投資家に逃げられない東証の"再編"のしかた
プレジデントオンライン / 2019年9月1日 6時15分
■東証の市場改革で何が起きるのか
東京証券取引所(東証)は、東証1部の市場区分の見直しなど市場の再編成を検討しています。いま何が問題となって、どのように変わろうとしているのでしょうか。これまでの経緯から振り返ってみましょう。
1990年以降に起きた歴史的な出来事が、98年の「証券ビッグバン」です。同年に成立・施行された「金融システム改革法」により、取引所集中義務が撤廃され、上場株の取引所外取引が認められるようになりました。さらに大阪証券取引所(大証)は関西地区中心、東証は関東地区中心などといったエリア分けがなくなったため、売買が活発な東証のみに上場する会社数が明らかに増加したのです。
そうした流れを受けるかのように2013年、東証と大証が合併し、東証の上場会社数は1000社以上も増加。現在では3500社を超えるに至っています。この急増は大証グループに入っていたジャスダック(JASDAQ)も吸収した影響が大でした。
■市場統合で見えた2つの問題点
ここで1つ目の問題が浮き彫りとなります。新規株式公開する際の入り口として、若い小さな会社を受け入れる「東証2部」「マザーズ」「ジャスダック」は似た区分であるにもかかわらず、併存したままの状況は投資家にとってわかりにくいものとなっています。市場統合で冗長となった構造を整理し、見直す時期が来たというわけです。
この間、東証1部の企業数は2150社を数えるに至りました。企業規模を示す時価総額が20兆円を超えるトヨタのような会社がある一方、100億円未満の会社も300社弱あり、その実態には大きな開きがあります。
東証の上場基準では、未公開企業が東証1部に上場するには時価総額が250億円に達していなければなりません。ところが、東証2部やマザーズなどから東証1部に鞍替えする場合、時価総額は40億円でよいことになっています。その後、順調に成長すればいいのですが、1部上場がゴールになり、成長の努力がそこで止まる企業も見受けられます。18年末時点で時価総額250億円未満の会社は750社近くあり、東証1部上場企業数の約35%に当たります。ただし時価総額の合計でみると、全体の2%未満にすぎません。これが2つ目の問題です。
機関投資家のなかには、時価総額100億円を投資対象とする基準にしているところもあります。時価総額が100億円に満たない会社は、流通している株数、日々成立する出来高が少ないので、機関投資家が買いたいロットで売買できないといいます。したがって、このまま質を伴わないのに東証1部にいる企業が増え続けては、市場のステータスがどんどん下がってしまうと問題視する声もあるわけです。
こうした2つの大きな問題を解消するため、東証は市場構造の見直しに乗り出しました。具体的にどのような形を目指すのでしょうか。
■「プレミアム」銘柄と「スタンダード」銘柄に切り分ける
1つ目の問題については、既存の3市場間で異なる上場基準などを一本化し、重複のない市場構成に改編することが求められます。2つ目の問題については、今ある東証1部の企業を、国際機関投資家の投資対象となりうる要件を満たす「プレミアム」銘柄と「スタンダード」銘柄に切り分ける案があります。そのラインは時価総額500億円とも250億円ともいわれており、もし250億円で切った場合は、東証1部企業の約35%がスタンダード銘柄に格下げされることになります。
東証1部銘柄を2つに分けるといった変更を行うと、年金や投信、ETFなどのインデックス運用に混乱をもたらす可能性があります。厚生年金や国民年金などを運用する年金ファンド・GPIFは、インデックス運用が7~8割を占め、企業年金でもインデックス運用が主流となっています。代表的なインデックスであるTOPIXに連動する運用をしているファンドは、東証1部上場銘柄すべてに投資し、株式を保有しています。TOPIXは運用パフォーマンスを測る際のベンチマークとして年金や投信、ETFなどに幅広く活用されてきました。その結果、2018年3月で推定したTOPIX関係のインデックス運用資産残高は約50兆円あります。これは東証1部全体の時価総額の約9%に相当します。
もっとも極端なシナリオは、東証が1部銘柄をプレミアムとスタンダードに分け、インデックス運用の対象が東証1部全体からプレミアム銘柄にシフトするケースです。時価総額250億円未満の約750銘柄について、インデックス・ファンドがその保有株式をすべて市場に売却する場合、売却株数の規模は、これらの銘柄の2018年の平均日次出来高の約48日分に相当します。大量の売り注文を浴びせられることになるので、株価に相当の下落インパクトが発生すると予想されます。はずされる企業からみれば、プレミアム銘柄の要件を満たさないというレッテルを貼られるだけでなく、株価の暴落で既存株主に大損害を与えるというダブルパンチとなります。具体的な再編案が決定されるまでは、新たに東証1部に上場しようとする企業は、二の足を踏むのではないでしょうか。
これほど甚大な影響が発生する可能性があるのは、わが国の資産運用のベンチマークに関する特殊な状況が災いしているといえます。筆者が知る範囲では、TOPIXのように、取引所が規定する条件を満たした銘柄すべてをベンチマークにしている先進国はありません。米国のベンチマークのひとつであるS&P500など、取引所以外の機関が銘柄を選んでインデックスを構成しているようなケースが通常です。また、最近ではESG投資のように、環境問題に配慮した会社の中から優れた会社を選んでインデックスをつくり、投資先を選別するといった動きもあります。資産家は、今こそ、TOPIX以外の運用評価軸を再検討し、それに沿って投資していくという流れに変えるチャンスではないでしょうか。そうすれば、東証がどんな制度改革をしようとも、運用ファンドに大きな影響が出る事態を回避することができます。
■昨日買った株式が、今日同じ額で売れるか
私が市場を見るとき、大きなキーポイントにしているのは「流動性」です。流動性とは、投資家が売買したいと思ったときにスムーズに行える状況にあるかどうかです。たとえば昨日100円で買った株式が、今日は同じ価格で売れないというのはよくあることで、そうなると95円、90円へとディスカウントしなければなりません。それでも買い手がつけばまだいいほうで、銘柄によっては、東証1部でも売買が毎日成立しないものが結構あります。
流動性が高い銘柄では、昨日100円で売買されていたものを、今日も明日も100円で時間をかけずに売却できます。つまり、注文を出してからすぐに売買が成立する「即時性」と「価格の安定性」。この2つが流動性を考えるときの非常に重要な要件です。機関投資家の場合、これにもう1つ「取引できる量に対する制約がないこと」という要件が加わります。
流動性を高めるにはまず、発行済み株式数、株主数の規模が一定以上なければなりません。次に、ディスクロージャーがきちんとなされていることが重要です。そして、投資家が「本当は悪い材料を隠しているのではないか」と疑心暗鬼にならないよう、コーポレート・ガバナンスがしっかり機能している必要があります。企業の透明性が高いほど、流動性は高まります。そして流動性が高まれば、売買に関わるコストが下がり、結果、株価は上がって、企業価値も高まることが期待できます。
流動性の観点から見ると、日本の市場が欧米に比べて劣っているということはありません。しかし近年、香港やシンガポール、オーストラリアなど、アジアのほかの市場に追いつかれてきています。適切な再編によって、市場が活性化することが期待されます。
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早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)教授
1975年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。日本経済新聞社に入社。QUICK総合研究所金融工学研究部長兼首席研究員、中央大学商学部教授等を経て現職。著書に『証券市場のグランドデザイン:日本の株式市場はどこへ向かうのか』(共編著)など。
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(早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)教授 宇野 淳 構成=小澤啓司)
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