厚底ナイキが次に仕掛ける「ビーズ靴」が向く人
プレジデントオンライン / 2019年9月12日 6時15分
■1万個のビーズがソールに詰められたナイキの新シューズ
毎年2月に行われる「東京マラソン」は、1万6200円の参加料が必要だが、ここ数年は40万人以上がエントリーするほどの人気だ。走ることのイメージは、「苦しい」から「楽しい」に大きく変わったといえるだろう。
そうしたマラソンのイメージチェンジに貢献したもののひとつが「ランニングシューズ」の進化だ。各メーカーはソールなどの新機能を競うように開発している。
特に直近でユーザーに衝撃を与えたのが、ナイキが8月15日に発売した「ジョイライド ラン フライニット」(税別1万8000円)というモデルだ。この靴のソールは4つのポッド(袋)で構成されており、内部に色鮮やかな小さなビーズが入っている。その数は約1万個(メンズ28cmで片足約1万1000個、ウィメンズの25cmで片足約9000個)。ビーズは目に見えるので、デザインにはインパクトがある。しかも高い機能性もあるのだ。
ビーズの大きさは約1mm程度。ゴムの性質を持つ熱可塑性樹脂であるTPE(サーモプラスチック・エラストマー)という素材でできており、着地時のエネルギーリターンに優れている。ポッド内でビーズが動くため、走るほどにビーズが足の形に変化して、個々の足にカスタマイズされていくという。
「ジョイライド ラン フライニット」の発表会は韓国で行われ、ソウルの街を駆け抜けるランニングセッションも実施された。新シューズに足を入れると、何やら前足部に今までのシューズになかった感触を抱く。最初こそ驚いたが、走っているうちにビーズが足になじんでいき、心地よいクッション性を楽しむことができた。
■一流の選手ほどシューズをこまめに履き分けるワケ
ランニングシューズの売り場は、「フルマラソン3時間以内」「同3時間半以内」「同4時間以内」「同5時間以内」といったようにフルマラソンの走破タイムで分類されていることが多い。「タイム=走力」という考え方で、そのタイムで走るためのスピード(ペース)に適したシューズを紹介しているわけだ。
ナイキは、こうした「タイム=走力」によるカテゴリー分けではなく、「フリー」「ズーム」「リアクト」という3つのシリーズを設けている。順番に、STRONG(鍛える)、FAST(スピード)、LONG(長距離)に向いたラインナップだ。前出の新シューズはそれらとは異なる「ジョイライド」(EASY・快適)という4つめのカテゴリーとなる。
元箱根駅伝ランナーである筆者は大学時代、レース&スピード練習用(キロ3分20秒以内)、距離走用(キロ3分30秒~4分00秒)、ジョグ用(キロ4~6分ペース)と走るスピードに応じて、だいたい3種類のシューズを履き分けていた。
シューズの違いは、主にソールの厚さにある。レース&スピード練習用はソールが薄く、とにかく軽いもの。走るペースを落とすごとにソールが厚くなり、シューズも重くなっていく。
現在は、以前本欄でリポートした「ズーム ヴェイパーフライ 4%」などナイキの厚底シューズが世界のメジャーレースを席巻しているように、ソールが「厚くても軽い」シューズが人気を集めている。
■「厚底ばかり履いていると、かえって故障のリスクが高くなる」
男子マラソン日本記録保持者の大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)もナイキの厚底シューズを着用して、結果を残してきた。かといって普段から厚底シューズばかりを履いているかというとそうではない。
最近は「フリー」を積極的に活用しているという。「フリー」は、従来のスポーツシューズよりも足を自由に屈曲させ、動かすことができるシリーズ。“裸足感覚”の履き心地が、自然な足の動きを提供して、「人間本来の足の力」を取り戻すことをコンセプトにしている。
大迫は言う。
「近年は厚底シューズがはやっていますが、そればかりを履いてしまうと、かえって故障のリスクが高くなるのではないかと感じています。厚底シューズができただけに、『フリー』を使うことも同じぐらい大切です。最近は脚に負担の少ないトレッドミルや、イージーランのときに『フリー』を履いて、足本来の力を高めることにも重点を置いています」
■ナイキの異様な執着、各ブランドの熾烈な「ソール開発」
ソールは、スポーツシューズにおいて根幹ともいえる部分だ。ミッドソールの素材は1970年代からエチレンビニールアセテート(EVA)という軽量でクッション性に優れた合成樹脂がベースになった。
