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消費税は「増やすより減らせ」とは本当か

プレジデントオンライン / 2019年7月19日 9時15分

2019年7月16日、都内で講演したケルトン教授は「財政赤字は悪でも脅威でもない」と持論を展開した。(写真=時事通信フォト)

「日本政府が取り組むべき事は、消費増税より消費減税だ」。そんな主張をするMMT(現代貨幣理論)という考え方が注目を集めている。提唱者の一人であるレイトン教授も来日し、消費増税に否定的な見解を示した。一橋大学の佐藤主光教授は「興味深い理論だが、『増税は必要ない』という聞き心地の良い主張をそのまま実行するのは危険だ」と警鐘を鳴らす――。

現代貨幣理論(MMT:Modern Monetary Theory)が注目を集めている。MMTは1990年代にビル・ミッチェル(豪ニューカッスル大学)らによって始まり、主要な提唱者であるステファニー・ケルトン教授(ニューヨーク州立大)が2016年大統領選挙の予備選で、旋風を起こした民主党バーニー・サンダース議員の顧問を務めていたことなどから注目が集まった。

MMT支持者には、日本をその好例と挙げる人も多く、消費税率の引き上げが迫るにつれ、日本でも急速に関心が高まっている。

その主張の核心は「通貨を発行する権限があって自国通貨建て国債を発行する政府は、財政政策において財政赤字や債務残高などを考慮する(財政再建に努める)必要はない」というものだ。むしろ、財政の役割として完全雇用の実現・維持や格差是正など経済政策を重視すべきという。

実際、米国におけるMMT支持者は、国債発行で確保した財源を用いて、政府が基金を作り、失業者を雇用してその業務を担わせる「雇用保障プログラム」(Job Guarantee Program)を提唱する。とはいえ、主流派の経済学者からはインフレを招くといった批判が少なくない。本稿ではこのMMTの主張とその問題点について概観していく。

■平時にも積極的財政政策を主張するMMT

MMTの主張を端的に言えば、政府は財政赤字を気にすることなく、公共事業や福祉プログラムを含めて積極的な財政出動を行うべきということになる。デフレで経済が低迷するとき、マクロ(経済全体)の需要を喚起し、雇用と所得を拡大するよう財政を拡大すべきという主張は、古典的なケインズ経済学と同様だ。

MMTに批判的な主流派の経済学者であっても「例外的な環境における需要管理手段」として財政拡大は容認している。税収が伸びない中での歳出増は財政赤字を増やすことになる。この赤字は国債の起債によって埋め合わせなければならない。民間投資が活発な平時の経済状況であれば、国債の増発は(貸し手に対して借り手が増す結果)資金需要を逼迫(ひっぱく)させて金利の高騰を招くことになる。ここで金利とは資金のやり取りの「価格」にあたる。高金利は借り入れコストを高め民間投資を阻害してしまう。

一方、デフレ下では民間は投資を控え気味だし、家計は将来不安もあり消費を抑えて所得を貯蓄に回している。つまり、民間全体では資金が余っている(貸し手に対して借り手が少ない)状態にある。そうであれば、国債を増発しても金利上昇にはならず、むしろ政府の支出が新たな雇用と所得を生み出し、消費・投資を含む民間需要を回復させるという「好循環」につながる。不況期において財政拡大は有効な処方箋といえる。

しかし、MMTがいう積極的財政出動は不況期に限らない。平時においても必要というのが彼らの主張だ。なぜか? 財政出動の「出口」に対する認識が主流派とMMTとの間では決定的に異なっている。

主流派はいずれ民間企業や家計が活力を取り戻し、経済活動の担い手として需要を満たすよう市場が機能するだろうと考える。失業も減り、完全雇用が回復される。政府の役割はそれまでのつなぎとして需要を底支えすることにある。政府支出にしても、インフラ整備や教育投資など民間の活力を高める分野が望ましい。

他方、MMTは脱デフレのための景気対策ではない。むしろ、民間経済が回復することは見込めず、マクロの需要不足、つまり資金の「カネ余り」現象は「例外的な環境」ではない、むしろ構造的=慢性的と考える。このとき完全雇用を達成するのは市場ではなく、政府の役割ということになる。そのためには必要に応じて財政赤字を続けることも辞さない。

■日本はMMTの実践例か?

それでは平時における財政赤字には、金利上昇やインフレにつながるリスクがないだろうか? MMTは「心配ご無用」という。自国通貨建てで国債を発行する政府は、これをいつでも自国通貨に換えることができるからである。

つまり、中央銀行が貨幣を刷って国債を引き受ければ良い。仮に国債が外国通貨建て(例えば円ではなくドルで調達)だとそうはいかない。国債を買い戻すには外国通貨が必要なため、政府が保有する外貨準備金を取り崩すか、為替市場で外国通貨を調達しなければならないだろう。いずれも自国通貨の為替相場に悪影響を及ぼしかない。

この中央銀行による国債引き受け(「財政ファイナンス」という)は「ヘリコプターマネー論」にも似ている。しかし、MMTとヘリコプターマネー論は違う。後者は主流派同様、財政ファイナンスをデフレが深刻な時の例外的な措置とする。実際、その提唱者の一人であるアデア・ターナー氏も「過度な財政ファイナンスが極めて有害であることを理解することも重要だ」と指摘する通りだ。

