女子高生監禁陵辱殺人「野獣に人権はない」
プレジデントオンライン / 2019年8月19日 15時15分
※本稿は、松井清人『異端者たちが時代をつくる』(プレジデント社)の第5章「『実名報道』影の立役者」の一部を再編集したものです。
■「よし、実名でいく」
腕を組み、目を閉じ、顔を天井に向けたまま、編集長の花田紀凱さんはじっと考えていた。机の上には、一本の特集記事の最終ゲラが広げられている。
1989年4月11日火曜日の夜7時。翌々日発売号の校了は、この記事だけを残して、すべて終わっていた。記事の執筆を担当した勝谷誠彦君がやって来て、
「やめましょうよ。実名なんか出したら大変なことになる。絶対やめたほうがいいですよ」
と話しかけるが、花田さんは一顧だにしない。文藝春秋を退社後、コラムニストやテレビのコメンテーターとして活躍し、2018年に57歳の若さで亡くなる勝谷君は、当時まだ20代の編集部員だった。
犯罪史上に類を見ない、身勝手で残虐な事件を起こした少年たちの実名を出すか、イニシャルに留(とど)めるか、花田さんは締め切りギリギリまで決めかねていた。記事の担当デスクだった私は、黙って判断を待っていた。およそ15分が過ぎただろうか。とても長い時間に感じられた。
「よし、実名でいく」
と花田さんは言った。
■殺人犯4人の名前を特定した粘り強い取材
私はすぐ席を立って、記者の佐々木弘さんが待機している会議室へ向かった。自分の仕事が終わったら編集部に長居することのない佐々木さんだが、この日は違った。犯行に関わった不良少年たちの中から、逮捕された4人の名前を特定できたのは、佐々木さんの粘り強い取材があったからだ。編集長に向かって、「こんなにひどい犯罪なんだから、実名を出すべきだ」などと進言する人ではない。その決定は編集長の権限とわきまえているから、わざと離れた会議室で待っていた。花田さんの判断を待つ15分は、佐々木さんにとっても長い時間だったに違いない。
「佐々木さん、実名でいきます!」
そう告げると、広い会議室にひとり、ぽつんと座っていた佐々木さんは、立ち上がって私に「そう! ありがとう」と言って、ぴょこんと頭を下げた。そして、
「よかった。これで被害者もお父さんも、少しは浮かばれるよ」
と、ほんの少し顔をほころばせた。
4月13日に発売された『週刊文春』4月20日号の特集記事「女子高生惨殺事件第2弾 加害者の名前も公表せよ!」では、
として、18歳ひとり、17歳ふたり、そして16歳ひとりの実名を書いている。
ただし、4人はすでに刑期を終えているため、現在ではすべて匿名にせざるをえないことをお断りしておく。
■鉄壁の少年法。大騒ぎになることは目に見えていた
リーダー格のA18歳は、私立高校を一年の三学期で中退。暴力団事務所にも出入りし、母校の中学校の窓ガラスを割って補導されるなどで「保護観察処分」の前歴があった。
B16歳は、中学校でAの二年後輩だ。工業高校を一年の二学期で中退。バイクの無免許運転で「保護観察処分」の前歴がある。女子高生の監禁場所となったのは、Bの自宅だった。両親は共産党員で、弁護士を通じた謝罪コメントを『赤旗』にだけ発表している。
サブリーダー格のC17歳もAと同じ中学校で、一年後輩。私立高校を一年の二学期に退学している。バイクの無免許運転で「保護観察処分」の前歴あり。
D17歳も、Aと同じ中学校の一年後輩で、工業高校を一年の一学期で中退。自宅で暴れて「保護観察処分」を受けている。
4人とも高校中退後は職やアルバイトを転々とし、地元では有名な手の付けられない不良グループだった。
当時の少年法はまさに鉄壁で、今では想像もできないくらい厳しく守られていた。週刊誌が実名を報道しても罰則こそないとはいえ、大騒ぎになることは目に見えていた。法務省は必ず問題にするだろうし、良識派や人権派といわれるメディアから袋叩きにあう事態も容易に想像できた。
■「加害者の名前も公表せよ!」の意味
もちろん花田さんも少年法について学び、実名報道がどれだけハードルの高いことか充分に理解していた。その迷いが、「加害者の名前も公表せよ!」というタイトルに表れている。歯切れのよさで知られた花田さんのいつものタイトルなら、「加害少年の実名を公表する」とか「実名を明らかにする」と言い切るはずだ。「公表せよ!」では、誰に向かって言っているのか判然としない。
