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電力会社が手を出した通信事業がポシャッた訳

プレジデントオンライン / 2019年12月8日 9時15分

2006年、富士フイルムはヘルスケア予防領域に事業を拡大した。(時事=写真)

■「本業転換」を成功させるには

企業には、収益の核となる本業があります。しかし、本業はいつまでも続くとは限りません。事業にも、導入期→成長期→成熟期→衰退期というライフサイクルがあるからです。しかもそのサイクルは、技術の変化やグローバル化などを背景に、短くなっています。テレビを例に言えば、ブラウン管の時代は約100年続きましたが、その後に登場した液晶は、今後、有機ELへの代替が順調に進めば、10~20年ほどしかもたないかもしれません。

そこで重要になるのが、本業を変えること=「本業転換」です。例えば、富士フイルムや日清紡などは、写真フィルムや紡績という本業が衰退する中で、本業を転換することで会社の存続に成功しました。一方で、本業を転換できずに消滅した企業もあります。

本業転換は欧米企業でも見られます。例えば、かつてメインフレームで世界を制覇したIBMは、売り上げの大半をハードからソフト・サービス業に転換してきました。また、携帯電話で有名なノキアの前身は、製紙・長靴メーカーでした。そして現在は通信インフラの企業に変身しています。

欧米企業の場合は、M&Aや事業売却によって、本業をドラスチックに変えることができます。それに比べると、日本企業の本業転換は難しいと言われています。まず、雇用慣行の違いがあります。最近は崩れつつありますが、長く続いた終身雇用の影響もあり、中堅社員の「就社」意識はいまだ強く、事業売却で他の会社に売られることを嫌がる人が少なくありません。また事業売却するにしても、売却しやすいような、自己完結型の組織になっていない場合もあります。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/themacx)

さらに製造業の場合、設備投資の費用(サンクコスト=埋没費用)を回収できていない事業からは撤退しづらい、という意識があります。サンクコストは本来、回収不能な費用なので、次の意思決定には影響を与えないのが原則です。ところが日本企業では、経営判断のための管理会計よりも、外向けの財務会計を重視するため、減損が出てしまうことを嫌がる傾向があります。結果、投資が回収できるまで事業を続け、赤字を出し続けることになります。

重要なのは、本業が成熟期や衰退期に入ったことを経営者が認識しているかどうかです。これには、本当に気づいていないか、気づいていてもできないか、の2パターンが考えられます。

気づいていない例として、指標を正しく見ていない場合があります。例えば造船業の場合、5年くらい先の受注を見ていれば、衰退期に入るのはすぐにわかったはずですが、その時点の売り上げ、操業度、利益などを見て、誤った判断をしてしまった可能性があります。あるいは、ワンマン体質の企業では、部下がトップに悪い数字を上げてこないために、気づかなかったということもあります。

■本業と近い事業だから、成功するわけではない

一方、気づいていても行動に結びつかないパターンでよく見られるのは、事業の衰退による売り上げや利益の落ち込みを、景気循環による一時的な現象と捉え、改善策で乗り切ろうとすることです。大企業ではこのパターンが多いかもしれません。

写真フィルムにおける富士フイルムとコダックのように、衰退した同業種の企業でも、本業転換に成功した企業と失敗した企業があります。その成否を分けるポイントは、「What(何の事業を選ぶか)」と「When(新事業の開始時期)」の2つです。

Whatについては、以前は多角化研究の中で、本業と関連の高い事業が良いとされてきました。しかし、富士フイルムが化粧品・医薬品に進出したように、業種的には離れていても、技術面で関連が高く、かつ差別化された技術であれば、成功の確率は高いと言えます。逆に、本業と近い事業でも、必ずしも成功するとは言えません。例えばエーザイは、1996年に高付加価値ジェネリック会社を設立しましたが、2018年にジェネリック専業の日医工に売却しています。新薬とジェネリックでは、マネジメントの重点の置き方が違っていたと考えられます。

