日本人が「次の国際テロ」を予測して避ける方法
プレジデントオンライン / 2019年10月3日 6時15分
2019年4月、スリランカの同時多発テロで徹底的に破壊された、西南部の都市ネゴンボの聖セバスティアン教会。事件の前、スリランカ情報当局はインド当局から、スリランカの過激派がインド南部のIS系組織と関係を構築したとの情報を得ていた。(2019年4月22日) - 写真=ロイター/アフロ
■イスラム過激派は「9.11以後」に1.8倍に増加
9.11同時多発テロから20年の歳月が流れようとしている。この間に、世界のテロ情勢は大きく変化した。
アルカイダの台頭(厳密には1988年だが)、アフガニスタン戦争、イラク戦争、いわゆるホームグローンテロの台頭、アルカイダの拡散、オサマ・ビンラディンの殺害、イスラム国(IS)の誕生、ISの領域支配の崩壊などと情勢は変化し、そして、最近になって次世代のアルカイダを担うとされたハムザ・ビンラディンの死亡が報道された。一方、近年ではこのようなイスラム過激派と同じように、暴力的な白人至上主義のグローバル化という脅威が大きな問題となっている。
現在、国際的なテロの脅威は、米中対立や北朝鮮ほど日本国内では大きな話題になっておらず、ISの最盛期のように、テロが世界で猛威を振るっているわけではない。しかし、それが何か不気味な形で残っていることは確かである。
例えば、米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は去年11月、アルカイダやISなどの戦闘員は、今なお中東やアフリカ、南アジア、東南アジアなど各地に合計で10万~23万人存在し、国別では、シリアが4万3650人~7万550人と最も多く、アフガニスタンに2万7000人~6万4060人、パキスタンに1万7900人~3万9540人、イラクに1万~1万5000人、ナイジェリアに3450人~6900人いると発表した。また、そのようなイスラム過激派は世界に67組織存在し、9.11テロが発生した2001年から約1.8倍に増えていると警鐘を鳴らした。
■日本人は断続的にテロの被害に遭っている
海外に進出する日系企業と在留邦人の数が増加の一途を辿る中、日本人も繰り返しテロの被害に遭ってきた。アルジェリア・イナメナス天然ガス関連施設襲撃テロ(2013年1月、邦人10名死亡)、チュニジア・バルドー博物館襲撃テロ(2015年3月、邦人3人死亡)、バングラデシュ・ダッカレストラン襲撃テロ(2016年7月、邦人7人死亡)、スリランカ同時多発テロ(2019年4月、邦人1人死亡)など、断続的な被害が続いている。
さらに、スリランカ同時多発テロ後に、交通機関の混乱だけでなく、非常事態宣言や夜間外出禁止令の発令、インターネットの一時的遮断、宗教対立の激化などが生じたように、テロによって現地邦人の早期帰国や避難、現地での日常生活などに影響が出る、いわゆる“二次的被害”に巻き込まれる場合もある。テロによって身体的な被害を遭う以上に、その後の社会混乱に巻き込まれる可能性の方が、むしろ圧倒的に高いともいえる。
現在、筆者は、アルカイダやイスラム国が実際の組織として以上に、暴力的な過激思想として機能し、その影響や刺激を受ける組織や個人が、依然として世界各地に存在することを危惧している。スリランカの事件も証明するように、ネットなどで拡散する暴力的な過激思想に、誰が影響や刺激を受け、いつどこでそれがテロという形で現れても決して不思議ではない。まさに、デジタルテロの時代における地政学リスクともいえる。
このような状況では、今後も、日系企業や邦人がテロに巻き込まれるリスクがある。いかにそのリスクを回避するかが重要となるが、そもそもテロを事前に予測することは可能なのか。多くの方は不可能だと思うかも知れないが、筆者は完全に不可能だとは考えていない。以下、世の中で発生する暴力別に、その予測可能性について探ってみたい。
■予測不可能な犯罪、ほぼ予測可能な国家間戦争
まず、どこの国でも発生するスリや置き引き、強盗や殺人などの犯罪だが、これらはほぼ予測不可能なかたちで発生している。何らかの理由で警察が監視対象にしているような人物による犯罪であれば、警察からの注意喚起などによって発生の恐れは予測できるかも知れないが、軽犯罪を中心にその多くは予測できない。日常的に起こる犯罪の実行犯たちは、事件の事前にマニフェストをネット上に流したり、事件後に犯行声明を出したりすることはほぼない。社会に住む我々も、誰がどんな行動を明日取るかは知りようがない。
一方、現在のアメリカとイランの対立によるホルムズ危機、2017年の北朝鮮危機など、国家間の緊張や衝突、戦争はほぼ事前に予測できる。2017年、トランプ政権と北朝鮮による罵り合いによって緊張が高まった時、日本国内では国民保護や在韓邦人の避難が大きな議論となった。また、ホルムズ危機の高まりによって、国内でも自衛隊が米主導の有志連合に参加するべきかどうか、いかに日本のエネルギー安全保障を守るかなどが、実際に事態が発生するより先に議論されている。
