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北朝鮮が中国を捨てトランプを選んだワケ

プレジデントオンライン / 2019年8月13日 9時15分

かつては共に朝鮮戦争を戦ったという「血の絆」で結ばれていた中朝両国の関係が、ここに来て変調を見せている――2019年1月、北京を公式訪問した金正恩・朝鮮労働党委員長と、それを出迎えた習近平総書記。=2019年1月10日、北京 - 写真=Avalon/時事通信フォト

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が、中国を見限り、アメリカのトランプ米大統領との関係を優先しつつある。なにが起きているのだろうか。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は、「これまで北朝鮮を支援してきた『上海閥』が中国国内の権力闘争に敗れつつある。このため金正恩氏は中国を見限り、地下資源開発などの利権を狙うトランプ氏と手を組むことを決めたのだろう」という――。

■故・金正男氏の中国人脈

建国の父・金日成につながる北朝鮮の「ロイヤルファミリー」は、習近平派対上海閥という中国国内の激しい権力闘争の中を懸命に泳いできた。

例えば現在の最高指導者である金正恩氏の実兄で、2017年に暗殺された金正男氏は生前、習近平政権の完全な監視下にある北京のほかに、旧ポルトガル領のマカオにも生活拠点を持ち、そこに妻子を住まわせていた。マカオは香港とともに長年上海閥が大きな勢力を維持していた地域であり、だからこそ正男氏とその妻子はそこで一応は安全に暮らすことができたのだろうとも言えるが、見方によっては習近平政権(北京)と上海閥(マカオ)の間をうまく泳ごうとしていたようにもとれる。上海閥としては、正男氏の妻子を事実上の人質として手元に置いていたのかもしれない。

しかし今やそのマカオや香港は、北部戦区に吸収された旧瀋陽軍区一帯とともに、上海閥の最後の砦となりつつある。例えば金正男氏と親交のあった江綿恒氏(江沢民氏の長男)は、正男氏が暗殺される直前には上海郊外において軟禁状態にあったとも言われていたし、正男氏殺害の直後に彼の長男の金漢率(キム・ハンソル)氏がマカオから忽然と姿を消し、台湾経由で米国に脱出したという事実は、マカオがもはや上海閥にとって安全な場所ではないことを意味するのかもしれない(この金漢率氏の脱出には、上海閥の持つ米国+台湾コネクションが使われたのであろう)。

こんな中国国内の権力闘争の行方にもっともあたふたしてきたのは、実は北朝鮮の権力者たちであったに違いない。例えば金正男氏にしても、一昔前であれば、米国エスタブリッシュメント(旧支配層)と関係の深い上海閥の傀儡であろうが、その次に権力を握った胡錦濤政権のそれとしてであろうが、いずれは本物の権力者として北朝鮮に戻りたいという下心も少しはあったはずだ。

実際、2012年には金正恩政権初期の実力者であった叔父の張成沢が、中国の胡錦濤国家主席に対し「金正男を北朝鮮の後継者にする」という政権転覆計画を秘密裏に示している。これも正男氏本人のある程度の了解なしにはあり得ないことだろう。

■「金正男擁立計画」を金正恩に知らせた男

しかし、浦安のディズニーランドに行って日本当局に逮捕されたこともある、本来享楽的な金正男氏にしてみれば、2013年に国家権力を掌握した習近平氏によって上海閥の人々が次々と粛清され、同年暮れには自分を中国に売り込んでいた張成沢氏が金正恩氏によって処刑され、さらに自分の命まで狙われるようになったことで、元々そこまで熱意のなかった権力者への道を諦めたのかもしれない。

ちなみに、張成沢氏による胡錦濤国家主席への「金正男政権擁立」という密談を盗聴し、それを金正恩に通報したのは、胡錦濤政権で中国共産党中央政治局常務委員を務めた周永康氏(上海閥)であった。同氏は当時、習近平政権による粛清のターゲットとなっていたため、この情報を正恩氏に渡すことで北朝鮮支配のための便利なカードを習近平政権から奪うと同時に、「自分の背後には核を保有する北朝鮮(=旧瀋陽軍区)があるのだ」ということを誇示し、粛清から逃れようとしていた可能性がある。実際、習近平氏が国家主席に就任する直前の2013年2月、北朝鮮は核弾頭の小型化を目指した3度目の核実験を行っている。

