"超難関"宇宙飛行士になれる人たちが持つ資質
プレジデントオンライン / 2019年8月9日 15時15分
■地球を真上に見上げた不思議な体験
【三宅義和(イーオン社長)】山崎さんは2010年4月にスペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗して宇宙での活動を経験されました。打ち上げの時に印象的だったことは何だったでしょうか。
【山崎直子(宇宙飛行士)】打ち上げ時は3Gというものすごい重力加速度がかかりますが、8分30秒後には体がフワッと浮くのです。宇宙に到達した証しです。シートベルトを外して窓の外を眺めたのですが、そのとき見た景色はいまでも強烈に覚えています。
地球が視界の真上に見えたのです。小さなときから宇宙というものは地上から見上げた空の先にある、まさに仰ぎ見るよう存在だったのに、自分が400キロメートルも上空まで打ち上げられてみると、なぜか今度は自分が地球を見上げている。青く輝く地球にも感動しましたが、実はそのことのほうが驚いたんです。
【三宅】それは宇宙に行ってみないとわからない体験ですね。
【山崎】そうですね。しかも宇宙はとても静かなんです。スペースシャトルも国際宇宙ステーションもマッハ25、秒速8キロメートルというものすごいスピードで回っているのですが、空気がないので新幹線のように風をビューンと切る音がしません。本当に静かですよ。
【三宅】そうですか。宇宙から地球を見るという体験は本当に貴重だと思うのですが、どういうことを感じられましたか?
【山崎】地球そのものが宇宙船のように見えました。地球が浮いている。私たちが乗っている宇宙船も浮いている。そしてお互いに対峙(たいじ)している。そんな感覚です。
【三宅】たしかに地球も浮いていますからね。
【山崎】そうなんです。地上にいるとなかなか意識できませんが、地球それ自体が、マッハ90を超えるスピードで太陽の周りを回っています。そう考えると、狭い宇宙船の中で世界中から集まったクルーと過ごすことと、地球上で全生命と過ごすことは、本質的には同じだなと感じました。
■「チャレンジャー号」の事故で宇宙飛行士をめざす
【三宅】宇宙への憧れは子どもの時からあったのでしょうか。
【山崎】ありました。私は1970年生まれなので、まだ日本人は誰も宇宙に行っていない時代に幼少期を過ごし、アポロ打ち上げもリアルタイムでみたわけではありません。ですから正直、宇宙飛行士のことはよくわかりませんでした。ただ、当時は『宇宙戦艦ヤマト』や『スター・ウォーズ』のようなSFがはやっていて、それでだいぶ感化されました。「いつか宇宙に行きたい!」というより、「大人になったらみんな宇宙に行く世の中になるんだろうな」という感じでしたけど。
【三宅】実際そうなりつつありますからね。では、具体的に宇宙飛行士を意識されたきっかけは何ですか?
【山崎】1986年のスペースシャトル「チャレンジャー号」の打ち上げをテレビでみたことですね。いままで親しんできたのはフィクションの世界でしたが、ブラウン管に映っていたのは本物の宇宙船で、そこに本物の宇宙飛行士が乗っている。そのことが印象的でした。残念ながら打ち上げから73秒後に爆発してしまうというショッキングな結果になりましたけれども。
【三宅】あの映像は衝撃的でしたね。
【山崎】はい。でも逆に、宇宙開発はまだ完璧ではない、まさに最先端の領域で、そこを切り開くべく大変な努力をしている人たちがたくさんいる。そういったことが現実として伝わってきました。
とくにあの事故で亡くなった宇宙飛行士の中に、マコーリフさんという学校の先生がいらっしゃいました。彼女は宇宙から授業がしたかったそうです。当時の私は学校の先生に憧れていましたので、彼女のその思いを知り一気に宇宙が自分ごとになり、結び付きが強まりました。
【三宅】そうでしたか。
■日本のラーメン屋にいたインド人女性との出会い
【三宅】英語のお話をしたいのですが、初めて英語を勉強されたのはいつですか?
【山崎】普通に中学生に入ってからですね。
【三宅】英語は得意でしたか?
【山崎】といいますか、英語が好きだったんです。きっかけは、中学校に入る前の春休みだったと思うのですが、近所のラーメン屋さんで食事をしていたんです。するとたまたまインド人の女性がラーメンを食べていて、ついジロジロと見てしまったんです。
【三宅】当時としては外国の方が珍しかったですからね。
【山崎】ええ。すると彼女が私に気づいて、席を立って近寄って来たんですね。「あ、怒られるかも」と少し緊張したのですが、そうではなくて、「世界は広いのよ。あなたもがんばってね」と片言の日本語で話しかけてくれたのです。
【三宅】それはびっくりしますね。
【山崎】突然のことで何も返せなかったのですけれども、世界にはいろいろな人がいるということを初めて身近に感じることができました。それを機に意識が世界に向くようになり、中学校に入ってからアメリカに住む女の子と文通を始めたのです。写真を同封したり、ポストカードを送ったりしました。文章は学校の先生に助けてもらいながら書いていました。
【三宅】それはモチベーションアップにもつながりますね。
【山崎】はい。ですから当時は英語を話すことよりも「きちんと書けるようになりたい」と思っていました。いつか留学してみたいと思ったのも中学校時代でしたね。
【三宅】ちなみに今の中高生に参考になるような学習方法というのはありますでしょうか。
【山崎】中学、高校時代は学校の勉強にプラスしてラジオを聴いていました。NHKの基礎講座などをテープに録音して繰り返し聴いたり、少し背伸びしてビートルズの歌の歌詞を調べたり。
【三宅】英語に親しむ最高の方法ですよね。
【山崎】そう思います。今だと英語の教材はたくさんあるのでうらやましい限りです。
■初めての海外体験が1年間のアメリカ留学
【三宅】大学は東京大学の工学部航空学科に進まれましたね。
【山崎】はい。チャレンジャー号の事故がきっかけで「宇宙に行きたい」という思いと「宇宙開発に携わりたい」という思いが両方あったので、それなら宇宙工学を学ぶのがいいのかなと単純に考えて行きました。実際には宇宙開発における宇宙工学はごく一部の領域にすぎず、NASAでもJAXAでも、文系を含めたさまざまな分野の専門家が一緒に働いていることをあとで知るのですが。
【三宅】大学院の時にアメリカのメリーランドに1年間留学されていますね。実際にアメリカに行くとなると、いろいろ大変な思いをされたのではないでしょうか。
【山崎】実は海外に行ったこと自体がそのとき初めてで、とにかく勝手がわからなかったのです。たとえば渡米してすぐに部屋の電気とガスの契約をしようと思ったのですが、電話をかけても「わからない」と切られてしまい、結局最初の2日間は真っ暗な部屋でスーツケースの上で寝て、段ボールの上でご飯を食べるような状態で過ごしました。
【三宅】それは不安なスタートですね。
【山崎】本当に「この先どうなるんだろう」ですよ。だから最初のころは大学の事務職員の方にかなり助けていただきながら身の回りを少しずつ整えていって、その後は同じ境遇にある留学生とも少しずつ友達になっていって、なんとか慣れていきました。
■「文字を追って、音を聴いて、自分でも言う」を繰り返す
【三宅】当時はどのように英語を勉強されましたか?
