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残業大好き昭和上司が「残業するな」という不毛

プレジデントオンライン / 2019年8月12日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kilhan

今年4月、「働き方改革関連法」の一部が施行され、残業時間に罰則付きの上限規制ができた。人事ジャーナリストの溝上憲文氏は「企業は長時間残業をする社員を監視していますが、よろこんでサービス残業をする“仕事大好き人間”は潜在的に多く、今後は企業が労基署に処罰されるようになる」という――。

■「仕事大好き人間」がかける大迷惑の実態

今年4月、働き方改革関連法の一部が施行され、大企業の残業時間の罰則付き上限規制(※)と、年5日の有給休暇の時季指定付与が義務づけられた(中小企業も含む)。

※:中小企業は2020年4月1日施行。

もし違反者が出れば、罰則が科されるうえ、経済的損失や社会的ダメージを受けるだけに企業各社は懸命の対策に追われている。対策を主導するのは企業の人事部だが、彼らが最も目を光らせている対象が「仕事大好き人間」だ。

仕事大好き人間にはポジティブな印象があるが、会社という空間には想像を絶するタイプも存在する。普通に仕事が好きでたまらない人はまだいいが、仕事を頼まれたら嫌とは言えない真面目で責任感が強い人もいる。さらに“お客さま命”で長時間労働も厭わないカルチャーに染まった人物・部門・部署もある。

そうした人たちに対して、国が決めた働き方改革関連法だからと「残業抑制」や「定時退社奨励」を伝えても、ひとごととしか思わないようだ。多数のクリエイターを抱えるゲームソフト会社の人事課長はこう語る。

■「不必要な残業をする人を会社から追い出すしかない」

「早く帰れ、と言ってもまず帰りません。なぜなら仕事が楽しくてしょうがないからです。逆に『仕事の期限が迫っているのに、会社から出て行けとは何事か』と、文句を言ってくる管理職もいます。あるいは早く帰ったら、自分のポジションが奪われてしまうのではないかと心配になる社員もいます。自分の地位をライバルに乗っ取られると不安になり、うつになった社員もいるぐらいですから」

こうなると当然、会社としては法的リスクに備えなければいけない。この人事課長は「本来なら長時間労働による健康悪化が創造力さえ奪うことを、時間をかけて丁寧に説明し、腹落ちさせる努力が必要ですが、もはや間に合いません。今は不必要な残業をする人を会社から追い出すなど、徹底した残業規制をするしかない」と嘆く。

1人も法違反者を出さないためには、社内の“残業大好き人間”をあぶりだす必要があるのだが、その効果的な手法に現場は頭を悩ませている。

■限度時間を超えて1人でも働かせると刑罰の対象

その困窮ぶりをリポートする前に、今回の法律の「上限規制」の内容を簡単におさらいしておこう。

残業時間の限度時間は原則として月45時間、年360時間。ただし、臨時的な特別の事情がある場合、労使協定を結べばそれ以上働かせることができるが、上限がある。

労使協定を結んだ場合の具体的な上限は……。

(1)年間の時間外労働は720時間以内
(2)休日労働を含んで、2カ月ないし6カ月平均は80時間以内
(3)休日労働を含んで単月は100時間未満
(4)原則の「月45時間」を超える時間外労働は年間6カ月まで

――という制限を設けている。限度時間を超えて1人でも働かせると刑罰の対象になる。

とくに厳しいのが(4)の「月45時間」が年6カ月しか使えないことだ。週2日の会社なら月の出勤日は22日。1日平均2時間しか残業できないことになる。

そうでなくても新年度の4月、株主総会時期の6月、半期決算の9月、年末、年度末決算の3月など会社によって繁忙月が必ずある。「月45時間」超で7カ月働いた社員が1人でもいれば、労基法違反となり、罰則の対象になる。

また(1)の年間の残業時間の上限が720時間だと、月の平均は60時間までとなる。60時間を超える人はどれだけいるのか。

写真=iStock.com/stockstudioX
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stockstudioX

■10人に1人が「時間外労働の上限規制」違反予備軍

エン・ジャパンの「企業の『時間外労働の上限規制』実態調査」(2019年6月5日発表)によると、従業員数300~999人の企業では61~80時間が9%、81~100時間が1%の計10%。つまり、ひとつの会社に30~100人程度の法違反予備軍が存在することになる。

その人たちをどうやってあぶりだすのか。最初に思い浮かぶのは社員が申告した残業時間だが、これは当てにはならない。なぜならサービス残業をしている可能性があり、もし労働基準監督署にばれたらサービス残業を含めた残業時間の合計で摘発されるからだ。

建設関連業の人事部長は2つの方法で実際の残業時間を把握していると語る。

「ひとつはIDで管理している入館・退館記録です。入口付近には監視カメラをつけているので誰が何時に会社に来て、帰ったかを確認できます。もうひとつはパソコンの起動時のログイン・ログオフの記録です。昔はタイムカードがありましたが、退社記録を印字してから残業する人もいるので役に立ちません」

