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あおり運転男が生きた「アクセル人生」の哀しさ

プレジデントオンライン / 2019年9月13日 15時15分

常磐道上り線で男性会社員が「あおり運転」を受け殴られた事件の実況見分で、当時の状況を確認する捜査員ら=31日、茨城県守谷市 ※一部画像処理(車両のナンバーにモザイク)してます。 - 写真=時事通信フォト

■「しくじればおしまい」な現代人

先日、ツイッターを眺めていたら、こんな内容の記事が流れてきました。

「18歳以下の子供の自殺を分析した2015年内閣府発表の調査では、子供が自殺した日を日付けごとに分析した結果、夏休み明けの9月1日が突出して多いことが分かりました。また若い世代で死因の第一位が“自殺”となっているのは先進7カ国の中で日本だけです」

自殺という最悪の選択に至るまでには無論、いろんな事情があるのでしょうから、一言では断定できません。しかしながら、私が思うのは「世の大人たちが負けや挫折を教えなくなったことに一因があるのではないか」ということです。いや、もはや大人たち自身が、負けや挫折を知らないまま大人になってしまっているのではないでしょうか……。

実際、現代人は成功事例のみ追い求めているように見えます。巷(ちまた)では「こうすれば売れる」「失敗しない生き方」「負けない作法」など、薄っぺらいハウツー本が山ほど売られています。まるでしくじらないように振る舞うことがすべての人に要求されているようでもあり、それにより現代人には「しくじればおしまい」という切迫感が植え付けられたのかもしれません。

その根幹にあるのは、「うまくいく」「損をしない」「進歩する」のが善で、それ以外は悪という片寄った二元論に基づいた、「アクセル思考」にあると私は考えています。

■日本人特有の生きざまが、あおり運転を引き起こす

アクセル思考とは、「ブレーキよりアクセル」という行動体系のことです。その象徴が、昨今話題のあおり運転であり、ひいては原発問題ではないでしょうか。いずれも「止め方を知らない野放図さ」が世間を震撼(しんかん)させているからです。

たとえば茨城県守谷市の常磐自動車で起きたあおり運転の犯人の経歴を調べてみますと、資産家の家に生まれ、中学時代は勉強にも力を入れて進学校に入学し、さらには有名私大を経て、有名メーカーに入社したとありました。この人はまさに、人生自体が「あおり運転」ぶっぱなし状態だったといえます。ブレーキをかけることのないアクセル人生が今回の犯罪に帰結したわけです。

別に加害者を叩(たた)きたくてこんなことを書いているのではありません。もしかするとこのアクセル思考は、日本人特有の生きざまなのではないかと思い、提言する次第です。

明治以降の日本は、欧米諸国に「追いつく」ためにアクセル偏重に舵を切りました。欧米に比べて遅れているという切迫感が、江戸文化の否定とともに西洋偏重をまねき、トップダウン方式でアクセルを踏み続けることになったのです。これをアシストしたのが、真面目で右へ倣えが大好きな日本人の国民性です。為政者にとっては非常に扱いやすい国民であったことでしょう。

■“猛進”が“妄信”へとつながった

歴史に目を向けてみても、「日本は神の国」という神話性とともにブレーキを放棄した結果、日清戦争、日露戦争と2度の大勝を収めたことが、さらにその思考を増長させてしまったことは明らかです。結果として、「いままでアクセルだけで大丈夫だったから、これからもきっと大丈夫なはずだ」と、いわば“猛進”が“妄信”へとつながったわけです。おかげで日本は勝てるはずのなかったアメリカとの戦争へと至り、堕落の道を突き進むこととなりました。

それでも、戦争を上手にかいくぐった支配者層が埋み火となり、その後も素直な国民を誘導し続けます。具体的には、敗戦という失政を経済面でリカバリーしようと試みて、高度経済成長という花を咲かせることとなりました。

経済大国として名を馳せる日本ですが、兵隊が企業戦士に名を変えただけで、根本のアクセル思考は何も変わっていなかったのです。

高度経済成長は戦後の打ちひしがれた国民にとって希望でありました。右肩上がりの経済は「昨日よりも今日、今日よりも明日はもっとよくなる」という刷り込みを国民の頭に植え付けました。

ただ、それによってもたらされたツケこそが、あの原発事故に代表される公害だったのかもしれません。そう顧みると、三丁目で夕日ばかり見つめてのんきに構えていたのは誤りだったのかもしれません。無論、極論ですが。

■ダメとわかっていても破滅に向かう構造

そして高度経済成長の終わりの始まりは、空前絶後のバブル景気でした。その渦中にサラリーマンを経験していた私も、「還元給」という名の年には3つ目のボーナスをもらっていたものでした。

