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知的障害の妹54歳を背負わされる姉56歳の苦悩

プレジデントオンライン / 2019年9月24日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wundervisuals

82歳の母親は54歳の次女と2人暮らし。次女は生まれつき知的障害があり、勤務経験はあるが、ここ20年は家にひきこもっている。既婚で独立している56歳の長女は、「母が死んだ後、私が妹を一生背負っていくのは経済的に難しい」とファイナンシャルプランナーに相談した――。

■「母が死んだら、自分が妹の面倒をみなければいけないのか?」

私はひきこもりのお子さんを持つ家庭からの家計相談を受けていますが、最近は親御さんだけでなく、兄弟姉妹からの依頼が増えています。その場合、内容は大きく2つにわけられます。

(1)「親亡き後、お金は足りるのか?」という経済面での不安
(2)「親亡き後、自分が生活の面倒をみなければいけないのか?」という生活面の不安

親御さんが先頭に立って家族会議を開いたり、親亡き後を見据えて準備を進めたりしていれば兄弟姉妹も少しは安心できるかもしれません。しかし、それができない家族も多いようなのです。

先日、相談の依頼があった56歳の既婚女性も、同じような悩みを抱えていらっしゃいました。

「高齢の母(82歳)は、ひきこもりの妹(54歳)に関してあまり深刻に考えていません。最近母から『私(母)が亡くなった後の事はお願い』と言われてしまいました。私には家庭があるので、お願いをされても困ります。しかし、母と何をどう話したらいいのか。母が亡くなった後のことを考えると不安で仕方がありません」

■知的障害があり働くことができない54歳の妹をどうするか

相談当日は母親と長女の2人がいらっしゃいました。あいさつをすませた後、まずは家族構成とひきこもりの次女の状況から伺うことにしました。

【家族構成】
母(82)
次女(54)
※父はすでに死亡
※母と次女の二人暮らし

長女(56)独立別居。既婚。

次女は生まれつき知的障害があり、20歳の時から障害基礎年金を受給しています。性格は穏やかで、親の言うことはよくきくそうです。成人してからは障害者の方が多くいる職場で働いていました。仕事は単純作業ではあったものの、手を動かしたりすることが好きだったようで、毎日楽しそうに職場に通っていました。

しかし、30代半ばの頃に担当者が代わり、新しい担当者から嫌がらせを受けました。優しい性格だったため反発をせずにじっと我慢をしていましたが、それがいけなかったのか同僚からもいじめを受けるようになったそうです。

■82歳母親の月の収入は老齢年金と遺族年金の14万5000円のみ

その結果、20年ほど前に退職。退職後は家の中で静かに過ごすことになりました。それ以来、自宅でひきこもっていますが、家の中のことはよく手伝ってくれます。

写真=iStock.com/hedgehog94
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hedgehog94

炊事、洗濯、掃除などの家事はひと通りできます。あらかじめ買うもののリストを渡しておけば、ひとりで買い物にも行けます。ただし、金銭管理は難しいようで、お金は手元にあればあるだけ使ってしまうとのこと。そのため、次女の通帳や小遣いは母親が管理しています。

次に現在の収入と支出、財産の状況を伺うことにしました。

【収入】
母 月額14万5000円(公的年金/老齢年金と遺族年金の合計)
次女 月額6万5000円(公的年金/障害基礎年金2級)
【支出】
基本生活費 月額17万円
住居費(固定資産税等)月額換算8000円
【財産】
母 預貯金 400万円
次女 預貯金 1400万円
自宅(持ち家)1200万円(現状の資産価値)

■母「長女には私が亡くなった後、次女のことを頼みたい」

基本的に母親の年金収入(月14万5000円)で毎月のやりくりをしていますが、それだけでは3万~4万円足りません。その分は、次女の障害年金(6万5000円)の一部を充てています。そのため、次女の貯蓄はひと月あたり3万円程度とのことでした。

ひと通り話を伺った後、筆者は母親に質問をしてみました。

「今後、もしお母さまが亡くなった時、○○さん(次女)は施設に入所されることは考えていらっしゃいますか? 施設に移れば、法律上、費用は障害基礎年金の範囲内でまかなえるようになっています。生活のフォローもしてくれます。そうなればお母さまもご長女も安心されるかと思われるのですが、いかがでしょうか」

これを聞いた母親は少し困ったような顔をしました。

「実は、次女は『施設はいやだ。今ある家にずっと住みたい』と言っています。ですから今のところ施設は考えていません」
「自宅に住むとなると、それなりにお金が必要になりますよね?」