【山崎】ひたすら音読です。現地の新聞や本の一節をネーティブの方に読み上げてもらって、それをテープレコーダーに録音して、原稿と音とセットになっているものをひたすらシャドーイングしました。文字を追いつつ、音を聴きつつ、自分でも言う。
【三宅】それはすばらしいやり方ですね。私はそれを毎日行っています。
【山崎】英語学習のプロにお墨付きをいただいてうれしいです(笑)。
【三宅】授業で使われる英語は徐々についていけるようになった感じですか?
【山崎】授業の専門用語が中心なので聞き取りは最初からなんとかなったのです。でも日常会話や「1+1=2」を英語でどう言うのかといった基本的なことがわからないのです。それはその都度覚えていくしかなくて。
【三宅】発音はどうでした?
【山崎】まったくダメでした。アイスクリーム屋さんにいってバニラを注文したらバナナを渡されるとか(笑)。
【三宅】私も勘定をしようと思ってビル(bill)と言ったらビール(beer)が出てきたことがあります(笑)。誰でも最初はそういった経験がありますよね。
■閉鎖空間で行われたストレスチェック
【三宅】山崎さんはNASDA(現JAXA)に就職されたのち、入社3年目で宇宙飛行士候補者選抜試験に合格されています。860人以上の中から2、3人しか選ばれない大変な試験です。やはりメンタルの強さと頭のよさと体力で勝ち抜かれるものなのですか。
【山崎】受験した側は「あなたは何点だったよ」と教えてくれませんので明確にはわからないのですが、やはり総合的に判断されていると思います。ただ、私も1回試験の書類検査に落ちていますので、一度落ちたらもうダメというわけでもないのです。
【三宅】そうでしたか。いろいろ検査があったと思うのですが、閉鎖環境適応訓練設備での検査、これはどのようなものですか。
【山崎】私が試験を受けたときに新たに導入されたものですね。国際宇宙ステーションに行くと、長い人で半年くらい滞在する人もいて、閉塞感のある空間で共同生活を送るには心理面での適性を考慮しないといけません。検査では宇宙ステーションを模した環境に1週間、閉じ込められます。もちろん外には出られず、窓もなし、携帯電話やテレビもありません。しかも監視カメラがついていて、常に見られている。会話の音もマイクで拾われています。
【三宅】想像するだけでストレスがたまりそうです。
【山崎】それが狙いですから。その環境のなかで司令室から「天の声」がたまに降ってきて「じゃあ、これからワープロを打ちなさい」とか「4人でペアになって、レゴブロックでロボットを作りなさい」などいろいろお題を出されるんです。ディベートも行いました。「インターネットを青少年が使うことに賛成ですか、反対ですか」ということを賛成組と反対組に分かれて議論をさせたり。
■「セミのふ化」を明け方までずっと見ていた
【三宅】もはや宇宙とは関係ない。
【山崎】関係ないですが、議論させると感情が表に出やすいですからね。あと、電車の時刻表を与えられて「東北地方の1週間の旅を、特定の予算の中で組み立てなさい」というようなものがあったり。そういう作業を1週間連続して行うなかでストレス耐性などがチェックされていきます。
後でよく言われたのがコンシステンシー(Consistency)の重要性です。つまり一貫性ですね。ストレスがかかった状況の中ではイライラしたり、焦ったり、人間なのでいろいろ感情は揺れ動くわけですけれども、そういうときにいかに感情をコントロールできるか、ぶれないかといったことが問われます。
【三宅】お話を伺っていると性格も大事かなと思ったのですが、環境に左右されない性格はおありになったのですか。
【山崎】どうでしょう。子どもの時はのんびり屋で、セミがふ化しそうになるのを、毛布を被って明け方までずっと見ているような性格でした。
【三宅】なるほど。それが有利に働いたのかもしれませんね(笑)。
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宇宙飛行士
東京大学工学部航空学科卒業、同大学航空宇宙工学専攻修士課程修了。1996年からNASDA(現JAXA)に勤務。99年、宇宙飛行士候補に選ばれる。現在は内閣府の宇宙政策委員会委員などを務める。
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イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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(宇宙飛行士 山崎 直子、イーオン代表取締役社長 三宅 義和 構成=郷 和貴)
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