空気の読めない人には適切な治療が必要だ
プレジデントオンライン / 2019年8月13日 6時15分
※本稿は、岩波明著『うつと発達障害』(青春新書)の一部を再編集したものです。
■「大人の発達障害」は何歳くらいに発症するのか
「大人の発達障害」という言葉は、多くの誤解を生んでいます。
第一に、発達障害は生まれつきのものであり、大人になってから発達障害になるわけではありません。
子供の頃は症状が目立たず、社会的な適応に問題がない場合もまれではありません。ケアレスミスが多い、忘れ物が多いなど、何らかの症状はあっても、それが大きなトラブルに発展しない限りは、放置されることがほとんどでしょう。
また、発達障害の症状そのものは、進行性のものではありません。長年にわたり、同じ状態が安定的に続くのが、発達障害の特徴です。
しかし、子供の頃は目立たなかった症状が、大人になって就労し、ストレスの強い状態で「顕在化」することがみられます。
「大人の発達障害」とは、「成人期に達した発達障害」なのです。
■症状がなくなるわけではなく、目立たなくなるだけ
これまで医学の世界では、最近までは、発達障害といえば児童期の病気だと考えられていました。医療の対象というより、福祉や教育の対象として捉えられることが多かったのです。
また、小児期の症状は、思春期以降次第に改善すると考えられていました。
ところが近年、成人においても発達障害の症状によって苦労している人が多いことが少しずつ認識されるようになってきました。
特に職場での問題がクローズアップされるようになり、ジャーナリズムも注目するようになり、「大人の発達障害」に関する記事が一気に増えて、専門外来への受診者も急増しているのです。
つまり、「発達障害は、大人になったからといって、症状がなくなるわけではない」のです。本人がうまく対応していて目立たないだけなのです。
■誤った診断は、二次障害を引き起こす
ADHDについても、かつては児童期の病気と見なされていました。そのせいで、まだまだ「ADHDは子どもの病気」「大人になるにつれて、自然に多くが改善する」という誤解が多くみられます。
確かに思春期以降に、一見すると症状が目立たなくなるケースもあります。これは多くが、本人の努力によるものです。
しかし、多くのケースでは、大人になってからも何らかの症状が続き、生活に支障が出ています。
例えば、会社において、普通なら考えられないようなケアレスミスをする、段取り下手でスケジューリングを守れない、突発的なことが起こると動揺してパニックを起こす、などがよくみられます。
ADHD特有のこうした傾向が、周囲からは本人のやる気の欠如や、能力不足、不真面目さとして、否定的に評価されることもしばしば起きています。
そのため、ADHDの当事者も自己否定的になりがちで、その結果、うつ病やパニック障害などの不安障害を二次的に起こすことも珍しくありません。
このような二次障害に隠れてしまい、大人のADHDが正しく診断されないことは、現在でも珍しくありません。
専門である精神科医ですら、いまだに正しい知識を備えているとは言えないのです。「よくわからない」と言って診断を断る医師も存在していますが、このような状況は変えていかないといけません。
■「発達障害かも」と思ったときの判断基準
私の診察室にやってきた患者の事例です。東京六大学に在学中の方で、本人は「ストレスを感じやすい、自分に自信がない、他人がどう思っているか気になる」といった自覚症状を訴えました。
しかしこれらは二次的に出現した症状です。診察を進めるうちに、主な症状は、「忘れっぽい、無自覚な行動が多い、スケジュール管理が苦手、対人関係が苦手」、さらに「2つのことを同時にできない、集中力がない、優先順位がつけられない、落ち着かない」といったものであることがわかりました。
いずれもADHDに典型的な症状です。ここまでの症状がそろっていて、以前から連続していれば、明らかにADHDだと診断がつきます。
なお、彼は行動上の失敗の例として、「羽田空港に向かわなければいけないのに成田空港に着いてしまった」というエピソードを話してくれました。
通常ではまずありえない間違いですが、これはADHDの特性である不注意からくるものと考えられます。彼は正常以上の知能を持ち、ある有名証券会社に就職が決まっているのですが、これから苦労しそうです。
■ADHDとASDの混同は今すぐ修正すべき
夫婦関係の問題でやってきた男性患者の事例もあります。彼の自覚症状は「妻に対して自分勝手な発言が多い、妻の話をちゃんと聞けない、暴言を吐いてしまう」というものでした。