長女は不安を隠せない様子で筆者にそう訴えかけてきました。すると母親は財産が書かれたメモを手に取り長女と筆者に見せました。

「次女の貯蓄は1400万円ありますし、自宅(持ち家)もあるのでお金の心配はないと思うんです。長女には私が亡くなった後の次女のことを頼みたいだけなんです」

■長女「母亡き後、お金は足りなくなると思う」

これについて長女はすぐさま反論しました。

「確かに貯蓄は1400万円ありますが、収入は障害年金だけ。母亡き後、お金は足りなくなると思うんです。でも、それがどのくらいになるかまでは私ではわかりません。それが余計に不安なんです。また『母亡き後のことを頼む』と言われても、私にも家族や生活があるのでそれは厳しいです。そんなの無理だと思います」

長女は感情的になり、語気が荒くなっていきました。それに呼応するかのように、母親の声も大きくなっていきました。

「お金の心配はしなくていいから! 私が亡くなった後のことをお願いしたいのよ」

写真=iStock.com/BONDART
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BONDART

その後も「お金は大丈夫」「足りないと思う」「亡くなった後はお願い」「いや、それは無理」というように母親と長女の主張は平行線をたどってしまい、話が先に進まなくなってしまいました。

■母親が亡くなるまであと11年「次女はいくら貯められるか」

2人のやりとりを聞いた筆者は、「お金の見通し」と「母亡き後の次女のフォロー」の2つをはっきりとさせていく必要があると思いました。

そこで筆者はこう切り出しました。

「お母様が亡くなった後、ご次女の生活費は足りるのか? 足りないのか? 大まかな金額になりますが、この場でちょっと計算してみましょうか」

この提案に親子は同意しました。

写真=iStock.com/ThitareeSarmkasat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ThitareeSarmkasat

「まずはお母様とご次女が何歳まで生きられそうかを決めたいと思います。参考データとして平均余命を使いましょう。するとお母様は93歳まで、ご次女は89歳まで生きられる可能性が高いとわかります」

「お母様が亡くなるまであと11年とします。この先11年でご次女がどのくらい貯蓄できそうか計算してみましょう。貯蓄は今後も月3万円できるものとすると、3万円×12カ月×11年=396万円です。お母様が亡くなると想定した時点で1400万円+396万円=約1800万円になります」

■2019年10月から「年金生活者支援給付金」がスタート

「結構な金額になりますね。でもこれで足りるでしょうか? ニュースでは最近『老後には2000万円の蓄えが必要だ』と言われていますし……」

長女は未だ晴れない表情でそうつぶやきました。

「確かにそのように言われています。ですが、必要な金額は個人個人で違います。2000万円という数字にとらわれることなく、ご次女の場合はどのようになりそうなのか? それを試算してみることが大切です」

親子はともにうなずきました。私はさらに続けました。

「次に収入を確認しましょう。障害基礎年金の2級は月額換算で6万5000円です。さらに2019年10月からは消費増税に伴って年金生活者支援給付金という制度がスタートします。障害基礎年金の2級を受けている方は、所得の条件を満たせば年金の他に月額5000円がもらえるようになります。つまりご次女の収入は月額換算で7万円になります。2019年9月頃に日本年金機構から書類が届くので、必要事項を記入し返信してくださいね」

■「母亡き後、次女の面倒をみることはやっぱり難しいです」

それを聞いた長女は驚きを隠せない様子でした。

「そうなんですか。全然知りませんでした。給付金はずっともらえるものなんですか?」
「はい。ご次女は障害基礎年金が一生支給される方なので、給付金もセットで一生もらえます。年金と給付金は景気の変動などで多少増えたり減ったりしますが、月額7万円をもらえるものとして試算したいと思います」

支出に関しては、ご家族と話し合った結果、基本生活費として月額10万円、住居費(固定資産税など)は月額換算で8000円としました。

「収入は月7万円、支出は月10万8000円で、赤字は3万8000円です。お母様亡き後、ご次女が24年生きると仮定した場合の不足額は、3万8000円×12カ月×24年=約1100万円になります。急な入院やリフォームなどの一時的な支出がかかってしまったとしても、貯蓄の範囲内に収まる可能性が高いといえそうです」

「そうなんですね。お金についてはそれほど心配する必要はなさそうですね。でも、母亡き後、次女の面倒をみることはやっぱり難しいと思います……」

■家族はいったい誰に頼ればいいのか

確かに長女にすべてを背負わせるのはあまり現実的ではありません。

しかし、だからといってこのまま何も準備をしなければ、結局は長女に多くの事をお願いすることになってしまうでしょう。そこで筆者はある提案をしました。

写真=iStock.com/virojt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/virojt

「まずは障害者総合支援法による障害福祉サービスを検討してみましょう。障害者総合支援法では、障害者の日常生活および社会生活を総合的に支援することが定められています。この法律により、障害者の地域生活と就労を進め、自立を支援するためにさまざまな障害福祉サービスが用意されています。費用は原則かかった費用の1割または無料です。世帯の所得等によって負担金額の上限があったり、自治体によってはさらに独自の費用負担をしてくれたりすることもあります」

