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"無理やり性交&動画撮影"が不起訴となる理由

プレジデントオンライン / 2019年9月13日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RyanKing999

なぜレイプ事件の多くが不起訴になってしまうのか。弁護士の伊藤和子さんは「加害男性を警察が逮捕しても、検察が『強制性交にも、準強制性交にもあてはまらない』として釈放するケースが多い」という。「被害実例」と併せて、その不条理を検証する——。

※本稿は、伊藤和子『なぜ、それが無罪なのか!? 性被害を軽視する日本の司法』(ディスカヴァー携書)の一部を再編集したものです。

■スポーツクラブで出会ったオジサンが豹変する

2017年のある日の未明、19歳の未成年女性がその前夜に初めて会ったばかりの男性から無理やり性交される被害にあいました。

彼女、E子さんは専門学校生。お母さんと一緒に近所のスポーツクラブに入ったばかりで、その日はお母さんと一緒ではなく、一人でスポーツクラブに訪れた初めての日でした。

はにかみやで戸惑っていた彼女に気さくなおじさんが声をかけ、器具の使い方などを教えてくれました。夜の9時にトレーニングを終えて外に出ると、そのおじさんがニコニコとスポーツクラブの出入口に立っていて「飲みに行かない?」と誘います。

同年代の彼氏と交際していた彼女にとって、年の離れたおじさんはもちろんデートの対象ではありません。でも、せっかく入ったスポーツクラブで声をかけてくれたおじさんと打ち解けておいたほうがいいかな、と彼女は思い、近くの飲み屋に自転車をひいて一緒に行きます。

他愛ないと思われた近所のおじさんとの交流、それがすぐに性暴力被害に暗転します。

■「動画はやめてください」と訴えても撮影をやめない男

一軒目で飲んでいる最中に彼女はかなり酔いが回ってしまいます。ふらふらしていたので、早く家に帰ろうとする彼女を、男は強引に二軒目のバーに連れて行きました。

二軒目に入った頃には彼女は気分が悪く、眠くなってしまい、テーブルに顔を突っ伏して寝ていたり、トイレに入ったり、彼女はその店で何をしていたか、ほとんど記憶がありません。

その晩、彼女はあわせて6杯も飲酒して、酩酊状態にあったのです。

店の人が心配してタクシーを呼んでくれ、「タクシーが来たよ」という声が聞こえた後、彼女の記憶はなくなります。泥酔状態のままタクシーに乗せられ、運び込まれた場所は、自宅ではなく、おじさん=男の家でした。

タクシーから降りたところで意識を取り戻した彼女は、男の家についてからもしばらく、酔った自分を見かねて連れてきてくれたのか、と思っていました。トイレに行った後、足元がふらふらしたまま男のいる部屋になだれ込んだところ、男は変貌します。彼女は衣服を脱がされて裸にされ、裸の姿を動画で撮影されたのです。

まさか自分に性行為をするなどと思っていなかった、きさくなおじさんが加害者になる、その事態に彼女は精神的に著しく混乱し、恐怖を感じます。そして、裸の動画をばらまかれるのではないか、そうなったらどうしよう、と羞恥心でいっぱいになります。

「動画はやめてください」と訴えても男は撮影をやめません。彼女は顔を髪の毛で隠し、体を後ろに向けて、動画を撮られないように精一杯自分を守ろうとしていると、男が自分に体を密着させて性交しようとしてきます。

■「うるせえ、殺すぞ」と脅され、無理やり性交された

伊藤和子『なぜ、それが無罪なのか!? 性被害を軽視する日本の司法』(ディスカヴァー携書)

彼女は自分のできる範囲で、手を使って男の体が近づいてこないように押さえようとするなど、抵抗を試みましたが、力の差もあり、まだ酩酊して体に力が入らないこともあり、手はすぐに払いのけられてしまいました。

こうして彼女は男に無理やり性交されてしまったのです。ひどい話だと思いませんか。

彼女は性交されている間、悔しくて悲しくて、泣き叫んで抵抗しようとしました。しかし、男は「うるせえ、殺すぞ」と脅し、毛布を顔の上からかぶせ、彼女は「本当に殺される」と著しい恐怖心を感じました。抵抗できなくなった彼女はその後も性交されたのです。

■交際相手の彼氏に電話すると、男が「撮影した動画をばらまくぞ」

性交が終わると彼女は部屋から脱出を試みますが、家を出ようとすると男もついてきました。家の外に出てからも男はなかなか彼女のもとを立ち去りません。彼女は、交際相手に「助けて」「ごめん」などとラインでメッセージを送ります。

しばらくして男がようやく離れたので、彼女は交際相手の彼氏に電話をかけて泣きじゃくりました。すると、彼女の様子を監視していた男が再び現れ、「誰に電話かけてるの?」などと問い詰めだし、彼女と口論になり、「撮影した動画をばらまくぞ」などと脅したのです。

