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「ラグビーW杯を日本に呼んだ男」が貫いた信念

プレジデントオンライン / 2019年10月11日 18時15分

徳増 浩司(とくます・こうじ)/ラグビーW杯2019組織委員会 事務局長特別補佐。1952年生まれ。国際基督教大学卒。ウェールズのカーディフ教育大学でコーチングを学んだあと、茗溪学園中学校高等学校に赴任、現在アジアラグビー協会名誉会長(撮影=小野田陽一)

なぜラグビーワールドカップ(W杯)は日本で開かれることになったのか。それは今から16年前、ある男たちの働きかけからはじまった。発売中の『プレジデント』(10月18日号)の特別企画「ラグビーW杯日本招致 世界との交渉秘録 なぜ、史上初のアジア開催は実現したか」より、招致活動の中心となった徳増浩司氏のインタビューをお届けしよう——。

■月1回、「元気?」と電話する

国際大会の招致活動で最も大切なことは、投票権を持った人たちとの「関係づくり」だと思います。実際に投票行動をしてもらうためには、彼らの信頼を勝ち取り「この人の言うことなら信じて投票しよう」というレベルにまで持っていかなければなりません。これは一朝一夕にはできないことです。

招致活動にはガイドブックがあるわけでもなく、過去の前例などもほとんど知る機会がないので、手探りのスタートでした。そんな中で、私に最初のヒントを与えてくれたのはIRB(現ワールドラグビー)のCEOだったマイク・ミラー氏でした。

ミラーさんは「招致活動で大切なのは、人間関係を日常的にcultivate(耕しておく)ことだ」というアドバイスをしてくれました。ある日突然、いきなり頼んでも人は動いてくれない。月に1回は、何の用事がなくても「元気?」と電話をかけて関係づくりをしておくべきだということでした。私は彼のアドバイスに従って、主要協会の担当者に電話作戦を始めて、まずは自分の名前を覚えてもらうことからスタートしました。

海外でのロビー活動では、実際に先方と会って名刺を受け取ってもらうことからはじまって、次に会ったときは「ハイ、コウジ」とファーストネームで呼んでもらえるような親しい関係を築かなければなりません。パーティーや会食の場でも、いろいろな話題を持っていることが役に立ちます。ラグビーの話だけでなく、音楽やアート、ワインの話など、引き出しが広ければ広いほど共通の話題が見つかり、親近感が強くなります。

もうひとつ招致で大切なことは、「自分たちが相手のどう見られているか」ということです。招致団はどうしても、自分の言いたいことをアピールしがちですが、常に相手の視線や発想を意識しておくことが大切です。

2004年の秋にウェールズ協会の理事会でプレゼンテーションをしたあと、日本代表とウェールズが試合をしたのですが、98対0で完敗しました。夜になってウェールズのチェアマンとパブで飲んでいると、だんだん彼が饒舌(じょうぜつ)になり、「あのね。100点ゲームで負ける国にワールドカップが行くと思うかい」と言われました。これが彼の本音でした。

■「90%できた」では、海外で苦笑いされる

日本人は、奥ゆかしさから、物事をはっきりと断言しないことがありますが、これはロビイングでは百害あって一利なしです。以前、オリンピックの招致を担当していた外国人アドバイザーからも、日本の招致団は「セキュリティーは90%整っています」とプレゼンしていたけど、そういう時には「セキュリティーは完璧だ」と言い切るべきだとアドバイスしたとのことでした。

日本人的発想だと「90%」を「完璧」と言い切ってあとで何かあったら問題になるのではないだろうかと考えがちですが、粘り強く自信と熱意を持って堂々と主張しなければ、国際交渉では勝てないのです。

招致活動時に国内外から一番心配されたのは「スタジアムにお客が入るのか」ということでした。海外からならともかく、日本のラグビー関係者もこれを一番心配していました。しかし、私たち招致団は「スタジアムは必ず満員になります」と断言しました。はったりと言われるかもしれませんが、自信を持って言い切らないとネガティブ要因になり、票が入ってきません。いま、どのスタジアムも満員になっているのを見て「ほら、言ったとおりでしょ」と言いたいぐらいです(笑)。

