大学入学新テスト「現代文」にあるヤバい欠陥部
プレジデントオンライン / 2019年8月21日 6時15分
■大学入学共通テスト「現代文」の見逃せない「欠陥」
現行の大学センター試験に代わって、2020年度入試から開始される大学入学共通テスト(以下、「新テスト」と表記)の現代文において、記述問題の出題やその採点方法などが議論を呼んでいる。僕もこれまで、プレジデントオンラインへの寄稿(「大学入試採点に“学生バイト”は絶対反対だ」「新大学入試の大欠点“自己採点ができない”」)や、共著『どうする? どうなる? これからの「国語」教育』(紅野謙介編、幻戯書房)で、その問題点を指摘してきた。
だが、問題点は「記述問題」だけではない。新テストの国語には、もうひとつ見過ごせない問題点があるのだ。それは予備校業界で「記述問題よりも、むしろこちらのほうがより大きな問題かもしれない」と指摘されるほど深刻なものだ。
まずは、2回にわたり実施された試行調査問題の問題構成を、以下にざっとまとめてみよう。
第1問:部活動規約、会話文、図表、円グラフ、新聞記事
第2問:評論文、図表、写真
第3問:小説の原案となった物語、その物語を翻案した小説
第2回試行調査問題
第1問:テーマを共有する評論文×2
第2問:ポスター、法律文、評論文、図表
第3問:詩、エッセイ
第1回、2回の共通点は、すべての大問において「複数の文章や資料の読み取り」という形式が採用されていることである(以降は、文章や資料などを、まとめて「テキスト」と呼ぶ)。例えば、第1回の第1問は、「部活動規約」「会話文」「図表」「円グラフ」「新聞記事」という形式の異なるテキストが提示され、受験生はそれらを読み込んだ上で解答する。
この“複数テキストの横断的読解”は、試みとしては興味深い。複数のテキストを関連づけながら読む力は、大学入学後のレポート作成などにおいて要求されるものでもあり、新テストが目指す「思考力」を問うことになるからだ。
けれどもそこには、絶対無視できない「問題」が存在する。どういうことか。実際の試行調査問題を参照しながら、その問題点を指摘していきたい。
■答えが紛らわしすぎる問題が普通に出題される
今回の問題の核心を具体的に理解いただくために、まずは僕が考えたモデルケースを紹介したい。
《モデルケース》
【文章Ⅱ】お金は物事の価値を表示する、抽象的な概念である。
問【文章Ⅱ】の冒頭に「お金」(太字)とあるが、そのような「お金」と似たような例としてふさわしいものを、以下の①~②のうちから一つだけ選べ。なお、解答にあたっては、【文章Ⅰ】を踏まえること。
①道ばたにおちている石ころ。
②言葉の表す意味。
「お金」を、一方では形のある「物質」だといい、もう一方では形のない「概念」だという。最初に結論を言ってしまえば、この設問は問題として成立していない。
なぜか。
【文章Ⅱ】においては、〈お金=抽象的な概念〉と定義されるはずだ。この定義を優先するなら、選択肢②の「言葉の表す意味」が正解ということになる。なぜなら「意味」は、「抽象的な概念」であるから。
これに対して、解答において踏まえるべき【文章Ⅰ】は、〈お金=物質〉と説明している。よってこちらを優先するなら、同じ「物質」である「石ころ」について説明する選択肢①が正解となる。
では、今回のこの設問では、太字の「お金」を含む一文と【文章Ⅰ】と、どちらを優先すべきなのだろうか?
たしかに設問は、【文章Ⅰ】の内容を踏まえることを条件としている。しかし、わざわざ太字の「お金」を指定している以上、それを含む一文の内容も参照しなくてはならない。つまりこの時点で、「どちらを優先すべきか」という点について、客観的に判断することができなくなってしまうのだ。そうである以上、選択肢の①と②、どちらが正解かを選ぶことは、原理的に不可能になってしまうのである。
■これでは入試問題として“失格”なのではないか
こんな紛らわしい設問は、入試問題としては完全に失格だ。読者の中には、このモデルケースを僕がおおげさに誇張した恣意的な例とお考えになるかもしれない。では、以下に参照する、実際の試行調査問題についてはどう判断するだろうか。
【2018年実施 第2回試行調査 現代文第2問】より
【資料Ⅱ】(「著作権法」より一部抜粋)
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
【文章】
(段落1)著作者は最初の作品を何らかの実体――記録メディア――に載せて発表する。その実体は紙であったり、カンバスであったり、空気振動であったり、光ディスクであったりする。この最初の作品をそれが載せられた実体とともに「原作品」――オリジナル――と呼ぶ。
(段落2)著作権法は、じつは、この原作品のなかに存在するエッセンスを引き出して「著作物」と定義していることになる。そのエッセンスとは何か。記録メディアから剥がされた記号列になる。著作権が対象とするものは原作品ではなく、この記号列としての著作物である。
(段落3)論理的には、著作権法のコントロール対象は著作物である。しかし、そのコントロールは著作物という概念を介して物理的な実態――複製物など――へと及ぶのである。現実の作品は、物理的には、あるいは消失し、あるいは拡散してしまう。だが著作権法は、著作物を頑丈な概念として扱う。
(段落4)もうひと言。著作物は、かりに原作品が壊されても盗まれても、保護期間内であれば、そのまま存続する。また、破れた書籍のなかにも、音程を外した歌唱のなかにも、存在する。現代のプラトニズム、とも言える。(後略)
(名和小太郎『著作権2.0 ウェブ時代の文化発展をめざして』より)
問2 段落2の文中に「記録メディアから剥がされた記号列」(太字)とあるが、それはどういうものか。【資料Ⅱ】を踏まえて考えられる例として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
②小説家が執筆した手書きの原稿を活字で印刷した文芸雑誌。
③画家が制作した、消失したり散逸したりしていない美術品。
④作曲家が音楽作品を通じて創作的に表現した思想や感情。
⑤著作権法ではコントロールできないオリジナルな舞踏や歌唱。
まず、段落2で「記録メディアから剥がされた記号列」の直後に、「この記号列としての著作物」とある。つまり、この「記号列」とは、「著作物」のことなのである。すなわちこの設問は、「著作物」を説明した例として適切なものを選ぶ問題であるとわかる。
■著作物とは〈物理的な作品〉か〈抽象的な概念〉か
では、【文章】中で「著作物」は、どのように定義されているか?
