国にだまされ日本に売られたブータン人の悲劇

プレジデントオンライン / 2019年9月27日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/krblokhin

多額の借金を背負い入国した留学生たちの違法就労が発覚し、入管当局から帰国を求められるケースが増えている。彼らはどうやって厳しいビザ審査をパスしているのか。ジャーナリストの出井康博氏が、帰国が相次ぐブータン人留学生の実情をリポートする――。(前編、全2回)

■“偽装留学生”が強制送還される中……

在留資格を取り消され、日本から強制退去となる外国人が増えている。法務省出入国在留管理庁によれば、2018年の在留資格取り消し件数は832件に達し、過去最高だった17年の385件から2倍以上に急増した。国籍別では「ベトナム」が416件、在留資格別では「留学」が412件に上り、ともに全体の約半数を占める。

在留資格は、ビザで認められた活動をせず日本に留まっていることが入管当局に見つかった場合、取り消しとなる。例えば、留学ビザで入国した外国人が学校を退学や除籍となった後、アルバイトをしているケースなどが該当する。

近年、出稼ぎ目的で、多額の借金を背負い入国する“偽装留学生”がアジアの新興国から大量に流入した。その最大の送り出し国がベトナムである。学費が払えなくなったり、また自ら学費の支払いを逃れ働こうとして、留学先の学校から失踪する留学生は少なくない。そんな元留学生が摘発され、強制送還となることが増えている。

このニュースは大手紙が揃って報じた。その一方で、資格取り消し以外にも、母国への帰国を余儀なくされる留学生が続出している実態について、新聞やテレビでは全く伝えられない。

■ビザ更新を拒まれたブータン人留学生のダワ君

留学ビザは、半年から1年程度で更新する必要がある。その際、留学生のアルバイトとして認められた「週28時間以内」を超える違法就労を入管当局に指摘され、ビザが更新不許可となる留学生が急増している。当局が違法就労への監視を強めている影響だ。

撮影=出井康博
失効して穴の開けられたダワ君(仮名)の在留カード - 撮影=出井康博

違法就労した留学生たちにも罪はある。しかし、「週28時間以内」のアルバイトでは留学生活を送れないと分かって彼らを受け入れ、都合よく利用してきた日本側の責任が問われることはない。

9月12日、1人のブータン人留学生が成田空港から日本を離れた。約2年前の2017年10月、日本語学校へ留学するため来日し、今年4月からは千葉市内の専門学校に在籍していたダワ君(仮名・20代)だ。彼も「週28時間以内」を超えて働いていたため、留学ビザが更新されなかった。こうして帰国に追い込まれるブータン人留学生が、最近になってとりわけ目立つ。

なぜ「ブータン人」なのか。ブータン人留学生問題について少し説明しておこう。

■「幸せの国」なのに若い失業者が溢(あふ)れている

ブータンは「幸せの国」として知られる。しかし、失業が社会問題となっていて、大学を出ても職に就けない若者で溢れている。そうした若者の失業対策として、ブータン政府は2017年に日本への留学生送り出しを始めた。

「日本で日本語学校を卒業すれば、大学院への進学や就職が簡単にできる」

そんな宣伝に惹(ひ)かれ、「学び・稼ぐプログラム」(The Learn and Earn Program)と名付けられた制度に若者が殺到した。ブータンは人口わずか80万弱の小国だが、17年からの1年間で700人以上の若者が日本へ留学していく。

「学び・稼ぐプログラム」にはモデルがある。ベトナムなどで2010年代前半から巻き起きた日本への“留学”を装った「出稼ぎブーム」だ。そのモデルがブータンにまで広まった。

ただし、同プログラムで来日したブータン人には、ベトナムなどの“偽装留学生”とは違いがある。“偽装留学生”の目的は、勉強よりも出稼ぎだ。それがブータン人に限っては、日本で勉強とアルバイトが両立でき、大学院への進学や就職も叶うと信じ来日していた。自国での情報が乏しいため、ブータン政府や留学斡旋(あっせん)業者による宣伝を鵜呑(うの)みにしてしまった。