招致に名乗りを上げている国の代表団は、理事国の幹部をつかまえては投票前夜のホテルのバーで深夜まで飲み交わしながら、相手の目をしっかり見据えて「明日は私の国に投票してください」と熱っぽく訴えます。私たちも負けずに深夜3時過ぎまでバーに残って訴え続けました。

■いかにストレートに意見を伝えられるか

招致活動では、私が20代のなかばに、ウェールズに滞在していた時の経験が役に立ちました。当時、経済的に余裕がなかったので、家や庭の掃除をすることを条件に、家賃無料で老夫婦の家の1部屋に住まわせてもらっていた時期があります。貧乏学生でしたから、私の寝起きしている2階の部屋にはテレビがありませんでした。

あるとき、ご夫婦が「コウジ、もし見たかったら一階のリビングで私たちと一緒にテレビを見に来てもいいよ」と言ってくれました。その日の夜、私はさっそくテレビを見ようと階段を下りて行くと、お二人が仲睦(むつ)まじくテレビを見ていました。私は、さすがにそこに入って行くことができず、そっと階段を上がって部屋へ戻りました。

3日ほどして、奥さんが「あなたは私たちとの生活がハッピーではないの?」と聞いてきました。「どうしてですか?」と聞き返したら、「だって、全然テレビを見に来ないじゃないの」と。私が事情を説明したら、「私たちは、もし来てほしくないのだったら最初から誘いません。来てもいいから声をかけたんですよ」とおっしゃったんです。この時に、英語では自分の考えをはっきり相手に伝えることが大切だということを学びました。

■日本の幼少期教育の弱点

32カ国からなるアジアラグビー協会(現アジアラグビー)の会議に出席したときのことです。誰かが意見を述べたり、提案をしたりすると、出席者は自分の意見をはっきり言います。たとえば、「I don’t agree with you.」(私は、あなたに賛成できません)と。

私たち日本人の多くは、そういう意見を人前で言われると、面子をつぶされて、感情的になりがちです。ところが、英語でのコミュニケーションでは相手の意見に反対しても、会議が終わるとすぐに一緒にビールを飲むことができます。つまり「相手の人格を否定しているのではなく、あくまでもあなたの意見に反対しているだけなのだ」と。それが英語圏の人たちの発想です。

しかし、アジアの国では、タイなども日本と似ていますが、人前であまりはっきり言うことをよしとしない文化を持つ国が多いですね。ですから、遠慮したり、我慢して、反対意見を言えずにいると、特に香港などの英国系の代表にどんどん議論の主導権を持っていかれてしまう。ひいては議論そのものに負けてしまうことになります。私たち日本人は小さい時からそういう教育を受けていないので、一番注意して取り組むべきことだと思います。

■「今日の試合はエンジョイできたか?」

私の人生観の基本になっているのは、「エンジョイ」という言葉です。ウェールズに留学し、大学ラグビー部でプレーしたときに、この言葉の本当の意味を知りました。

試合に負けたあと、落ち込みながらシャワーを浴びていると、チームメートが「今日の試合はエンジョイできたか?」と聞いてくるんです。私は、「負けた試合なのに、どうしてエンジョイできたと思うのだろう?」と不思議でした。

その後、いろいろな体験から彼らがいう「エンジョイ」とは、単に「楽しむ」という意味ではなく、「自ら全力を出し切る」ということであり、その結果、「充実感が得られたか」という問いになっているのだとわかるようになりました。

ウェールズのコーチの言葉が強く印象に残っています。

Enjoy every minute of your game.(試合の一瞬一瞬をエンジョイ=燃焼しろ)

招致開始から16年、日本で開催のラグビーワールドカップの一試合一試合を、一瞬一瞬を、日本の人たちが世界の仲間たちとエンジョイできることを願っています。

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徳増 浩司(とくます・こうじ)
ラグビーW杯2019組織委員会 事務局長特別補佐
1952年生まれ。74年国際基督教大学教養学部卒業。ウェールズのカーディフ教育大学でコーチングを学んだあと、80年茗溪学園中学校高等学校に赴任し、同高ラグビー部監督に。95年日本ラグビーフットボール協会へ。「ラグビーW杯2019」の招致事務局長を務めた。現在はラグビーワールドカップ2019組織委員会事務総長特別補佐、アジアラグビー名誉会長。

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(ラグビーW杯2019組織委員会 事務局長特別補佐 徳増 浩司 構成=樽谷 哲也)

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