「そのようなものがあるのですね。一体どこに相談に行けばよいのでしょうか?」

「まずは市区町村役場の障害福祉課(地域によって名称は多少異なる)に相談してください。相談はご次女本人も同席することになります。なお、相談に行く前には必ず電話で予約を取ってくださいね」

「はい。わかりました。相談は母と一緒に行きたいと思います」

ある程度先が見通せるようになったためか、長女の表情は幾分すっきりとしたように感じられました。

■次女は「今からまた働きたいです」とぽつりとつぶやいた

市役所へは母親が電話をし、相談の予約を取りました。

しかし相談数日前になってどうしても長女が同席できなくなってしまいました。母親は「役所は怖い。一人では不安」と言って心配そうにしていたため、母親と長女のたっての希望で筆者が同席することになりました。

市役所での相談当日。母親が中心となって次のようなことを話しました。

・次女の生い立ち
・次女の生活能力やコミュニケーション能力
・母亡き後も自宅で過ごしたいこと
・一人暮らしを想定した場合どのようなことで困りそうか?

長い話になりましたが、女性の担当者はそれらを丁寧に聞き取ってくれました。その後、担当者から次の相談先である相談支援センターの紹介を受け、その日の面談は終了となりました。

写真=iStock.com/Alife
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alife

帰ろうと皆が片づけをしている最中、次女が何かまだ言いたそうにもじもじしていました。

気になった母親が発言を促すと、次女は小さな声で「今からまた働きたいです」とぽつりとつぶやきました。

■「お金はたくさん稼げなくていいんです」

「えっ?」その場にいた全員がびっくりしてしまいました。

これには担当者も驚きを隠せない様子でした。

「ご本人は50代半ばですし、今から仕事をするのは大変だと思います。それに職場でまた人間関係のトラブルになるリスクもあります。ひきこもり状態を解消したいのであれば、レクリエーションなどができるデイサービスを利用するのはどうでしょうか?」

しかし次女の決意は固いようです。

「デイサービスではなく仕事をしたい。お金はたくさん稼げなくていいんです。自分の能力でできる仕事がしたいです」

そこで筆者は担当者に聞いてみました。

「実際のところ、50代だと仕事を探すのは厳しいでしょうか?」

母親も続きました。

「できるだけ次女の希望をかなえてあげたいと思っているんです。仕事の相談にのってくださるところはありませんか?」

■数週間後、長女から届いたメールの内容とは

担当者は黙ってしばらく考えた後、こうアドバイスしました。

「まずは先ほどご紹介した相談支援センターで相談をしてみてください。そこで仕事のお話も聞いてくれることでしょう。相談に行く前には必ず電話で予約を取ってください」

次は相談支援センターに行く、ということを再度確認し、その日の面談は終了しました。

市役所での相談から数週間後。長女からメールが届きました。

そこには次のようなことが書かれていました。相談支援センターへは母、次女、長女の3人で行ったこと。初回の相談では次女の希望などをじっくり聞いてもらったことに加え、長女の不安や心配なこともしっかりと聞いてくれたこと。2回目の相談で次女が障害福祉サービス利用契約書に署名をしたこと。その後は次女と担当者で面談を重ね、一緒に職場や母亡き後の支援先の候補を探すことになったこと、など。

家族が動き出したことで、物事が着々と進んでいる様子が伝わってきました。メールの最後には次のようなことが書かれていました。

「母亡き後、次女の人生すべてを私が一人で背負わなければならないのか? というプレッシャーがありました。それがものすごく負担で気持ちもずいぶんと落ち込んでしまいました。でも、自分一人で全部を背負わなくてもいいことがわかり、気持ちがだいぶ楽になりました。思い切って相談に行ってよかったです。いろいろと相談にのっていただいたり、市役所の相談に同席までしていただいたり、どうもありがとうございました」

先が見通せない不安で暗くなっていた長女の心にも、一条の光が照らされたように感じられました。

写真=iStock.com/ALXR
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ALXR

■兄弟姉妹におんぶにだっこはあまり現実的ではない

ひきこもりのお子さんの兄弟姉妹にも家庭や生活があります。親亡き後のサポートすべてを兄弟姉妹にお願いすることはあまり現実的ではないでしょう。しかし、だからといって親亡き後のことについて何も準備をしないのも好ましくありません。

支援者がサポートできること。兄弟姉妹がサポートできること。それぞれのバランスをうまくとりながら親亡き後の生活を支えていく。そのような考え方で親亡き後の準備をしていくことが大切ではないかと思っています。

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浜田 裕也(はまだ・ゆうや)
社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー
平成23年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本『第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え』を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことからひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりのお子さんをもつご家族のご相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりのお子さんに限らず、障がいをお持ちのお子さん、ニートやフリータのお子さんをもつご家庭の生活設計のご相談を受ける『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。

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(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也)

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