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大切な人の命を救うために心得たい3つのこと

プレジデントオンライン / 2019年9月9日 9時15分

湘南鎌倉総合病院の救急診察の様子 - 撮影=笹井恵里子

■「救急医療体制の崩壊」がいつ起きてもおかしくない

もしあなたの目の前で突然人が倒れたら、まず一番最初にすべきことは何かわかるだろうか。

「9月9日」は厚生労働省が定めた救急の日。2019年は9月14日まで救急医療週間である。医療従事者ではない一般市民にはなんの関係もなさそうだが、そうではない。救急医療に目を向けることは、自分や大切な人の「万が一」を守ることになるだろう。

私は8月に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)を上梓した。執筆にあたり、日本全国の救命救急センターを取材してきた。

実はいま日本の救急医療は危機に瀕している。高齢化に伴って救急患者が激増しているためだ。増え続ける患者に対応できず、このままでは各地域で救急医療の閉鎖、呼んでも救急車が来ないなどという「救急医療体制の崩壊」がいつ起きてもおかしくない状況だ。事実、すでに閉鎖が始まっている地域もある。

しかし、一般市民も救急医療に大きく貢献できることがあるのだ。それはこれまでよく指摘されてきたような「救急車の適正利用」ではないと、私は考えている。

救急医療崩壊を防ぐために、すべての社会人に知ってほしい3つのことを挙げたい。

■①目の前で人が倒れたら、迷わず手を差し伸べる

まずはグラフを見てほしい。あなたが住む地域は119番通報から救急車が現場に到着し、そして医師につなぐまでのトータルでどれくらいの時間がかかっているだろう。

全国平均が39.3分で、全国ワーストは東京。なんと50分もかかる。今、家族に緊急事態が発生したとして、50分後にようやく病院で治療してもらえるとしたら気が遠くならないだろうか。

そして搬送時間の中でも、「119番通報から救急隊が現場到着までの時間」に注目したい。

救急車が現場に到着する時間が年々遅れている。最新データの全国平均は8.6分で、2007年の7.0分と比べると十年で1.6分も延伸されている。たかが1.6分と思うかもしれないが、この差は大きい。特に心肺停止患者の蘇生チャンスは1分超えるごとにみるみる低下し、10分を超えると絶望的という報告がある。総務省の調査でも、救急隊による心肺蘇生開始までの時間が10分を経過すると、一カ月後の生存率や社会復帰率が低下することがわかっている。

■搬送時間も現場到着時間も全国トップクラスの福岡県

ちなみにこちらも東京は全国ワーストで、「絶望的」ラインを上回る10.7分かかっている。一方で「人口1万人あたりの救急出動件数」が東京都とそれほど大差ない福岡県は例年、搬送時間も現場到着時間も全国トップクラスだ。

福岡市消防局救急課の角石登志和さんは「とはいえ7.8分かかっています。救急車の到着は全国的にどんどん遅れていますので、その場に居合わせた方が勇気をもって対応することが大切」と言う。

救急事故の現場に居合わせた人(=バイスタンダー)が、救急車到着までに応急手当てを行うことで救命や症状悪化に貢献できるのだ。

「バイスタンダーが応急手当を行うことで救命の可能性が2倍に保たれることがわかっています。救急車が現場に到着するのは全国平均で8.6分ですが、現場がマンションやビルなどの場合は救急隊が傷病者に接触するまでにさらに時間を要することもあるので、命を守るためにバイスタンダーが速やかに救護の手を差し伸べてほしい」(福岡市消防局の角石さん)

■なぜ福岡県は「救命率」がずば抜けて高いのか

このとき正しい応急手当てを取得できる救命講習を受講していると、手を差し伸べやすいという。実は福岡県は搬送時間が早いだけでなく、救命可能な心肺停止患者に対する救命率(1カ月後の生存率)が最も高い。その値は約22%で、全国平均13.5%を大きく上回っている。

福岡県の救命率の高さはどこにあるのか。福岡市消防局によると、同市では「これまでの累計で成人の40%が救命講習を受講している」とのこと。市が根気よく呼びかけているそうだ。

「救命講習をしっかり受けることが周りや自分の命を救うと思います。短いものは90分、通常は3時間コース、24時間3日間のコースを受けると自分が講師(応急手当普及員)になれるものなど、さまざまなものがあります。応急手当普及員も累計5000人を超えました」(福岡市消防局の角石さん)