この上海閥重鎮の密告は、張成沢氏と金正男氏にとって完全な裏切り行為であり、これによって張成沢氏は極めて残忍な方法で処刑された。一方で金正恩氏にとっても、この一件は「上海閥の連中は、いざという時に自分をも売るのではないか」という疑いを持たせたことであろう。

つまり、北朝鮮の権力者たちは、ここでも中国国内の権力闘争に、単なる政治カードとして利用されていたにすぎないのである。

■中国を見切りトランプに走った金正恩

そんな金正恩氏にとって、崖っぷちに立たされた上海閥や、北部戦区の一部となった旧瀋陽軍区の力が、もはや以前ほど当てにならないことは明らかであった。かといって、上海閥の力を借りて習近平氏に喧嘩を売ってきた以上、いまさら習近平政権に許しを乞うこともできない。そこで正恩氏が頼ろうとしているのが、習近平政権と激しく対立する米トランプ政権である。

金正恩氏の持つ武器は二つある。一つは、みずからが開発している核ミサイルであり、もう一つが数百兆円相当にも上るという北朝鮮国内の手付かずの地下資源だ。そこで、一方では核やミサイルで脅威を煽りつつ、もう一方では地下資源を餌に外国投資を呼び寄せようとしている。

そんな正恩氏は、米国や国連による厳しい制裁によって窮地に陥った状況を打破するため、2018年5月にシンガポールで初の米朝首脳会談をやってのけた。そうしてアメリカとも対等に話ができることをアピールした上で、2019年1月に北京を訪問。習近平氏に直接、米国に対北朝鮮制裁緩和を働きかけてほしいと依頼したようだ。しかし、習近平氏は正恩氏に対して「非核化が先だ」と願いを一蹴したと言われている。

この冷たい態度は、習近平氏にとってみれば当然のことであった。2016年から17年初頭にかけては、不倶戴天のしぶとい仇敵・上海閥との暗闘がまだ予断を許さない時期だった。そうした状況のもとで習近平氏は、旧瀋陽軍区の後ろで荒ぶる金正恩氏を少しでもなだめるため、お近づきの印として金正男氏の暗殺を容認した可能性がある。

だが正恩氏はそれにまったく感謝しなかったばかりか、同じ2017年の夏には中国本土のほとんどを射程に収める長距離ミサイルを立て続けに発射(実際は北海道上空を飛行)。9月には核実験まで実施し、北京を十分に核攻撃可能だとする能力を改めて誇示した。つまり、習近平氏としては顔に大きく泥を塗られた格好で、2019年1月に金正恩氏が会いに来た際にも、そのときの屈辱は忘れていなかったはずだ。「一体どの面を下げて」とでも言いたかったのが本音であろう。

こうして習近平氏に突き放された金正恩氏は、単独でトランプ政権と交渉をする以外にないと感じたに違いない。正恩氏は北京から帰国してすぐ、トランプ政権との秘密交渉を開始。それから数週間後の2月5日、トランプ大統領は一般教書演説の場で突然、「2月27日と28日に金正恩氏と再び会談する」ことを発表したのであった。

金正恩氏にとっては願ったりかなったりの展開だったろうが、このことは同時に正恩氏自身が、上海閥や旧瀋陽軍区といったかつての中国人脈の大半と、反トランプで固まる米国エスタブリッシュメント層を、完全に敵に回した瞬間でもあったに違いない。

■日本にとっての二つの懸念

拉致問題の解決を目指す日本政府にしてみれば、安心確実な後ろ盾であった上海閥が力を失い、藁をもつかむ気持ちでトランプ政権に接近している今の金正恩政権の状況は、絶好の機会ではあるとも言える。その一方で、朝鮮戦争の終結と北朝鮮大規模開発を目指すトランプ政権は、日本に対して「拉致問題解決を手伝ってやるから、北朝鮮のインフラ復興整備のカネを出せ」などと言いかねない。日本政府もひそかに警戒はしているだろうが、実際に要請されれば断ることはできないだろう。

