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創業300年ブランドが経営コンサルをする理由

プレジデントオンライン / 2019年9月30日 11時15分

ダグ・スティーブンス(著)、斎藤栄一郎(翻訳)『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(プレジデント社)

1716年の創業より、工芸品をベースにした雑貨の自社ブランドを確立し、全国に50以上の直営店を展開する中川政七商店。自社商品を企画・製造して売り場で展開するだけでなく、工芸ブランドの経営コンサルタントまで手がけているが、それで「儲け」を得るつもりはないという。なぜなのか。小売業の最新形態を紹介しよう——。

■年間10社のブランディングを手掛ける

中川政七商店の店内に足を踏み入れると、創業のルーツである麻の衣料や小物以外にもさまざまな生活雑貨が陳列されているのが目に入る。一見するとセレクトショップのように見えるが、実は並んでいる商品のほとんどは同社が企画・製造したオリジナル商品。そしてコンサルティングした企業の商品も多く並んでいる。

もともと奈良の麻織物の問屋だった家業を継いだ第13代目社長の中川淳氏が「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、中川政七商店がコンサルティング事業に参入したのは2008年のことだった。特別な技術や柱となる商品がなかった中川政七商店が成長できたのは、地道な経営改善に加え、ブランドをつくり育てることによって商品が名指しで選んでもらえるようになったことが大きい。しかも再現性を重視してきた中川政七商店のブランディング戦略は、他の工芸メーカーにも通用するはずだという確信があった。

さらに、それまで自社の経営やブランディングだけに集中してきたが、年々縮小していく工芸業界の中で自分たちだけが成長しても、周辺産業が衰退してしまえばゆくゆくは自社のものづくりも難しくなるという危機感もあった。中川政七商店の流通チャネルを使えるという点も他のコンサルティング会社にはない強みだ。

せっかく新しい商品を開発しても、流通チャネルを持っていないために販売につながらず、努力が水の泡になってしまうケースは多々ある。しかし中川政七商店は現在、全国に50を超える直営店を持っており、つくってすぐに自分たちの店舗に並べることができる。ブランドづくりから販売までワンストップでサポートできる中川政商店のもとには次々と相談が舞い込み、波佐見焼のHASAMIをはじめとするヒットブランドを生み出した。

現在はコンサルティング専門のチームをつくり、年間約10社のコンサルティングを行っている。

■「卒業」を前提として面倒を見る

写真提供=中川政七商店
KITTE内に構える東京本店では、コンサルティングを手がけたブランドの商品もずらりと並ぶ。 - 写真提供=中川政七商店

好調な中川政七商店のコンサルティング事業だが、全社戦略としてはあくまで投資という位置付けだと取締役の緒方恵氏は語る。

「私たちがコンサルティング事業を手がけているのは、あくまで工芸全体を盛り上げること、つまり工芸全体の流通総額を最大化させることが目的です。だからこそコンサルティングフィーは最低限の人件費程度に抑え、コンサル先の商品を自社店舗で仕入れて販売することでトータルの利益を増大させることを狙っています」

中川政七商店のコンサルティングのユニークさは、「卒業」を前提としている点にもある。コンサルティングの期間は、相談を受けてから半年~2年ほどが多く、終了後は「卒業」して独り立ちしていくのが通例だ。その地域で成功した企業が周囲の同業者に考え方の基本を教え、地域全体でナレッジを継承していくことも奨励している。こうした通常のコンサルティング企業からすると非常識ともいえる戦略は、彼らが自社の生活雑貨の企画・製造・販売事業という「本業」を持っているからこそなせる技だ。

「魅力的な工芸ブランドが増えて工芸業界自体が盛り上がっていけば、中川政七商店の商品や店舗を想起してもらう機会も増え、結果的に私たちの売り上げが増えるというサイクルをつくることができます。そのためにもコンサルティング事業単体で儲けようとするのではなく、『日本の工芸を元気にする!』というビジョンに則(のっと)って各企業を支援し、私たちが介入せずとも日本全国からいい商品が生まれるための種まきと仕掛け及び仕組みをつくることが重要だと考えています」(緒方氏)

