子どもに英語を教えるのは何歳からがいいのか

プレジデントオンライン / 2019年8月19日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Neville Mountford-Hoare

ゼロ歳から英語を聞かせれば、子どもはバイリンガルになるのか。人が言葉を学ぶプロセスを研究している、東京大学大学院教育学研究科の針生悦子教授は「『生まれた時から外国語に触れていれば誰でもバイリンガルになれる』というのは大人の勝手な期待。何を学ぶのかは赤ちゃん本人が決めている」という――。

※本稿は、針生悦子『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■子どもが母語を学ぶのは必要に迫られるから

「小さなうちに母語以外の言語にも触れさせておけば、子どもは“母語と同じように”その言語もラクに素早くネイティブ並みのレベルで身につけられるのではないかしら」

と考えているとすれば、それは、どうやら大人の都合よすぎる期待のようです。

結論として、子どもは母語であろうとラクして学んでいるわけではありません。悲愴な顔つきはしていないかもしれませんが、時間はかかっていますし、相当な努力もしています。そして、子どもにそのような努力ができるのは、それがわかるようになることがぜひとも必要だと実感させる環境が、母語の場合はあるからです。

なお、自分の母語では区別しない音を聞き分ける能力は生後12カ月までに低下するようです。

それならば、その時期に、それらの音を区別する言語のオーディオやビデオを使ったら、聞き分け能力の低下を食い止めることはできるのでしょうか? たとえば日本語環境で育つ子どもでも、ゼロ歳後半のこの時期、英語のオーディオを聞かせたり、ビデオを見せたりしたら、LとRの聞き分け能力は、英語環境で育つ子どもと同じようになるのでしょうか?

■赤ちゃんは「音の聞き分け能力」を保てるのか

これは少なからぬ人が考えることのようで、「実はうちの子どもには英語のビデオを見せています」とか、「大人用のオーディオ教材をずっと聞かせていました」という話は、ちょくちょく耳にします。

そこで、ゼロ歳後半の時期の赤ちゃんに、実際に外国語のオーディオを聞かせたりビデオを見せたりして、音の聞き分け能力を保つ効果があるかどうかを調べたのが、アメリカの心理学者クールたちです(※1)

(※1)Kuhl, P. K., Tsao, F.-M., & Liu, H.-M. 2003“Foreign-language experience in infancy: Effects of short-term exposure and social interaction on phonetic learning.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 100(15), 9096-9101.

この研究では、英語だけが話される家庭で育つ9カ月の赤ちゃんを次のような4つのグループに分けました。

①オーディオ条件(中国語のオーディオを聞かせる)
②ビデオ条件(中国語のビデオを見せる)
③お姉さん条件(中国人のお姉さんに遊んでもらう)
④統制条件(中国語に触れさせることはしない)

①~③のグループの赤ちゃんは、4週間のあいだ、同じ時間、回数だけ、それぞれの方法で中国語に触れる機会を与えられました。なお、②のビデオに登場するのは、③お姉さん条件の女性、また、①のオーディオ条件で聞こえてくるのも、同じ女性の声でした。

■オーディオやビデオには効果がなかった

こうして赤ちゃんたちに1カ月過ごしてもらったあと、中国語では区別するけれども英語では区別しない音を、どれだけ聞き分けられるのかというテストをしました。

この聞き分けテストで取り上げられた中国語の音とは、おおよそ日本語の/チ/と/シ/に相当する音です。なお生後半年の頃には、それらの音の聞き分けは、中国語の話される家庭で育つ子どもも英語の話される家庭で育つ子どもも、そこそこできます。しかし、生後12カ月になるまでのあいだに、中国語の家庭で育つ子どもの聞き分け能力はアップし、英語の家庭で育つ子どもの聞き分け能力は落ちていくことがわかっています(※2)。そこに、オーディオやビデオでテコ入れしてみた、というのがこの研究でした。

(※2)Kuhl, P. K., Tsao, F.-M., Liu, H.-M., Zhang,Y., & De Boer, B. 2001 “Language/culture/mind/brain: Progress at the margins between disciplines.” Annals of the New York Academy of Sciences,935(1), 136-174.

結果として、中国語に触れることは特にしなかった④統制条件の子どもたちの聞き分け能力は、既にわかっていたとおり、中国語の家庭で育つ子どもより低くなっていました。そして③お姉さん条件の子どもたちは、中国語の家庭で育つ子どもたちと同程度の敏感さを保ち、①オーディオ条件と②ビデオ条件の子どもたちの反応は、④統制条件のそれと同じでした。つまり、残念ながらオーディオやビデオではほとんど効果がなかったのです。

ビデオやオーディオで効果がなかった理由ですか? おそらくこの研究に参加した赤ちゃんにとって、オーディオやビデオから聞こえてくる音声は、必要性が実感できるどころか、何だかよくわからない音の流れにすぎず、それが自分の生活にどうかかわってくるかもよくわからなかったのではないでしょうか。

■なじみのない言葉はただの“雑音”

授業で大学生にこの研究の話をすると、教室がざわつきます。

実際に、自分の外国語学習にオーディオやビデオを使ったりしてきた人も少なくないので、「効果がなかったのか……」とがっかりする人もいれば、「そんなはずないだろう!」と怒る人もいます。

