元商社マンが「南青山で孤立死」した切ない事情

プレジデントオンライン / 2019年9月9日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

東京・南青山のマンションで、死後約1週間の男性の遺体が見つかった。男性は商社に就職後、大手旅行会社に転職し、50歳で独立。旅行業を営んでいた。常連客は「気配りができ、安心感のある人だった」という。なぜ男性は孤立死したのか。読売新聞社会部の著書『孤絶 家族内事件』(中央公論新社)より紹介する——。(第4回)

※本稿は、読売新聞社会部『孤絶 家族内事件』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■布団には遺体と重なる形で赤黒い染み

2017年の9月に入って間もない日の昼前。高級ブティックやレストランなどが立ち並ぶ東京・南青山の一角にある築40年超のマンションの一室に警察官が入ると、事務机と本棚の奥に敷かれた布団にうつぶせに横たわる男性の姿があった。

ポストに郵便物がたまっていることに気づいたマンションの管理人が、所在を確認しようと部屋の前まで行き、異臭を感じたという。

厳しい残暑が続く中、室内のエアコンのスイッチは切られたまま、再開発地区で建設が進むガラス張りの高層ビルが見える窓からは、強い日差しが照りつけていた。

警察が調べた結果、男性は約1週間前に病死したとみられることがわかった。布団には、男性の遺体と重なる形で赤黒い染みが付着していた。遺体の確認のために警察署に駆けつけた男性の3歳上の兄(71)は、警察官から「遺体の傷みが進んでいて、死因も身元もはっきりしない」と告げられた。身元の特定に必要なDNA鑑定のため、兄はその場で唾液を採取された。事件性はないと判断されたが、熱中症なのか持病なのか、結局、死因ははっきりしなかった。

■室内にはビールやチューハイの空き缶が散乱

発見から約10日後、遺品整理業者とこの部屋を訪れた兄は、机の上のパソコン、コピー機などの近くに散乱していたメモ用紙に目をとめた。

「何もやる気がない」「賀状も出さなかった」「客も忘れた 友人も忘れた」「家の方向も忘れることがある」

男性の筆跡だった。広さ約25平方メートルの室内には、ビールやチューハイの空き缶が転がり、冷蔵庫の中に残っていたのは飲み物と湿布だけだった。

「たまに会うと、愚痴ばかりだった。もっと手を差しのべていれば……」。男性が亡くなった直後に取材に応じた兄はそう話し、肩を落とした。

男性は、この部屋を事務所兼自宅として旅行業を営んでいた。大手銀行員の三男として東京都心に生まれた男性は、都内の中学、高校を経て、首都圏の国立大学を卒業した。幼なじみの男性(69)は、「秀才で、女性にも人気があった」と話す。

得意の英語を生かして商社に就職した後、30歳代半ばで大手旅行会社に転職し、添乗員として世界を回った。パリの街並み、ウィーンのオペラ、アフリカの草原、北極圏のオーロラ……。兄は、土産話をするときの男性の生き生きとした表情を記憶している。

■生涯独身、50歳で会社を立ち上げる

フランス語やイタリア語も日常会話程度なら使えるようになり、男性は50歳で独立して、個人向けの海外旅行を手がける小さな会社を起こした。ヨーロッパを中心に、自ら現地に下調べに行っては、旅行好きの人が好みそうな場所を見つけ出し、独自のツアーを組む。そんな努力が支持され、リピーターの多い人気のツアーコンダクターとなった。時には、1人数百万円の予算で富裕層向けのツアーを組み、男性もタキシードをまとって高級レストランを楽しむこともあったという。

部屋の本棚には、フランス革命やスペイン内戦、モーツァルト、キリスト教など歴史や音楽に関する書籍のほか、外国語の参考書も数多く並んでいた。自分が企画するツアーに生かそうと、積極的に知識や情報を集めようとしていたことがうかがわれた。

本棚の隣には、国ごとに手作りの資料をまとめたプラスチックケースが天井の高さまで積まれ、遺品からは、各国の紙幣やコインのほか、男性の手に引かれて一緒に世界中を旅した大きなスーツケースも見つかった。

「常連」だった広島県在住の男性(63)は、「日本人が行かないところ」とリクエストすると、城跡の残るドイツの古い街並みで開かれるクリスマスマーケットを案内してくれたことを覚えている。何度もツアーを利用するうちにプライベートでも付き合うようになったという、この常連客は男性を思い起こし、「気配りができ、安心感のある人だった」と語った。

