公務員の給与増は結局ダメ職員を増やすだけだ

プレジデントオンライン / 2019年10月18日 6時15分

人事院の一宮なほみ総裁(左)から勧告を受け取る安倍晋三首相=2019年8月7日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■「民間の給与が上がっているから」という大義名分

またしても公務員の給与が引き上げられることが決まった。政府は10月11日に閣議を開いて、2019年度の国家公務員一般職の月給とボーナスを増額する給与法改正案を閣議決定した。8月の人事院勧告を受け入れ、月給を平均387円、ボーナスを0.05カ月分それぞれ増やす。公務員給与の増額は6年連続だ。

対象は国家公務員27万7000人だが、人事院勧告に沿って改定される地方公務員も含めると約330万人に影響する。財務省などの試算によると、引上げによって2019年度には国家公務員で約350億円、地方公務員で約680億円人件費が増えることになる。

人事院勧告は毎年8月に出されるが、目的は民間と国家公務員の給与水準を合わせること。スト権などが制限されている公務員自身が給与の増額を要求する術がないので、代わって人事院が民間並みを確保するよう給与改定額を決定、政府に対して「勧告」する仕組みになっている。第2次以降の安倍内閣ではこの勧告をほぼ完全に受け入れてきた。

つまり、公務員給与が増えるのは、民間の給与が上がっているから、というのが大義名分なのだが、本当だろうか。

■庶民感覚からずれている総裁談話

8月の人事院勧告で、人事院は次のような総裁談話を出した。

「本年4月分の月例給について、民間給与が国家公務員給与を平均387円(0.09%)上回る結果となりました。そのため、初任給及び若年層について俸給月額を引き上げることとしました。また、特別給(ボーナス)についても、民間事業所における昨年8月から本年7月までの直近1年間の支給割合が公務を上回ったことから、年間4.5月分に引き上げることとしました」

あくまで民間が上昇しているとしているのだが、このあたり、庶民感覚とは違う。給与が増えているのは大企業だけで、中小企業の働き手には賃上げの実感が乏しい。また、景気の先行きに不透明感が漂っていることもあり、大企業でも2019年夏のボーナスは前の年に比べて減額されているケースも少なくない。

人事院は4月の月給をベースに比較しているが、それ以降、急速に民間給与は減っていることが統計で明らかになっている。厚生労働省が10月8日に発表した「毎月勤労統計調査(速報)」によると、8月の「実質賃金」は前年比0.6%減少と、前年同月を8カ月連続で下回った。名目賃金に当たる「現金給与総額」も27万6296円と前年同月を0.2%下回り2カ月連続でマイナスとなった。日本経済新聞は「8月の実質賃金、前年比0.6%減 賞与の減少響く」と報じていた。

■「人材確保のため」は言い訳ではないか

この「毎月勤労統計調査」は今年の初めに発覚した「不正統計」で大きな問題になったもので、統計対象企業の入れ替えなどの影響が大きい。

その後、政府は、過去からの時系列の変化を見るには統計数字は不適切だとして、集計対象を共通の事業所だけにした「参考値」を公表してきた。何とか、給与が増えているということを数字で示したかったのだろう。

その「共通事業所」の現金給与総額は、政府が数字を公表した2017年8月以降、ずっとプラスが続いてきたのだが、ついに2019年7月には、このデータでも0.9%減とマイナスになった。どうやら、民間の給与は増加が止まり、再びマイナスになり始めているのだ。

それを横目に公務員給与引き上げを決めた人事院もさすがに後ろめたさを感じたのだろうか。「初任給及び若年層について俸給月額を引き上げることとしました」とし、30歳代半ばまでの月給は平均0.1%引き上げるものの、それ以上の年代では据え置くとしたのだ。人事院は「民間が若年層への配分を増やす中で、人材確保のために初任給などを引き上げた」と説明しているが、苦し紛れの言い訳だろう。

