JR東日本社長が「基本に立ち返る時」に読む一冊
プレジデントオンライン / 2019年10月8日 9時15分
▼業界と会社の10年後を見通す経営書
基本に立ち返るときに読む本には「わかりやすさ」も大事です
■自立には「きびしさが必要」
1987(昭和62)年、国鉄が分割・民営化されたときの哲学は「自主自立」でした。私が松下幸之助『道をひらく』(PHP研究所)を読んだのは、国鉄がJRに変わった後のことです。そこでは「自主自立」について、「獅子はわが子をわざと谷底につきおとす」というたとえを使って、「自立するためには『きびしさ』が必要なのだ」と述べられており、深く感銘を受けました。
『道をひらく』では、私たち経営者にとって基本中の基本ともいうべき、心の持ち方や物の考え方について、1テーマごとに平易な言葉で書かれています。読み直すと、いつも何かしら心に響いてくる言葉があります。
人はつい易きに流れるもので、しなくてはいけない決断も先延ばしにしたりします。
『道をひらく』には、そうしたありがちな人の態度について「あれこれとまどい、思い悩んでも、とまどい悩むだけではただ立ちすくむだけ」「進むもよし、とどまるもよし。要はまず断を下すことである」と戒める言葉もあれば、「志を立てよう」と、高い志をもって人生を切り拓いていくことを勧める言葉もあります。
今の時代はデジタル化が進み、今のビジネスがこの先も存在しているのかどうか、わからない世の中になっています。ただそうしたときも、最後には心の持ち方、物事の考え方という「基本」が何よりも大切だと感じます。私にとって『道をひらく』は、悩んだときに基本に立ち返るための本です。
物事の基本を学ぶうえでは、わかりやすい入門書が役立ちます。
岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(新潮文庫)のような、小説仕立ての入門書もいいですし、羽賀翔一『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)のように、名作を基に描かれたコミックスもお勧めできます。
▼新たな視点で世界をとらえる歴史書
東北勤務で初めて知った「賊軍」旧会津藩士の過酷な運命
■歴史の光と影を実感
日本最初の鉄道は1872(明治5)年に新橋・横浜間で開通しました。大政奉還からわずか5年後のことです。以後、日本では鉄道中心の街づくりが進むことになります。
それにともない、当初は輸入していた車両を国産化し、線路や車両のメンテナンスのレベルも高くなりました。それは明治の先人たちが、日本の鉄道を自分たちの手でつくっていったおかげです。鉄道の歴史には技術を学ぼうという強い意欲、大胆な発想、そして日本という国を発展させていこうという高い志がありました。その延長線上に今の私たちはあるのです。
しかし歴史には光だけではなく影もあります。歴史における「敗者」の存在にも目配りしなければならないと痛感したのは、JR東日本の仙台支社に勤務していたころのことです。
仙台支社には土地柄、福島県の旧会津藩出身の社員も多くいました。その人たちから折々に聞かされたのが、戊辰戦争で明治政府軍と戦った会津藩の矜持と、藩士たちがその後にたどった過酷な運命のことです。その後、活字になっているものはないかと探して読んだのが、石光真人『ある明治人の記録』(中公新書)です。
主人公の柴五郎は会津の武家の生まれで、戊辰戦争では祖母、母、姉、さらには7歳の妹まで亡くしています。柴自身も故郷を追われ、父とともに旧会津藩主が明治政府から与えられた下北半島の領地に移住し、雪に閉ざされた荒野で餓死寸前の悲惨な生活を体験します。そして必死の思いで東京に出て、食うや食わずの生活を続けながら、陸軍幼年学校の入学試験を突破し、軍人の道を歩み始めるのです。
■国や会社で大事なのは人材
私は『坂の上の雲』(文春文庫)など、司馬遼太郎の描く幕末から明治の物語が好きでしたが、この時代には華やかで前向きな文明開化の一方で、あまり知られていない暗い一面もあったのです。
ただ柴は、「賊軍」だった旧会津藩士でありながら、新政府の下で最後は陸軍大将にまで栄達しています。明治政府には彼らを出世させる公平な仕組みがあったのです。歴史にはいろいろな側面があり、それが互いに影響し合いながらダイナミックに動いているのだと感じさせられます。
