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LINE Payが赤字前提で「還元祭り」を続けるワケ

プレジデントオンライン / 2019年8月21日 11時15分

2019年6月27日、LINE株式会社が開催した事業戦略発表会「LINE CONFERENCE 2019」後の質疑応答に出席したLINE Pay株式会社の長福久弘COO(右端) - 写真=時事通信フォト

LINEがスマホ決済の「LINE Pay」で、赤字前提となる還元策を次々と打ち出している。狙いはどこにあるのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「真の目的はLINEを起点として、生活サービス全般を支配する巨大なエコシステムを構築することだ」と解説する――。

※本稿は、田中道昭・牛窪恵『なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか? アマゾンに勝つ! 日本企業のすごいマーケティング』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■「既読」は安否確認のために生まれた

コミュニケーションアプリとしてのLINEは、2011年6月にスタートしています。その普及速度はめざましく、サービス開始から半年でダウンロード数は1000万を突破。また利用率も、12年には20.3%、13年には44.0%、15年には60.6%に達しました。そして現在は、18年12月期決算において月間アクティブユーザーが1億6400億人、日本国内に限っても7900万人に達していると発表されています(総務省情報通信政策研究所「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」)。

これほどの爆発的な広がりをもたらしたものは、一体何なのでしょうか。もちろん、外部環境もあります。一つには東日本大震災です。

「TwitterなどのSNSの台頭によって、趣味嗜好を共有する『見知らぬ仲間』とネット上でつながる動きが広まり始めていた一方、肝心の家族やリアルな友人知人とつながる手立てが実は限られていたことに皆が気付いたきっかけだったと思います」(「type」2018年3月29日記事より LINE株式会社LINE開発1室・熊井隆一氏)

そう考えると、時に疎ましく思われる「既読」機能も、「万が一のときの安否確認に」というきっかけで生まれたサービスであることがわかり、納得がいくのではないでしょうか。

■スマホと一緒に普及していった

もう一つ、外部環境としてスマホ自体の普及を挙げないわけにはいきません。アップルのiPhoneは2007年、グーグルのアンドロイドを搭載したスマホは08年に誕生しました。この08年をスマホ時代の始まりとしましょう。現在のスマホ普及率は約8割。総務省の「通信利用動向調査」によると11年時点の国内のスマホ個人保有率は14.6%に過ぎませんでした。これが16年には56.8%と、5年間で約4倍に上昇しています。

このとき、LINEは競合に先駆けていち早くスマホに対応。これが奏功し、LINEはスマホと足並みを揃えるようにして普及率を急速に高めたのです。結果、スマホ所持者はほぼ全員LINEをインストールしている今日の状況が生まれました。

しかし、外部環境の後押しのみでは、キャズム越えを果たすことはできません。リリースからわずか1年強というスピードでのキャズム越えの背景には、LINEによる周到な差別化戦略と類似化戦略がありました。

「無料で文字と写真を送れるメッセージングサービス」というだけなら、同じ携帯キャリア間で実現していたのです。その意味で、LINEは圧倒的な先行者というわけではありませんでした。しかしスマホアプリによって、キャリアを越えて実現させたことが、まずは差別化要因になりました。

また、スカイプなど無料で通話できるPCサービスがあったなか、いち早く「アプリさえインストールすればいい」というシンプルな形でスマホ対応したことも、LINEの普及を後押ししました。

■クローズドなのに簡単につながれる

そしてスタンプ機能です。今では当たり前になっているスタンプ機能も、当時は「インフォメーション(情報)でなく、エモーション(感情)を伝える画期的な発明」とされました。

さらには、ミクシィやツイッター、フェイスブックら競合トップ3とは違い、オープンではなく「クローズド」な環境であったこと。これは差別化要因ではありますが、結果的に、メインストリーム市場が望む「周りが皆使っている」「使わないでいるほうが恥ずかしい」といった「取り残され不安」を誘う環境作りにも貢献しました。

また、クローズドと言いながら「ふるふる」や「QRコード」によって瞬時につながることができる機能も、面倒が嫌われるメインストリーム市場に訴えるものだと言えるでしょう。

■流行は20代女性から始まったのではないか

近年の動きに目を転じれば、2016年からLINEが掲げている「スマートポータル構想」は、類似化戦略に位置づけられるものだと考えられます。これは、コミュニケーションアプリとしてのLINEを入り口とし、音楽や動画、マンガなどのコンテンツ、またECや決済など生活サービス全般を提供するという戦略です。

現在のLINEユーザーは、LINEアプリを起点とした一つのプラットフォーム内で、LINEユーザー向けに標準化したさまざまなサービスを享受しています。メッセンジャーアプリ単体ではなく、プラットフォームとして広くマーケットを獲得していく戦略。これがユーザーのさらなる拡大に貢献することは、言うまでもありません。