■有能な若手人材ほど「今の高い報酬」を求める

確かに、少子化による働き手の不足によって公務員でも若手の人材確保が難しくなっているのは事実だ。かつて、東京大学法学部を卒業したエリートは霞が関に就職するというのが当たり前だったが、今やトップ人材は官僚にならない。外資系のコンサルティング・ファームや金融機関などが就職先として人気だが、いずれも若いうちから高給が支払われる。また、霞が関の各省庁に就職しても、数年で辞めていく若手公務員が少なくない。期待と現実のギャップで2~3年で辞めるのならともかく、7~8年たってこれから働き盛りという年頃で辞めていく人が少なくない。中堅・若手の相次ぐ退職に各省庁は頭を悩ませている。

そのひとつの理由が、仕事量に給与が見合っていないことだと言われる。公務員の俸給制度は勤続年数に重点が置かれているため、若手の給与は低い。その代わり、基本的にクビになることはないし、将来にわたって収入が増えていくので「安定」しているというわけだ。だが、民間企業の間でも終身雇用が崩れつつある中で、将来にわたる安定を求め、「今は苦しくても将来は安泰だ」と考える若者は着実に減っている。とくに有能な人財ほど、将来よりも今の高い報酬に惹かれる。人手不足が深刻化する中で、霞が関は有能な若手人材の草刈り場になっている。

■雀の涙のような引き上げでは不十分

本当に人事院が、有能な若手人材の確保を狙うのならば、雀の涙のような賃金引上げで効果があると考えるのは不十分だろう。

実は、自民党の行政改革推進本部が、「公務員制度改革の徹底について」という意見書を2019年3月8日に出している。そこでは、2008年の公務員制度改革基本法に明記されながら、いまだに実現していない改革を早急に実行することを求めているのだが、その柱が、能力・実績主義の徹底による若手官僚の抜擢の仕組みの導入なのだ。

意見書には、①幹部職員に求められる役割を明確に示すこと、②民間からの幹部ポストへの登用の拡大、③抜擢人事に不可欠な「特例降任」の実施、④能力・実績主義の人事評価の徹底――が本来実行されるべき事として明記されている。そのうえで、「能力・実績主義を一層貫徹するために、給与制度の見直しこそ最重要課題である」と結論付けている。

要は、定年までの雇用を前提にした年功序列の賃金制度ではなく、優秀ならば若手でも幹部ポストに抜擢し、比較的高い給与を支払う給与制度に変えるべきだとしているのだ。ちなみに、降格が必要なのは、ポストによって定員が決められている公務員の場合、降格ができなければポストを空けることができず、若手や民間人を抜擢する事ができないのである。

■定年廃止、能力主義の人材配置が必要

与党である自民党ですら改革を求めている霞が関の人事制度だが、政府や霞が関はまったく耳を貸そうとしないのが現状だ。年功序列の給与制度は、一定以上の勤続年数がたち、ポストに就くようになると、一気に待遇が改善される。

霞が関で課長になれば1100万円から1400万円、局長級は1800万円から2000万円、事務次官ともなると2500万円から3000万円になるとされる。「公務員の給与は安い」と一般的に信じられているのは、現業職の現場や課長補佐以下の職員の給与である。今回の給与法改正は一般職の給与改定だが、幹部の給与もこれに連動して引き上げられることになる。

さらに、公務員の定年の引き上げもほぼ固まっている。現在60歳の定年を、段階的に65歳まで延長する方針だ。民間企業の場合、60歳の定年を機に再雇用となり、給与水準が大幅に引き下げられるのが一般的だが、公務員は60歳からはそれまでの7割程度とするとされている。「民間並み」などどこ吹く風なのだ。

定年が引き上げられ、高齢職員がポストに居座り続けることになれば、ますます若手に重要なポストは回ってこない。課長になるのが遅くなれば、当然、若手の給与は低いまま放置される。

いっその事、欧米のように定年自体を廃止してはどうか。そのうえで、年齢や勤続年数に関係のない能力主義の人材配置を行う。そうなれば若手の抜擢も可能になり、有能な人材を霞が関に集めることができるだろう。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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