西川貴教の"熱すぎる滋賀愛"が呼んだ奇跡
プレジデントオンライン / 2019年7月31日 17時15分
■ロックあり、アイドルあり、お笑い芸人ありのジャンルレス
滋賀県の野外イベントといえば、毎年、35万人もの観衆を集める「びわ湖大花火大会」が有名だが、近年、この伝統行事に負けないほどの存在感を放つ催しがある。それが「イナズマロックフェス」。滋賀県出身の西川貴教さんが、2009年に立ち上げた音楽フェスである。
その名のとおり、ロックフェスではあるのだが、「イナズマ」の特長は、ジャンルレスな親しみやすさにある。人気ロックバンドのライブはもちろん、アイドルグループのパフォーマンスあり、お笑い芸人のステージありと、ロックファン以外でも楽しめる。
例えば、10回目となった昨年は、LUNA SEA、ゴールデンボンバー、欅坂46をはじめとする豪華な顔ぶれが並んだ。お笑い陣も、霜降り明星、ひょっこりはん、トレンディエンジェル、アキラ100%など、人気者ばかりだ。
今年は、9月21日(土)と22日(日)の2日間開催で、ゲスの極み乙女。、UVERworld、ももいろクローバーZ、日向坂46などの出演が発表されている。
もちろん、西川さん自身も、初日はソロ・アーティスト西川貴教として、2日目はバンドabingdon boys schoolのボーカルとしてステージに立つ。
■無料のエリアも驚くほど充実
これだけのビッグネームが、大阪でも京都でもなく、滋賀にやってくるのだから、地元で話題にならないわけがない。
コンセプトは「お茶の間フェス」だと、運営スタッフは明かす。
テレビでおなじみのスターたちが出演することで、コアな音楽ファン以外の人たちにも、「あの有名人が生で見られるなら、ちょっと行ってみようか」と思わせる。そして、これほど豪華なイベントが滋賀が行われているということが、地元の人たちの誇りになる。
狙いはそこにあるのだ。
“地元ファースト”の精神は、チケットがなくても入れる「入場無料エリア」の充実ぶりにも表れている。地元の絶品グルメの販売、若手アーティストのライブ、ご当地キャラのステージなど……。幅広い年齢層に対応した盛り沢山のプログラムが、びっしり組み込まれているのである。
採算度外視とも思えるこうした“おもてなし”の背景には、「故郷・滋賀の人たちに喜んでもらいたい」という西川さんの熱い想いがある。それがこのフェスを10年存続させてきたと言っても過言ではないだろう。
「『ロックフェス』と謳っていますが、要するにお祭りです。音楽だけではなく、食べ物の屋台もあれば、花火も上がる。僕自身、仕事が忙しく、夏祭りも音楽フェスもなかなか行けないので、自分がほしいものを全部ここに詰め込みました。出演者の方々には、地域のみなさんのためのイベントだと説明して、オファーをしています」
慎重に言葉を選びながら、ていねいに説明をする西川さん。バラエティー番組などで見せる明るいキャラクターとは違う、まじめな人柄が窺える。
■滋賀にミュージシャンを呼びたい
「デビューしてから、紆余曲折ありすぎましたが(笑)、いろんなことをやってきたからこそ、つながりができた。『イナズマ』にお笑いの方々に来ていただけるのも、そのおかげです。でも、いずれは、僕の名前がなくても『イナズマ』を続けられるようになってほしい。最初のきっかけはつくったけれど、僕自身が抱え込むことに意味はないから……。誰が始めたとか、そんな事情を知る人が誰もいなくなるまで、長く続くといいですね」
ミュージシャンになることを夢見てバンド活動をしていた少年の頃、滋賀でコンサートを開くアーティストはほとんどいなかった。
音楽好きの滋賀の若者たちに、一流ミュージシャンのライブを聴かせたい。また、がんばっている若手アーティストたちに、大勢の人に聴いてもらえるチャンスを提供したい。
「イナズマ」には、西川さんのそんな想いも込められているのだ。
会場は、琵琶湖畔の草津市烏丸半島。美しい自然と、客席からもステージからも琵琶湖が見渡せる開放的なロケーションが自慢である。湖に夕日が沈む時間帯は、フェスのハイライト。やがて、夜の帳が下りると、湖上に月が凛と輝く……。
■琵琶湖の環境保全を訴え、経済効果も
琵琶湖を眺めながら、西川さんがつぶやく。
「東京ではこんな空、見られないでしょう? 琵琶湖があるおかげで、視界をさえぎるものが何もなくて、空がほんとうに広いんです。この景色を見ることが、琵琶湖や環境問題について考えてもらうきっかけになればいいなと思っています」
最寄のJR草津駅から徒歩とバスで約30分。お世辞にも交通アクセスが良いとは言えないこの場所に、昨年は3日間で約15万人が集まった。しかも、その7割が県外からで、10年間の経済効果(宿泊費、土産代、飲食費の概算)は、累計27億円以上。県外からの来場者が、帰りに彦根城や近江八幡に立ち寄るといった波及効果も合わせれば、その額はさらに膨らむ。
今や「西日本最大級の野外フェス」に育った「イナズマ」。その事実に、滋賀県民がいちばん驚いているのではないか、と関係者は話す。「イナズマ」の成功は、それくらい奇跡的なことなのだ。