これに関連して日本はMMTの実践例とされることがある。黒田日銀総裁の下、異次元の金融緩和を続けて、多額の国債を購入し続けてきたからだ。しかし、MMTが想定する金融政策と日銀の金融緩和策には大きな違いがある。日銀は物価上昇率2%という目標を掲げており、国債購入はその手段と位置付けている。

国債購入の対価として貨幣供給(マネタリーベース)を増やすことで、人々の(今後、物価が上がるだろうという)インフレ期待に働きかけることが狙いだ。いずれインフレ目標が達成されたら、金融緩和は終わるという「出口」を迎えることになる。他方、MMTにおける中央銀行はこうした目標も出口もない。政府の出す財政赤字をひたすら埋める役割を担うにすぎない。その意味で金融政策は財政に従属しており、中央銀行の独立性も失われている。

財政再建への奇策?

■MMTがインフレは起きないと主張する根拠

中央銀行が国債を引き受けるなら、財政赤字はそのまま貨幣の増発になる。いずれインフレを誘発しないのだろうか?

ここで鍵になるのは人々が貨幣を持つ理由である。貨幣の保有動機の一つには取引がある。消費や投資目的にモノ(例えば不動産)を買うにはおカネが必要だ。仮に取引対象であるモノに比べて使われる貨幣が多すぎると当然、貨幣の価値は低下しなければならない。それがインフレである。

しかし、MMTによれば、貨幣が増え過ぎても、その価値が毀損することはない。なぜか? 人々は取引のためだけでなく、納税のために貨幣を必要とするからである。MMTによれば、財政ファイナンスされる財政赤字が貨幣を増やすなら、課税は貨幣の回収にあたる。仮に将来的に納税が生じるならば、それに備えて人々は貨幣を準備しておくだろう。

例えば、1000兆円の国債が財政ファイナンスで貨幣に置き換えられたとして、人々はこれに相当する課税を予想してタンス預金している、あるいは銀行に預けて、銀行が中央銀行への準備預金をタンス代わりにしていることになる。

政府は財政赤字を続けられるため、財政的な制約に直面しないが、それは政府が増税を永遠にしないということではない。貨幣の保有動機に課税がある以上、いずれ増税があることが前提になる。さもなければ、1000兆円の貨幣をモノに代える動きがおき、貨幣価値の下落、つまり、インフレは避けられないだろう。逆説的だが、MMTによれば、政府が財政収支を気にしなくてよいのは、その気になればいつでも増税できるからだ。

ここで次の2点に留意されたい。第1に増税しなくても財政再建はできるという主張はいわゆる「上げ潮派」の主張でもある。ただし、彼らはいったん脱デフレとなれば、民間主導の高い経済成長が実現、自然に税収が増え財政赤字が解消される(財政収支がバランスする)ことを念頭におく。これに対して、MMTは高い成長を見込んでいるわけではない。自然増収ではなく増税なしには貨幣を回収できない。

第2にMMTは課税を貨幣(タンス預金)の回収とみなすが、回収の仕方に配慮がないようだ。仮に消費税や所得税でもって課税するなら、景気や成長に与える影響は甚大だろう。タンス預金に直接課税できると暗に想定しているのかもしれない。とすれば、MMTは政府に無限の課税権を認めているようにも思われる。

実際に、増税をすれば、景気に大きな悪影響を与える。では、増税をしないで、しかし国民は将来増税があると予想している状態で、財政赤字を延々と続けていくことが果たして可能なのだろうか。

■MMTはなぜ支持されるのか?

にもかかわらず、米国のリベラル派を中心にMMTは根強く支持される。その背景には所得格差の広がりなど、市場経済への不信があるのだろう。欧州諸国では財政危機の後の緊縮財政への反動という面もある。

わが国ではどうか?

MMTを脱デフレの新たな処方箋とする向きもあるが、繰り返すが、これは誤解である。MMTが目指すのは脱デフレではなく、政府が主導する(慢性的な需要不足を埋め合わせる)経済の再構築、いわば「大きな政府」だ。金融政策を補完する(助ける)ための財政政策でもない。MMTでは金融政策は財政政策(赤字)の帳尻合わせに使われている。もっともMMTに限らず、ヘリコプターマネー論やシムズ理論(財政の物価理論)など痛みを伴う財政再建は必要ないという「奇策」がわが国では流布してきた。いずれもMMTとは理論的・思想的な背景を異とする。

これらがもてはやされるのは消費税の増税を含めて厳しい財政再建しないで済む理由であれば、何でも良いからかもしれない。どの奇策も正しいという確信があるのでなく、そうあってほしいという願望もあろう。危険なのは、わかりやすい、あるいは聞き心地の良い主張が必ずしも正しい処方箋ではないということだ。

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佐藤 主光(さとう・もとひろ)
一橋大学経済学研究科・政策大学院教授。
1992年一橋大学経済学部卒業、98年クイーンズ大学(カナダ)経済学部 Ph. D取得。専門は財政学。政府税制調査会委員、財務省財政制度等審議会委員などを歴任。2019年日本経済学会石川賞受賞。主な著書に『地方税改革の経済学』など。

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(一橋大学経済学研究科・政策大学院教授 佐藤 主光 写真=時事通信フォト)

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