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子供を英語ぎらいにする親の「ヤバい声かけ」

プレジデントオンライン / 2019年9月6日 15時15分

立教大学名誉教授の鳥飼玖美子氏 - 撮影=原 貴彦

来年2020年4月から公立小学校での英語教育が本格化する。これで日本人の「英語嫌い」は解決するのだろうか。立教大学名誉教授の鳥飼玖美子氏は、一貫して英語教育の早期実施に対して懸念を表明している。イーオンの三宅社長が、そのわけを聞いた——。(第1回)

■一貫校での英語教育は機能していない

【三宅義和(イーオン社長)】公立小学校で、5年生以上を対象に実施されてきた英語活動(※1)が2020年4月から3年生に前倒しされ、さらに5年生からは教科として英語を学びはじめることになります。鳥飼先生は小学校での英語教育に懸念を表明されていらっしゃいます。それは指導者不足が理由なのか、そもそも小学校で英語を教えることそのものに問題があるからなのか、どちらでしょう?

※1:教科ではなく、英語に慣れ親しむための活動

【鳥飼玖美子(立教大学名誉教授)】両方です。ご家庭で「うちの子には早くから英語を学ばせたい」と思い、小さいときから学ばせるのは自由です。私はしませんが、それは個々の家庭の判断です。ただ、公立小学校への導入についてはもっと慎重であるべきだったと思います。

「グローバル時代だから英語を早く教え、使えるようにする」というのが政府の見解でしょうが、それだけでは根拠として弱く、いじめや虐待、教員の過重負担などいろいろな問題を抱えるなかで、公立小学校に英語教育を導入する論拠が十分に得られたとは到底思えなかったので反対しました。

昔から私立では、小学校から英語を教える学校がたくさんあります。とくに小中高一貫校ですね。しかし、実際にはその多くは、期待するほどの効果は上げていません。もし私立小学校の英語教育が成功しているのなら、中学に上がった段階で外部から入学してくる生徒との間に大きな差がつくはずですが、ほとんどつかないのです。もちろん、最初は差があります。でも、あっという間に差が縮まって、半年も経てば外部から受験して入った生徒が逆転するケースが多い。これは全国の私立一貫校でみかける光景です。

■内部進学の子どもだけが持つ戸惑い

それについて、小学校の先生は「せっかく小学校で身につけたことを中学校の先生が活かしてくれていないからだ」とか「中学では文法ばかり教えるからだ」と批判するのですが、私がみるところ問題はそこではないと思います。

結局、一貫校といえども多くの場合、英語が一貫教育になっているわけではない。小学校と中学校の接続は難しいのです。明治政府が試みた小学校の英語も、優秀な教員が確保できないことと中学との接続がうまくいかず挫折しました。

現代の私立小学校でも、英語を楽しく学んできた子どもたちは、自分は英語ができると思っているけれども、中学に入って急に難しくなるとついていかれず脱落してしまう場合が多い。一方で、外部から入学した生徒は入試を経ているので勉強の仕方を知っています。つまり自分に合った学習方略がわかっている。だから内部進学の子が戸惑っている間に、あっという間に基礎を習得してしまうのです。

【三宅】なるほど。私立学校で実際にそういうことが起きているなら、まずはその検証を十分行わないといけないということですね。

■絶対的に足りていない英語の専門教員

三宅義和氏
撮影=原 貴彦
イーオン社長の三宅義和氏 - 撮影=原 貴彦

【鳥飼】そうです。それとやはり専門の教員を養成しないまま小学校で英語教育をはじめるのは国の政策として無謀です。この点については、著書や取材でも発言していますし、当時の下村文科大臣とお会いした機会にお話をしましたけれども、どうしても話がかみ合いませんでした。

大臣の意図はわかります。裕福でない家庭の子どもでも英語を学べるようにしたい、だから公立小学校で導入するという意図は理解できるのですが、それを実現するのであれば、なおさらしかるべき手順を踏む必要があるはずです。

【三宅】教員の養成ですね。

【鳥飼】はい。このままいくと、英語を教える資格と能力のある教員が絶対的に足りません。そうなると、経済的に余裕のある家庭は子どもを民間の英語塾などに通わせるでしょう。すると塾に通えない子どもは、本来なら外国語を教える資格のない先生から英語を学ぶしかないことになり、不利益を被るわけです。公教育としてそれは問題ですよね。