■工芸活性化のためにまちを活性化させる

写真提供=中川政七商店
コンサルティング事例第1号となった有限会社マルヒロの波佐見焼ブランドHASAMI。 - 写真提供=中川政七商店

これまで工芸業界を中心にコンサルティングしてきた中川政七商店だが、最近では本拠地である奈良の活性化にも注力している。緒方氏は次のように語る。

「工芸のほとんどはその土地に根付いて発展してきたものです。体験の重要性が高まる今、モノの魅力だけではなくその商品が生まれた場所の魅力も高めなければお客様にきていただくことはできません。つまり、まち全体の活性化なくして工芸を活性化させることは難しいのです。そこでまずは私たち中川政七商店自身が本拠地である奈良を元気にすることで、まちの活性化を通して工芸業界、そしてそれぞれのブランドを盛り上げる事例をつくりたいと考えています」

約16年の間に、中川政七商店の事業は工芸のSPA化のみならず、工芸業界、奈良のまちづくりとゆっくりと広がっていった。モノも情報も溢れている今、一社のみでブランディングを考えるのではなく業界や地域といった「面」の連帯をつくることで注目を集め、結果的に各ブランドに人が集まるというサイクルをつくるという考え方がそこにはある。

中川政七商店がコンサルティングという異業種への参入で得たのは、単に別の稼ぎ口をつくるためではなく自分たちの属する「面」を活性化させることが自社コンテンツという「点」の利益につながるという健全なサイクルだ。

■なぜ「地域商社」を名乗るのか

写真提供=IDENTITY
ロゴや商品デザインにもこだわり、美濃加茂茶舗をきっかけに地域の関係人口増加を目指す。 - 写真提供=IDENTITY

小売事業者がコンサルティングという異業種に参入する一方で、異業種から小売業に参入する事例も増えている。名古屋でコンサルティング事業を行うIDENTITY(アイデンティティ)は、今年岐阜の美濃加茂市に店舗を構え、「美濃加茂茶舗」というブランドを立ち上げた。IDENTITYが自らを「地域商社」と名乗りはじめた背景を、代表の碇和生氏は下記のように語る。

「私たちは名古屋を中心とした東海圏で『地域商社』として事業を行っています。事業内容としてはコンサルティング企業や代理店にも近いのですが、彼らの場合はどうしてもその地域の企業からの発注を取り合うパイの奪い合いになってしまうという側面があります。しかし私たちが目指しているのは地域資源を活用して地域以外からの収入を得ること。つまりパイ自体を大きくしていくことなのです」

小規模事業者にこそユニークな資源が眠ってい

写真提供=IDENTITY
改装したビルの1Fでオープンした美濃加茂茶舗の店舗。上階では宿泊することもできる。 - 写真提供=IDENTITY

もともと東京を拠点にしていた碇氏の人脈を使い、東京の最先端のトレンドや事例を紹介し実装していくコンサルティング企業として名古屋近辺のクライアントを多数獲得し、2016年設立の若い会社でありながら行政からの相談も増えている。一方で、コンサルティング事業だけでは地域のクリエイターコミュニティやブランドビジネスのプレーヤーとの接点を開拓できない点に課題を感じていたという。

「地域商社として成長していくには、地域資源とのつながりを持つことが必要不可欠です。しかし、コンサルティング事業だけではフィーを払うことができない小規模事業者から相談をもらうことは難しい。一方で、そうした小規模事業者にこそユニークな資源が眠っています。そこでまずは美濃加茂にあるビルを改装して、人が集まる場所をつくることに着手しました」(碇氏)

縁あってビルを賃貸できることになったものの、美濃加茂市は人口5万人ほどの小規模な自治体だ。場所をつくっただけでは人は集まらないと考え、呼び水になるような商品をつくろうと考えて生まれたのが「美濃加茂茶舗」だ。美濃地方は古くから美濃焼で知られるお茶文化の聖地であり、近くに茶畑もある。美濃加茂ならではの商品を開発し、ビルの1階でカフェ併設の店舗をつくることで人が立ち寄りたくなる場所にすることを狙った。

