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全米の"こんまりブーム"が必ず終わるワケ

プレジデントオンライン / 2019年7月11日 15時15分

写真=Everett Collection/アフロ

世界的に人気の片付けコンサルタント“こんまり”こと近藤麻理恵さん。「ときめくモノ以外を処分する片付け法」はアメリカで大ブームになっている。このブームはいつまで続くのか。ニューヨーク在住ジャーナリストの肥田美佐子氏が、米国文化の専門家に聞いた――。

■「消費大国」アメリカに倹約文化は根づくのか

今年始め、ネットフリックスで配信されるやいなや米国で大ヒットしたリアリティーショー「KonMari 人生がときめく片づけの魔法」。世界的に知られる片付けコンサルタント、近藤麻理恵さん(34)が米国の家庭を回り、住人と一緒に衣類や本を処分したり、小さなスペースに収納したりしながら、魔法のように片付けていく番組だ。

心が「ときめく」モノは残し、それ以外は思い切って捨てるという日本的なスピルチュアリティー(精神性)が米国人の琴線に触れ、古着などを寄付する人が急増。売り物にならないガラクタを含め、あふれ返る中古品に悲鳴を上げるリサイクルショップもあるという。「こんまりエフェクト(効果)」恐るべし、といったところだ。

世界最大の「消費大国」アメリカも、ついに倹約文化に目覚めたと言いたいところだが、こうした現象を懐疑的にとらえる声もある。その一人が、米南部ノースカロライナ大学ウィルミントン校の歴史学者で、米国の物質文化と服装が資本主義の歴史とどうかかわってきたかを研究するジェニファー・ル・ゾッテ助教だ。

■ネットフリックスの片付け番組は本質的ではない

彼女によると、まず、前出の番組は、2014年に英語版が刊行された近藤さんの大ベストセラー『人生がときめく片づけの魔法』とかけ離れているという。番組づくりが表面的で、米国人視聴者が「こんまりメソッド」を一つひとつ取り入れるところまではいかないというのが、ル・ゾッテ氏の分析だ。

実用性に富む同書には、米国人が空間や家と「個人的な関係」を育み、大量消費文化の弊害に気づきうるだけの素材が詰まっているが、リアリティー番組にはそれが欠けているという。

次に、『From Goodwill to Grunge:A History of Secondhand Styles and Alternative Economies』(『善意からガラクタまで 古着スタイルとオルタナティブ(代替)経済の歴史』未邦訳)の著者でもある同氏は、「ときめき」を感じないモノをリサイクルショップに寄付する人が急増している点に言及。歴史的に、米国ではリサイクルショップへの寄付が増えた後、ほどなくして消費も増えるというリバウンド現象が繰り返されてきた点を指摘する。

■“こんまりブーム”は、まるで線香花火のよう

多くの米国人にとって、今回のブームは「線香花火的な一時的流行」で終わるのではないかというのが、ル・ゾッテ氏の懸念だ。というのも、実質国内総生産(GDP)の約7割を占める米国の個人消費は、米連邦政府の消費奨励政策によってけん引されてきたものであり、長年にわたって、過剰な消費が推進されてきたからだ。「米国の政治経済が個人消費に依存している」と、同氏は言う。

第2次世界大戦後の米国では、第1次世界大戦が終結してから11年後に起こった大恐慌(1929~33年)の再来を恐れ、企業が消費を加速させるべく、製品の寿命を一定年数に抑える「計画的陳腐化(planned obsolescence)」が普及するようになった。買い替える必要がないモノを定期的に買わせるよう仕向ける、このマーケティング戦略は「第2次大戦後の一大イノベーション」(ル・ゾッテ氏)とも言えるもので、自動車やファッションからはじまり、多くの市場に浸透していった。

米国の大量消費文化は、フランクリン・ルーズベルト大統領が大恐慌を脱すべく、1933年にケインズ経済学に基づくニューディール政策を導入し、経済成長の尺度を「消費意欲(consumer confidence)」に置くようになったことにさかのぼる。それ以来、賢明な購買決定を行うという「質」ではなく、消費する「量」が重視されるようになった。「どれだけドルを使うかが、米経済の健全性を測る尺度なのだ」(ル・ゾッテ氏)。

■米国人は浪費とモノの処分を繰り返している

第2次大戦後、核家族化が進み、世帯ごとの同居人数が減る中、住宅のサイズが大きくなったことで余剰空間が増え、多くのモノを詰め込めるようになった。モノを買うことで落ち込んだ気分を高揚させる「買い物セラピー」が象徴するように、購買行動を幸福感と結び付け、娯楽とみなす文化の下では、不必要なモノまで買い込みがちだ。

このような環境の下で、米国の消費者は景気後退や好況に応じ、浪費とモノの処分を繰り返してきたという。ル・ゾッテ氏いわく、こうした歴史的パターンを振り返ると、こんまりブームは米国人の購買意識の向上には役立つかもしれないが、「広範囲にわたる体系的な消費性向の見直し」につながるかどうかは未知数だ。

実際、米国では周期的に消費文化への反発が散見されてきた。どれだけ多くのモノを持っているか、どれだけ大きな家に住んでいるかで人間の価値が決まるような文化に対抗し、時折、ミニマリズムブームが起こる。モノが一種の飽和状態に達し、大半の人にとって「量」へのアクセスが可能になったことで、「質」にフォーカスしようとする動きが出てくるのは自然の流れとも言える。

■大量消費主義への反発に根差したムーブメント

目先の流行を取り入れた廉価品を大量生産する「ファストファッション」系ブランドに対し、高品質な服を1着買って長く着続けるという「スローファッション」ムーブメントが起こったのも、その一例だ。服を買うという行為よりも、「質」や「階級」を重視するトレンドである。

