米イラン戦争で「漁夫の利」を得る中国のズルさ

プレジデントオンライン / 2019年8月16日 15時15分

イスラム革命防衛隊によって、2019年7月18日に公開されたビデオより。緊迫するホルムズ海峡で、パナマ船籍のタンカー「Riah」がイスラム革命防衛隊に拿捕だほされた。 - 写真=AFP/時事通信フォト

民間タンカーが攻撃を受けるなど、中東・ホルムズ海峡の安全確保が国際的な課題となっている。背景にあるのはイランとアメリカの関係悪化だ。日本はアメリカ主導の「有志連合」に即時参加すべきなのか。国家基本問題研究所の湯浅博氏は「日本は参加を先送りすべきではない。中東情勢の不安定化は中国に"漁夫の利"を与えることになる」という——。

■米英がエスコートして守ってくれた時代は過ぎた

中東原油に依存する日本は、アメリカ主導の「有志連合」に即時参加すべきなのか、あるいは海上自衛隊が単独で日本艦船を守るべきなのか。いまの日本にこれら以外の選択肢があるとは思えないが、安倍晋三政権にはさらに2つの困難な「解」を求められている。

ひとつはイランとの良好な関係をどう均衡させるかであり、もうひとつが、対イラン対応を誤ることによって自由主義秩序を脅かす中国に漁夫の利を与えてはならないということだ。

ホルムズ海峡の緊張の高まりは、6月13日に安倍晋三首相が首相として41年ぶりにイラン訪問していたさなかに起きた。海峡近くで日本のタンカーなど2隻が何者かの攻撃を受け、ポンペオ米国務長官はただちに「日本は侮辱された」との声明を出した。いまだ謎の部分が多いにもかかわらず、アメリカは「イラン革命防衛隊の犯行」を断定している。

トランプ大統領のタンカー攻撃や拿捕(だほ)に対する構えは明らかで「なぜアメリカが他国のシーレーンを守らなければならないのか」「自国の船は自国で守るべきだ」と、まことにもっともなことをいう。1980年代のイラン・イラク戦争の際のように、米英軍が護衛船団を組織して海峡を通る各国タンカーをエスコートしてくれた時代は過ぎた。

その当時ですら、ホルムズ海峡を通過するタンカーの多くが、日本であることを知ると、アメリカ国内で「日本安保タダ乗り論」が拡散した。それでも、当時の超大国のアメリカにはこれをやり過ごすだけの余裕があったのだ。ところが、オバマ政権時代になると、「もう世界の警官ではない」と事情が変わってきた。

トランプ大統領にあっては、「日本が攻撃されれば、われわれは第3次大戦を戦うことになり、あらゆる犠牲を払っても日本を守る。しかし、アメリカが攻撃されても、日本はわれわれを助ける必要がまったくない。彼らはソニーのテレビでその攻撃を見ていられる」と、不満が全開であった(6月26日FOXテレビ)。

■軍事的参画がなければアメリカの不信感は免れない

日米安保条約をめぐっては、これまでも「アメリカは日本を守るが、日本はアメリカを守る義務を負わない」という世界に例を見ない非対称の双務性が、さまざまな摩擦を招いてきた。それでもアメリカの政治指導者がこの不公平感を公の場で言うことはなかった。

だが、アメリカ第一主義のトランプ大統領に限っては、決して不満を隠さない。しかも、アメリカはシェール革命のおかげで、来年春ごろからエネルギー輸出国に転じるから、さらに不公平感が強くなる。いまやサウジアラビアやロシアを凌(しの)ぐ産油国になり、中東原油への依存度は著しく低下しているから、「なんで他国の船を守らねばならないのか」との考えはもっともなのだ。

そしてダンフォード統合参謀本部議長が7月9日、民間タンカーなどを護衛するため同盟国に「有志連合」の結成を呼び掛けた。ダンフォード議長は「指揮統制の旗艦はアメリカが提供するが、実際の護衛は各国によって行われる」と提起した。そこには、「自国の船は自国で守れ」との“トランプイズム”が貫かれていた。

日本は中東原油に87.3%(2017年度)を依存しており、東日本大震災によって原子力発電が相次いで停止させられ、逆に化石燃料への依存度は増すばかりだ。トランプ大統領が不公平感から同盟のコストを求めている以上、何らかの軍事的な参画がなければ、日本への不信感は免れない。

■ヨーロッパをないがしろにしたツケが回ってきた

しかし、トランプ政権が「有志連合」の旗を振っても、1991年の湾岸戦争でアメリカが率いたそれのようには進まない。91年の有志連合が、イラクとの「戦争目的」だったのに対して、今回の連合が「艦船護衛」でしかないのに、こうも手間取るのはなぜか。おそらくそれは、トランプ政権がヨーロッパの同盟国をないがしろにしてきたツケだろう。

トランプ政権のアメリカ第一主義は、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱に見られるような国際協調を嫌いNATO(北大西洋条約機構)を「時代遅れ」と難じた。さらに、イラン核合意については、オバマ前政権時代の合意をチャラにして再交渉に持ち込む算段だ。すでに昨年5月、イランと米英仏露中プラス独「5+1」が結んだ核合意を一方的に破棄したのだからヨーロッパ勢が怒らないわけがない。

