中国人に売却された「天皇家宿泊ホテル」の末路
プレジデントオンライン / 2019年9月3日 11時15分
※本稿は、帝国データバンク 情報部『倒産の前兆』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■天皇家が宿泊した「格調高いホテル」
政府登録の国際観光ホテル「旗松亭(きしょうてい)」。かつては天皇家や海外の王家が宿泊した格調高いホテルとして名を馳せたが、1990年代半ばを境に、団体客が減少し、売上はジリ貧に陥る。そこで即座に取り組むべきだった経営上の根本的な課題は、いかに先送りされ、倒産を免れない事態となってしまったのか。
1949年、映画館の経営を目的に創業した。1957年に映画館を廃館し、旅館「米乃屋」を開業。1969年2月に法人改組のうえ、同年8月に総客室数33室の国際観光ホテル「旗松亭」をオープンする。
旗松亭は、長崎国体に際し、平戸にご宿泊される昭和天皇をお迎えするホテルとして建設された。その後も、1980年には浩宮殿下(今上天皇)、1992年にはオランダのウィレム・アレクサンダー皇太子(現・国王)、また2002年には「全国豊かな海づくり大会」への行幸で、現在の上皇、上皇后両陛下がご宿泊された、格式高いホテルとして知られている。
開業以後も増築・改装を重ね、本館増改築が完了した1987年には総客室数117室まで拡張。さらに、食事処、屋上露天風呂などへの投資も重ね、ピーク時の年収入高は20億円近くにのぼった。
■設備投資の直後に旅行客が減った
しかし、こうした設備投資を実施した直後から、集客減に見舞われる。主に団体旅行客の減少から、長崎県における延べ滞在客数は、1996年の約1418万人をピークに、2009年には約970万人と、10年余りで3割以上も減少した。
平戸市では、同県のピークを迎える5年前の1991年(約156万人)に転換期が訪れていた。その後、延べ滞在客数の減少に歯止めがかからず、2011年までの20年間で約3分の1(約57万人)に落ち込んでいる。
■根本的な解決を後回しにしていた
旗松亭の年収入高は、平戸市の延べ滞在客数をなぞるように推移していく。2010年1月期は約7億2200万円まで落ち込み、営業損益段階からの赤字を余儀なくされていた。
この間、子会社吉花亭も同様に経営が悪化。同期末時点で債務超過額は約4億5900万円にのぼり、資金繰りも悪化する。収入が落ち込む中、継続的に実施してきた改装費用などで10億円を超える有利子負債を抱えていたが、2010年3月には金融機関からの借入れ金が債権回収会社に売却される事態となった。
続いて2012年1月期の年収入高は約6億4200万円にまで落ち込んだが、同期を底として、2013年1月期、2014年1月期と6億5000万円前後に踏みとどまる。
経営陣は、これを底打ちの兆候ととらえ、「人件費等の固定費を抜本的に削減する経営方針を採用すべきであったのに従来の経営方針を継続した」(申し立て書より抜粋)。金融債権者や仕入れ先等に支払い猶予を要請し、営業活動により生まれたわずかなキャッシュで何とか資金をつないでいたが、根本的な課題解決を後回しにしたのだ。
■命取りになった「経営方針の継続」
2013年1月期と2014年1月期の決算は、いわば、経営難の最中に見えた、かすかな光だった。旗松亭の経営陣はその光を過大評価し、「もう大丈夫だ」という甘い見込みを持ってしまったのだ。かすかな光の手応えを、旗松亭の従業員がどれほど感じ取っていたかは、今となってはわからない。しかし、道半ばにして改革の手が緩み、元の経営方針に立ち戻ってしまうのは、企業が破綻へと向かう前兆の1つといえる。
旗松亭においても、従来の経営方針を継続するという経営判断の誤りが命取りになった。2015年1月期の年収入高は約5億8200万円と再び減収に転じ、その対応が後手に回ったことから手元資金が枯渇。2016年1月末の支払い決済の見通しが立たなくなり、民事再生法の適用を申請するに至ったのである。
■「もう大丈夫」は大丈夫じゃない
月が明けた2月1日、旗松亭の経営破綻を伝えるYahoo!ニュース配信の記事には、450件を超えるコメントが書き込まれていた。「時代の波に呑まれたんですかね」「皇族が宿泊した、ではもう食えない時代」――同情の声と辛らつな意見が交錯した。
2月2日の債権者説明会では自主再建の方針を示したが、最終的には断念。旗松亭の事業は、2017年1月24日、香港で観光業などを営む中国人実業家へと譲渡された。これにより社長は辞任、従業員は全員、継続雇用となり、創業から続く伝統は守られるという方針の下で再スタートを切ることになった。
旗松亭の倒産要因は、2期にわたってこれまでのような減収を免れたことを、経営陣が「底打ち」と見なし、従来の経営方針に戻る判断を下したことだ。「もう大丈夫」――辛酸をなめた後で、ついついこのような判断を下したくなるのはすべての経営者に共通の心理だろうが、そんな甘い見込みが、ときには本当に取り組むべき課題を見えなくし、命取りになるのである。
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(帝国データバンク 情報部)
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