「CM曲の帝王」を自殺未遂させた三角関係の正体
プレジデントオンライン / 2019年9月19日 11時15分
※本稿は、フレッド・シュルアーズ著、斎藤栄一郎訳・構成『イノセントマン ビリージョエル100時間インタヴューズ』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■ユダヤ人迫害ですべてを奪われた一族
だって誰もが不誠実なのだから
でもそれこそが君に一番期待しているものなんだ
(『オネスティ』より)
そう問いかけて、70年代に日本でも爆発的な人気を不動のものにしたアメリカを代表するシンガー、そして世界中にファンを持つシンガー、ビリー・ジョエル。このアメリカン・ドリームを体現した男は、数々の名曲を紡ぎ出してきた。だが、その裏側では、彼の問いかけのとおり、差別やいじめ、独特の家庭環境などが渦巻いていた。
彼の原点をたどっていくと、ナチス政権下のドイツに行き着く。本人のインタビューも交えながら、ときに逆境を強く跳ね返し、ときに良心の呵責に押しつぶされそうになった若き日々を振り返ってみよう。
ビリーの父方の祖父、カール・ジョエルは、ドイツのバイエルン州で服飾製品の会社を発展させ、1930年代初めには一家でニュルンベルクの高級住宅街にある豪邸に引っ越すほど裕福だった。そのころ、ドイツではヒトラー率いるナチスが着々と力をつけていて、ユダヤ人迫害が激しさを増す中、ユダヤ人であるカール一家は会社も屋敷の所有権も銀行口座の財産もすべて政府に不当に取り上げられてしまった。
■キューバ上陸を経てニューヨークに移住
ついにカールはヨーロッパからの脱出を決意する。そこそこの現金が手元に残っていたカールは、あらゆる手を尽くして家族3人のビザを入手し、妻、一人息子のヘルムート(後のビリーの父親)とともにイギリスを経由して1939年、客船で大西洋を渡ってキューバに入る。一方、カールの兄レオンの一家が乗った船は、キューバに着岸するも乗客全員の上陸許可が下りず、アメリカへの入港も見通しが立たないまま、復路をたどり始めた。ナチスがユダヤ人徹底迫害の見せしめに利用しようと考え、上陸を阻止したからだ。ヨーロッパに戻されたレオン夫婦は、アウシュヴィッツ強制収容所のガス室で殺害された。
今、ビリーはこんなふうに語っている。「父の一家がキューバ上陸を許されたことには、永遠に感謝したいですね。キューバ当局が国内でユダヤ人を保護してくれて、僕は本当に救われた思いがします」
ハバナに留まっていたカール一家はようやくアメリカへの移民が認められ、ニューヨークに移住する。息子のヘルムートは渡米を機に英語風のハワードと名を変え、大学のグリークラブで将来の妻となるロザリンドと出会っている。
後にビリーは、ロザリンドの名前を少し変えた『ロザリンダの瞳』という曲で両親のロマンスを描いている。
ここはハバナ、ずっと君を探し続けていたんだ
炎が消える前に戻るよ
ロザリンダの瞳の炎が
「ロマンチックな内容で、音楽しかない男を描いた物語なんです。父はキューバに数年暮していたので、家族の過去に関して僕が知っている内容を織り込みつつ、ロマンチックな内容に仕立てたんです」
アメリカ暮らしを満喫していたハワードだったが、1943年、ドイツ語が堪能なことが災いして、アメリカ陸軍に徴兵され、迫害の思い出しかないはずのヨーロッパに再び送り込まれる。
1946年に兵役を終えてアメリカに戻ったハワードは、ロザリンドと結婚し、1949年5月9日、子供を授かった。名前は、ウィリアム・マーティン・ジョエル。そう、ビリー・ジョエルの誕生である。
■「父親のいない家庭だと思っていた」
「父親が自宅にいる姿をほとんど覚えていません。家族といえば、母親、姉のジュディ(実際にはいとこだが、ジュディの母の自殺を機に、ビリー一家が養子として受け入れた)、そして僕の三人だったんです。父親のいない家庭だと思っていたし、近所の人たちからもそう見られていました。お金にも余裕がなくて……」
『ホワイ・ジュディ・ホワイ』という曲で、ビリーは
と歌う。「(ジュディとは)実の姉のように接してきた。不遇の生活をともに味わった同志なんですよ」とビリーが説明する。
■ユダヤ人差別がはびこる新興住宅街で育つ
ユダヤ人差別は幼いビリーにも降りかかった。
「僕が6歳くらいのころ、向かいの家の年下の女の子から何の遠慮もなくいろんな言葉を投げつけられました。『あんたユダヤ人だから、そのうち角が生えてくるんだよ』とかね。夜、寝床の中で、角が生えているか本気で頭を触って確かめたのを覚えています」