本業と評価尺度や時間感覚が違う事業も、失敗の確率が高まります。かつて鉄鋼会社の多くが半導体に手を出して失敗したのは、鉄鋼の「トン」に対して半導体は「グラム」と、評価尺度があまりにも違ったところに原因がありました。また、電力会社の多くが通信事業に進出しました。電線というインフラを持ち、通信との親和性は高いと思われましたが、その多くが失敗に終わりました。投資判断における時間感覚の違い(電力と比べ通信はより迅速な判断が求められる)が原因の1つと考えられます。このように、「近そうで遠いもの」にこそ、注意が必要です。

■「必要がないとき」がベストタイミング

Whatよりもさらに重要なのがWhenです。Whenを誤ると、どんなに良いWhatをやっても成果が出ないからです。

本業転換に成功した企業と失敗した企業を比較すると、Whenの見極めで大きな差が見られます。成功した企業は、まだ本業転換を本気で迫られていない時期、つまり転換の必要がないときに、後の本業につながる新事業に取り組み始めています。

なぜ「必要がないとき」に始める必要があるのでしょうか。新事業に取り組むには、①組織の柔軟性(本業の衰退を察知できる「センシング力」と新しいことに「組織を動かす力」)と、②キャッシュフローの潤沢性(財務的な余裕)の2つが重要です。「必要がないとき」というのは、本業がまだ好調なため、この2つともある時期です。本業転換に成功した企業は、そのタイミングで新事業を始めています。

そのタイミングを逃すと、本業が衰退する中、組織の柔軟性もキャッシュフローも低下するため、新事業をやるにしても、すぐに利益を上げられる事業しかできなくなってしまいます。そのような事業は他社も参入しやすいため、すぐにレッドオーシャン化します。自社の独自性が活かせ、他社が追随できないような事業を育てるには、「必要がないとき」に始めるのが一番です。

図は、組織の柔軟性とキャッシュフローの潤沢性を組み合わせ、本業転換のタイミングを示したものです。象限Dは創業間もないスタートアップ企業のように、資金の余裕はないものの、新事業にチャレンジする力は十分保有している状態です。象限Bは、成熟分野の優良大企業のように、十分なキャッシュフローを持つが、長く本業を続けてきたことから、経営層に起業経験のある人はほとんどいなくなり、本業を守ることのほうが得意な状態です。認識の遅れが生じやすくなります。

象限Cは、本業が衰退期に入り、かつ資金も枯渇してきたため、長期や巨額の投資ができない状況です。本業転換のためには、事業売却や会社解体のような大手術しか手がなくなってきます。象限Aは、長期の大型投資にも耐えられ、社内にも起業する力が残っている状態で、本業転換のベストタイミングと言えます。

「必要がないとき」に新事業を手がけて本業転換に成功した企業の1つにリクルートがあります。同社は今でこそウェブ事業が中心ですが、もともとは紙媒体の雑誌がメインでした。ウェブを始めた時期は、まだ雑誌が売れていた時代です。当時社内では、ウェブ事業を行うことは既存事業の利益を奪う「カニバリゼーション(共食い)」だとしきりに言われていましたが、それでもそのタイミングで始めていなければ、今頃はウェブの新興企業に取って代わられていたかもしれません。

M&Aや売却などで事業転換を行う欧米企業と違い、日本企業が本業転換を成功させるためには、新事業を育てるために一定の時間がかかります。本業の成熟を見逃さず、本業が良いときにこそ、本業転換の準備を始めることが何よりも重要です。

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山田 英夫(やまだ・ひでお)
早稲田大学ビジネススクール教授
慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。三菱総合研究所を経て現職。博士(学術:早大)。サントリーHD、ふくおかFG社外監査役。主著に『本業転換』『ビジネス・フレームワークの落とし穴』など。

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(早稲田大学ビジネススクール教授 山田 英夫 構成=増田忠英)

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