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実情からズレる政府の就職氷河期世代支援

プレジデントオンライン / 2019年7月19日 9時15分

当時、就職氷河期世代に対して、就職できないのは自分の責任という「自己責任論」が展開された。※写真はイメージです(写真=iStock.com/BartekSzewczyk)

政府は6月21日、35~44歳の非正規雇用者を対象に、就職の集中支援などを行う「骨太の方針」を閣議決定した。日本総研の下田裕介主任研究員は「政府の支援策には3つの視点が欠けている。特に企業に通い勤めることだけを前提にしている点は深刻だ」と指摘する――。

■二十数年経過しての新たな支援

政府は6月21日、「骨太の方針」(経済財政運営の基本方針)を閣議決定し、いわゆる「就職氷河期世代」に対して、就職を後押しするなど集中支援を行うことを決めた。

ここでいう就職氷河期世代とは、1990年代初めのバブル経済崩壊以降、2000年代前半ごろまでに、新卒生として厳しい就職活動に挑まざるを得なかった人たちを指す。就職氷河期からすでに二十数年が経過しており、この問題がここまで長期化してしまったのは、同世代の置かれた状況に対する誤った認識や、それを基に講じられた支援など、さまざまな“ズレ”が影響している。

■「自己責任」という認識のズレ

バブル崩壊後、深刻なデフレと景気低迷により、企業は採用抑制や早期退職によって正規雇用を抑える一方、低賃金の非正規雇用の活用を進めてきた。それにより、就職氷河期世代は厳しい新卒の就職活動後も、新規の正規雇用や、非正規から正規への雇用転換を果たすことが極めて困難であった。同世代が抱えたこうした雇用面での問題に対して、就職氷河期当時は、「本人が甘えているから」、「それは自己責任だ」と評され、自分自身に原因があるかのような認識が少なくなかった。

このような“現状認識のズレ”は、政府においてもみられた。例えば、『平成12年(2000年)版労働経済の分析』のなかでは、「親などの経済的支えが若年者の失業を可能にしている側面」、「若年者を取り巻く環境が豊かになり、必ずしも正社員の形態をとらなくても生活できるという状況」といった指摘がみられた。

そして、就職氷河期といわれ実に10年も経過した2003年になって初めて、省庁横断的な支援策「若者自立・挑戦プラン」が打ち出された。そのなかでは、雇用問題の原因を当事者のみに帰すことはできないとの認識を、ようやく政府が示したものの、事態を打開できるほどの成果は得られなかった。

■支援や対策の中身にズレ

その後、就職氷河期世代向けの支援はさまざまな形で行われ、2012年末に発足した第2次安倍政権以降も同様の対応が行われている。もっとも、“支援・対策の中身のズレ”から、問題の解決には至っていない。

例えば、ハローワークや職業紹介事業者などの紹介で、一定期間試行的に雇用する事業主に対して助成金を支給する「トライアル雇用助成金事業」は、現行の制度としては2013年度から始まっているが、利用状況からは支援の有効性に疑問符がつく。トライアル雇用開始者の対象をみると、就業困難者として想定される「2年以内に2回以上離職または転職を繰り返している」、「離職している期間が1年超」の者は、いずれも全体の1割にも満たない(図表1)。

一方、「就労経験のない職業につくことを希望」する者が全体の9割弱を占めており、これは、単に今の職よりもよくみえる別の職に就きたい人が応募しており、就業困難者支援というよりも、むしろ就職氷河期世代も含め、既に一定レベルの職に就いている人の“転職支援”という色彩が強い印象を受ける。

また、ハローワークなどの紹介で正規雇用として雇い入れる事業主に対して、助成金を支給する「特定求職者雇用開発助成金事業」に至っては、利用が極めて低調で支援策として機能していない。制度開始の2017年度は5億3495万円の予算額に対して実際の利用はわずか27件の765万円、翌2018年度も予算を10億7860万円まで拡大したものの、利用は453件の1億2800万円にとどまっており(2018年末時点)、全体の利用額は1割にも満たない。その理由として、対象労働者の要件に「過去10年間に5回以上離職または転職を繰り返している」が定められており、これでは、就職氷河期世代向けの支援として、あまりにも対象が限定的といわざるを得ない。

こうした“支援・対策の中身のズレ”を受けて、厚生労働省は、2019年度から、前者については「ニートやフリーターなどで45歳未満」、「生活困窮者」を対象者に加え、また、後者は要件を「正規雇用労働者として雇用された期間を通算した期間が1年以下であり、過去1年間に正規雇用労働者として雇用されたことがない」に変更したうえで、いずれも事業を継続している。

■一歩前進だが、依然として残るズレ

今回の新たな支援について、6月11日の第3回経済財政諮問会議の資料をみると、施策の方向性として、①相談、教育訓練から就職までの切れ目のない支援、②個々人の状況に合わせた、より丁寧な寄り添い支援、が掲げられている(図表2)。そのなかで②においては、生活困窮者相談支援機関の機能強化や、複合課題に対応するための支援の輪の拡大など、福祉面からの支援が挙げられており、就職氷河期世代の実情を踏まえれば、就労と福祉の両面から同世代をサポートしていくとする方向性が示された点は評価できる。