もちろん大人、つまり自分でわかって努力できる人には、オーディオやビデオは良い教材になると思います。ビデオやオーディオに効果がないことを見いだした研究は、あくまで1歳にもならない赤ちゃんを対象にしたものでした。

1歳にもならないとしても、それでももう1歳近くの赤ちゃんです。自分がふだん耳にしている言語のすべてを理解することはできなくても、それはどのようなリズムや抑揚で話され、どのような音でできているのか、また、そこにはどのような単語や文末表現(たとえば「~だよ」「~ているね」などなど)が出てくるのか。そんなことはもうわかってきています。

それに対して外国語の音声は、話すリズムもいつもなじんでいる言語とは違うし、使われている音の種類もなんだかヘンだし、よく知っている文末表現もいっさい出てきません。となれば、赤ちゃんにとってそれは、話しことばではなく、ただの意味不明な雑音でしかないでしょう。

■「日本語を知らない赤ちゃん」に日本語を聞かせてみた

意味不明な雑音と言えば、ふだん耳にしているのが英語である赤ちゃんにとって、オーディオから聞こえてくる日本語は、やはり雑音にすぎないのでしょう。私の研究室でこんなことがありました。

1歳前後の赤ちゃんに日本語のセリフを聞いてもらう研究で、赤ちゃんの母親に、「これから日本語のセリフを聞いていただくのですが」と説明しかかると、その母親は私を遮って次のように言いました。

「ああ、それでしたら、うちの子はダメかもしれません。私、自分がバイリンガルなので、家では英語でしか話しかけていないし、お父さんは日本語しか話せないんですけど、この子が起きているときはほとんど家にいませんし。この子、日本語を知らないと思います」

「でもまあ、せっかく来てくださったのですし」ということで、試しにその赤ちゃんにもいつもの日本語のセリフを聞いてもらいました。すると、その赤ちゃんは本当にまったく興味を示さないのです。音声が流れ始めたとき、ちらっと音のする方を見ることはしたのですが、じっと音のする方を見つめ続けるようなことはせず、すぐに何だかリラックスした様子で部屋の中をあちこち見回し始めたのでした。

■大人は「外国語を学習しよう」と思ってオーディオを聞く

たいていの子どもは、日本語のセリフが聞こえ始めると、じっと音がする方を見つめ、時には少し嬉しそうな表情さえ浮かべ、音声に聞き入ってくれます。ですから、この違いには驚きました。

「いやいや、赤ちゃんが集中して聞いてくれているか、まったく興味を示さないか、なんて、それは見ている方の思い込みでしょう」と言われれば、返すことばはありません。

もちろん、このような印象だけでは、データとは言えず、研究として報告することもできません。それでも、日本語のセリフにまったく興味を示さないその赤ちゃんを見ながら、そのとき私はふと思ったのです。なじみのない外国語のオーディオを聞かされたときの赤ちゃんも、こんな感じなのではないかと。

このように1歳前後とはいえ、何かの話し声を聞かされれば、赤ちゃんには、それがいつも耳にしている言語かどうかぐらいはすぐにわかります。その意味では、なじみのない外国語の音声は、赤ちゃんにとっては意味不明なただの雑音です。それが何なのか、自分の生活にどう関係があるのかなど、さっぱりわからないはずです。

対して大人は、初めから「その外国語を学習しよう」と思って、オーディオを一所懸命に聞くわけです。それなら、役に立たないはずがありません。

ここにもまた、赤ちゃんと大人とのあいだの大きな違いがあります。

■学ぶ必要が感じられないものは学ばない

目前の状況のなかで、それが必要であることを実感できないと赤ちゃんは学びません。それに対して、大人は少し時間的に離れた将来に備えて、自分の意思で学習するということを選択できるのです。

針生 悦子『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』(中公新書ラクレ)

言語を身につけるというのは、簡単なことではありません。「今ここでの必要性」から「将来の必要性」まで含めて、本人がその必要性に納得し、そのたいへんさを引き受ける覚悟で学習に取り組まなければ、到底身につけられるものではありません。

こういう研究をやっていると、よく受ける質問の一つが、「それで、子どもにはいつから英語を聞かせたり習わせたりしたらいいのでしょうか」というものです。この質問に対して、

私は次のように答えることにしています。

「とりあえず学校で英語の文法を一通り習ったあと、お子さんが自分で覚悟を持って『行きたい』と言ったのなら、留学でもさせるのがいいのではないでしょうか。それがおすすめです」と。

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針生 悦子(はりゅう・えつこ)
東京大学大学院教育学研究科教授
宮城県生まれ。専門は発達心理学、認知科学。1988年お茶の水女子大学文教育学部卒業、90年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了、95年同博士課程修了。博士(教育学)。95年青山学院大学文学部専任講師、助教授を経て、2003年東京大学大学院教育学研究科助教授、2015年より現職。著書に『幼児期における事物名解釈方略の変化——相互排他性制約をめぐって』(風間書房)、『言語心理学』(編著、朝倉書店)、共著として『レキシコンの構築』(岩波書店)、『言葉をおぼえるしくみ』(ちくま学芸文庫)など。

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(東京大学大学院教育学研究科教授 針生 悦子)

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