“偽装留学生”が出稼ぎ目的の「確信犯」であるのに対し、ブータン人留学生の場合は、国に騙(だま)されて来日した「被害者」なのである。

■父親の月収を“3倍”にでっち上げ

一方でブータン人留学生も“偽装留学生”と同様、日本への留学費用を借金に頼っていた。その額は、日本語学校の初年度の学費や業者への手数料で70万ニュルタム(当時のレートで約120万円)に上る。為替の関係で現在は105万円程度だが、ブータン人の収入はエリート公務員でも20代で月3万円ほどにすぎない。

借金の貸し付けはブータンの政府系金融機関が年利8パーセントで行ない、5年間で完済するスキームだった。つまり、留学中も月々2万円以上を返済する必要があった。

日本の留学ビザ取得には、母国の家族などからの仕送りを受け、アルバイトなしで留学生活を送れる経費支弁能力の証明が求められる。ビザを審査する日本側の入管当局に対し、親の年収や銀行預金残高の証明書を提出しなければならないのだ。基準となる金額は明らかになっていないが、年収や預金がそれぞれ200万円前後は要る。

撮影=出井康博
ブータンの留学斡旋業者が捏造した父親の収入証明書 - 撮影=出井康博

大半のブータン人にはクリアできないハードルだ。政府系企業に勤めるダワ君の父親の月収も5万円に満たず、留学ビザ取得には足りない。そこで留学斡旋業者が書類を捏造(ねつぞう)した。書類に載った月収は「9万7045ニュルタム」(当時のレートで約16万円)と、実際の約3倍になっている。書類には父親の会社の担当者のサインもあって、正式に発行されたようにも映る。ただ、収入額だけがでっち上げなのだ。

■日本語学校や入管当局、在外公館も「共犯」

こうした書類は、ベトナムなどでは留学斡旋業者が行政機関や銀行の担当者に賄賂を払ってつくる。書類の数字はでっち上げでも、公的機関から正式に発行されたものなので“本物”だ。ブータンでも同じやり方が取られたのか、業者が捏造したのかは分からない。

ブータンで留学生の送り出しを独占的に担ったのは、日本人妻を持つブータン人男性が経営する「ブータン・エンプロイメント・オーバーシーズ」(BEO)という斡旋業者だ。筆者はBEO経営者に以前取材したことがあるが、捏造の有無については回答を避け、「『学び・稼ぐプログラム』の留学生には書類の必要性が免除されている」と述べていた。

しかし私は、ダワ君以外にも複数のブータン人留学生から、でっち上げの数字が記された書類のコピーを入手している。本当に書類が免除されているなら、わざわざこんな書類を準備する必要もない。

書類は業者から留学先となる日本語学校へと送られた後、学校が入管当局にビザ申請する際に提出する。そして入管と在外公館の審査を経て、ビザが発給されるという流れである。

ブータンの賃金水準を多少でも分かっていれば、捏造を見破ることは簡単だ。しかし、日本語学校、入管当局、在外公館が揃って捏造を見逃し、ブータン人たちにビザが発給されてきた。日本側もブータンの業者らと「共犯関係」にあるわけだ。

その結果、留学生たちは日本で不幸のどん底に突き落とされる。借金返済と翌年分の学費の支払いのため、勉強そっちのけで徹夜の肉体労働に明け暮れる日が待っていたのだ。

■日本への留学生派遣が政界スキャンダルに

将来を悲観し、ある青年は自ら命を絶った。また、病に倒れ、1年にわたって昏睡状態の続く女子留学生もいる。借金を抱えたままブータンに帰国した留学生も多いが、現地に仕事はない。返済の目処も立たず、彼らの人生は台無しである。

ブータンは今夏、秋篠宮一家の訪問先として話題になった。一方で同じ頃、ブータンでは日本が別の意味で注目を集めていた。「学び・稼ぐプログラム」に絡むスキャンダルが、連日のように現地メディアで報じられていたのだ。

