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原田マハ「昼休みに美術館」はなぜ効果的か

プレジデントオンライン / 2019年8月30日 11時15分

撮影=森 榮喜

キュレーターとしてのキャリアがあり、第161回直木賞候補作『美しき愚かものたちのタブロー』では国立西洋美術館の松方コレクションを作り上げた実業家・松方幸次郎を主人公にするなど、画家やコレクターの人生を描いてきた小説家の原田マハさん。最新刊『20 CONTACTS 消えない星々との短い接触』は原田さんが総合ディレクターを務める展覧会とリンクする短編集で、小説の中で20人の物故画家、陶芸家、漫画家、小説家などに“会いに行き”つかの間の夢の遭遇を果たします。そんな原田さんが説くアート鑑賞の効用とは——。

■世界中から美術の専門家が3000人集結

——9/1~9/8に京都・清水寺で開催される「CONTACT つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート」展では、総合ディレクターを務めていらっしゃいます。今回はどうしてこの仕事を引き受けたのでしょうか。

キュレーター時代は森美術館などに務めていましたが、作家となってからは小説に専念してきたので、現在、キュレーターと自称はしておりません。ですから、今回は“作家として”企画から展示まで手掛けるのは初めてということになります。

アートの小説を書いてきたことはもちろん、自分の人生の中にはずっとアートがあったので、「CONTACT―」展では今までお世話になったアートに恩返ししたいなという気持ちがありました。

日本ではあまり知られていないんですが、この期間、ICOM(国際博物館会議)という組織が3年に1度の世界大会を京都で初めて開催します。世界中から美術の専門家が3000人集まってくるということは、美術関係者からすると、ものすごいチャンスなんですよね。その方たちと交流し、日本文化を知ってもらえる。実は私が大会の開催を知ったのは去年で、その時点で1年を切っていましたが、通常の美術展では考えられないぐらい準備期間が短くてもやるべきだと……。これまで自分がしてきたことを共有し、読者の方がアートとコンタクトするきっかけを作れたらという思いもありました。

■展示交渉で見せた“マハ・マジック”とは

——「CONTACT―」展には絵やインスタレーションだけでなく漫画、作家の手書き原稿も含め、25人のクリエイターの作品が展示されます。具体的にはどのようなタスクを担当されたのでしょうか?

最初にこの展覧会の発起人として関わったので、アーティスト、アートの所有者、美術関係者に説明するプレゼンテーションをしました。「なぜ、この展覧会をやるのか」「これをやることによってどんなきっかけが生まれるのか」と説明し、賛同してくれた方も多かったのですが、了承してもらえないケースもありました。

従来の展覧会と違うのは、時間をかけてひとつのサブジェクトを深く掘り下げるというより、どんどん広げていったこと。ある箱があったらそれをパタンパタンと開いて展開し、展開した先に次の展開が見えてまた箱を開いていく。そんなイメージですね。そうするうちに初めは小さな箱だったのが、ものすごく大きな面になりました。この手法はキュレーションとしてはイレギュラーですが、小説家だからこそ成立したと思っています。

——『20 CONTACTS―』の解説(林寿美さんによる)では、展示交渉をする原田さんのコミュニケーション術がすばらしいと絶賛され、“マハ・マジック”とまで書かれていますが、相手を説得するときにやるべきことはなんでしょうか?

ビジネスウーマンの方にも、自分のやりたいプロジェクトがあってどうしても交渉を成功させなきゃいけないというときがあるでしょうね。わかりやすい突破点があるビジネスと展覧会はイコールに語れないと思いますが、やはり人に会って話を聞くときは、どれだけ相手を尊敬しているか伝える、または、伝えなくても態度で示すというのが非常に重要だと思います。相手に勝負を挑むのではなく、とにかく敬愛の情を持つ。

私は雑誌の対談のホストを務めるときもそうしていますし、アーティストに会うときも、「あなたの作品によって、どれほど私の人生が豊かになったか」を伝えてきました。そういう気持ちってやはり相手に伝わると思うんです。ですから、プレゼンなどでも、その場を「あこがれの人に会いに行くんだ」という気持ちに置き換えてみると有効かもしれません。

——『20 CONTACTS―』に登場するアーティストは、猪熊弦一郎、ルーシー・リー、アンリ・マティスなど20人。その大半の作品が「CONTACT―」展で展示されますね。

