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小売再生のプロが驚く"谷根千エリア"の店

プレジデントオンライン / 2019年7月25日 15時15分

スティーブンス氏が「没入型の劇場」と表現した谷根千のホテル「hanare」の外観。コンセプトは「まち全体をひとつのホテルに見立てる」。フロントと宿泊施設は離れたところにある。

「あなたがこれまで見てきたなかでもっとも魅力的だった店舗はどこですか?」。世界的な小売のコンサルタントで、書籍『小売再生』の著者のダグ・スティーブンス氏がよく聞かれる質問だ。6月に日本を訪れたスティーブンス氏に、顧客を惹きつけてやまない店の条件を聞いた――。

■「いい店舗」の評価基準は安さでも品揃えでもなくなった

「いまやわたしたちは店に何かを『見つけ』にいくのでも『買い』に行くのでもない。つまり、店で売るのは『商品』ではなく『体験そのもの』になりつつある」

とスティーブンス氏は指摘する。しかし「体験」という言葉は曖昧で評価しづらいため、多くの企業が具体的にどんな体験を店舗に組み込むべきかを試行錯誤している。より魅力的な店舗体験を生み出すためには、スティーブンス氏の以下のキーワードが参考になるだろう。

<キーワード1>個人の店 Independent Store そこに情熱はあるか?

「これまで見てきたなかで、もっとも魅力的だった店舗はどこですか?」。小売コンサルタントとして幾度となく受けてきたこの問いに、スティーブンス氏は毎回次のように答えている。

「それは大企業や有名ブランドの店舗ではなく、独立した個人のお店(=Independent Store)です」

売上や利益率はもちろん大切だが、それは「思い出に残る体験」を提供できればおのずとついてくるものである、とスティーブン氏は考える。逆に今後「買う」という行為はオンラインで完結できるようになっていくからこそ、顧客の感動を生むがないところで売上と利益を上げ続けることが困難になっていく。

■創業者はストーリーテラーであれ

では来店者の記憶に残り続ける体験は何によってつくられるのか。個人店が有利なのは、創業者や経営者自身が店舗に立つことで顧客に直接熱量を伝えられる点にある。創業者自身がストーリーテラーとなり、そこでしかできない体験をつくり上げることで、顧客にとって「忘れられない体験」が積み重なっていくのだ。

SNSが発達したいま、オーナーの発信内容への共感からブランドや店舗のファンになるケースも増えている。日々のSNS上でのコミュニケーションを通して、その人のつくるものやセレクトしたものを信頼して買うという購買行動が生まれはじめているのだ。こうした動きもまた、創業者自身が直接顧客に熱量を伝えられるようになったことによって起きた変化である。

店舗であれSNSであれ顧客に直接情熱を伝えることこそが、顧客体験を作るための出発点となりつつあるのだ。一方で、組織が大きくなるほど、個人の情熱がダイレクトに顧客に届きにくくなっていく。スティーブンス氏は言う。

「たとえ組織が大きくなっても創業者の情熱やストーリーを伝え、立ち上げたときの情熱を皆が忘れないようにすることが重要です。規模の大小に関わらず、理想的な体験は常にたった1人の情熱から始まるのです。店舗にとってこれからより大事になってくるのは、Inventory(在庫)よりInspiration(インスピレーション)なのです」

■無印銀座店が「食」に注力するワケ

谷根千のホテル「hanare」のレセプション
<キーワード2>人のエネルギー Human Energy 人は人がいるところに集まりたい

とはいえ、店舗側の情熱だけでいい店舗はつくれない。思い出に残る体験は、顧客が参加者となり、場の活気を生むことによって生まれるものだからだ。今回の来日で、スティーブンス氏は4月にオープンした無印良品銀座店を訪れた。そのときに何度も口にしていたのが「人のエネルギー」という言葉である。彼の言う「エネルギー」とは来客数の多さだけではなく、店舗に流れる空気やコミュニケーションの活発さを指している。

「スマートフォンの登場によっていつでも人と繋がることができる時代になったにも関わらず、現代人の最大の悩みは“孤独”です。店舗は単なる買い物の場所ではなく、人と人とのコミュニケーションを活発にさせる役割が必要とされているのです。これからの店舗がもっと目を向けるべきはCommerce(販売)よりもCommunity(コミュニティ)やConnection(つながり)です」

無印良品銀座店におけるHuman Energyの鍵は「食」にある。初の試みとなる生鮮食品の取り扱いや紅茶のブレンドコーナーをはじめ、他店舗に比べて売場における食料品の比率を高めている。食はコミュニケーションの中心であり、顧客が何度も足を運ぶきっかけになりやすいという理由からだ。食が生み出すコミュニケーションは店舗内に留まらない。「誰かと食べる」という行為を通して友人や家族との間にコミュニケーションを生み出し、現代の課題である孤独を解消するきっかけになる。この「孤独の解消」こそが、食の持つポテンシャルであるとスティーブンス氏は語った。

無印良品銀座店では食以外にも各フロアにオーダーメイドの窓口やイベントスペースを設置するなど、コミュニケーションを重視した顧客接点も増やしている。何でもオンラインで購入できる時代だからこそ、人は活気やコミュニケーションを求めて店舗を訪れるのだ。

■リアル店舗に必要なのは“スクリーン”より“没入感”

<キーワード3>スクリーンレス Screenless 過剰なテクノロジーはいらない

活気に加え無印良品銀座店でスティーブンス氏が注目したのが、店内に設置されているスクリーンの少なさだった。店舗の最新事例を語る際にはテクノロジーの導入に言及されることが多いが、テクノロジーを使えばいい体験がつくれるわけではないとダグ氏は語る。