ところが、バブルはあっけなく消えていきました。その後の平成は、全時期にわたってほぼ不況という反動がやってきて、元号が変わったいまも相も変わらず儲からない話ばかり。他の先進国には見られないこの長い不況を鑑みると、大輪かと思っていた高度経済成長は、実はただの徒花(あだばな)だったのかもしれないと感じます。

アクセルのみでブレーキを知らないということは、挫折や負けを知らないことと同義。つまりは恥をかくことを知りません。だからこそ、ダメとわかっていても破滅に向かって突き進んでしまうのです。

その意味で、日本人は根っからの無謀な作戦を実行してしまう体質なのかもしれません。「恥をかきたくない、負けたくない」という人が、あのあおり運転の犯人のように攻撃的になっていくわけです。

受け身を知らない人がずっと攻め続けている構図の代表格が、ネットの世界でしょう。勝ち続けるためには常に弱い者を見つけるしかありません。いつ自分が逆の立場に置かれるかわからないのにもかかわらずです。

■もっと「だらしなく、みっともなく」の精神を

日蓮聖人はこう言いました。「仏法は体のごとし、世間は影のごとし。体曲がれば影斜めなり」と。要は、日々の事件や出来事はあくまでも影のことであり、影を叩いても本質は治らないということです。

だから私は大人たちが子供たちに対して、アクセル思考による成功事例しか見せてこなかったことが、子供の自殺につながっているのではないかと思うのです。そして、あおり運転でつかまったあの犯人はわれわれの影、つまり身代わりだったのではないかと(だからといってあの犯人を無罪放免にしろというわけではありませんが)。

談志はよく、「ガキが悪くなるのは大人のせいだ」と吐き捨てるように言っていました。ここでいう大人とは、喩(たと)えていうのならば、恥をかくことを示さない学校の先生や、子供たちに受け身を教えない柔道の先生、あるいは股割りを徹底させない相撲の親方を指しています。

日本全体がもっと、「だらしなくていいんだよ」「みっともなくていいんだよ」「ダメでいいんだよ」という風潮に少しだけでも染まっていけば、世の中はもっと生きやすくなるはず。落語はいつもそう訴えかけてきました。

■だからみんなで、ベンチプレスをしませんか?

落語家・立川談慶さん

落語が示してきたのは、アクセル思考とは真逆の思考です。勝ち方より負け方、進み方より逃げ方、立ち向かい方よりかわし方、成功より失敗——、そしてアクセルよりブレーキです。

「とりあえず謝っておけ。小言は頭の上を通り過ぎていく」
「出世なんて災難には遭いたくねえ」
「生涯、せがれで暮らしたい」

こんなブレーキ言葉の宝庫こそが落語なのであります。

そして、挫折や恥が付き物なのが、私が愛する筋トレなのです。筋トレはある意味、挫折がデフォルトです。筋トレを始めたばかりの頃、60キロのベンチプレスが上がらず潰されそうになったことがあります。

立川 談慶『デキる人はゲンを担ぐ』(神宮館)

悲鳴を上げると筋トレマニアの高齢者の方が補助に来てくれて、なんと片手で60キロのバーベルを持ち上げて私を助けてくれました。この挫折と屈辱と感謝が入り混じった複雑な感情はいまでも忘れていません。この日の出来事を、それ以後「今日は疲れたからサボろうかなあ」という気持ちになった時に、思い出すようにしています。まるで防波堤のような形で、自分を引き止める役目になっています。

落語も筋トレも効率とは無縁で、じっくり構えなければその良さはわかりません。最後にオチと筋肥大が訪れる。それが落語と筋トレの醍醐味です。

みなさんもぜひ、ユーチューブで落語を聞きながら、ベンチプレスの自己記録更新に挑んでみませんか? 継続すれば必ずやあなたを大きくしてくれます。身だけでなく、心まで。

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立川 談慶(たてかわ・だんけい)
落語家
1965年、長野県上田市(旧丸子町)生まれ。座右の銘は「筋肉の鎧は心の鎧になる」。2019年1月現在、ベンチプレス120キロ。週3~4回のジム通いで、身体の部位ごとにいかに負荷をかけられるかを日々模索する。慶應義塾大学経済学部卒業後、ワコールに入社。3年間のサラリーマン時代を経て、1991年立川談志18番目の弟子として入門。前座名は「立川ワコール」。2000年に二つ目昇進を機に、立川談志師匠に「立川談慶」と命名される。2005年真打ち昇進。著書に『「また会いたい」と思わせる気づかい』(WAVE出版)『老後は非マジメのすすめ』(春陽堂書店)など。

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(落語家 立川 談慶)

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