1年の半分は仕事で海外にいた男性は、生涯独身だった。趣味も特になく、兄の目には「仕事一筋」だと映っていた。

■「人や場所を忘れっぽくなり、思い出せない」

そんな男性が、突然、「人や場所を忘れっぽくなり、思い出せない」などと周囲に漏らすようになったのは、亡くなる5年ほど前のことだった。

それまで、顧客の名前も電話番号もすべて暗記していて、手帳を持ち歩く必要がなかった。その分ショックが大きかったのか、「自信を失った」とひどく落ち込んだ。

常連客からの依頼にも「できない」と断るようになり、廃業を決意。最大の生きがいを失い、周囲との関わりは大きく減った。

部屋に残されていた日記には、亡くなる直前までの生活ぶりと心境が記されていた。

「夜酒飲むと夜中起き、酒飲む悪循環」「イライラが続く」「ゆううつな時間の連続」「もうしばらくで大病間違いなし」「朝から夕までふとんの中」……。外食やコンビニで一人の食事を済ませ、夜中や朝に部屋で酒を飲むことが日常になったことが垣間見える。

自虐的な内容が多い中で、「ハッピー」「ビールを買って一缶飲んだ」と書いたことも。久々に知人から連絡があった日だった。久しぶりに近隣住民と言葉を交わした日には、「うれしかった」と書き留めていた。

「独伊方面のツアーしている夢を見た」と現役時代を懐かしんだり、社会とのつながりを探してか、有名人の結婚や訃報、事故などニュースに触れたりする日もあった。

■管理人「訪ねて来る人を見た記憶はない」

マンションの男性管理人(74)によると、このマンションはオフィスとして使われる部屋も多く、住民間の付き合いは少ない。

管理人は、男性がコンビニへの買い物や散歩、コインランドリーに一人で外出するのをよく見かけたという。マンションの中には家族や友人が来訪する部屋もあるが、男性宅を訪ねて来る人を見た記憶はない。

男性は、管理人とあいさつを交わす際、「ゆっくり話したいね」「今度飲みに行こう」などと誘いの言葉をかけてくることもあった。なかなか都合が合わず、「また今度」などと応じていたが、男性は寂しげな様子だったという。亡くなる1週間ほど前に見かけた際、顔色が悪かったことを覚えているという管理人は、「もう少し早く、体調の変化に気づいてあげられればよかったのだが……」と振り返った。

兄が男性と最後に会ったのは、亡くなる約1カ月前。東京・新宿の居酒屋だった。落ち込む男性を「次会う時は新しい話題を持ち寄ろう」と励ましたが、表情は晴れなかった。「日々の自分を見てくれる人がおらず、常に不安だと言っていた」。兄は弟との最後のやりとりを思い返しつつ、妻と死別して一人暮らしとなった自身の境遇に触れ、「私も今、同じ不安を抱えています」と明かした。

■「孤立死者」の割合が最も高いのは東京23区

このような「孤立死」は、全国でどのくらい起きているのか。

孤立死の法的な定義はなく、国などによる全国規模の公的な統計もない。このため、読売新聞では、全国47都道府県警と、東京23区を管轄エリアに調査、分析を行っている東京都監察医務院への取材で実態に迫るべく試みた。

具体的には、同医務院の定義を参考に、「自宅で死亡し、警察が検視などで関与した独居者(他殺、自殺を除く)」を孤立死と位置づけ、その人数を全国47都道府県の警察本部に確認した。その結果、2016年の1年間に誰にも看取られず自宅で亡くなった一人暮らしの人の人数について、同医務院と神奈川、静岡など19道県の警察本部から回答があり、この範囲だけでも、合計で1万7000人以上に上ることが判明した。

回答を合算した結果、これらの地域で孤立死した人は計1万7433人(鳥取、広島、山口の各県警は概数で回答)おり、65歳以上が7割超の1万2745人(同)を占めた。全死亡者に占める孤立死者の割合は、およそ30人に1人にあたる約3.5%。これが最も高かったのは東京23区(5.58%)で、低かったのは佐賀県(2.12%)だった。

■周囲に助ける人がいない、情報を得る機会もない

19道県と東京23区での全死亡者数は全国の約38%を占めており、これを基に2016年の全国での孤立死者数を単純計算すると約4万6000人となる。また、2012年以降の孤立死者数が把握できる東京23区と神奈川、静岡、岩手の各県で年ごとの推移をみると、2016年の合計人数は2012年と比べて計639人(約8%)増えていた。

読売新聞社会部『孤絶 家族内事件』(中央公論新社)

同医務院のデータを基に、東京23区で2016年に孤立死した人の傾向を見ると、性別では男性が7割を占める。最も多かった年代は、男性が65~69歳(約19%)、女性は85歳以上(約29%)だった。死因は全体の約半数が虚血性心不全などの循環器疾患で、多くが突然死とみられる。

孤立死の実態に詳しい日本福祉大の斉藤雅茂准教授(社会福祉学)は、この調査結果について、「孤立死した人の多くは周囲に助けてくれる人がいなかったり、介護などに関する情報を得る機会を失っていたりした可能性が高い。対策の前提として国による全国的な実態把握が必要だ」と話した。

(読売新聞社会部)

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