本書を読んで改めて感じるのは、人材の重要性です。日本は第2次大戦で敗戦しましたが、比較的短い期間で復興を遂げました。それは教育レベルが高く、優秀な人材が大勢いたからでしょう。国も会社も大事なのは人の力です。
1987年の国鉄改革のときには、人員配置のバランスをとるために、多くの職員を自治体や企業に送り出しました。その方々の多くは、転出先で国鉄時代以上に活躍したと聞いています。国鉄にはそれだけ多くの優秀な人材がそろっていたのです。
一方で、それだけの人材を持ちながら国鉄が組織としてうまくいっていなかったことは、逆に組織にとってマネジメントがいかに大事かを教えてくれます。
▼自らの原点を深く認識する哲学書
独自の文明圏である日本で、私たちが生き方の手本にしているもの
■「義」や「仁」について
新渡戸稲造『武士道』は歴史の教科書にも出てきますから、多くの人がご存じだと思います。ここでは山本博文訳『現代語訳 武士道』(ちくま新書)をご紹介します。
「哲学とは、論理に則って考えていくこと」とすれば、『武士道』は哲学書とはいえないかもしれません。しかし武士道は私たち日本人の生き方の1つのベースであり、私たちの中に脈々と息づくフィロソフィです。アメリカの政治学者サミュエル・ハンチントンは1996年の『文明の衝突』(集英社)において、日本の文化を中国文明から独立した1つの特殊な「文明」として扱いましたが、『武士道』を読むと、「まさしくそうなのだろうな」と実感できます。
新渡戸稲造は本書の中で「義」について、「侍にとって、卑怯な行動や不正な行為ほど恥ずべきものはない」とし、赤穂浪士の仇討ちの例を引き、「『義士』という称号は、学問や芸術の熟達を意味するどのような称号よりも優れたものと考えられた」としています。
一方「仁」とは、愛情、寛容、同情、憐れみの心といった母性的な感情であり、その例として、源平の須磨の浦の戦いで、当代一の猛将として知られた熊谷直実が、その日初陣を迎えた自分の子と同年代の平敦盛を討ち取らずに逃がそうとし、敦盛は逆に討ち取られることを望み、直実は涙ながらに敦盛の首を切ったという、『平家物語』にも登場する有名な場面を引用しています。
東日本大震災では、災害時にあっても変わらない日本人の規律正しさが注目されました。それは私たちにとって誇らしいことであり、本書で描かれている「義」「礼」「仁」などの精神も、引き継いでいかなければならない大切な伝統だと感じます。
■英語で書かれた意味
もう1つ『武士道』に驚くのは、この本が英語で書かれたものだったということです。明治時代には、ハンチントンによれば独自性の強い日本文明について、世界に向けて発信していた人がいたのです。
日本人は自分の考えをアピールすることが不得意で、外国人を相手にするときも、暗黙のうちに相手がわかってくれると思いがちです。実際はそうはいきません。
JR東日本は今、インド初の高速鉄道プロジェクトの推進役を務めています。私も何度も現地に飛んで、先方の政府の人たちと協議していますが、インドはまさに異文化そのもの。こういう場では、自分の考えや立場をきちんと言葉にして伝えていかなくてはいけないと実感しています。
一方であらゆる事業のベースは、人と人との信頼です。異なる文化を持つ人々とどうやって信頼関係を築いていくかが、事業を成功させるうえで決定的に重要になってきます。
JR東日本では技能実習制度を利用して、アジアから鉄道関係の研修生を受け入れています。アジア各国では、車社会への移行で都市に様々な問題が発生していますが、鉄道の敷設はそうした課題の解決に非常に有効で、私たちは必ず「Win-Win」の関係を築いていけると信じています。
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JR東日本 社長
1954年、北海道生まれ。東京大学法学部を卒業後、日本国有鉄道(国鉄)に入社。2006年東日本旅客鉄道(JR東日本)取締役。常務、副社長を経て18年から現職。
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(JR東日本 社長 深澤 祐二 構成=久保田正志 撮影=永井 浩 写真=読売新聞/AFLO、毎日新聞社/AFLO)
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