「段落3」には、「著作物という概念」、「著作権法は、著作物を頑丈な概念として扱う」という記述がある。しかもそれら〈概念としての著作物〉は、「現実の作品」が「物理的」に「消失」あるいは「拡散」してしまっても、「頑丈」に存在するというのである。
同様のことは、「段落4」にも述べられている。なにしろ「著作物」は、それが「破壊」されても「存続」するというのであるから。
要するに【文章】の筆者は、〈著作物=物理的な作品〉というより、〈著作物=抽象的な概念〉と考えているのだ。まさに、〈物質的世界を超越した概念の次元〉である〈イデア〉の世界を想定したプラトンの哲学になぞらえて、「現代のプラトニズム」と比喩するゆえんである。
さて、ではここで、選択肢①~⑤を見てみよう。ここまで分析した【文章】の論理に基づくなら、〈抽象的な概念〉として「著作物」を説明しているものが答えということになるはずだ。
では、各選択肢が〈物理的な作品〉と〈抽象的な概念〉のどちらを説明しているか、確認してみよう。
①実演、レコード、放送及び有線放送に関するすべての文化的所産。
→物理的な作品
②小説家が執筆した手書きの原稿を活字で印刷した文芸雑誌。
→物理的な作品
③画家が制作した、消失したり散逸したりしていない美術品。
→物理的な作品
④作曲家が音楽作品を通じて創作的に表現した思想や感情。
→抽象的な概念
⑤著作権法ではコントロールできないオリジナルな舞踏や歌唱。
→物理的な作品
というわけで、【文章】の内容に基づくなら、答えはただひとつ〈抽象的な概念〉を挙げている、選択肢④ということになる。
■モヤモヤする……正解は④なのか④ではないのか
しかし、そうは簡単にいかない。この設問には、「【資料Ⅱ】を踏まえて考えられる例として」という条件が付されているからだ。つまり、【資料Ⅱ】は「著作物」をどのように定義しているのか、その点を参照せねば答えは選べないのである。
【資料Ⅱ】(「著作権法」より一部抜粋)
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
この「著作権法」では、〈著作物=思想又は感情を創作的に表現したもの〉と明言されている。つまり、ここでは「著作物」とは、「思想又は感情」という〈抽象的な概念〉ではなく、それを作品として「表現したもの」、すわなち〈物理的な作品〉であると定義していると解釈できるのだ。
ここで受験者の思考は行き詰まることになる。
【文章】を優先するなら、答えは、「著作物」を「思想や感情」という〈抽象的な概念〉と説明する、選択肢④ということになる。反対に、【資料Ⅱ】を優先するなら、【資料Ⅱ】は〈著作物=物理的な作品〉と説明するのだから、選択肢④だけは、何があっても正解にはなりえないことになる……。
では、大学入試センターが発表した答えは、はたしてどの選択肢なのか?
ズバリ、選択肢④なのである。
すなわち大学入試センターの意図としては、〈【資料Ⅱ】は踏まえなければいけないけれど、それはあくまでサブ。メインとなる情報はあくまで【文章】です〉ということなのだろう。選択肢④中の「思想や感情」という語句は、【資料Ⅱ】中の「思想又は感情を創作的に表現したもの」という叙述から拝借したものとなっており、この点で確かに、選択肢④は【資料Ⅱ】を踏まえた内容になっている。しかし、「著作物」を〈抽象的な概念〉と説明している点で、【文章】をメインとした解説になっているのだから……。
要するに、この設問の作られ方から、〈大学入学共通テストでは、“【文章】=メイン・【資料】=サブ”として扱う〉という暗黙のルールが確認できるのだ。
けれども、それは決して明言されたルールではない。「【資料Ⅱ】を踏まえて考えられる例として最も適当なもの」と指示されたとき、受験生が【資料Ⅱ】をメイン情報としてとらえてしまうことは、はたして間違った判断であると言えるのだろうか。
■新テストの「精度」「完成度」は及第点に達していない
まとめよう。“複数テキストの横断的読解”においては、例えばテキストが2つある場合、〈テキストAとテキストB〉について、AとBのどちらをメインとしどちらをサブとするのか、はたまた両者を対等の関係で扱うのか、その点をはっきりさせないと解答不可能な問題が出題される可能性が高いのである。
僕は予備校講師として、これまで無数の入試問題を見てきた。その経験からみれば、この新テストの「精度」「完成度」は明らかに及第点に達していない。そして、それは出題者の資質というより、出題形式というフォーマットに起因しているのだ。
新テストには受験生の人生がかかっている。新テストにかかわる人たちは、問題形式の欠陥を認め、早急に形式の変更を検討してほしい。
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予備校講師
早稲田大学教育学部国語国文科卒、同大大学院教育学研究科国語教育専攻修士課程中途退学。現在、大学受験予備校河合塾、および河合塾マナビスで現代文を指導。7月末刊行予定の紅野謙介編著『どうする? どうなる? これからの『国語』教育』(幻戯書房)で大学入学共通テストに関するテキストを執筆。
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(予備校講師 小池 陽慈)
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