「わたしたちはすでに多くの時間をスクリーンに接しながら暮らしています。ただでさえ日頃からスクリーンを見ているのに、わざわざ別のスクリーンを見るために店舗に行きたいと思うでしょうか? 店舗がやるべきことは、スクリーンを見ることすら忘れてしまうほど没入感のある体験をつくることなのです」

現代の消費者はそれぞれポケットにスマートフォンという名のスクリーンを所持しており、気になったものがあれば自分で調べることができる。最先端の大型スクリーンを店内のあちこちに設置するよりもまず商品を体験してもらうこと、そして顧客がより詳しく知りたいと思ったときにスムーズに必要な情報にたどりつけるように設計することこそが、真のO2O(オンラインからオフラインへ送客する)戦略と言えるだろう。

■なぜ「谷根千エリア」に世界は注目するのか

<キーワード4>没入型の劇場 Immersive Theater 非日常体験をどう生み出すか

スティーブンス氏は、今回の来日時に単体の店舗だけではなく、まち全体で店舗の価値を上げている谷根千エリア(谷中・根津・千駄木)を訪問した。谷根千エリアには昔から地域で愛されてきた店舗や行き交う人同士が親しげに挨拶する姿など、ノスタルジーを感じる景色がそのまま残っている。一方で、食べ歩きや古民家をリノベーションしたおしゃれな雑貨店も点在し、観光地としての楽しみも多い。

統一されたまちの雰囲気がありつつも、それぞれの店舗オーナーが情熱を持って営む店舗が点在している谷根千は、さながら自然に出来上がったテーマパークのようであり、スティーブンス氏はそれを「没入型の劇場」という言葉で表現した。

「店舗はメディアになる」とスティーブンス氏は著書『小売再生』のなかで語っているが、それは単に店舗がショールーム化するという話ではない。メディアのようにコンテンツが文脈をもって編集され、学びや気づきを得られる場所になっていくという意味である。そしてその体験はもはや買い物体験ではなく、劇場や映画館で上映される物語に自分自身が入り込んでいるかのような没入型の体験なのだ。

谷根千エリアの魅力のひとつに、「まちの案内人」としてのホテルの存在がある。それが谷中に位置する分散型ホテル・hanareだ。hanareは「まちに泊まる」というコンセプトのもと、通常であればホテルに併設されているレストランや浴場を谷中のまちに点在する施設で代替し、宿泊者がまちを回遊するような仕組みをつくっている。さらにチェックインの際にまちを訪れたきっかけや趣味をヒアリングし、それぞれのゲストにあった楽しみ方を案内する。

小さな店舗は、店舗面積も小さく取扱商品も少ないぶん、単体では没入型の体験を創出することが難しい。谷根千エリアは情熱にあふれた「個人の店」のネットワークによってその不利な点を克服し、まち全体で記憶に残る没入体験をつくることに成功している。

■商品をつくって売ることの先にあるもの

<キーワード5>真のコンバージョン True Conversion 購入が目的ではない

体験の重要性は理解しつつも体験への投資がどれだけ売上につながるかがわからないために二の足を踏む企業も多いのではないだろうか。スティーブンス氏はこの点について、以下のように述べている。

「体験への投資が結果的に売上に結びつくことは様々な調査でも明らかになっています。しかしより重要なのは、コンバージョンの定義そのものが変わりつつあるということです。モノを売るために体験を用意するという発想から、顧客に感動的な体験を与えるという本質的なコンバージョンへ意識を切り替えなければなりません」

これまでの企業は、商品をつくって売ることが主な収益源だったために売ることをゴールに据え、見込み客をふるいにかけて購入にまで導くファネル型のマーケティング手法を是としてきた。しかし顧客自身が強力な発信力を持ち始めたいま、購入はむしろブランド体験におけるスタート地点である。購入は目的ではなくよい体験をつくるための手段であり、その前提を変えることなしに真に顧客を感動させる体験をつくることはできないのだ。

■小売再生はたった1人の情熱から始まる

<キーワード6>体験企業 Experience Company すべての企業は「体験企業」になる

スティーブンス氏の主張は以下の一言に集約されると言っても過言ではない。

「これからはすべての企業が“体験企業”になる」

ダグ・スティーブンス・著、斎藤栄一郎・訳『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(プレジデント社)

ただしここで言う体験とは店舗体験のみならず、顧客がその商品や店舗に接する体験すべてを指す。企業が顧客に提供する価値はモノ自体ではなく、そのモノを通して得られる体験だからだ。

たとえ店舗を持っていない企業でも、顧客に何かしらの価値を提供している以上は常に「体験」への評価からは逃れられない。データやコミュニティはすべて魅力的な体験を創出するための手段であり、どの企業も顧客に提供したい体験価値から逆算して施策を考える必要がある。

つまり体験は店舗に限った話ではなく、商品やサービスを認知してから実際に使用し、ブランドから離れていくまでの間、すべての行為がスムーズに行えるように設計する必要があるということだ。そして「理想的な体験は常にたった1人の情熱から始まる」とスティーブンス氏が語ったように、顧客に提供する体験価値を考え抜く1人の情熱こそが小売再生の鍵となるのだ。

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最所 あさみ(さいしょ・あさみ)
リテイル・フューチャリスト/noteプロデューサー
大手百貨店入社後、ベンチャー企業を経て2017年独立。ニューリテールにまつわるコンサルティングや執筆、コミュニティマネジメント、イベントプロデュースを行う。またnote有料マガジンを通して独自の考察や海外事例の紹介、小売や店舗を軸にしたコミュニティ運営を行う。2019年7月よりnoteプロデューサーに就任。ブランドや店舗オーナーがnoteを通して発信し、顧客とコミュニケーションをとる活動全般を支援する。

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(リテイル・フューチャリスト/noteプロデューサー 最所 あさみ)

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