■滋賀県や草津市とwin・winの関係を築く
滋賀県と草津市が全面協力していることも、このフェスの特筆すべき点だろう。
野外フェスにつきものの騒音、交通渋滞、ゴミの問題などは、すべて行政が引き受ける。今や「イナズマ」は、滋賀県観光交流局の主要な業務のひとつになっているのだ。
補助金も出していないのに、これほど集客力のあるイベントが継続して開催されるのだから、県や市が進んで協力するのも不思議ではない。会場で観光PRができるなど、宣伝効果が大きいのは言わずもがな。しかも、事あるごとに西川さんが「イナズマ」や滋賀の魅力を、メディアを通じて日本中に発信してくれるのだ。おまけに、「マザーレイク滋賀応援基金」に毎年、寄付までくれる。その累計は2700万円以上にのぼるという。
2009年の「都道府県の魅力度ランキング」で42位だった滋賀県が、2017年には28位にまで上昇するなど、県の知名度もアップした。
この成功に触発され、野外フェス開催に興味を持つ地方自治体も増えているというが、西川さんほどの“地域の顔”を得ることは、たやすいことではないだろう。西川さん本人だけではなく、西川さんのマスコットキャラクター「タボくん」も、県のイベントや広報で大活躍するなど(西川さん側の厚意により、県はこのキャラクターを自由に使うことができる)、西川さんの貢献度は計り知れないからだ。
■すべてが手探りだった「イナズマ」初回
そもそもの事の起こりは、2007年、滋賀県の広報誌の企画で、西川さんと嘉田由紀子知事(当時)が対談し、意気投合したこと。「滋賀県内でもロックフェスができればいいですね」と話したことから、プロジェクトが動き始めた。
翌年には、西川さんが初代「滋賀ふるさと観光大使」に就任。県の観光キャンペーンにも、手弁当で協力するようになった。
とはいえ、「イナズマ」の構想を具現化するのは、簡単なことではなかったらしい。
開催までの実質的な準備期間はたった半年。広告代理店のようなプロが仕切るのではなく、西川さんの個人事務所が主体となって運営する、いわば手作りのフェス。ノウハウもないため、すべてが手探りだったという。
「何もわからないまま、気持ちだけで立ち上げたので、1年目はただがむしゃらで……。苦労もあったし、周囲とぶつかることもありました」と、西川さんは語る。
20年以上西川さんと親交があり、初回の「イナズマ」から広報担当を務めるビバラジオの早川俊治さんも、「1年目や2年目は、本当にたいへんでした」と、振り返る。
「今でこそみなさんが応援してくれますが、最初の頃は、地元のメディアも協力してくれなくてね。『あの西川が、今さら地元に戻ってくるはずがないだろう』『滋賀で、そんな大規模なイベントができるわけがない』と、誰も信じてくれない。『新手の詐欺か?』『滋賀をバカにするな!』と追い返されたこともありました。悔しい思いもしたけれど、1回や2回で終わらせちゃいけないとも感じました」
■みずから望んだ観光大使
逆風にもくじけず、「10年続けること」を目標にしてきたという西川さん。その決意を支えたのは“美しき郷土愛”だけではないようだ。
実は、西川さんの家は、父親が県の元職員、母方の祖父が元警察官という公務員一家である。「音楽で身を立てたい」と打ち明けたとき、両親は強く反対した。だが、本人の意志は固く、高校を中退し、17歳で家を出たのである。
「まったく理解してもらえなくて、激怒した親父に羽交い絞めにされました。でも、今思えば、当たり前のこと。あの頃、あんな田舎から、音楽で成功する人間が出るなんて、考えられなかった。もし自分が親の立場なら、同じように反対したと思います。公務員の家に育ったのに、まったく畑違いの世界に身を置いてきましたが、観光大使や『イナズマ』をやることで、ようやく家族と同じように、地域の皆さんのために働くことができたように思います」
もともと観光大使就任も、西川さん自身が望んだこと。長男なのに、家のことや両親のことを妹たちに任せっきりにしているのがうしろめたく、「忙しくても、堂々と滋賀に帰ることができる仕事」を持ちたかったのだという。
そして、その選択は両親を喜ばせた。
「イナズマ」の開催が決まると、父親は県庁に日参し、「うちの息子が、こんなイベントをやることになったんや」と、うれしそうに後輩たちに自慢したとか。
また、フェス本番には、甥や姪も含め、家族全員で駆けつけた。「息子の仕事場に、汚いかっこして行ったらあかん」と、両親は正装をして、息子の晴れ姿を見守ったという。
17歳で故郷を離れてから20余年。38歳で「滋賀ふるさと観光大使」に就任した西川さん。親の期待に背き、公務員の道を選ばなかった長男の親を想う気持ちが、“熱心すぎる観光大使”を生んだのである。
(ノンフィクション作家、放送作家 梶山 寿子 画像提供=イナズマロックフェス実行委員会)
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