稲盛和夫"リーダーに必要なのは狂の境地"
プレジデントオンライン / 2019年7月31日 6時15分
■なぜ「大義」を第一にするか
初めて稲盛さんにお会いしたのは、電電公社の職員だった40歳のときのこと。当時私は、主に関西の経営者に対して、来る情報通信革命で社会がどう変わるかを説明する役割を担っていました。一方で、巨大な官営企業一社が通信事業を独占している状況は健全ではないという問題意識を持ち、対抗できる民間企業をつくりたいという秘めたる思いを抱いていました。
そんな矢先、ある講演会で出会ったのが、急成長企業として注目を集めていた京都セラミック(現京セラ)を率いる稲盛さんでした。何度か話をし、稲盛さんの経営哲学や経営手法を知るうちに、「この人なら自分の考えを理解してくれるだろう」と確信するようになりました。そこで思い切って「電電公社に対抗する民間の通信会社をつくりませんか」と切り出したのです。
電電公社という巨象に徒手空拳で立ち向かう。そんな夢物語、普通の経営者なら聞く耳さえ持たなかっただろうと思います。しかし稲盛さんは、同様の思いをすでに持っておられ、熟考の後に「ぜひやろう」と立ち上がってくださいました。なぜでしょうか。この挑戦には「大義」があったからです。
稲盛さんは大義を大切にする方です。事業が成功したとき、それは人と人との「出会い」があったからだと言う人がいますが、正確に言うと、出会っただけでは何も始まりません。世の中の矛盾を解決し、社会をよりよいものにしたい。そういう大義を持った者同士が出会い、志を共にして初めて、強烈な化学反応が起きるのです。
私は現在、レノバという再生可能エネルギーを利用した発電事業会社で、若い仲間と共に経営を行っています。未来の地球や地域のためには再生可能エネルギーを普及させなければならない、という大義を感じているからです。
もちろん大義を実現するには、圧倒的な努力が必要です。稲盛さんは、細部に至るまで全身全霊を傾けられます。私は共に創業したDDIで稲盛さんの仕事ぶりを間近に見ることができましたが、正直、ここまでやるのか、とその激烈さに舌を巻いた覚えがあります。稲盛さんの言葉を借りると、「狂」の境地に入らなければ、常識を突き崩すような挑戦に勝つことはできないのです。
当時は私も若く、稲盛さんが示してくれた教えの深い意味まではわかっていなかったかもしれません。真に腹落ちしたのは、イー・アクセスやイー・モバイルを自ら創業し、経営トップを経験してからのことです。あの頃稲盛さんはこんなに奥深いことを言っていたのか、と今改めて感じています。
■なぜリーダーに自己犠牲を求めるか
会社や部門のリーダーに対して、稲盛さんはある意味の「自己犠牲」を求めます。巨大な規制や独占企業に対して戦いを挑むような場面では、通常の熱意ではダメで、人間性と情熱の次元をはるかに高めなくてはならない。だからあえて「狂であれ」という言葉を使っていました。ときに厳しく接することで従業員の内面を変え、自分と同じ次元にまで上がってきてもらいたいという考え方です。思想を注入し続けることで、人は変わります。自発的、自律的に動くようになるのです。
そもそも「やらされている仕事」は面白くありません。自分で仕事の意義を見つけ、自律的に仕事ができる次元に達すれば、仕事ほど楽しいことはないのです。そして自分が「引き上げられている」という感覚を持つのはもちろん楽しいのですが、部下を引き上げることができればさらに嬉しい。ただ指導するだけでは全く意味がありません。相手の心が鼓舞するくらい、真剣に、魂を込めてこちらの心を伝えていくのです。精神のレベルで次の次元に引き上げるのです。
DDIで一緒に働いていた当時は、仕事を楽しみ、さらには仕事に「酔う」ところまで追求していく。そこまで導いてもらったという思いがあります。
実際にビジネスが動き出せば、合理的な手順を踏んで進んでいきます。しかし、ある巨大な壁を突破するときには、全員が「狂」とか「酔い」の状態になっていることが重要です。そのためには全員の次元を高めていくことが必要なのです。稲盛さんには、このことを教えてもらったように思います。
■なぜ平成最高の経営者といわれるか
稲盛さんは平成最高の経営者です。自分が経営する企業をどれだけ成長させたか、後に続く経営者にどれだけ影響を与えたか、純粋な社会貢献事業にどれだけ取り組んだか。名経営者と呼ばれる人は何人もいますし、ある一面では稲盛さんと同等の方もいるでしょう。しかし稲盛さんの場合は、どの角度から見ても傑出しています。
とくに企業経営を哲学の領域にまで高めたことは、特筆すべきことではないでしょうか。私自身が経験したことですが、稲盛さんと一緒に働いていると、心の底から褒められたり、震えるほど叱られたりしながら、人間性そのものが向上していく感覚を覚えます。そんな経営者を、稲盛さんのほかに私は知りません。
稲盛さんはDDI創業の頃すでに間違いなく突出したリーダーでした。そして令和の時代に入った今も、稲盛さんの教えは、経営者にとってますます偉大な道標になっていると感じます。
京セラやDDIを確固たる大企業に育て上げ、JAL再建を果たされてからもなお、努力を重ねることで人間性を高め、リーダーとしてどこまでも成長しようとされている。その姿勢そのものが、稲盛さんの本質であり、私たちが学び続けなければならないことだと思うのです。
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1942年生まれ。京都大学卒業後、電電公社へ。稲盛氏らと第二電電を創業し副社長などを歴任。イー・アクセスやイー・モバイルを創業。近著に『あなたは人生をどう歩むか』。
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(レノバ代表取締役会長 千本 倖生 撮影=永井 浩、若杉憲司 写真=iStock.com)
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