"史上最悪の会見"を開いた吉本の時代錯誤
プレジデントオンライン / 2019年7月26日 6時15分
■岡本社長はお笑い芸人としての資質のほうがある
100年以上かけて築いてきた吉本興業ブランドを、たった5時間半で岡本昭彦社長はたたき壊してしまった。
これほどの短時間で、これだけのことを成し遂げた岡本の手腕は見事というしかない。経営者ではなくお笑い芸人としての資質のほうが間違いなくある。
前々日に行われた宮迫博之と田村亮の会見は、謝罪はするが、自分たちの主張したいことはするという会見のお手本ともいうべきものだったが、彼らのトップがこれでは、所属する芸人たちも肩を落としたことだろう。
スポーツニッポンの阿部公輔・文化社会部長は、「芸能史上最悪の会見」(7月23日付)と書いた。私見だが、これまで行われたすべての会見のワーストを選べば、間違いなく3位以内には入る。
フライデーの報道から始まった吉本の芸人たちと反社との「闇営業問題」は、吉本興業の企業体質やガバナンス、経営陣の能力不足を問うところまで広がってきた。
会見で宮迫は、謝礼をもらっていたが、自分の中に、それを否定したい思いがあったためにウソをついたことを謝罪し、そのことはすでに吉本興業にも伝えてあると話した。だが、顧問弁護士から「いまさらひっくり返せませんよ」といわれたそうだ。
■「テープ回してないやろな」は冗談のつもりと言い訳
田村亮も岡本社長に、「僕が辞めてもいいから謝罪会見をさせてほしい」と直訴したが、岡本は、「お前らテープ回してないやろな」と一喝し、「亮ええよ。おまえが辞めて1人で会見してもいいわ。やってもいいけど、全員連帯責任でクビにするから。それでもいいならやれ。俺にはおまえらを全員クビにする力がある」といい放ったというのだ。
この発言はパワハラではないかと聞かれた岡本は、座を和ませようとした冗談のつもりだったと言い訳したが、目が泳いでいた。
その上、「宮迫の契約を解消した」と発表したのに、すぐに、「宮迫の契約解消を解消する」といい出したのである。この人には、自分の言葉の重みというのがまったくわかっていないようだ。
スポニチ(7月23日付)が掲載した事件の時系列によると、流れはこうだ。
■謝罪会見をしたいという2人を止め、事実関係を隠蔽
5月30日にフライデーが宮迫を直撃。6月4日に吉本興業が闇営業を仲介した入江慎也を契約解除。6月7日にフライデーが発売されるが、宮迫は「ギャラはもらっていない」とツイートする。
6月14日にフライデーが第二弾を報道。6月18,19日に吉本が宮迫、田村亮らをヒアリングするが、宮迫は金額の記憶がないという。
6月24日、吉本興業から忘年会に出ていた芸人たちに謹慎処分の通告。そこで田村亮が「一人で会見したい」と主張する。ここで岡本社長の「やってもええけど」発言が出る。
7月7日、宮迫が吉本側に、「謝罪会見をさせてほしい」という。7月10日、吉本側に不信感を抱いた宮迫、亮が弁護士を立てたため、吉本は直接連絡ができなくなる。
7月13日に吉本興業が芸人たちの受領金額を公表する。7月18日に、吉本側は、会見するなら引退か契約解消を選んでほしいと要請する。宮迫は引退を了承するが、亮は引退は避けたいと要望する。吉本側は、会見のリハーサルをすると提案するが、2人は拒否。
7月19日にフライデーが、宮迫が半グレと一緒に写っている写真を掲載。同日、吉本が宮迫との契約を解除すると発表する。
宮迫が、ギャラをもらっていたにも関わらず、もらってないとウソをついたことが問題なのはいうまでもない。だが、さらに大きな問題は、吉本興業は、宮迫と田村亮がギャラをもらったことを知っていたにもかかわらず、謝罪会見をしたいという2人の主張を恫喝して抑え、事実関係を隠蔽してきたことである。
■大崎会長を守ろうと松本が仕組んだのではないか
7月20日、ダウンタウンの松本人志が、宮迫、亮の会見を見て、急遽、吉本興業の大崎洋会長と会い、岡本社長が会見を開くことを要求した。このことは、7月21日午前10時の『ワイドナショー』(フジテレビ系)に生出演して、松本自らが話した。
この松本の動きに対しても、大崎会長を守ろうと松本が仕組んだのではないかという批判が出ている。
7月25日に発売された『週刊文春』(8/1号)と『週刊新潮』(同)で、反社との付き合いが問題になって引退した元吉本所属の島田紳助までが登場して、大崎、岡本の弁護をしている。