■文科省が実施した3つの対処療法

【三宅】教員養成は行ってこなかったですからね。

【鳥飼】全然行っていません。それで、「教員免許法を改正するべきだ」と機会をとらえては主張してきました。現状では、小学校で、中学校の英語免許を取得している教諭は数パーセントいますが、小学生を対象に英語を指導する免許を持っているわけではありません。そのような免許が存在しないからです。小学生に英語を教えることを専門にする教員の免許を出すようにすれば、各大学の教職課程で小学校英語教員養成ができるわけです。

それを行わずに文科省が何をしたかというと、3つの対症療法です。1つ目は、小学校の先生が大学の教職課程の認定講習に何週間か通えば中学校の英語免許をもっているとみなすとしました。それだけで大丈夫か? という不安があります。2つ目は、英語が教えられそうな人に特別免許を与えることですが、どうやって質を確保するのかという懸念が出ています。3つ目は、定年などで退職した元中学校教師に教えてもらうことです。名案のようでいて、実態は課題があります。

【三宅】中学生と小学生では違いますからね。

【鳥飼】そうなんです。まるで違います。実際、現場の先生方に聞いてみると、中学生を教えてきた教師では、子どもたちがついていかれない。発達段階が違うので当たり前なのですが。

■教師から変な発音の英語をすり込まれるリスクも

【三宅】ただ、小学校の時から英語を楽しみ、とくに音に慣れておく、という意味ではいいことかなと思っているのですが。

【鳥飼】それは正しい指導者についた場合の話で、いまの制度だと英語が嫌いになったり、変な発音の英語がすり込まれる可能性が高いといえます。そのことは教科書会社も知っていますから、5、6年生の検定教科書にはQRコードがついていて、タブレットやスマートフォンをかざせば音が出るようになっています。ただ、「自分で教えたい」という気持ちが強い先生は、「リピート・アフター・ミー」と指導するでしょうし、先生に確認したがる児童も少なくないでしょう。でも子どもは音を吸収しやすいからこそ、ちゃんとした有資格者が教えなければ駄目だと思うのです。

【三宅】そうですね。とはいえ、小学校の先生の中には当然、熱心な方もいらして、私どもでもJ-SHINE(小学校英語指導者協議会)講座を実施しておりますが、現役の先生が多く受講にこられます。東京開催だと1回あたり受講生は100人ぐらいですが、その10分の1ぐらいは小学校の先生で、北海道から毎回お越しになられる方もいらっしゃいます。

【鳥飼】そうですか。やはり悩んでいらっしゃるんですね。そういう熱心な先生は多く、悩んだ末に大学院に通う小学校教員もいるほどですが、全教員が自信を持って教えられるような体制を国として整備してほしいものです。

私の実体験として、小学校3年生の時に先生から「子どものくせにキザな発音はやめなさい」と言われて、日本語的な英語に無理やり直された経験があるのです。

【三宅】それはひどい……。

■教員向けに書かれた解説書の中身

【鳥飼】そういうことも起こり得るので、「先生の言うことをよく聞きなさい」という教えは、英語の授業に関しては、違うかもしれません。QRコードで正しい発音を聞かせる方が無難かもしれない。英語教職課程で新たに音声学が入りましたが、独立した必修科目ではないので、中高の教員でも英語の発音を指導できない方が多いのです。

【三宅】子どもたちも音に関してはわりとするどいので、本物の英語と比べて目の前にいる先生が話す英語が異なるとわかるかもしれませんね。

【鳥飼】わかる子はわかるでしょうけど、わかったらわかったで先生に気をつかうと思います。英語にはいろいろな発音があることを学ぶ機会だと考えれば良いのでしょうが。

【三宅】それがむしろいいほうに働いて、「先生も一生懸命英語を話そうとしているんだ」と思ってくれるなら、それはそれでいいのかなと思うのですが。

【鳥飼】2020年度までの移行措置として文科省が用意した小学校の英語教材に、教員向けに書かれた解説書が付いているのですが、そこに今おっしゃったのと同じことが書かれています。「先生は、CDやネイティブのように話せないかもしれないけれど、そんな先生でも英語を頑張っているのだから、みんなも頑張ろうね、というつもりでやれば生徒はついてきます」というような励ましの一文です。