救命講習はどこの自治体でも必ず行っている。ぜひ一度受講の機会を設けることをお勧めする。

■「まず一番最初にやること」は「声をかけること」

さて、冒頭の「目の前に倒れている人がいたら、まず一番最初にやること」は、「声をかけること」である。福岡県中央の筑豊地域で、救命救急センターを有する飯塚病院特任副院長の鮎川勝彦医師が説明する。

飯塚病院特任副院長の鮎川勝彦医師(撮影=笹井恵里子)

「『どうしました?』と軽く肩を叩いて、反応があるかどうかを確かめます。反応がなければ人を呼んで119番通報してもらい、AEDが近くにあれば持ってきてもらう。さらに傷病者の胸とおなかの動きを見て、呼吸をしているかどうか、10秒以内で確認する。呼吸をしていなければ即座に心臓マッサージ(胸骨圧迫)を開始してください」

現在のガイドラインでは「人工呼吸は必ずしも行う必要がない」とされている。したがって人工呼吸の知識がない場合には胸骨圧迫のみを継続すればいい。垂直に体重が加わるように腕をまっすぐ伸ばし、傷病者の胸が約5センチ沈み込む程度に強く速く圧迫を繰り返す。圧迫のテンポは1分間に100~120回。強く、速く、絶え間なく、がポイントだ。

全国各地で一般市民の胸骨圧迫によって「救命」だけでなく「社会復帰」できた例もある。もちろんそれができれば素晴らしいが、救急患者を日本一受け入れている湘南鎌倉総合病院救命救急センター長の山上浩医師はこう話す。

「つらそうな人や倒れている人を見て、何もできなくても速やかに救急要請(119番通報)をすることも大事な手当です」

道端や身近に急患が発生していたら勇気をもって「声をかける」と、心したい。

■②「延命」にあたる治療の希望を周囲に伝えておく

次に、自分が救急患者になった時の「備え」をしているだろうか。冒頭で救急患者の激増は高齢化社会が原因と記したが、実際の救急現場ではたとえば幼児や子供の事故、急病、10代や20代の交通事故、30代や40代の脳卒中が起きている。そして50代以上はあらゆる緊急疾患でお世話になる可能性がある。私は各地の救急現場を密着取材をし、誰にとっても「他人事」でないことを実感した。

「家族の連絡先をぜひ携帯してほしい」と山上医師が言う。

湘南鎌倉総合病院救命救急センター長の山上浩医師(右)(撮影=笹井恵里子)

「急な病気やケガで一刻も早く治療しなければならない時、やはり家族に連絡し同意をとりたいです。もちろん救命のため同意なしで処置を行うこともありますが、できれば避けたい。携帯電話をお持ちでない高齢者の方などは家族と連絡がとれず困ることがよくあります。家族の電話、携帯番号、それでもつながらない時のために職場の連絡先もすぐわかると、救急医としてはたいへん助かります」

また、もしあなたが持病や服薬をしているならメモを財布に挟んでおいてほしい。救急医は患者が意識不明である時、本人の携帯電話から家族へ連絡し、家族とつながらない場合には財布をチェックするからだ。

■医師が「また急変したらどうしますか」と必ず聞く理由

そしてもう一つ重要なことは、自らの“死に際”だ。今、救急現場の患者層は極端に高齢化し、70代や80代が最も多い年代になっている。

鮎川医師は「自分が急変した時に、どこまで医療行為を受けたいのか、家族ときちんと話してほしい」という。

「1回目の心肺停止を救急医療で助けたとします。回復が難しいと判断した場合、医師は残された家族に『また急変したらどうしますか』と必ず聞きます。『最期までなんでもやってくれ』というなら、それはそれでいい。本人の意思を尊重します。しかし、救急の現場では本人の意思がわからないことが多い。身内は決められない。そうなると何度でも『救命』するしかありません」

いわゆる終末期には必ずといっていいほど医療が介入する。しかし、最終段階に至って意思表示ができる人は半数に満たないという報告がある。

「意思表示をしておかなければ代理意思決定者(家族)が方針を決めなければなりません。しかし家族にとって『私の選択で(本人を)死に至らせてしまった』という感覚になるため、『治療を行わない』という選択は難しい。延命になりうる選択肢を選ぶこともあります。元気なうちに意思表示をしてください」(山上医師)

