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北朝鮮「亡命政権」に見る米情報機関の影

プレジデントオンライン / 2019年8月11日 11時15分

トランプ米大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長の2度目の会談直前に、謎の男たちに押し入られ、パソコンなどの情報機器を持ち去られた在スペイン北朝鮮大使館。会談が決裂したのは、このとき持ち出された情報がトランプに伝えられたからではないのか――。=2019年3月27日、Madrid - 写真=EPA/時事通信フォト

2019年2月にベトナムのハノイで開かれた2度目の米朝首脳会談は、事前の融和的ムードから一転、トランプ米大統領が席を立つ形での「決裂」に終わった。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は、「アメリカの情報機関が、会談が決裂するように意図的に仕込んだのではないか」という――。

■2度目の米朝首脳会談はなぜ決裂に終わったか

2019年2月27日と28日の両日、ベトナムのハノイで開かれた2度目の米朝首脳会談。この会談に向けたトランプ大統領の姿勢は、当初は驚くほど融和的なものであった。米国本土に届く大陸間弾道弾の破棄さえやれば、核兵器の廃絶は段階的に行えば良いとでも言わんばかりのトーンであり、トランプ氏はその間に北への制裁緩和を言い出すのではとする危惧を抱いた専門家も多かった。

だが蓋を開けてみると、当初のムードは一転。28日の昼食会は中止され、米大統領府は「今回は何の合意もなされなかった」という声明を発表。2時間前倒しされた記者会見で決裂した争点を説明したトランプ氏は、そそくさと大統領専用機に乗ってベトナムを離れた。トランプ氏が態度を一変させたのは、いったい何が理由だったのか。

会談のわずか5日前の2019年2月22日、スペインのマドリードにある北朝鮮大使館に、武装した「非常に暴力的」(『エル・パイス』紙、2019年3月28日)な10人の男が押し入る事件が発生した。男たちは館員を拘束して暴行を加えたのち、パソコンなどの情報機器を盗み出した。

この襲撃を行ったのは、金正恩政権の打倒を目指す「千里馬民防衛」なる組織である。彼らの襲撃の狙いは、元駐スペイン北朝鮮大使で、金正恩氏の命令を受けて秘密裏にトランプ政権との直接交渉を担当していた金革哲(キム・ヒョクチョル)米担当特別代表に関わる情報であったとされており、実行犯チームはその襲撃によって得られた情報を、2月27日の米朝首脳会談の前日にFBI(米連邦捜査局)に提供したと、後にネット上で表明している。

そうして迎えた2度目の米朝首脳会談では、あれだけ核やミサイル問題について融和的な発言をしていたトランプ大統領の態度が急変。米国側が突然、核施設や弾道ミサイルと発射装置、関連施設の「完全な廃棄」を金正恩氏に求めたため、交渉は決裂した。正恩氏は、直前まで融和的であったトランプ氏の態度の急変に相当慌てたと想像するが、それにはやはり在スペイン北朝鮮大使館で得られた何らかの極秘情報が影響を与えた可能性が強い。

■大使館襲撃の実行犯と名指しされた「プロ」

米朝会談が決裂した翌日の3月1日、襲撃を行った「千里馬民防衛」は、名称を「自由朝鮮」と変更。同月にはマレーシアにある北朝鮮大使館への落書きを行うなどの「謀略工作」を行っている。この組織が初めて公に知られるようになったのは、金正男氏が殺害された直後にマカオから台湾経由で第三国に脱出した正男氏の息子、金漢率氏が、ビデオ声明を出した時であった(2017年3月)。同組織はこの脱出を支援したとされており、金漢率氏は今やCIA(米中央情報局)の庇護のもと、米国内に居住していると言われている。

一方、襲撃の現場となったスペインの警察当局は激怒し、事件に参加した男たちの氏名や監視カメラの映像を公表して、国際指名手配した。その中で明らかになったのは、この10人の男たちのほとんどは米国内に居住し、軍事訓練を受けていた韓国系米国人であるということだ。

中でも実行犯の中心人物と判明したのは、「自由朝鮮」の代表でもあるエイドリアン・ホンという、イェール大学出身でメキシコのパスポートを持つ35歳の韓国(北朝鮮?)系男性であった。ホン氏はいくつかの情報機関と接触があるとされており(『エル・パイス』紙、2019年3月28日)、過去にはカダフィ政権崩壊直後の混乱するリビアにて、ヨルダン政府と共同で「難民支援」を行うとの名目で足跡を残すなど、いかにも情報機関の工作員らしい動きを見せている人物だ(スペイン当局はホン氏を「北朝鮮系の傭兵」と呼んでいる)。

このホン氏は、スペイン大使館襲撃の直前になんと日本を訪問し、日本国内の人権活動団体と接触したこともわかっている。ホン氏はそこで、米国に亡命中の金漢率氏の保護を求めるために日本政府関係者と面談をしたいと希望したが、日本側の人権団体幹部はホン氏を連れて行くことで逆に日本政府側から怪しまれることを恐れたため、政府への紹介はしなかったようだ(『NK NEWS』2019年4月24日)。

スペイン当局はホン氏が実行した襲撃事件を、「個人では調達できないほどの十分な支援インフラと資金をバックにした、極めて綿密な作戦」であったとみている。過去にリビアの秘密作戦にも関わり、北朝鮮に狙われている金漢率氏を中国から台湾経由でCIAの庇護のもとに米国に脱出させられる力を持つホン氏の正体とは、まさに情報機関員そのものである。