口論になっている最中の様子を彼氏は電話口で聞いており、近くに住む友人に現場に駆けつけてもらい、ようやく男は諦めて彼女の元を去りました。

■検察官「『性行為をやめてください』とは言っていないね」

写真=iStock.com/Yue_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yue_

彼女はこの日の朝には自宅に戻って母親に事情を説明、その日のうちに警察に被害届を提出し、病院で検査も受けました。

警察はほどなく男を逮捕、彼女は、当然犯人が起訴されるはずだと思っていました。

警察での事情聴取を終え、今度は検察官から事情聴取を受ける日がきて、彼女は検察庁に行きます。すると検事は逮捕された容疑者が撮影した動画を見ながら、「動画を見ると、君は『動画を撮るのをやめてください』とは言っているけれど、性行為をやめてください」とは言っていないね」と彼女に言ったというのです。

そして、事情聴取をろくにしないまま「もうすぐ容疑者を釈放するから。この事件は起訴できない」と言ったのです。彼女はあまりのことにショックを受けました。

こうして私はE子さんから相談を受け、事件に代理人として関与することになりました。

「どうしてそんなに簡単に不起訴にできるの?」私は強く憤りを感じました。

早速、検察官に会いに行き、何度も説明を求めたり意見書の提出をしたり、再捜査も要請しました。検察官はこれに応じて再捜査も行ったとしています。しかし、最終的な結論はやはり不起訴だったのです。

検察官から説明を受けて、E子さんは検察庁で悔し涙を流しました。彼女の涙は止まらずに流れ続け、彼女の傷つけられた心のなかでは血が流れているように私は感じました。

彼女は、事件後スポーツクラブもやめ、専門学校もやめました。PTSD症状から対人関係も難しく、就職ができずにいます。

■意に反する性行為であることは明らか

この事例では、言い分に対立があったり事実関係について加害者が否認する部分がありました。しかし、以下の点は争いのない事実でした。

①本件で、被害者と加害者は前日にスポーツクラブで初対面であり、交際関係などがなかったこと
②被害者には当時交際相手がいたこと
③被害者が未成年であり、被害者と加害者の間の年齢差が大きく、被害者にとっての恋愛対象ではないこと
④被害者が被害当時、未成年者としてはあまりにも過量な6杯のアルコールを飲酒させられ、一時意識を失うほど強く酩酊していたこと
⑤加害者は、被害者の衣服を脱がせ、性行為をするまでの間に動画撮影をしており、被害者は「動画を撮らないでください」と申し出ているにもかかわらず動画の撮影が続けられていること
⑥加害者宅から逃れ、加害者と別れた直後に被害者が交際相手に電話をして被害を相談していること
⑦⑥の最中に加害者が引き返して被害者との間で口論となり、加害者が被害者を脅すなどして、その内容を被害者の交際相手が電話越しに聞いていること
⑧口論の過程で、被害者に対し「性行為の動画をばらまく」と脅したことを加害者が認めていること
⑨翌朝には被害者が警察に対し、被害申告をしていること

ここから、被害者の意に反する性行為だった、という事実が強く浮かび上がってきます。

写真=iStock.com/BenAkiba
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BenAkiba

■強制性交にも、準強制性交にもあてはまらない

E子さんは、飲酒酩酊を通り越して泥酔状態で意識を失っていました。無理やり性交をされたときには意識を回復していましたが、それでも自力で歩くこともできず、意識もはっきりしていなかったのです。

それでも「意識が戻った」ということで、「抗拒不能」(抵抗不能な状態)とはみなされませんでした。彼女は「動画を撮らないでください」と述べたり、性交されないように手で性器を抑えて抵抗し、さらに性交されている最中も泣き叫んで抵抗しようとしました。

しかし、そのような抵抗は、体力差からみても、深刻な酩酊状態で体に力が入らず、しかも突然裸にされ、裸の動画を撮影され、レイプされそうになって極度に混乱している状況のもと、加害者との関係ではほとんど抵抗になっていないレベルのささやかなものにすぎませんでした。 

少しでも抵抗できていたのであれば「抗拒不能」とは言えない、という認定はあまりにも被害者に酷です。

■性交を強要する行為が罪にも問われないのは明らかに不当

一方で、検察官は、彼女の抵抗が弱かったことから、加害者の行為は強制性交等罪の「暴行」にあたらないと判断しました。

彼女は、「うるせえ、殺すぞ」と脅され、毛布を頭からかぶせられてとても怖かったと訴えています。一方で、加害者はそのようなことをしたことを否定、密室で起きた出来事であるため、そのような行動があったと立証はできない、という結論になったのです。

しかし、飲酒酩酊させて泥酔状態にして未成年の女性を無力で抵抗できない状態に陥れたうえで、裸の動画を撮影して抵抗を著しく困難とさせて、性交を強要する行為が何の罪にも問われないというのは明らかに不当ではないでしょうか。

特に、性的な動画の撮影・拡散はとても深刻な社会問題になっており、ひとたびインターネットに拡散した性的な動画はほぼ永久に消去できないとして、女性たちを恐怖に陥れています。そんな手段を使って女性を精神的に追い詰めて無理やり性交をするという、事の深刻さ・悪質さを検察庁が正しく理解しているとは到底思えません。