■家族に「治療中止」というつらい選択をさせないために

私が密着取材をしているとき、50代の男性が突然の脳卒中で助かる見込みがなく、その家族が医師から「延命のための治療を行うかどうか」を聞かれている場面があった。その家族は「治療中止」を選んだが、それがどれほどつらい選択かは自分の身に置き換えるとわかる。

撮影=笹井恵里子

家族や周囲の人を苦しめないためにも、「治癒が不可能で回復が難しい状態になった時」、自分の考えが以下の3つのうちどれなのかを親しい人に伝えておきたい。

(1)延命を最も重視した治療
心肺蘇生や気管挿管、集中治療室での治療など、心身に大きなつらさや負担を伴う処置を受けても、できる限り長く生きることを重視した治療を受ける。同時にできる限り症状緩和のための治療やケアを受ける。

(2)心肺蘇生や気管挿管などの心身に大きなつらさや負担を伴う処置までは希望しないが、その上で少しでも長く生きるための治療
一例として体から余分な水を抜く薬や、人工呼吸器ではないが機械で呼吸をサポートするなど。同時にできる限り症状緩和のための治療やケアを受ける。

(3)快適さを重視した治療
治療による延命効果を期待するよりも、できる限り苦痛の緩和や快適な暮らしを大切にした治療を受ける。

ちなみに私は(3)を希望することを家族に伝えている。また、国民健康保険証の裏面にある臓器提供の意思表示は「私は、脳死および心臓が停止した死後のいずれでも、移植のために臓器を提供します」に○をしている。

■③「救急患者」にならないように努力する

笹井 恵里子『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)

一般市民が救急医療にできる3つめは、“救急”患者にならないようにすることだ。救命救急センターで働くベテラン看護師がこう言っていた。

「血圧を下げる薬を飲まないで血圧が急激に上がって脳出血を起こしたり、血糖の薬を勝手に減らして高血糖や低血糖になって意識障害で運ばれてきたり。処方された薬の内容を理解する、きちんと服薬する、通院する、それらを行うだけで救急車の搬送って大幅に減ると思うんです」

年を取ったら誰でも病気になり、救急搬送をされる確率が高くなるのは仕方ない。けれども、自分が病気であることを自覚した行動が救命率を上げ、重症率を下げるということを理解したい。

■「必要だ」と思った時は、迷わず救急車を呼んでいい

ところで近年、増加し続ける救急搬送に国は「救急車の適正利用を」と叫び、医療機関への受診抑制にばかり舵を切っている。その言葉の背景には「軽症者は救急車を呼んではいけない」という考えがある。言葉を換えれば、あらかじめ“患者を選んでいる”わけだ。

撮影=笹井恵里子

本当に「受診抑制」しか救急医療を守る方法はないのだろうか。私は否だと考えている。前述した近著(『>救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』)に詳しく記したが、受診抑制や患者を選ぶ行為は、軽症だと思ったけれど実は重症である患者の見落としや手遅れを招く。また病院側にとっても、事前の患者選別が救急医療体制を混乱させている面がある。

「自分がつらい、救急車が必要だ、と思った時は、救急車を呼んでいいんです。それが結果的に軽症であっても」

前出の山上医師をはじめ、全国の救命救急センターの医師でそう口にする人が少なくなかった。読者には、たとえば「胃痛が心筋梗塞の兆候」であるように、一見軽症と感じられる状態にも重症が潜んでいることを頭にとどめておいてほしい。

■治療後には「ありがとう」という一言を添えたい

繰り返そう。私たちが地域の救急医療を守っていくために、以下の3つのことが重要だ。

①急患を見かけたら迷わず手を差し伸べる
②自分に万が一のことが起きた時の意思を家族に伝えておく
③日々救急患者にならないように努力する。

そしてもう一つ、万が一患者として家族として救急医療にお世話になることがあったとしたら、治療後に「ありがとう」という一言を添えたい。月並みだが、それが昼夜休日問わず働く現場医師のモチベーション維持につながる。

地域の救急医療は、住民である私たちから変えていけるのだ。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経てフリーランスに。著書に『不可能とは、可能性だ パラリンピック金メダリスト新田佳浩の挑戦』(金の星社)、『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)がある。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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