もっとも、細かい部分をみると、依然としてさまざまな“ズレ”を感じずにはいられない。ここでは具体的に2点指摘したい。

第1に、人手不足の状況下、就職氷河期世代の労働力を“安易に”活用しようという意図が透けてみえることである。もちろん、人手が足りないなか、「働きたいのに働けていない」、「よりスキルの高い仕事に就きたい」といった同世代に対して、労働者として活躍できるようサポートすることに異論はない。女性やシニア、そして外国人にだけでなく、就職氷河期世代にも目を向けるべきだ。

ただし、人手不足の業界での労働力活用が本支援の起点であれば、デリケートな面も抱える同世代に対して支援が効果なく終わりかねない。5月29日に厚生労働省が公表した支援プランでは、正社員につながる資格取得支援にとりわけ人手不足が強い業界が中心に挙げられている(図表3)。

学卒後、長期にわたり無職または不本意な職務環境に身を置かざるを得なかった就職氷河期世代の人たちが、今になって自身の学生時代の専門や経験などとはかけ離れた業界で人手が足りないから就業してみてはと促されても、二の足を踏んでしまうのではないだろうか。

また、短期間での取得資格が“長期間安定的な”正社員就労につながるかといった疑問もある。こうした形の支援は、当事者たちの自尊心を傷つけることにもなりかねない。

■企業が求めるスキルやニーズとのズレ

第2に、従来の手法と変わらない点が少なくないことである。前述の厚労省の支援プランでは、伴走支援・相談窓口の担い手としてハローワークが、また、正社員就職につなげる事業として教育訓練、職場実習など、これまで目にしたものが並んでいる。

例えば、相談のきっかけ・入り口として、これまでと同様のハローワークに、さまざまな事情を抱えた就職氷河期世代の人たちがどれほど自発的に足を運んでくれるかには疑問が残る。そして、教育訓練や職場実習を行うにしても、そもそも企業が求めるスキルやニーズとかい離しているとする現場の声も多い。

このように、さまざまな“ズレ”を抱えた状況で支援策が実行に移されれば、現場で使えるスキルやニーズの習得には至らず、結果として、格差の解消につながらない、支援の利用低調で予算の使い残しに終わる、また、就労支援を担う民間事業者へ補助金が支給されるものの、効果が薄く終わるといった事態にもなりかねない。

■ズレを修正するための3つの視点

それでは、“ズレ”のない就職氷河期世代への支援策はどう在るべきか、具体的には以下のような点がポイントになると考えられる。

第1に、「企業に通い勤めるだけが社会的な自立ではない」ことである。いまや働き方は多様化し、特定の企業に属し、例えば正社員として通い勤める以外でも、社会とつながり、生活を送ることができる可能性は以前よりも高まっている。

不安定な就労が長期化する人が多く、また中高年齢のひきこもりが深刻化し、就職氷河期世代の多くを含む40代では、約27万人いると推計される状況下(図表4)、そのような形であれば自立できる可能性を有する人も少なくないのではないか。

また、そうした形での社会的自立は、デジタルツールやサービスを個人で使うことができるようになった面も大きく、総務省「通信利用動向調査(2016年)」では、30代~40代のパソコンやスマートフォンの利用率がそれぞれ70%台~90%弱と高いことも示されている。同世代と親和性の高いデジタルスキル・ツールを活用した自立を選択肢として考えるのも一案ではないだろうか。

第2に、「支援の手段や担い手を変える」ことである。現行の政策対応が申請しないと利用できない「申請主義」の性格が強い点を見直すとともに、当事者との接点として、SNSなど時代の潮流に合致した手段で能動的なアクションを積極化する必要がある。

また、担い手としては、政府案でもひきこもり経験者やNPOの活用が挙げられているが、そこに、不遇の世代として共に厳しい就職氷河期を経験し、その痛みがわかる同じ世代や、地域や家庭の実情に通じたベテラン世代も加えたうえで、より多くの役割を担ってもらえば、当事者にも心を開いてもらうことができ、寄り添える面が多いのではないだろうか。あわせて、そうした人や組織の声が、支援の中身に確実に反映されるような仕組みづくりが欠かせない。

第3に、「並行して非正規雇用の処遇を改善する」ことである。国立社会保障・人口問題研究所「就職氷河期世代の支援ニーズに関するグループ・インタビュー調査報告書」では、実際の同世代における非正規雇用者から、「正規雇用への転換」よりも「非正規雇用の待遇改善」を求める声が比較的多いと指摘されている。これは、正規雇用への就労支援と並行して非正規雇用における働く環境の改善を進めることが重要であることを示している。

■「現在の不安」を和らげることも不可欠

政府案では被用者保険の適用拡大による年金などの保障の確保を打ち出しているが、こうした「将来の不安」を取り除くだけでなく、例えば、無期転換前の雇い止め問題の解消や賃金改善、有給休暇や育児・介護休暇の取得などの環境整備といった「現在の不安」も和らげることが欠かせないと考える。

政府が本腰を入れるとした就職氷河期世代への支援が、これまでのさまざまな“ズレ”を修正し、当事者の抱える実情に配慮したきめ細かな目配りによって、今度こそ進展することを期待したい。

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下田 裕介(しもだ・ゆうすけ)
日本総合研究所 調査部 主任研究員
2005年東京工業大学大学院修了、同年・三井住友銀行入行。06年日本経済研究センターへ出向後、08年日本総合研究所 調査部。17年~18年三井住友銀行経営企画部金融調査室(兼務)。専門は内外マクロ経済。

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(日本総合研究所 調査部 主任研究員 下田 裕介 写真=iStock.com)

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