アメリカとは「特別な関係」だったイギリスは独自に、「ヨーロッパ主導の船舶保護」を提起して、独自の路線を築こうとした。しかし、EU(欧州連合)離脱派のボリス・ジョンソン首相に対する対英不信から、少しも前に進まない。その結果、ジョンソン政権は米英関係を修復して「有志連合」への参加を明確にしたのだ。

ドイツは7月末に不参加を表明して、あくまで外交による解決を目指す構えだ。ドイツ外相は「重要なのは軍事より外交だ」と参加を見送り、フランスは国防相が「緊張を高めるようなフランス軍派遣は行わない」と参加に否定的だ。8月25日にフランスで開催のビアリッツG7(主要国首脳会議)の主催国として、この問題を具体的に詰めることになろう。

■息をひそめて凝視する全体主義国家

アメリカ主導の「有志連合」が足踏みしているうちに、ロシアがイランにペルシャ湾内の合同軍事演習を持ち掛けて揺さぶり始めた。ここに至って、ペルシャ湾をめぐる多国間の遠心力ばかりが目立ち始めた。

日本にとって最悪のパターンは、偶発的な衝突からホルムズ海峡が封鎖され、中東に戦火が広がることだ。そうなれば、日本にとって“産業の血”であるエネルギー供給が絶たれ、日本と日本人の国民生活は存立の危機に陥りかねない。全国10カ所に輸入量の90日分を保管する石油備蓄基地からの放出も考えられ、さらに民間の備蓄分を含めると何とか半年間は耐えられることができるかもしれない。

しかも、アメリカ軍とイラン軍が正面から衝突する事態は、過去の経験則からいって、アジア太平洋のアメリカ軍基地は、おそらくガラ空きになるだろう。そうした軍事衝突を「戦略的好機」と考える全体主義国家が息をひそめて凝視しているのだ。

■アメリカにはパワーを分散させる余裕はない

トランプ政権の指針となる2018年の「国防戦略報告」は、「中国とロシアとの長期的な戦略的競争が最優先事項である」と掲げていたはずだ。とりわけ、いまのアメリカは、冷戦が終結して以降、最大の「戦略的ライバル」中国との覇権争いに踏み込んでおり、そのパワーを分散させるだけの余裕はない。

中国が最初に「戦略的好機」をつかんだのは、アメリカの最大の悲劇、中枢同時テロの「9・11」までさかのぼる。あのニューヨークにあった世界貿易センタービルへの航空機激突テロの発生で、当時のブッシュJr.政権は、国際テロ組織との「非対称戦争」に向かわざるを得なかった。

この非対称戦争に入るまでのブッシュJr.政権は、中国をいち早く旧ソ連なみの「戦略的競争相手」と位置付け、軍事的台頭を意識してある種の封じ込め政策まで視野に入れていた。それが「9・11」をきっかけとして、アメリカ軍がアフガニスタンからイラクに転戦したことで、中国には願ってもない展開となったに違いない。

この事態を受けて江沢民主席は、翌2002年の中国共産党大会で「2020年までの20年間が戦略的好機になる」と宣言したほどだ。アメリカ軍がアジア太平洋からいなくなった隙に、中国は安心して軍拡に着手した。すでにトランプ政権はTPPから離脱し、この間に中国が経済力と軍事力をつけて南シナ海の分捕りなど帝国主義的な行動をとり始めていた。

■中国に“漁夫の利”を与えてはならない

いまアメリカがイランと軍事衝突を起こせば、過去20年と同じ優位性を中国に与えてしまうことになる。アジア協会政策研究所のナイサン・レバイン研究員によれば、ペルシャ湾で偶発戦争が全面戦争になれば、アメリカの相対的な後退により「中国の世紀の始まりになる」と警告している。

だからこそ、安倍首相は両者の偶発戦争を回避し、緊張を緩和させるための外交的一歩をテヘラン訪問で踏み出したのである。たった一度の訪問で、2つの軍事大国を仲介するような余地は限られる。首相はむしろ、ホットラインをもたないアメリカとイランの武力衝突回避のための交渉ルートの確立こそが重要であったはずだ。

したがって安倍外交の隠れた狙いは、まさに中国との覇権を争うアメリカン・パワーが中東情勢でそがれてしまわないようにすることだろう。アメリカとイランの軍事衝突によって、中国に「戦略的好機」という漁夫の利を与えてはならない。

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湯浅 博(ゆあさ・ひろし)
国家基本問題研究所主任研究員
1948年生まれ。中央大学法学部卒。プリンストン大学公共政策大学院Mid Career Fellow program修了。産経新聞でワシントン特派員、シンガポール特派員、論説委員、特別記者などを経て現職。『全体主義と闘った男 河合栄治郎』(産経新聞出版)『中国が支配する世界―パクス・シニカへの未来年表』(飛鳥新社)など多数。

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(国家基本問題研究所主任研究員 湯浅 博)

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