でも、その一方で「気持ちをこめて、ジェスチャーを交えながら絵本を読み聞かせしましょう」といった指示が書いてある……。苦手な英語で絵本を朗読するだけでなく、ジェスチャーまで入れるんですから、小学校の先生は大変です。

■英語の知識は、学校の授業だけでは到底身につかない

【三宅】たしかにそうですね。ただ、現実問題として来年4月からの導入が決まりました。保護者としてはどういった面に注意すればいいでしょうか。

【鳥飼】昨年、NHK出版から頼まれて『子どもの英語にどう向き合うか』という本を書いたのですが、導入後は現場が混乱するのは目にみえているので最初はお断りしたのです。「小学校英語の話は勘弁してください」と。ただ、編集者が保育園児のお子さんをお持ちの母親で、「子どもがもうすぐ小学校に入るが、親としてどうしたらいいのかわからないのでアドバイスが欲しい」と強く懇願されて書いたのです。

【三宅】親としては深刻な悩みですね。

【鳥飼】そう思います。それで、その本を書くために学習指導要領を改めて仔細に読んだのですが、小学校も中学校も高校も、内容がほとんど同じなのです。文末がちょっと違うくらいで、最初は「え? まさか中高の内容を小学校に丸ごとコピペしたの?」と思ったくらいです。

ほとんど同じということは、文科省が小学生に学ばせようとしている英語の知識は、学校の授業だけでは到底身につきません。小さい時から英語を学んでいる子でも、レベルが高すぎて、学校の授業だけで学ぶのは無理だと思います。

■親がすべきは「子どもを英語嫌いにさせないこと」

撮影=原 貴彦
立教大学名誉教授の鳥飼玖美子氏(左)とイーオン社長の三宅義和氏(右) - 撮影=原 貴彦

【三宅】先生は中高の英語も学校の授業だけではマスターできないと主張されていらっしゃいますからね。

【鳥飼】はい。そもそも外国語を習得するのには生涯にわたる学びが必要です。外国語学習は、異質な言語文化を学ぶことになり簡単ではないので、時間が圧倒的に少ない学校教育には限界があります。実際に仕事などで使って、自分で試行錯誤をしないと身につきません。

だから学校で行う英語教育は基礎を学ぶためのものであると最初からわりきったらいいと思うのです。子どもに対して、できもしないことを要求してはいけないと思います。こと小学生の英語に関しては、極端な話、「まったくできなくても気にしなくていい」くらいにゆったり構えて、とにかく子どもたちに無理をさせないことが大事だと思います。

【三宅】では親御さんに対するアドバイスとしても、無理をさせないことですか?

三宅 義和『対談(3)!英語は世界を広げる』(プレジデント社)

【鳥飼】はい。「子どもを英語嫌いにしないでください」と。それに尽きます。そのためには無用な圧力をかけないこと。「もう1回言ってごらんなさい」「繰り返してごらんなさい」「そうじゃないでしょう」「何回言ったらわかるの」「何、この点数は」とか、こういうことは一切言わないほうがいいです。教科になると成績がつきます。授業で十分にプレッシャーはかかってしまうので、親まで厳しく指導してしまうと、子どもは逃げ道がなくなります。

外国語は生涯をかけて学んでいくものですから、小学校の段階で英語に苦手意識を持ってしまうのはあまりにかわいそうです。ご家庭では、子どもが「英語って面白いな」と思うような環境をできるだけつくっていただきたいなと思いますね。

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鳥飼 玖美子(とりかい・くみこ)
立教大学 名誉教授
東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業。コロンビア大学大学院修士課程修了。サウサンプトン大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。国際会議、テレビなどで、同時通訳者として活躍後、立教大学教授に転身。1998~2004年までNHK「テレビ英会話」講師、2009年〜2018年3月までNHK「ニュースで英会話」講師と監修、2018年4月〜現在、NHK「世界へ発信! SNS英語術」講師、「ニュースで英語術」監修。専門は、英語教育論、言語コミュニケーション論、通訳翻訳学。著書に『子どもの英語にどう向き合うか』(NHK出版)『英語教育の危機』(筑摩書房)など。

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三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。

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(立教大学 名誉教授 鳥飼 玖美子、イーオン代表取締役社長 三宅 義和 構成=郷 和貴)

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