日本には、かつて江沢民政権が米クリントン政権とともに行った「ジャパン・パッシング」という名の対日包囲網によって、大変な経済的痛手を受けたという苦い記憶がある。それをふまえれば、現在米国内でも優勢になりつつあるトランプ政権に追従し、その力を使って孤立無援の金正恩政権に対し、今のうちから影響力を行使した方がはるかに得策であるかもしれない。

北朝鮮が改革開放路線に舵を切った暁には、北は未曾有の好景気に沸く可能性がある。その際に、その経済発展の下支えをするインフラを日本のカネで作れというのなら、いずれ日本にも利益がきっちりと回ってくるような賢い算段をすればよいのだ。

■「戦後補償」より低金利貸付で開発にからめ

ただここで日本が注意すべき点は二つある。一つは、そのカネの出し方だ。日本としては、(最近韓国からも声が上がり始めている)北朝鮮に対する「戦後補償」などではなく、可能な限りの低金利ローンという形態でカネを出すのが最善の形だろう。

そうなれば、朝鮮半島は場合によっては日本円通貨圏になる可能性すらある。もし朝鮮半島が日本円通貨圏になれば、巨額の地下資源開発ビジネスに参加する日本にとっては為替リスクも減り、ビジネスの機会も増えるのではないか。人口減少による経済縮小が予測されるなか、成長の起爆剤にすらなりうる。

朝鮮半島にとっても、これは決して悪い話ではない。国内開発を信用度の高い日本円で行うことで通貨リスクの分散ができ、経済基盤の安定を通じて大いなる繁栄に至る可能性も出てくる。

それは日本が北東アジアにおける経済的覇権を握ることにもつながるだろう。第二次大戦以来、時には中国をも使って敗戦国日本を永遠に封じ込めておきたいと考えている米国エスタブリッシュメント層にしてみれば、これは許し難いことであろう。だがその一方で、米国債の最大保有国である中国がその保有量を減らし始めている今、強い経済をベースに日本が米国債を買い支えるのなら、商人気質のトランプ大統領には魅力的に映るに違いない(もちろん、米国は日本を引き続き「忠実な番犬」と見なし、対中監視の前線基地として使おうとするであろうが)。

■北朝鮮の核が「放置」されるリスク

もう一つ日本が深く注意すべき点は、北朝鮮の非核化がおざなりになってしまう可能性だ。北朝鮮の核問題にそれほど強いこだわりを持たないトランプ大統領が、金正恩氏を完全に手中に収めれば、北の核はそのまま放置されてしまうことになりかねない。

この可能性は決して低くない。なぜなら、トランプ大統領にしてみれば、北朝鮮の核兵器は中国・習近平政権の喉元に突きつけた匕首(あいくち)のようなものであり、まさに理想的な中国への交渉カードになりうるからだ。一方の金正恩氏にしても、長年自分を侮蔑し、腹の底ではいまだに信頼しようとせず、非核化だけをうるさく迫ってくる習近平政権よりも、その習政権と厳しく対立し、核保有を大目に見てくれるトランプ政権の方がはるかに付き合いやすい相手であるに違いない。

このような状況で、もし今の日本が北朝鮮に対して何ら積極的に関与しないまま、本心では日米安保の破棄さえ願っているトランプ政権によって南北融和が成立し、米国その他の国が北の復興資金をカバーするのみならず、北の核兵器が温存されるような事態が起きたとしたらどうなるか。核ミサイルを持ち、エネルギーや地下資源の多くを自給自足可能な人口7000万の強力な反日統一国家が、やがて朝鮮半島に現れることになる。これは日本にとって安全保障上の死活問題だ。つまり日本は今、国の将来を左右する大きな選択を迫られているのである。

この選択を誤らないためにも、激動する今の米朝・米中・中朝の三角関係を、日本がただ黙して座視することは許されない。将来の日本の繁栄と安全のためにも、この三角関係の裏で今まさに進行中の、米中両国内における凄まじい権力闘争と、その間で生き残りを図る金正恩政権の実相を注意深く観察しなければならない。そして、現在の状態をチャンスと捉え、外交力とそれを担保する国防・軍事力とを一層強化し(そのために必要であれば憲法改正も行い)、この三角関係に積極的に関与していく必要がある。

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丸谷 元人(まるたに・はじめ)
危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。

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(危機管理コンサルタント 丸谷 元人)

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