時系列を整理してみると、LINEにおけるイノベイターやアーリーアダプターは、アプリがローンチされた12年6月直後のユーザーだと考えられます。総務省情報通信政策研究所「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によると、12年時点では10代の38.8%が、20代の48.9%がLINEを利用しています。他方、30代の利用率は29.1%、40代は11.5%にとどまりました。

加えていうなら、LINEの想定ターゲットは女性だったことが知られています。情報ではなく感情をやり取りするスタンプ機能も、共感を重視する女性のユーザーから火がついたのです。ここから、スマホを購入するだけの金銭的余裕があり、なおかつ新しいものに感度が高い20代女性からLINEの流行が始まったと推察できます。

■ほかのQRコード決済にはない強みがある

2018年、LINEの「LINE Pay」が話題となりました。サービス自体は14年12月にローンチされていますが、18年6月、新たにQRコード決済機能がリリースされたのです。それも、「加盟店の導入費用ゼロ、今後3年間は決済手数料無料」という赤字前提の大攻勢です。

現在、日本のQRコード決済市場は、ソフトバンク・ヤフー連合による「ペイペイ」に、楽天の「楽天ペイ」、メルカリの「メルペイ」などが参入し、群雄割拠の様相を呈していますが、LINEはここで一気に覇権を取る姿勢を明らかにしたのです。

LINEはもともと、「LINE上から送金・決済をする」サービスとしてスタートしました。LINEアプリ内に組み込まれているため、専用アプリをインストールする必要がありません(2019年に専用アプリもリリース)。約7900万人のLINEユーザーが、今この瞬間にも、LINE Payを使える状態にある、ということです。これは他のQRコード決済アプリにはない、LINE Payの圧倒的な強みだと言えます。

■真の目的は「巨大なエコシステム」を作ること

しかしここで重要なのは、LINEは、QRコード決済の覇権そのものを目的とはしていない、ということです。第一、「加盟店の導入費用ゼロ、今後3年間は決済手数料無料」である以上、LINE Pay単体では、儲けようがないのです。手数料を無料にしてまで手にしたいものは何か。一つには、そこで得られる膨大な決済データです。これをビッグデータとして蓄積し、新たな金融サービスへと活かそうとしています。

今、LINEが、みずほ証券と組んでのLINE Bank、野村證券と組んでのLINE証券、さらには保険サービス、ローン、仮想通貨と金融サービスを矢継ぎ早に立ち上げているのは、このような背景があってのことです。

もっとも、金融事業の覇権すら、LINEの目的ではないのです。

真の目的は、優れた顧客接点としてのコミュニケーションアプリであるLINEを起点に、決済をはじめとする金融サービスを垂直統合し、さらには生活サービス全般を支配する。つまり、巨大なLINEエコシステムを構築することにあります。

中国ではIT大手のテンセントが、SNSアプリ「ウィーチャット」を起点に、QRコード決済アプリ「ウィーチャットペイ」を展開、中国のQRコード決済市場を「アリペイ」とともに二分する巨大勢力となっていますが、LINEはテンセントのビジネスモデルをベンチマークしていることが知られています。テンセントの真の狙いも、金融サービスそのものではなく、それをエコシステム拡大の「エンジン」とすることなのです。

■LINE Payの成功には「信用」「信頼」が必要だ

LINEの思惑が成就するかどうか、それはLINE Payの成功にかかっています。前述した通り、多くの競合がひしめくなか、3年後に生き残っているのは2~3社というところでしょう。生き残ることができるのは、決済手数料で儲けずとも、プラットフォーム全体、エコシステム全体で儲けられるプレイヤーのみ。

田中道昭・牛窪恵『なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか? アマゾンに勝つ! 日本企業のすごいマーケティング』(光文社新書)

そのうちの1社がLINEとなる可能性は高いと私は見ています。何しろ、コミュニケーショアプリとしてのLINEのシェアは盤石。使用頻度=顧客接点の多さでは、随一です。そしてLINE起点のスマートポータルの充実により決済手数料以外のところで儲ける基盤も整いつつあります。

今後、充足するべきは、金融サービスとしての「信用」「信頼」の部分だと私は考えます。

QRコード決済が普及し切った中国とは対照的に、日本ではまだ、QRコード決済そのものがキャズムの手前に位置します。不正利用などQRコード決済関連のトラブルが時折聞こえてくることが、その遠因となっていると思われます。

ユーザーは、自分の大切なお金をそこに委ねるのです。アプリの機能としての新しさ、便利さよりも、金融プレイヤーとして信用、信頼を確保することができれば、LINE Pay、ひいてはQRコード決済そのものが、キャズムを越えるはずです。

最後にもう一度、金融取引においては、キャズムを超える最大のポイントは「信用」「信頼」であることを強調しておきたいと思います。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)

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