写真=iStock.com/asiandelight
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/asiandelight

■レイプが認められるためには抵抗しなければよかったのか

それでは、本件でレイプが認められるために、彼女はどうすればよかったのか。ささやかな抵抗をしたために「抗拒不能」と認められないのだとすれば、抵抗しなければよかったということでしょうか。

法が被害者にそのようなことを要求するのは、とても残酷な話だと思います。逆に、彼女が抵抗していなければ、「同意があった」「同意があったと誤解した」とされてやはり無罪・不起訴とされていたかもしれません。

一体彼女がどうすれば、この事件でレイプが認められたというのでしょう。

意に反して性交されていることが明らかなのに、強制性交等罪の「暴行」「脅迫」、準強制性交等罪の「抗拒不能」がどれも認められず、罪に問えないとすれば、あまりに不合理ではないでしょうか。

■不起訴になった場合、被害者にできることは何か

不起訴になってしまった場合も、まだ被害者にはできることが残されています。

日本には検察審査会という制度があり、国民から選ばれた検察審査委員たちがもう一度事件について検討し、不起訴という判断が正当だったのかを審査する手続きがあります。

検察審査会は、衆議院議員の選挙権を有する国民のなかからクジで選ばれた11人の検察審査員によって構成され、検察官が下した不起訴処分の当否を審査する、とされています。

性犯罪の事件についても、不起訴処分に納得のいかない場合は検察審査会に申立てを行い、不起訴が正しかったのか審査をしてもらうことができます。

審査には、記録の検討だけでなく証人尋問も含まれる場合があるとされています。

検察審査会では、審査の結果、不起訴相当(不起訴処分は相当であるという議決)、不起訴不当(不起訴処分は不相当であり再度しっかり捜査すべきという議決)、起訴相当(起訴するのが相当であるという議決)のいずれかの議決をします。

■女性が検察審査会に申立てることを躊躇した理由

不起訴不当、起訴相当という判断が出た場合には、検察官は事件を再捜査、再検討することになりますが、起訴するか否かを最終的に決定するのは検察官となります。しかし、2009年の制度改正で、「起訴相当」という議決が2回出たケースについては必ず起訴するという「強制起訴」の制度が導入されました。ただし、「起訴相当」になるケースそのものが少なく、強制起訴になる事件は今もごく少数にとどまっています。

私は、E子さんに検察審査会への申立てを勧めてみました。しかし彼女は「検察審査会でもいい結論が出なかったら、自分の心のなかがどんな状態になるのか、とても心配」と言って、検察審査会に申立てることを躊躇しました。

性暴力被害にあった若い女性はただでさえ、対人恐怖症やPTSDなど困難を抱えています。「不起訴が不服なら検察審査会に申立てればいい」と言われるけれど、それがかえって被害者の心を傷つけることもあり、とても酷な言い分です。このような状況で、被害にあった人が希望の持てるシステムを、私たちの社会はもっていると言えるでしょうか。

■泣き寝入りを許さない、民事訴訟という道

では、不起訴になった場合、被害者はそのまま泣き寝入りなのでしょうか。

仮に犯罪として処罰されないとしても、意に反して性行為を行うことは許されない人権侵害であり、女性に対する暴力です。被害者は、不起訴のケースでも民事訴訟を提起して損害賠償を求めることができます。

写真=iStock.com/Zolnierek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Zolnierek

不起訴になると、捜査段階で集められた証拠の重要部分が開示されないなどの限界がありますが、公開の法廷で証拠を提出しあい、被害者側(原告)、加害者側(被告)の尋問を行うなどして、不法行為があったと認められるかどうかを争うことができます。

民事訴訟の場合には、「疑わしきは被告人の利益に」の原則ではなく、証拠が優越していると認められた側が勝訴します。

簡単なことではありませんが、不起訴になっても民事訴訟で勝訴したり、民事訴訟で納得のいく和解ができて賠償金が支払われるケースもあるのです。

とは言っても、不起訴というショッキングな結果を受けて、被害者の方が自ら訴訟を提起して裁判を続けることが大変な負担であることには間違いありません。

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伊藤 和子(いとう・かずこ)
弁護士・国際人権NGOヒューマンライツナウ理事・事務局長
1994年弁護士登録、以後、女性、子どもの権利、えん罪事件、環境訴訟など、国内外の人権問題に関わって活動。2004年に日弁連の推薦で、ニューヨーク大学ロースクールに客員研究員として留学。帰国後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に対処する日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウ(Human Rights Now)の発足に関わり、以後事務局長として国内外の深刻な人権問題の解決を求め、日々活動している。同団体の主な活動範囲は、女性や子どもの権利擁護、ビジネスと人権に関する問題、アジア地域の人々の自由と尊厳の擁護、紛争下の人権問題など。弁護士活動でも人権、特に女性の権利を焦点に置いて活動。日弁連両性の平等に関する委員会委員長、東京弁護士会両性の平等に関する委員会委員長を歴任。

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(弁護士・国際人権NGOヒューマンライツナウ理事・事務局長 伊藤 和子)

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