インターネットやSNSの普及、人工衛星の発達などによって、各国がどのようなミサイル開発や軍事実験を行っているかを、事前に察知することは容易になっている。国家間の衝突や戦争という暴力においては、突発的に発生するケースもあるだろうが、その前兆を把握することは難しくない。
■組織的テロにはそれなりの前兆がある
では、テロはどれほど予測できるものか。先に結論をいうと、「犯罪以上、戦争以下」ということになる。東京五輪でも懸念されている一匹狼的なテロは、犯罪と同じくほぼ予測不可能だが、組織的なテロについては前兆を把握することは可能だ。これについて、いくつか過去の事例を見ながら、そのとき観察できた前兆を挙げてみたい。
まず、バングラデシュの事例だ。2016年7月のダッカレストラン襲撃テロは日本国内にも大きな衝撃を与えたが、実はその前年から、バングラ国内ではIS関連グループによるテロ事件が連続して発生するなど、ダッカを中心に情勢が急速に悪化していた。
米国務省発表のテロ統計によると、2014年にバングラ国内で発生したテロ事件は124件で、死亡者と負傷者がそれぞれ30人、107人だったが、2015年にはそれぞれ、459件(約4倍)、75人(2倍以上)、691人(約7倍)と大幅に増加していた。メディアでも2015年以降、バングラ国内で発生し、IS関連グループが犯行声明を出す事件がたびたび報道されていた。
また、2019年7月23日、ダッカ市内にある交差点2カ所で爆発物が発見された。その後「イスラム国のベンガル州(IS Bengal affiliate)」を名乗る組織が、警察を狙うためにIS戦闘員が爆発物を備え付けたとする犯行声明を出した。ダッカ市内では、2019年4月下旬にグルスタン地区(Gulistan)で爆弾が爆発して警官3人が負傷し、5月にもマリバグ(Malibagh)地区で警官1人を含む3人が負傷する事件があったが、両事件でもISのベンガル州が犯行声明を出している。
バングラデシュでは、ダッカレストラン襲撃テロ直後から軍・警察による掃討作戦が各地で強化され、関係者100人あまりが殺害、数百人が拘束され、それ以降は、最近までIS関連で目立った活動は報告されていなかった。それがここに来て、警察をターゲットとしたテロが続発しているということになる。
こうした「テロの件数が急増している」「警察を狙ったテロが続発している」という情報を事前に入手しておけば、「欧米諸国の大使館の周辺に長居しない」「軍・警察関連施設などに近づかない」などの工夫をして、テロに巻き込まれるリスクを自ら減らすことはできる。また基本的に、テロリストは自らの政治的目的を達成するため、社会に恐怖心や不安を蔓延させようとするので、犯行予告や犯行声明などを社会に向けて発信する。それらの情報を入手することでも、テロの前兆を把握することはできる。
■情報をおろそかにすると被害は大きくなる
また、日本人1人を含む258人が犠牲となった今年4月のスリランカ同時多発テロだが、スリランカ情報当局はインド当局から事前に、テロの可能性があるという情報を伝えられていた。同テロで主導的な役割を担ったザフラン・ハシム容疑者が、事件前にインド南部を訪れ、現地のIS系組織と関係を構築していたというのだ。
つまり、もしスリランカ当局がインドの情報の意味をきちんと受け止め、事前にテロ警戒情報を発信していれば、被害を少なくできた可能性が高い事件だったともいえる。
今後も各地で、組織的なテロが発生することだろう。テロを防止し、なくすことは国家にとって重要な政策であるが、完全なテロの抑止が不可能に近いことも事実である。よって、テロに巻き込まれないために最も重要なのは、テロ情報を入念にチェックし、事前にその前兆を把握することだ。
テロを完全に避けることは不可能だが、それを予測することは不可能ではない。
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オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学 非常勤講師
1982年生まれ。岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員、日本安全保障戦略研究所(SSRI)研究員、日本安全保障・危機管理学会主任研究員などを兼務。専門分野は国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論。2014年5月、日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞。共著に『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』(同文館)、『技術が変える戦争と平和』(芙蓉書房)など。
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(オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学 非常勤講師 和田 大樹)
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