ビリーが育ったロングアイランドはいわゆる新興住宅街で、夕方になれば都心の勤務先から素敵なクルマでパパたちが帰ってくる日常がそこにはあったが、ビリーの家庭だけは違っていた。夕方、キッチンの窓から外をじっと眺めている母に、「何を見てるの?」と尋ねると、決まって「ただ外を見ているだけよ。パパ、帰ってくるかしらね」と答えたという。
留守がちの父親、誠実ではあったが少々押し付けがましい母親、そして近所の人々の露骨な偏見も重なる特殊な環境でビリーの性格は形成された。友人たちに言わせれば、ビリーは弱みを見せることを極端に嫌う。
独りの時間と自己決断の機会がたっぷりあったからこそ、自らの小舟を自力で漕ぎ続ける能力を育むことができたようだ。
■人生を切り売りするかのような曲作り
幼いビリーにピアノを習わせたのは母ロザリンドだった。だがピアノのレッスンに通う途中で、いつもひどいいじめを受けていた。
「ピアノの先生はバレエも教えていたので、僕がピアノ教本を持って歩いていると、ほかの子供たちが『おいビリー、チュチュ(バレエ衣装)はどこだ?』ってからかうんです。持っていた教本を叩き落として、殴りかかってくるわけです。それでボクシングを始めたんですよ。ある日、例の集団がまた挑発してきたので、一番でかそうなヤツを選んで殴り倒してやりました。自分で自分を守ることができて自信が生まれました」
ビリーの後の人生を見ると、自分が思う理想の家庭像や父親像を模索しつつも、空回りして失敗することが多い。ビリーは、悲しいときは悲しい歌を、有頂天のときは有頂天の歌を作る。人生そのままに、いや自分の人生を切り売りするかのように曲作りをしてきた。
だが、どんなに有頂天の気分を歌っていても、人生は必ずしもハッピーエンドで終わらない、ハッピーエンドになんてなりっこないとでも言いたげな歌詞が多い。
■相棒の妻と「ただならぬ関係」に陥った
「僕はどんな曲であっても、たとえ全体的に陽気な曲であったとしても、どこか悲観的な部分を織り込む癖があるんです」
例えば愛する人への思いを歌っていながらも
永遠に続くわけがないのだから
と言ってしまう。(『ディス・イズ・ザ・タイム』より)
そしてその悲観的な結末が実際に訪れたときの落ち込みようは、周囲が見ていられないほどひどいものになる。
21歳になり、ハードロックのデュオバンドを組んでいたころ、相棒の妻(後にビリーの妻となるエリザベス)とただならぬ関係に陥る。もっとも、彼女からは、結婚生活がすでに破綻していて離婚は秒読みと聞かされていたから、やましさを感じることなく交際しているつもりだった。
■二度目の自殺未遂の後に作った曲
ところが、何も知らない相棒は、二人の関係に気づき、ビリーを殴り倒す。ビリーにしてみれば、てっきり夫婦間で話はついているものと思い込んでいたから予想外の展開だった。相棒である親友を裏切ってしまったという良心の呵責に耐えられず、鎮静睡眠剤を飲んで自殺を図る。救急搬送されて一命はとりとめたが、依然として罪悪感、絶望感でいっぱいのビリーは家具の磨き剤を飲み干し、2度目の自殺未遂となった。
そのころの彼の心理状態が見事に綴られた曲が『トゥモロー・イズ・トゥデイ』だ。
だって明日も今日と同じなんだから
(略)
明日を考えても仕方ない
だって昨日と同じことの繰り返しなんだから
ああ、今、川に向かっている
ビリーが病院で過ごした時間は、人生の教訓を得ただけでなく、自分を憐れむマイナス思考から脱却するきっかけになったかに思えたが、これから出会う女性たちに一喜一憂し、翻弄され、立ち直れないほど落ち込むような日々が待ち受けていた。
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音楽専門誌『ローリングストーン』のライターとして、フリートウッドマック、ブルース・スプリングスティーン、ジャック・ニコルソン、シェリル・クロウ、マシュー・マコノヒー、トム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズ、クリス・ロックなど、さまざまなミュージシャン、俳優の評伝を手がけている。ほかにも『プレミア』、『エンターテインメント・ウィークリー』、『メンズ・ジャーナル』、『GQ』、『ロサンゼルス・タイムズ』、『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』などにも寄稿多数。
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(ライター フレッド・シュルアーズ)
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