スタジオジブリとハンセン病と安倍首相の相関
プレジデントオンライン / 2019年8月13日 6時15分
■安倍首相が控訴断念した「ハンセン病」の真実
安倍晋三首相は「国の隔離政策で差別を受けた」と主張するハンセン病元患者家族の訴えを認めて国に賠償を命じた7月9日の熊本地裁判決を受けて、12日、「ハンセン病対策の歴史と、筆舌に尽くしがたい経験をされた患者・元患者の家族の皆さまのご労苦に思いを致し、極めて異例の判断ではありますが、あえて控訴を行わない旨の決定をいたしました」と表明した。
「参院選を見越してのバラマキ」「(賠償を)家族にまで広げると前例になる」のような意見もあったが、おおむね好意的に受け止められた。
安倍首相は24日には、首相官邸でハンセン病家族訴訟の原告らと初めて面会し、「政府を代表して心から深くおわび申し上げます」と改めて謝罪した。そこまで首相が頭を下げる経緯とはどんなものか。また、「そもそも、ハンセン病とは?」という若い世代も少なくないので、この場を借りて解説してみたい。その後に、ハンセン病について学べる映画作品をいくつかご紹介したい。
■かつては「業病」と呼ばれたハンセン病
国立感染症研究所のウェブページによれば、ハンセン病とは「らい菌」により皮膚や末梢神経が侵される感染症である。幼児期に無治療の患者と濃厚な接触をすることによって感染し、数年~数十年後に発症することが多い。
感染力は弱く、現在の医学では特効薬や治療法も確立されており、在宅での治療が主流である。「大人から大人への感染」「服薬中患者からの感染」は基本的にはなく、「一緒に風呂に入る」「握手」レベルでの感染はあり得ない。
治療薬がなかった戦前には、顔や手足の変形や視力障害などの後遺症が残ることがあり、家族内感染も多かったため、「血筋の病」、あるいは神仏への悪行がたたった「業病」と誤解され、患者だけでなく家族も激しい差別の対象にされた。1907年の「らい予防法」に基づき、患者に対する強制隔離政策も行われていた。
1940年代に開発された新薬プロミンによって完治する病気になったが、差別・偏見は容易に消えなかった。人権を無視した隔離政策は、1996年にらい予防法が廃止されるまで90年近く続いた。2003年には「ハンセン病元患者の宿泊をホテルが一方的にキャンセル」という騒動もあった。
国立感染症研究所のウェブページによると、現在の新規患者数は「毎年約数名(日本人:数名、在日外国人:数名)」で、「らい菌を大量に排出している人はいません。今後患者が増加することはありません」という。
また、全国に13カ所の国立ハンセン病療養所があるが、体内から菌そのものはいなくなったが、障害や高齢化のために介護を必要とする元患者が余生を送る施設となっている。
■ハンセン病をめぐる差別の構造を作品に触れよう
こうした経緯を知ると、安倍首相が控訴を断念したのは当然の判断と言えるだろう。
ハンセン病をめぐる差別の構造は、さまざまな作品でも描かれてきた。今回はその一部を紹介したい。
▼松本清張『砂の器』とその映画版
松本清張の『砂の器』は1960~61年に連載された新聞小説で、主人公が殺人に至った背景として「父親がハンセン病で故郷を追われ、過去と決別したかった」という設定になっている。
1974年の映画版でもハンセン病の設定はそのまま踏襲されており、「美しい日本の四季を背景に、病気への偏見から忌み嫌われつつも、巡礼する父子の別離」は、作品のクライマックスとなっている。
この作品はテレビドラマとしても何度か映像されており、2019年版では「渋谷ハロウィン祭の殺人事件」に置き換えられており、劇中でハンセン病を思わせる描写は見当たらない。
個人的には、1974年の映画版を超える作品は今もないと思う。原作を超えた数少ない傑作映画だろう。現在でも配信サービスなどで簡単に観られる作品だが、クライマックスでは号泣リスクが高いので、通勤電車などでの鑑賞は避けたほうがいい。
▼スタジオジブリのアニメ『もののけ姫』
1997年の映画『もののけ姫』には、ハンセン病がモデルとみられるシーンが出てくる。劇中に登場する「タタラ場」と呼ばれる製鉄所で、包帯姿の人たちが働く様子が描かれているのだ。
宮崎駿監督は2019年1月末、「ハンセン病の歴史を語る 人類遺産世界会議」という講演会の中で「ハンセン病をモデルにしている」「東京都東村山市の国立ハンセン病資料館で構想を練った」ことを公式に認め、「『業病(ごうびょう)』と呼ばれる病を患いながら、それでもちゃんと生きようとした人々のことを描かなければならないと思った」と語っている。
▼樹木希林の最後の主演作映画『あん』
昨秋、他界した樹木希林の最後の主演作となった2015年の映画『あん』は、ハンセン病を正面から描いた貴重な作品である。
過去がある雇われ店長(永瀬正敏)が仕切るどら焼き屋の求人に、手の不自由な老女(樹木希林)が応募してくる。彼女のあんが評判を呼び店は繁盛するが、彼女が「らい」といううわさが広まり……というストーリーである。当然ながら、ハンセン病元患者が作ったあんを食べてもハンセン病が感染することはない。
■もともとハンセン病施設入所者と職員のみが住む島だった
▼瀬戸内芸術祭で公開されている「ハンセン病の島」
2019年は瀬戸内の島々を舞台にした「瀬戸内国際芸術祭」の開催年だ。芸術祭は多くの島でイベントが開かれるが、2010年の第1回から高松市の大島もその中に含まれている。ここはもともとハンセン病施設入所者と職員のみが住む島であり、現在では唯一となった離島にあるハンセン病施設である。
島内には「四国八十八カ所のミニチュアコース」がある。かつて「四国八十八カ所を巡ると病気が治る」との俗説があり、『砂の器』のように病気によって故郷を追われて行き場を失った人々が遍路に出たが、道半ばで強制隔離されることも多かったという。そういった元巡礼者が入所後でも八十八カ所を達成できるよう島内に作られたそうだ。
古い住居を転用したアート作品や、一度は海底に捨てられた解剖台を再び引き上げた展示は必見である。島の歴史を知るコーナーもあり、強制隔離や中絶・断種といった人々の苦難の中にも、養豚や盆踊りなど楽しみを見つけて暮らしていたことがわかる。
私は医学生だった約30年前に初めてこの島を訪問した。当時は「やめたほうがいいのではないか」と身内にも反対されたが、それを押し切って薄暗い官用船で訪問した。
先日、何度目かの再訪を果たした。その際、自撮りに夢中の大学生たちを眺めつつ、島で採れた梅ジュースを出すカフェで一休みして、明るくにぎやかになった島の変貌に驚きつつ、入所者の余生が安らかであることを祈った。
瀬戸内国際芸術祭の夏会期は7月19日~8月25日の38日間。2019年からは大島への民間航路も承認されて周遊しやすくなった。芸術祭に興味のある方はぜひ訪ねてみてほしい。
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フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX~外科医・大門未知子~」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)
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