企画するだけでなく、私もひとりのクリエイターとして「CONTACT―」展に参加したいと思いましたけれど、展示の場でそんな星々のような方たちと自分が並ぶなんて、おこがましい。ただ、小説を書くことが私にできる唯一の参加手段だったので、「これはなんとしてでもやりぬかなければ」と心して40日間で書き上げました。

書いている間は本当に楽しい時間でした。「5人分書いた」「これで10人とコンタクトした」と数えていき、最後の3人ぐらいになると、書き終えたくないようなさびしい気持ちになりました。実は、展覧会でも小説の一部を配りますので、訪れた人が作品にコンタクトすることによって、この小説は完結する。皆さんに私のクリエーションの一部になっていただくというのがコンセプトなんです。

■忙しいときほど美術館へ

——近頃、ビジネスにおいてもアート思考を重要視する流れがありますが、ビジネスパーソンにとってアートに触れることには、どんな意味があると考えてらっしゃいますか?

それは非常に重要なこと。私は今、京都で展覧会の準備に追われていますが、京都国立博物館が夜も開館している日に「ICOM京都大会開催記念 特別企画 京博寄託の名宝 ─美を守り、美を伝える─」展を見に行ったんです。本当は決めなければいけないことが山積みだったんですけど、一緒に準備をしている若い男性2人に「今こそ行かなきゃダメだ!」って言って3人で(笑)。

それはもう名品ぞろいで、すばらしかったですよ。彼らも美術館にいる間はいっさい仕事の話はしないで作品とコンタクトしてくれました。もちろん、私もそうしましたし、そこで完全にチューニングが変わって、「また新しいことにチャレンジしていこう」という気持ちになりました。それこそがアートの力ですよね。オフィスワークやプレゼンの場はストレスがあるし、戦っていかなきゃいけない部分もあるけれど、美術館や美術展という非日常的空間にワープし、その中で自分のマインドをチューニングすることはすごく大事。忙しいビジネスパーソンであればあるほど、そういう余裕を持つべきだと思います。

——やや無理をして仕事モードに合わせていた心を素の自分に戻すということでしょうか?

そうです。美術に詳しくなくてもいいので、思いついたとき、お昼休みやアフター5にふらっと美術館に行ってみる。そうすると、意外とリラックスして心が開いていきますよ。やはり自分自身を取り戻すところから新しい発想が出てきたり、気持ちを切り替えてチャレンジできたりするもの。ですから、アートの鑑賞術をそのままビジネスに採り入れるというより、あくまでビジネスに立ち向かう上でアートに親しむことが大事になってくると思います。

原田マハ『20 CONTACTS 消えない星々との短い接触』 (幻冬舎)

「CONTACT―」展は、ICOMの会議が始まる前、朝の7時からオープンしますので、ぜひその時間にいらしてください。できれば京都に前泊し朝食前に来ていただくと、清水寺は音羽山のふもとにあるので、とても気持ちいいですよ。その後、カフェでモーニングを食べて新幹線に乗れば、午後の仕事には間に合います(笑)。

会場の清水寺では、私の書いた解説と小説が掲載されているタブロイド判の冊子が配られますが、まずは何も情報を入れずに、アートを心の目で見てほしいです。清水寺はもちろん、成就院、経堂といった建物はそれ自体が完成された素晴らしい空間ですし、そこにいればアーティストの声が聞こえてくるはず。それを心の耳で聞いて、コンタクト、つまり対話を開始していただきたいですね。

「CONTACT つなぐ・むすぶ日本と世界のアート」展
会期:2019年9月1日(日)~9月8日(日)
開催時間:7時~18時(最終入場は17時)
会場:清水寺(京都市東山区清水1丁目294)成就院、経堂、西門、馬駐
入場料:大人1800円 *モーニングチケット(7時~9時入場)大人1600円
いずれも小学生以下無料
ホームページ

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原田 マハ(はらだ・まは)
作家
1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、2006年作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞を受賞。2017年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。ほかの著作に『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『たゆたえども沈まず』『常設展示室』『ロマンシエ』など、アートを題材にした小説等を多数発表。画家の足跡を辿った『ゴッホのあしあと』や、アートと美食に巡り会う旅を綴った『フーテンのマハ』など、新書やエッセイも執筆。

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(作家 原田 マハ 構成=小田慶子 撮影=森 榮喜)

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