また、「タイニーハウス・ムーブメント」も、大量消費主義への反発に根差したものだ。「スモールハウス・ムーブメント」とも呼ばれる、このトレンドは2000年ごろから本格化したと言われ、小さな家で、環境にも優しいシンプルライフを送ろうという社会運動だ。14年には、自然の中で小型住宅などに住む人々を取り上げるリアリティー番組が放映され、15年には米非営利団体「アメリカン・タイニーハウス協会」も誕生したが、マイナーなブームの域を出ていない。

興味深いのは、このタイニーハウス・ムーブメントも大いに商業化されたものだという批判があることだ。流行の最先端をいくファッショナブルな輸送コンテナ式マンションやトレイラー式特注住宅など、「デザイナー・ミニマリズム」と揶揄される高価な小型住宅もある。こうしたムーブメントでさえ、「『反消費型消費主義』とでも言うべき、新種の消費主義と化すリスクがある」と、ル・ゾッテ氏は分析する。

■売上点数が増えても消費支出は減ったアパレル市場

一見、ファッション業界の足を引っ張るかのように見えるリサイクルショップも、実は同業界にとってプラスになるという見方もある。手持ちの服を寄付することで、「新品を買ってもいいのだ」と、自分を納得させられるからだ。実際にはリサイクルショップが飽和状態と化し、古着や中古品が処分されるなど、もはや本来の使命を果たしていないとしても、消費者は不要なモノを「寄付」することで、新たな消費を正当化できる。

リーマンショックに続く大不況や格差拡大で低中所得層の生活は厳しくなっているが、会計・コンサルティング大手デロイトの5月29日付報告書によると、米国人が2017年に食品やアルコール、家具、外食、住宅、エンターテインメントなどに費やした金額が収入に占める割合は1987年とほぼ同じだったという。

一方、収入に占める消費支出の割合が30年間で大幅に下がった例外的カテゴリーが1つある。アパレル(衣類)だ。1987年には5%だったが、2017年には2%と、半分以下に落ち込んでいる。だが、全体の売上点数はむしろ増えているため、安く衣類を買えるようになったことが理由だという。アパレル市場の競争激化により、衣類の価格にデフレ圧力がかかり、1点1点の売り上げに大幅な下落傾向が見られるという「市場原理」が原因だと、同報告書は分析している。

米アパレルチェーンの中には、破格の安さと品ぞろえの豊富さで業界を「破壊」するEコマース企業に苦戦を強いられ、ニューヨーク・マンハッタンの中心部でも、金融危機後の大不況をほうふつさせるような大幅値下げで対抗する店もある。低価格化は、さらなる消費意欲につながりやすい。

■米国人の約4割が臨時出費400ドルを工面できない

貯蓄より消費を優先させると、家計の不安定化も招きかねない。米連邦準備制度理事会(FRB)が今年5月23日に発表した米世帯の家計に関する報告書によると、2018年の結果はおおむねポジティブで、調査を開始した13年以来、米世帯の家計はかなり上向いているものの、400ドル(約4万3000円)の臨時出費があった場合、誰かから借りたり、持ち物を売ったりしないと工面できない人が27%に上るという。打つ手がないと答えた人も12%いる。現金か貯金、クレジットカードで工面できる人は61%だった。

貯蓄の少なさは、老後の生活にもかかってくる。現役世代の36%が退職後の蓄えを準備していると答えた一方で、貯金も退職年金も積み立てていない人は25%に上るという(上記報告書)。

■モノ選びの基準は「ときめき」ではなく「アイデンティティー」

現代日本史を専門とする米プリンストン大学のシェルドン・ガロン教授は、著書『Beyond Our Means:Why America Spends While the World Saves』(『収入を超えて 世界が貯蓄するのをよそに、なぜ米国人は浪費するのか』未邦訳)の中で、日本などの東アジア諸国や欧州に比べ、米国人は貯蓄が少なすぎる一方で浪費や借金が多すぎると指摘している。

たとえ5ドル(約540円)でもクレジットカードを使うキャッシュレス社会では、お金を持っていなくても散財しがちだが、ドルを使って経済を支えることが国への貢献だとする米政府の意にはかなっている。

こんまりブームは、こうした大量消費主義に長期的かつ広範な一石を投じることができるのか。「片付けの基準を『ときめき』に置くことは非常に有益だ」と、ル・ゾッテ氏は評価する。何かを「取得」する行為ではなく、モノとの個人的関係にフォーカスすることを重視しているからだ。

同氏によると、米国人は、その商品に「ときめき」を感じるかどうかではなく、自らの「アイデンティティー」を重ね合わせられるようなモノを選び、それを自分の「代用品」とみなすことが多いという。米国人が「持ち物との関係を育むことができるようになれば、消費者の購買傾向も変わりうる」と、ル・ゾッテ氏は言う。

ネットフリックスが、続編「リバウンドしない魔法の片付け法!」を放映できるよう、今後の「こんまりエフェクト」に期待したい。

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肥田 美佐子(ひだ・みさこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』編集などを経て、1997年、単身渡米。米メディア系企業などに勤務後、独立。米経済や大統領選を取材。ノーベル賞受賞経済学者ジョセフ・E・スティグリッツ、「破壊的イノベーション」のクレイトン・M・クリステンセン、ベストセラー作家・ジャーナリストのマイケル・ルイス、ジム・オニール元ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長など、米(欧)識者へのインタビュー多数。『週刊東洋経済』『フォーブスジャパン』など、経済誌を中心に寄稿する傍ら、『ニューズウィーク日本版』オンライン、『経済界』にコラムを連載。現在、テクノロジーと米経済に関する本を執筆中。(mailto:info@misakohida.com)

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(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田 美佐子 写真=Everett Collection/アフロ)

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