■フェスで飛ぶように売れたオリジナルボトル

写真提供=IDENTITY
オリジナルボトル入りの緑茶はイベントでの人気が高い。 - 写真提供=IDENTITY

立ち上げたばかりの美濃加茂茶舗だが、意外な場所で反響を呼んだ。夏に開催される音楽フェスだ。東京を中心に日本茶が注目されていること、そして美濃加茂という地域性があり、普段は美濃加茂まで足を運ばなければ飲めない希少性からオリジナルボトルが飛ぶように売れ、感度の高い顧客が次々とSNSにアップした。

その結果、複数のフェスやイベントで出店の声がかかるようになり、美濃加茂自体の宣伝につながっていると碇氏は語る。

「美濃加茂市に足を運んでもらうには、私たちの店舗だけではなく複数の店舗が集まり、そこで1日過ごして楽しめるようなエリアにすることが重要です。だからこそまずは『美濃加茂』という名前を売ることで全国の感度が高いクリエイターに興味を持ってもらい、複数のブランドが立ち上がるような素地をつくっていきたい。美濃加茂市に来てもらうのはハードルが高くても、商品があれば私たち自身が人の集まる場所に出向き、名前を売ることができる。自社商品を持つメリットは、プロダクトがメディアになることだと思います」

まだ立ち上げから半年の美濃加茂茶舗だが、自分たちでブランドを持ったことで地域のブランドやクリエイターとコラボというかたちでの接点が増え、人脈が広がったことでイベントコーディネートという新しい仕事の打診も増えたという。東京との人脈に加えて地域に根ざしたつながりができたことで行政から相談を受けるようにもなり、地域の顔役として活躍の幅を広げている。さらに今後ブランド事業や店舗運営が軌道に乗っていけば、地域のブランドの支援にも力を入れていきたいと碇氏は「地域商社」の展望を語る。

■点から面へ、モノから体験へ

写真提供=中川政七商店
中川政七商店が主催する工芸の展示会「大日本市」。コンサル先の卸先確保の場としても活用している。 - 写真提供=中川政七商店

この二社の事例から見えてくるのは、これまで門外不出とされてきた成功のセオリーを他社の支援に活用することで、地域や業界という「面」を強化し、自分たちの事業にも還ってくるという新たな循環のかたちだ。

選択肢が溢れかえっている今、無数のブランドの中から自社を見つけ出し選んでもらうのは至難の技だ。特に中小企業は予算も限られており、大企業に比べて圧倒的に不利な立場にある。しかし、地域や業界で連携し「面」でアプローチできれば、大企業にも負けない集客を実現できる。つまり他社を支援し、「面」を盛り上げることこそが回り回って自社の利益にもつながるのだ。

さらに、今回の二社のように小売とメディア、ブランドとコンサルなど業界同士の垣根が溶けていく背景には、企業の価値が総合的な「体験」によって評価されはじめたという変化がある。『小売再生』著者のダグ・スティーブンス氏は「すべての企業は“体験企業”になる」と指摘しているが、今後はどんな企業も顧客接点すべてをデザインすることが求められる。

たとえば女優のグウィネス・パルトロウが運営するブランドgoop(グープ)はウェルネスをテーマにしたセレクトショップでありながら自社ブランドもつくり、メディアとして発信し、イベントも主催している。

提供したい体験や理想の世界観が先にあり、それを実現するために最適な手法として「小売」「メディア」といった機能を選ぶという試みが日本の各地ではじまっている。小売は単にモノを売る企業ではなく、体験をつくりあげる総合企業になっていく。これまでの実績に縛られず、提供したい体験をベースに事業を組み立てられる企業こそが、次の時代を切り開く鍵となるだろう。

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最所 あさみ(さいしょ・あさみ)
リテイル・フューチャリスト/noteプロデューサー
大手百貨店入社後、ベンチャー企業を経て2017年独立。ニューリテールにまつわるコンサルティングや執筆、コミュニティマネジメント、イベントプロデュースを行う。またnote有料マガジンを通して独自の考察や海外事例の紹介、小売や店舗を軸にしたコミュニティ運営を行う。2019年7月よりnoteプロデューサーに就任。ブランドや店舗オーナーがnoteを通して発信し、顧客とコミュニケーションをとる活動全般を支援する。

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(リテイル・フューチャリスト/noteプロデューサー 最所 あさみ)

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