■長時間残業の“常習者”はほとんどが同じ人だった

ではどうやって残業の実態を把握するのか。この人事部長は今年4月の法律施行を前に次のことを実施したという。

「まず、申告した残業時間が60時間以上を超えている社員をリストアップします。次に、申告時間が60時間を超えていなくても、入館・退館記録やログイン・ログオフの記録で60時間を超えている社員を調べます。すると、残業の有無は別にしても社内に長くとどまっている人が相当数いました。所属長に何のために会社に残っていたのかを問いただし、残業していなのであれば早く帰るように指示を出しました。数カ月かけてチェックしていると、長時間残業の常連はほとんどが同じ人であることがわかりました」

その結果、60時間超えの社員を「要注意人物」に指定し、法違反を犯さないか、今も監視しているという。

「少しでも制限時間を超えそうになると、上司を通じて警告を発し、どんなことがあっても会社を出るように言っています。要するにモグラたたきです。そうやって一人ひとりをつぶしていかない限り、法律をクリアできません」(人事部長)

写真=iStock.com/wnmkm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wnmkm

■上司は昔風の仕事大好きのモーレツ社員……

一方、人事部だけで多くの社員の監視には限界もある。食品メーカーでは「内部監査部」が長時間労働社員の撲滅に乗り出している。同社の法務部長はこう語る。

「本社だけではなく、食品安全管理の観点から各工場にも入館ゲートを設置しています。いつもなら不審者の入場などをチェックしていますが、今年4月からは人事部と協力し、内部監査部が長時間、社員の入・退館記録をチェックしています。労働基準法違反というコンプライアンスの観点から違反者を出さないためです。会社が決めた残業の制限時間を超えて働いていた場合、それを見逃していた上司も管理責任が問われるという厳しい姿勢で臨んでいます」

だが、そうやって屋内の“仕事大好き人間”の残業を封じることができたとしても、屋外で働く営業職や地方の工場や支店などの監視は難しい。住宅建材メーカーの人事部長は不安を隠さない。

「じつは数年前に地方の工場で月100時間以上の残業をしている社員がいましたが、労基署の臨検を受け、是正勧告を受けたことがあります。もちろん責任者の工場長は役員会議で厳しい叱責を受けましたが、解任されていません。工場長は昔風の仕事大好きのモーレツ社員です。工場の統括安全衛生管理者でもあるのですが、そういう自覚が乏しい人。同じようなことが起きないように人事部員が出張してチェックしていますが、煙たがっている様子ですし、組織ぐるみで残業隠しをしないか不安です」

本社出身の工場長や支店長は地方での実績を上げて本社の枢要ポストに就きたいという上昇志向の人が少なくない。仕事大好き人間の典型的なタイプだが、こういう社員に限って部下に犠牲を強いる人も多い。

■長時間残業上等で有休は取らない昭和上司が働き方改革指揮する不毛

残業時間の上限規制は管理職など管理監督者には基本的に適用されない。だが、4月に施行された「年5日の有給休暇の時季指定付与義務」は管理職も適用される。年5日を下回る社員がいれば1人につき30万円の罰金を支払う必要がある。じつは企業が最も恐れているのは一般の社員よりも管理職が有休を5日取得しないことだ。

前出の食品メーカーの法務部長はこう語る。

「一般社員の有休取得率は徐々に高くなっていますが、管理職になると、5日以上取得している人は半分もいません。今の40代以降の管理職は長時間残業なんて当たり前、有休という文字はないという働き方をしてきた人が多い。また、そういう働き方をしてきた人が今は役員になって『働き方改革』の旗を振っている。そういう人の言うことをまともに聞くとは思えません」

同社では現在、管理職を含めて、上司が本人の希望を聞いて年5日の休みを取る時期を指定し、取得を推進している。だが、それだけで5日取得がクリアできるとは考えていない。

■「絶滅危惧種」一掃するには、まだ時間がかる

「10月から12月、そして翌年のバレンタインにかけて繁忙期を迎えます。工場では人手が足りないために、いつも本社の管理職が土・日を含めて総出で応援にいくのが習わしになっています。それはそれで良い企業文化といえますが、土・日に出勤すると他の日に代休を取らなくてはいけません。法的期限である来年の3月末にかけて有休取得者が少なくなる可能性もあります。そうならないように取得日数が不足している管理職は『出社禁止』の業務命令を出すことを検討しています。それでも出社すれば、就業規則上の罰則も適用されます。最後は非常手段に訴えるしかありません」

休め、と会社が言っても聞かずに出社してくる。そんな昭和的な社員がまだいることに驚く人がいるかもしれない。だが、彼ら・彼女たちは決して「絶滅危惧種」ではない。そういう人たちを一掃するには、まだまだ時間がかかるだろう。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)

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