ちなみにこのホン氏は、大使館襲撃時に使ったレンタカーを予約する際、「オズワルド・トランプ」という偽名を使ったとされている。オズワルドとはケネディ大統領暗殺事件の犯人とされた男の名前であり、こんな不気味なコードネームを使うホン氏の背後には、トランプ氏の排除を望み、北朝鮮の金正恩体制を破壊して、金漢率氏を首領とする傀儡政権を擁立したいと考える、米情報機関の姿が見え隠れしている。

■米情報機関とトランプの水面下の暗闘

事実、トランプ政権はこれまで米情報機関の主流派と水面下で激しい暗闘を演じてきた。2017年2月18日付『インディペンデント』は、元NSAの情報分析官ジョン・シンドラー氏が情報機関の高級幹部から受け取ったというメールに「(トランプ氏は)刑務所で死ぬのだ」(カッコ内著者)と書かれていたことを報じているし、元米陸軍の情報将校でコラムニストのジェフ・スタイン氏は、『ニューズウィーク』(2017年1月23日)に寄稿した『CIAを敵に回せばトランプも危ない』という記事の中で、「トランプも、得意先には逆らうな、という格言をわきまえるべきだろう」という恐ろしい警告文を載せている。

また、オバマ政権第一期目に国土安全保障・テロ対策担当大統領補佐官、第二期目にはCIA長官を務めたジョン・ブレナン氏は、トランプ氏のことを「一時的に錯乱(している)」「裏切り者」などと呼び、その敵対的な姿勢によってトランプ政権から機密情報へのアクセス権を剥奪されている。同氏は敵対勢力の「殺害リスト」を作ってドローンによる暗殺作戦を推進し、2016年の米大統領戦においてはヒラリー氏を支持し続けた人物だ。

■「金正男の息子」を手に入れた米情報機関

そんな米情報機関主流派が、「金王朝」の血筋を引く金漢率氏という「玉」をまんまと手に入れられたのはなぜか。

これまで北朝鮮を支援し、金正男の面倒も見ていた上海閥(前回記事「トランプと金正日はなぜ奇妙に仲がいいか」参照)は、その後習近平政権による「反腐敗運動」のターゲットとして徹底的に粛清され、今や崩壊直前ともいわれている。さらに習近平政権は2016年、かつて存在した7つの軍区を廃止し、5つの戦区に新編したが、そこで反習近平勢力の牙城の一つであった旧瀋陽軍区を北京軍区や済南軍区の一部と合体させ、「北部戦区」に改変するという大鉈を振るっている。すべては上海閥潰しのためである。

上記の粛清や金正男氏の暗殺などで、独自で北朝鮮利権を押さえる力を失った上海閥が、「金王朝」の血筋を引く金漢率氏という「玉」を米国エスタブリッシュメント層(反トランプ派)に放り投げ、北朝鮮における傀儡政権樹立を彼らに任せようとした。その結果が、金漢率氏の脱出作戦とその後の米情報機関による保護なのではないだろうか。

■金正恩に接近するトランプ、それを防ぎたい米情報機関

一方で、それを見た金正恩氏は中国そのものを見限り、トランプ政権の側につこうと必死になっている様子だ。当初北朝鮮問題にあまり興味のなかったトランプ政権にとってみれば、このことは「棚からぼたもち」のごとく巨大な北朝鮮開発利権が転がり込んできたようなものだ。

そんなトランプ氏が時折発する金正恩氏への「奇妙な信頼」のメッセージは、心情的には「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」といったものなのかもしれないが、一方で反トランプ派が押さえている金漢率氏という金王朝の「玉(=傀儡)」を手中にできない以上、代わりに金正恩を「玉」にせざるを得ないという事情もあるだろう(かなり汚れた「玉」ではあるが)。2度目の米朝首脳会談直前の融和的なムードも、こうした背景から生まれたものであったろう。

ところが米情報機関は、そうした融和的姿勢をぶち壊しにせざるをえない情報を、在スペイン北朝鮮大使館襲撃事件を通じて入手し、トランプ大統領に手渡したのかもしれない。その結果が「合意なし」の決裂だったということではないか。

■金正恩の「まさかの身売り」に慌てる習近平

金正恩氏が見せた、トランプ政権への「まさかの身売り」にもっとも慌てているのは、習近平政権であろう。金正恩氏を「三胖(三代目のデブ)」などと呼んでいた習近平氏は、上海閥を徹底的に粛清し続ければ、いずれ正恩氏は北京に対して詫びを入れてくるだろうと踏んでいた節がある。その正恩氏が、いくら史上初の米朝会談を単独でやってのけたとはいえ、あのトランプ氏の懐にあそこまで見事に飛び込むとは予想だにしていなかったに違いない。

G20の直前に急に決まった、2019年6月20日と21日の習近平氏の訪朝にしても、表面上は金正恩氏の招きに応じた格好になっているが、習近平氏としては金正恩氏を何とかして米国側から引き離しつつ、同時に旧瀋陽軍区と上海閥からも完全に切り離して、みずからの側につけねばならないと考えていたはずだ。

そのためには、何としても北朝鮮の非核化を実行して抵抗の根を断ち切り、トランプ政権に近づく北朝鮮を自分たちの方に引き戻さねばならない。だが、金正恩氏は非核化への要請にはまったく反応しない。ここが習近平氏にとっての最大の頭痛の種であろう。

中国国内の習近平政権対上海閥という積年の争いが、北朝鮮開発という巨大利権を巡って今や米国内に波及し、それがトランプ派対米国エスタブリッシュメント層という米国内の激しい権力争いにも影響を与えている。その中で「金王朝」の人々が、時に右往左往し、また時には荒ぶるふりをしながら、ひたすら生き残りを図ろうとしているのである。

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丸谷 元人(まるたに・はじめ)
危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。

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(危機管理コンサルタント 丸谷 元人)

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