タイトルの校了は記事よりも先だから、記事で実名を報じても報じなくても通じるタイトルになっている。いま改めてこのタイトルを見ると、ギリギリまでゲラを目の前に広げて熟考していた花田さんの胸中が読み取れる思いがする。
<略>
読者はどう受け止めたか
実名報道から約1カ月後の5月18日号に、読者からの投稿を集めた「実名報道 私はこう考える」を掲載した。そのいくつかを紹介する。
マスコミも誰も、善人ぶってはっきり言わないけど、奴らは全員40日かけてなぶり殺しにすべきです。これ以上ない地獄を味わわせてやるべきです。本当に悔しくて涙が出てきます。奴らにも、奴らを許す世間にも。
正直言って、こんな事を考えたりするのは好きじゃないです。夢を食べて生きていたいし、何も知らないで楽しく生きていけたらと思っていました。そんな私がこんなふうに手紙を書き、先週は「性暴力を許さない女たちの会」という集まりにも行ってきました。それほど大きなショックだったのです、この事件は。私は今、独身ですが、将来男の子を産むのが怖い。ちゃんと育てる自信がないのです。(大阪府)〉
■全ての大人たちよ。もっと怒りましょう
これがもし我が娘であったなら、私は必ず親としての弔い合戦をせずにはおきません。たとえ自分の命にかえてでも。そうでなければ、あの世で娘に合わす顔がないではありませんか。「かたきは取ってやったよ」と言えぬではありませんか。
国家がそれをどうしても禁ずると言うのなら、納得のいく刑罰が加えられねばなりません。少年法を改正すべきです。
全ての大人たちよ。もっと怒りましょう。真剣に。そうしないと私達は、自分たちの社会すら守れなくなるでしょう。(愛知県)〉
〈文春を見直しました。良識派ぶって実名を出さない朝日なんかよりよほど国民の正義感に応えているし、少年法で刑罰が軽くなってしまう今回の事件においては、実名を出してのキャンペーンはマスコミとしても義務だとさえ思います。
法律が少年の「保護」を言うのなら、せめてマスコミは声なき被害者と遺族の「声」になってあげてください。人権云々は事件を担当した弁護士や判事が言えばいいことです。
私はクリスチャンです。しかし、私なら家を売り払ってでも金を作り、計画を練り、人を頼んででも残りの人生を犯人への報復に賭けます。こればかりは許せません。紋切り型に「赦しましょう」という神父など、張り倒してやるでしょう。
週刊文春は、どうかこれからも被害者と遺族の「声」になってあげてください。「社会の歪み」がどうの、「人権」がどうのと御託をならべるより、「声」を奪われた被害者、何を言う気力も無くしているだろう遺族の「声」に。(茅ヶ崎市 会社員 28歳)〉
■「野獣に人権はない」
花田編集長が覚悟を決め、「野獣に人権はない」と強い姿勢を貫いたことも、世論を喚起する一因となった。『朝日新聞』同年4月30日日曜版のインタビューで、花田さんはこう語っている。
正直いって、反発の方が多いんじゃないかと予想してたんです。人権うんぬんでジャンジャン電話がかかってくるだろうと考えたんですが、意外にも実際には2件程度で。『よくぞやってくれた』という投書が何十通もきて(中略)。人権うんぬんという人にはね、『それじゃあ、殺されたE子さんの親御さんの前で、そのせりふが吐けますか』と問いたい気持ちです」〉
賛否両論を予想した『週刊文春』読者の反応は、おおむね好意的だった。編集部に寄せられた約50通の投書のうち、実名報道に反対する意見は4通だけ。
少年法改正への動きは、一気に加速するかに思えた。
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文藝春秋 前社長
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、74年文藝春秋入社。『諸君!』『週刊文春』、月刊誌『文藝春秋』の編集長、第一編集局長などを経て、2013年に専務。14年社長に就任し、18年に退任した。
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(文藝春秋 前社長 松井 清人)
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