はそれ以前に一度英語学習に失敗していまして……。
【三宅】どんな失敗ですか?
【西内】僕の昔のバンド仲間が高校卒業後にアメリカの音楽専門学校に行っていたんですね。奨学金をもらって。入学にあたっては音楽的な才能も当然あるでしょうが、コミュニケーション能力も見られているはずなので、どうやって英語を勉強したのか聞いたんです。すると「そんなの英語でやっているドラマや映画をひらすら英語字幕で見てシャドーイングすればいいだけだ」と言ったので、それはいいことを聞いたと思ってまねをしてみたんですよ。
ただ、いくらやっても文字と音の世界がリンクしない。会話が複雑になりがちなサスペンス系ばかり見ていたのも悪かったのかもしれないですけど。
■「オバケの英語」との出会い
【三宅】私も字幕を表示させながらYouTubeをよくみます。非常に優れた勉強法だとは思いますが、ある程度英語に耳が慣れていないと効果が出ないかもしれませんね。
【西内】そうなんですよ。だから大人になったあとに改めて勉強法を探しているときに、たまたま『オバケの英語』(明川哲也、クレイグ・ステファン、宝島社)という一冊に出会いました。最近、新装版が出ましたけど、本当に名作だと思います。
発音だけに特化していて、例えば本の最初は「pの発音」からはじまるのですが、唇のこの部分にゴマを挟んで飛ばすような感じだよ、のようにものすごくわかりやすいコツが書いてある。あとはpを使った短い単語がたくさん使われた文章が書いてあるんですよね。それらをひたすら練習すると、頭の中で正しい発音がどういうものかが定着していきますし、英語独特の発音のルールも自然と覚えるのです。
【三宅】フォニックス学習法ですね。
■英語の発音ルールを理解して得たこと
【西内】はい。発音から入ると何がいいかというと、英語の文章を読むときに目の前の文字列を音の情報に脳内変換して読む癖がつくのです。逆に英語の発音ルールを学ぶと、「なんでアメリカ人はルールにのっとってhaveをヘイヴと読まないんだ」ということが気になるくらいなのですが。
もともと僕は黙読派なので本や論文を読むのが速いですが、そのせいで英語の文章もただの文字情報として処理していました。発音はよくわからないけれど意味はわかる、みたいな。でも発音のルールを理解してからというもの、文字と音がどんどんリンクしていくようになり、そのうち英語を聞いたときに脳内に英語の字幕が出てくるような状態になったわけです。
【三宅】自分が発音できる音は、耳が聞けるようになると言いますからね。
【西内】字幕になればあとは日本人が得意な読み書きですからね。これが僕の中での英語学習の一番のブレークスルーだったと思います。
フォニックスはたまたま僕にハマったのかなと思っていたのですが、僕の子どもも早くからフォニックスの概念を学ぶと、英語を話すのも読むのもすぐに上達していったのでけっこうこのやり方有効なんじゃないかと思いました。
■dogとgotは同じように発音する
【三宅】発音とつづりを同時に学ぶスタイルですね。英語でdogと書いてあるものをディーオージーとは言いませんから、文字と音の関連を小さいときから理解させることは重要ですよね。
【西内】発音が苦手な人からすればdogをカタカナ読みするとドッグで、getの過去形のgotはガットになるので、真ん中のoの発音が違うように見えるのですが、実際にはつづりの規則性で言えば両方とも同じ音になるはずだし、そう意識して発音した方が通じやすいように思います。dogはダァッグと読む。だから僕の子どもみたいにフォニックスを小さいときからやっていれば、そもそも脳内でカタカナ変換しなくなるかもしれません。それってものすごく効率がいいですよね。
僕が受けた教育のように文法を重視して、とりあえず読み書きができるようになって、というのも当然役に立ちますが、「このつづりだとこうやって発音するんだ」ということが反射的にわかるようになれば、その後の英語の勉強もはかどるので、これらの法則をもっと早く知りたかったなと感じています。
ちなみに小学校で教える英語はいまどんなふうになっているのですか?
■「正しい英語」を勉強してもグローバルでは使えない
【三宅】松香洋子さんという児童英語のカリスマの方が尽力されたおかげで、いまやフォニックスはいろいろな小学校に導入されています。西内さんは発音をマスターされたことでだいぶ英語で話すことができるようになられたのですか?
【西内】いや、それをクリアしたあとの課題は、やはりというか、語彙力でした。英語を聞き取れるようになって、ゆっくりであれば脳内で英作文して、ある程度きれいな発音でしゃべることができるようになったわけですが、会話文の語彙が引き出しに入ってないと何か不自然な言い方になるわけですよね。
別に多少間違っていても意味は通じるのでいいのでしょうが、個人的には中途半端でイヤだったので、アメリカ人が書いたシチュエーションに合った言い回しや会話文がたくさん書いてある本を買って、頑張って覚えました。
【三宅】ご自身を自己分析しながら確実に対策を打っていかれたわけですね。
【西内】とはいっても、やはりまだまだで、最近とくに思うのが、実際に海外に行くと必ずしも「正しい英語」が使われるわけではありませんよね。留学していたときも、英語を母国語としない店員の英語がなかなか聞き取れなくて困った顔をしていたら、険悪な空気になってしまったことがあります。ですので、正統派の英語を学んだら終わりというわけでもなく、そういったバリエーションと言いますか、よりグローバルな言語としての英語というものにも慣れていかないといけないと思っています。
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統計家、データビークルCPO
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を歴任。2014年11月に株式会社データビークルを創業し、代表取締役CPO(製品責任者)を務める。自身のノウハウを活かした拡張アナリティクスツール「dataDiver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。著書に累計50万部を突破した『統計学が最強の学問である』シリーズのほか、『統計学が日本を救う』(中央公論新社)など。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)アドバイザー。
三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、統計家、データビークルCPO 西内 啓 構成=郷 和貴 撮影=原 貴彦)
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