詳しく話を聞いていくと、こうした問題の背景にあるのは自分の衝動性をコントロールできないという特性であることがわかってきました。これも、ADHDによく見られる症状です。
この患者は妻に連れられて受診しました。妻の訴えは夫の暴言よりも、「自分の話をちゃんと聞こうとしない、スルーする」といったことが中心でした。誰しも多かれ少なかれこういうところはあると思いますが、ADHDでは極端に表れます。
アスペルガー症候群などのASDと比較して、ADHDの場合は自己診断が比較的正確です。私は烏山病院でADHDの専門外来を担当していますが、「自分はADHDではないか」と自己診断してやってきた人の7~8割は、その通りADHDの診断がついています。
一方、「自分はアスペルガーではないか」と言ってやってくる方が正しい診断であるのは3割程度です。実際は、他の疾患であることが大部分です。
繰り返しになりますが、「人付き合いが苦手=発達障害=アスペルガー」といった誤解、思い込みは、修正する必要があるでしょう。
■「発達障害」は病名か
「発達障害」は、いくつかの疾患を含んだ疾患の総称です。発達障害という独立した疾患があるように語られることがありますが、それは誤った考え方です。
あらためて整理しましょう。発達障害とは、注意欠如多動性障害(ADHD)、アスペルガー症候群などの自閉症スペクトラム障害(ASD)、限局性学習障害(LD)などの疾患を全体的に指す言葉です。他にも、さまざまな疾患が含まれます。
そのうち症例が多いのはADHDとASDであり、特に多いのはADHDです。本書においても、ADHDとASDの2つを中心に扱います。
ADHDは「不注意」と「多動・衝動性」を主な症状としています。落ち着きがないことや、ケアレスミスや忘れ物が多いことなどが、特徴として挙げられます。
一方、ASDの症状は「コミュニケーション、対人関係の持続的な障害」と「限定された反復的な行動、興味、活動」です。人の気持ちがわからないこと、場の空気が読めないことなどに加えて、電車などの乗り物や列車の時刻表など、特定のことに強いこだわりを持つことが特徴です。
このこだわりの症状については、他に自分自身の行動パターンについてのこだわりも含んでいます。そのため、極端な「マイルール」を持っていると言い換えることも可能です。
■病名や定義の変化に注意が必要
総人口に占める割合を示すデータはさまざまですが、成人においては、ASDは多くて人口の1%、ADHDは5%前後と言われています。発達障害といえば、ASDに含まれる「アスペルガー症候群」をイメージする人が多いかもしれませんが、実際にはASDよりもADHDのほうが、かなり多くの当事者が存在しています。
前述したように、「発達障害」を個別の疾患と捉える誤解は、医療関係者にも少なくありません。これには、やむをえない事情があります。
その原因のひとつとして、ある疾患の呼び名が複数あったり、その呼び名が時代によって変化したりと、診断名自体も時代とともに変化していることがあげられます。
DSM-5(※)は「神経発達障害」という大カテゴリーを設けており、ASD、ADHDのほか、LD、知的能力障害(精神遅滞)、コミュニケーション障害などが含まれています。
※DSMはアメリカ精神医学会による「精神疾患の診断・統計マニュアル」。精神科の診断基準として世界的に用いられており、2013年に第5版が発表された。
しかし、この診断基準における名称も、時期により変化しています。以前に用いられていた「アスペルガー症候群」という病名も、DSM-5になってから使われなくなりました。現在のところ、アスペルガー症候群はASDに含まれています。今後も、疾患の定義や名称が変わる可能性は十分にありますので、注意が必要です。
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精神科医
1959年、神奈川県生まれ。医学博士。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。著書に『天才と発達障害』(文春新書)、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?』(光文社新書)等がある。
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(精神科医 岩波 明 写真=iStock.com)
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