「これはあくまで俺個人の意見やで。吉本では、会社と芸人は親子、言うたやろ。せやから、喧嘩してもぜったいに仲直りできるはずや。希望的観測かもしれん。でも、ほとぼりが冷めたら、きちんと吉本から宮迫たちを復帰させてほしい。(中略)宮迫たちも、髪の毛でも剃って松本についてって、月のギャラ10万でいいから舞台に立つ。まずは、一から出直すのがええんちゃうか」
そして、これからの松本の頑張りに期待するというのである。しかし、彼には、この問題が芸人と吉本とのコップの中の嵐ではなく、吉本興業という企業体が抱える構造そのものにまで広がっていることが、わかっていないようだ。
■吉本の幹部は、世の常識とは違う常識で生きている
ここまで来たら岡本社長の辞任は避けられないだろう。宮迫、田村亮を含め、反社の忘年会に出てギャラをもらった芸人たちは、少なくとも半年から1年は謹慎処分にすべきだと思う。
だが、吉本の全権を握っているのは、大崎洋会長であることは間違いない。岡本社長は大崎の傀儡である。大崎会長の責任を問わない限り、吉本興業は変わらない。
『週刊新潮』(7/25号)の「『吉本・大崎社長』が明かす『闇営業』の核心」で、大崎が縷々述べているが、この御仁も、世の常識とは違う常識で生きているようだ。
大崎が社長になった時点で、役員や社内にも「反社のような人たちがいた」(大崎)が、そいつらを命がけで追い出し、近代化をしたと語っている。
しばらく前に、中田カウスと暴力団との関係が取り沙汰されたが、大崎は、「07年当時、吉本はカウスさん本人を含め関係者の聴取を行って問題はないと判断しました」といっている。だが、私には疑問だ。それに、その後も島田紳助と暴力団員との親しい関係も明るみに出ているではないか。
■6000人もの芸人を抱える構造そのものに無理がある
大崎は、僕が社長になってからはコンプライアンスを強化してきたと主張するが、「『直の営業』については、基本的に、自由にさせてきた」という。だが、この直営業が今回のように、詐欺集団や暴力団に付け込まれる“スキ”になっているのだ。
直営業に走るのは、吉本9対芸人1ともいわれるギャラの配分や、賃金の安さにあるのに大崎は、「『最低賃金を保障しては』という議論があります。しかし、全員に払っていたら会社が潰れてしまう」と抗弁するのだ。
大崎が700人程度だった所属芸人を6000人まで増やしたといわれる。ひとつの事務所が6000人もの芸人を抱える構造そのものに無理がある。だが、大崎はそうは思わないらしい。
吉本が持っている劇場が日本に17あり、NSC(吉本総合芸能学院)を出たらすぐに舞台に立つことができるから、「プロの舞台に立ったのなら、たとえ1円でも250円でも払うというのが会社の考え方です」という。
きょうび250円もらっても子ども喜ばない。まして、結婚してたり子どもでもいたら、どうやって生きろというのか。
吉本興業には昔、「社員は虫けら、芸人は○○(今は差別語なので割愛)」という考えが、経営者にはあったといわれる。その“伝統”は今も受け継がれ、芸人をタレントとは考えずに消耗品と考えているのではないか。
■「不幸な子」をたくさん抱えて面倒を見ないブラック体質
大崎は、「よその事務所へ行くなりしてもいい。でも誰も(吉本興業を=筆者注)辞めません」と豪語するが、外で通用するような芸人がほとんどいない証左ではないのか。
島田紳助は『週刊新潮』でこう語っている。
「吉本所属タレント6000人のなかで、お笑いだけで生活できるのは200人ぐらいでしょ。それ以外はアルバイトしたり家族やタニマチに支援してもらったりしてなんとか食っていっているのが実情や。(中略)吉本ぐらい会社の規模が大きくなると、全員を舞台に立たせられるわけもない。舞台に立てない子らも、喋りの練習はしないといけない。だから、アルバイトや直の仕事をしながらやってるわけや」
紳助は以前、「10年やって(M-1の)決勝に上がれんやつは、辞めなあかんのです。芸能界で一番不幸なのは、才能のないのに辞めない子」といっている。
私も、芸人の世界は実力主義でいいと思う。反社と付き合っても、多くの女を泣かせても、カネにだらしなくても、芸さえ素晴らしければ、客は喜び、懐を緩める。
だが、そんな芸人は6000人の中に1人いるかいないかであろう。紳助のいうような、不幸な子をたくさん抱えて面倒を見ないのでは、ブラックといわれても致し方ないのではないか。
■芸人が言っても動かないが、お上に言われるとすぐにやる
それに加えて、6000人の所属芸人たちとは口頭だけで、契約書はないというのである。
「紙一枚のこととはいえ、『サインしてや』というよりも、疑似家族というかミニ共同体として契約を超えた信頼関係が築けるのではないか、との考え方なんです」(大崎会長)