そのなかでナイキは1979年に「エア」という衝撃吸収剤を使った商品を出し、世の中をあっと言わせた。「エア」が外部から見えるデザインとなったシューズ「エアマックス」はスニーカーブームを引き起こした。
一方、アシックスも1986年に「ゲル」という衝撃吸収剤で対抗。ランニングシューズとして広く浸透し、「ゲルカヤノ」シリーズを軸に日本だけでなく海外でも大変人気を集めた。
「エア」「ゲル」の戦い以降、30年以上は、ソール開発に大きな動きはなかったが、2013年にアディダスが「ブースト」という新たなテクノロジーを発表して各社のソール開発が活発になる。
EVAではなく、TPU(熱可塑性ポリウレタンエラストマー)を発泡させて粒子状にして加工したもので、クッション性だけでなく反発力もあり、劣化も少ない。「ブースト」を使用したシューズを履いたウィルソン・キプサング(ケニア)らがマラソンの世界記録を塗り替えたこともあり、市民ランナーのハートをつかんだ。
■「ソール」はブランドのアイデンティティである
そして近年はナイキの躍進が目立つ。「ズーム ヴェイパーフライ 4%」などソール内に軽くて硬い、薄型のカーボンファイバープレートが入った厚底シューズを履いた選手たちが世界各地のレースで大活躍。昨年9月のベルリンマラソンではエリウド・キプチョゲ(ケニア)が世界記録を2時間1分39秒まで引き上げた。
最近はアシックスが参入するなど、他メーカーもナイキを追随するように、「厚底モデル」を仕掛けつつある。また元祖厚底といわれているフランス生まれのブランド、ホカオネオネの国内人気も高まっている印象だ。
アディダス、ニューバランス、ミズノという老舗メーカーだけでなく、オン、アンダーアーマーという日本国内ではニューウェーブといえるブランドも続々と新シューズを発表している。また、「自然な走り方」をコンセプトにしたゼロドロップ型(ヒール部分と爪先部分の厚さがほぼ同じ)が中心のアルトラというメーカーも注目されている。
ただ、各メーカーはさまざまなシューズを展開しているが、ナイキほどソールの種類は多彩ではない。「ジョイライド」のプロダクト開発には3年もの歳月がかかっており、客観的に見てもナイキはシューズのアイデンティティであるソール作りに、他社以上に執念を燃やしているように映る。
他メーカーのソールとの違いは、そのバリエーションの差だけではない。機能・デザイン同時“イノベーション”を通りすがりの人が見てもわかるようビジュアル化させていることだ。機能だけでなく斬新なデザインもランナーたちの心を躍らせる要素になっている。
■10年の歳月とコストを費やしてつくったシューズ
ファンランナー(タイムや順位ではなく純粋にランニングを楽しみたい人)の場合、「シューズは1足」という方が多いかもしれない。ちょっとくたびれた頃に新たなシューズを購入するというパターンだ。
フルマラソンで上級者となるサブ3(3時間切り)でも「1足」派は案外少なくない。気に入ったシューズを履きつぶしては買い、履きつぶしては買いの連続だ。
しかし、多くのプロやファンランナーの取材をしていると同じシューズを履き続けるのではなく、シーンや目的に応じて履き替えたほうがパフォーマンスが高まるのではないかという意識が徐々に高まっている。
「ジョイライド ラン フライニット」の開発に携わったナイキ ランニング部門シニアプロダクト・マネジャーのウィリアム・モロスキーはこう話す。
「私たちのチームは、走るのがツラいと感じてしまうランニングを楽しくするにはどうしたらいいのかを10年間考えてきました。今回のシューズは、ランニングを楽しんでもらえるように、芝生の柔らかさと砂浜の足を包み込む感覚からインスピレーションを得て開発しました。特にエリートランナーには、ウォーミングアップやリカバリーランで履いてほしいと思います」
■「走力だけに合わせたシューズ選び」はもう古い
同じように見えるランニングシューズでも、フィット感、クッション性など履き心地はかなり異なる。複数のシューズを履くと自分に合うタイプがわかってくるはずだ。
筆者はほとんど同じようなペース(キロ5~6分)でしか走らないが、その日の気分やウエアでシューズを選びようにしている。不思議だが、それだけでマンネリ化を防ぐことができ、ワクワクした気持ちになる。服を着替えるように、シューズもTPOに応じて、履き替える時代がやってきたのかもしれない。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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