帰国した留学生や親たちがプログラムの責任追及に乗り出した結果、7月末にはBEOの経営者らが王立ブータン警察に逮捕された。逮捕容疑は書類偽造である。さらに8月下旬、同国検察当局が、BEOとともにプログラムを主導したブータン労働人材省の局長を起訴した。BEOに対し、海外への労働者派遣の免許を不正に与えたことに加え、インドへの労働者の送り出しに絡む汚職まで指摘されてのことだ。

同時に前労働人材大臣と家族も起訴されるなど、日本などへの労働者送り出しは、政官の大物を巻き込む一大スキャンダルとなっている。まさに国際問題に発展しているというのに、日本のメディアは全く報じていない。

■30人のブータン人留学生、残ったのは……

ダワ君の留学先となった千葉県内の日本語学校には、彼と同じ2017年10月に約30人のブータン人留学生が入学した。皆、今年3月に卒業したが、日本に残ったのはたった6人にすぎない。

1人は就職し、5人が進学した。5人が特別に優秀だったわけではなく、進学先の専門学校などに払う学費を準備できただけのことだ。

専門学校や大学への進学には日本語能力試験「N2」合格が目安となる。しかしN2はおろか、その下の「N3」に合格した者すら、約30人いるブータン人のうち2人しかいなかった。夜勤のアルバイトに追われ、とても勉強できる環境ではなかったからだ。

日本語能力がなくても、学費さえ払えれば進学先は見つかる。進学した5人のうち、3人は東京福祉大学に入学した。同大は留学生向けに設置した「学部研究生」と呼ばれる非正規の1年コースで、過去1年間に約700人もの学生が「所在不明」となっていたことが今年3月に発覚し、テレビや新聞、また国会でも問題となった。3人のブータン人留学生が進学したのもこのコースである。

ダワ君ら残りの2人は、千葉市内にある上野法科ビジネス専門学校へ進学した。日本語の筆記試験は一応あった。ただし、形ばかりのものだった疑いが強い。

■学費のために週6~7日で夜勤を続けた末

ダワ君が入学した「情報ビジネス学科」は6クラスある。同じクラスの26人の学生はすべて留学生だった。半数以上がネパール出身で、他のクラスメイトの国籍もベトナムやウズベキスタンなど、“偽装留学生”の送り出しが疑われる国ばかりだ。他の5クラスにも、日本人の学生がいる気配はなかった。

しばらくすると、ネパール人留学生の1人が学校から姿を消した。「所在不明」となった可能性が高い。続いてベトナム人女子留学生がビザを更新できず、日本から離れていった。そしてダワ君自身も7月中旬、入管当局でビザ更新が拒まれ、ブータンへ帰国するよう告げられた。「週28時間以内」を大幅に超える違法就労が発覚してしまったのだ。

確かに彼は、日本語学校当時から週6~7日の夜勤を続けていた。弁当工場や宅配便の仕分け現場などをかけ持ちしてのことだ。しかし、違法就労していなければ、進学先の学校に支払う学費は工面できなかった。

■約4カ月の在籍なのに、残りの学費は返還されず

上野法科ビジネス専門学校には、入学前に初年度の学費65万円を収めた。留学生に限って「奨学金制度」が設けられていて、日本人より30万円も安い。その学費の支払いについてダワ君は面接で尋ねられた際、「私とお父さんが半分ずつ払います」とうそをついた。それで入学は許可されたが、父親に学費を支払う経済力などないことを、学校側が気付かなかったとは思えない。

ダワ君の留学ビザ更新が不許可となると、上野法科ビジネス専門学校は早く帰国するよう促してきた。学校側は自らの留学生が「所在不明」となることを恐れる。入管当局や、所轄庁である県に睨(にら)まれ、今後の留学生受け入れに影響しかねないからだ。

ダワ君には、ブータンで背負った借金が60万円以上も残っていた。それでも学校から逃げ、不法残留して働くつもりもなかった。ただ、せめて入学前に支払った学費の一部を返してもらいたかった。学校には4カ月ほどしか在籍していない。しかし、学校は返還に応じようとはしなかった。(続く)

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出井 康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)近著に『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)がある。

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(ジャーナリスト 出井 康博)

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