したがって、ギャラの配分もどうなっているのか、芸人たちにはわからない。
さすがに今回の騒動になって、公正取引委員会は吉本とタレントとの間で書面で契約を交わさない点について問題があると指摘した。すると、吉本興業側は、「希望するタレントには書面で契約する方針を固めた。(中略)吉本関係者によると、全てのタレントに聞き取りをしてそれぞれの意向を確認したうえで、希望する人については改めて書面で契約を結ぶという」(朝日新聞デジタル「吉本興業、希望者と書面で契約へ 全員の意向確認も準備」7月25日)。
芸人たちがいくらいっても動かないが、お上が「問題あり」というとすぐにやるところが、今の吉本興業をよく表している。
■テレビ局への影響力では、ジャニーズ事務所も及ばない
最近、吉本は安倍晋三首相に接近し、政府の教育事業にも参入している。沖縄の「基地跡地の未来に関する懇談会」に大崎会長が出席するなど、お笑いだけではない方面へも進出しているのである。
「2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前に、お笑い業界から“本格参戦”したのが吉本興業。目指すは『スポーツの総合商社』」だと、スポニチ(2018年10月17日付)が報じている。
元大リーガーの石井一久や黒田博樹、斎藤隆、サッカーでは日本代表でプレーした経験を持つ選手たちなどと契約しているという。さらに、テレビ局への影響力でいえば、ジャニーズ事務所など及ぶところではないこというまでもない。
ノンフィクション・ライターの西岡研介が書いた『襲撃 中田カウスと1000日戦争』(朝日新聞出版)で、在京テレビ局関係者がこう語っている。
■吉本の機嫌を損ねたら、番組自体が潰れてしまう
「吉本は、800人のタレントを抱える日本最大の芸能プロというだけでなく、今や“笑い”というソフトをほぼ独占している、テレビ局にとっては、最大のコンテンツホルダーなんです。
この不況の折、どの(テレビ)局でも、(番組)製作費を抑えるのに四苦八苦している。よってどの局も自ずと、製作費が安くつく、お笑いや、バラエティー番組に走る。お笑いはもちろんのこと、バラエティー番組にも今や、芸人は必要不可欠な存在ですからね。
だから今では、どの局を見ても、若手芸人の“ネタ見せ”番組や、ベテランや中堅の芸人さんが司会を務めるバラエティーばかりで、お笑い芸人の姿がテレビに映らない日はないでしょう。その最大かつ安定した"供給源"が吉本なんです。
その吉本に、所属芸人を引き揚げられたらどうなります? 番組はたちまち成り立たなくなる。しかも吉本は、それらのお笑いやバラエティー番組の制作自体に携わっている。吉本が制作にかかわっている番組は年間2000本とも、3000本ともいわれてます。さらには(それらの番組の)スポンサーまで、吉本がつけてくれるケースも少なくない。そんな吉本の機嫌を損ねたら、番組自体が潰れてしまうというのは、我々の世界では“常識”なんです」
この証言は、今から12年も前のことである。
■大崎会長は、早急に会見を開いて説明する責任がある
今や所属芸人は6000人といわれるから、さらに力をつけたお笑い帝国の前に、テレビ局がものをいえるはずがない。松本、さんま、紳助たちは、今度の騒動を矮小化しようと懸命なようだが、吉本興業はエンタメ界のモンスターになりつつあるのだ。
前近代的徒弟制度のような商慣習を維持しながら、カネになるものには見境なく手を出していく。時の権力にすり寄り、国の政策にも関与していく“政商”のような側面もあるとしたら、そのトップが、どのようなビジョンを描き、社会貢献を果たしていくのかを、国民全体でチェックするのは当然のことである。
今回、宮迫、田村亮たちが思いがけなく開けた穴は小さかったが深い。大崎会長は、吉本興業の歴史の中で初めて、創業家に反旗を翻した経営者だった。
「吉本興業の近代化」を旗印に、創業家を排除するために、株式公開買い付け(TOB)によって吉本興業の上場廃止を仕掛け、見事に成功させたのである。
今やお笑い界だけではなく、エンタメ界のドンとして君臨し始めた大崎会長は、早急に会見を開いて、今回の騒動の謝罪と説明をする責任があると思う。(文中敬称略)
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト)
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