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五輪マラソンの札幌開催は「IOC幹部の保身」だ

プレジデントオンライン / 2019年11月8日 9時15分

2020年東京五輪のマラソン、競歩の札幌開催案について4者協議に臨む前に、握手する国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ調整委員長(左)と東京都の小池百合子知事=2019年11月1日、東京都中央区 - 写真=時事通信フォト

■オリンピックの闇が垣間見えた「札幌移転」

へそ曲がりな沙鴎一歩はまだ納得がいかない。それどころか、今回の騒動でオリンピックの闇が垣間見えた気がする。

東京五輪のマラソンと競歩の開催地変更のことである。

IOC(国際オリンピック委員会)が公表した会場の変更は11月1日、IOCと東京都、大会組織委員会、国による4者協議(トップ級会談)で札幌開催が正式に決まった。東京五輪の開幕まで9カ月を切っている。準備を急ぐ必要があるのは当然だが、果たしてうまくいくのだろうか。心配である。

■IOCは「アスリートファーストの健康対策だ」と強調

この連載では10月22日に「前回五輪は10月なのに、なぜ今回は真夏なのか」という見出しで、すでに札幌開催を批判している。

IOCの突然の発表は半月前の10月16日だった。その発表でIOCは「変更の理由はアスリートファーストの健康、猛暑対策にある」と強調していた。翌17日、トーマス・バッハ会長はカタールの首都ドーハで開かれていた五輪関連の会議の席で「札幌に移すことを決めた」と発言をした。「決めた」というこの言葉には唖然(あぜん)とさせられた。

これまでの沙鴎一歩の取材によると、IOCが札幌開催を決めた一番のきっかけは、ドーハの陸上世界選手権(9月27日~10月6日)の女子マラソンに出場した、ベラルーシ(ヨーロッパ東部の共和国)のボルハ・マズロナク選手が、BBC(英国放送協会)の取材に語ったこの言葉だった。

「アスリートに全く敬意を払わない。国際陸上競技連盟の幹部がこのドーハでの開催を決めたのだろうが、彼らの多くはいまごろ、涼しい場所で寝ていると思う」

■選手たちから批判を受ければ、IOCの立場がなくなる

陸上世界選手権の女子マラソンは、初日の27日に行われた。夜中のレースにもかかわらず、気温と湿度が異常に高く、出走68人のうち28人が途中で棄権した。完走率は58.8パーセントと過去最低だった。マズロナク選手は優勝候補の1人だったが、結果は5位だった。

ドーハの陸上世界選手権を視察していたIOCのバッハ会長は、マズロナク選手の「敬意がない」という批判の言葉に強いショックを受け、東京五輪で同様の事態が起きて選手たちから批判を受ければ、今度はIOCの立場がなくなると考えたのだろう。

■「合意なき決定」は“政治家・小池百合子”らしい発言

11月1日午後の4者協議。IOCのジョン・コーツ調整委員長、橋本聖子五輪相、大会組織委員会の森喜朗会長らが出席するなか、小池知事はこう話した。

「現在も東京で実施することがベストだということは、いささかも変わっていない」
「都としては同意できないが、IOCの決定は防げない。あえて申し上げるなら合意なき決定です」

会場変更の権限はIOC側にある。都がIOCと結んだ開催都市契約で、五輪開催の最終的決定権はIOCにあると決められているからだ。札幌への変更は決定事項で、今回の4者協議はその決定を追認する場にすぎなかった。

それにしても「合意なき決定」とは、実に“政治家・小池百合子”らしい発言である。東京でのマラソンと競歩の開催準備を進めてきた東京五輪関係者や、開催を楽しみにしてきた多くの都民らを納得させる言葉だ。小池知事の苦悩が伝わってくる。

■IOC側から譲歩を引き出した小池知事の力量

東京都はIOCとの折衝の結果、「都の追加経費の負担なし」など4項目の条件付きで妥結し、さらには東京五輪後にIOCとともに東京都でマラソン大会を開くということも決まった。

IOCはトップの会長が「決めた」という言葉を、平気で最初から使うような組織だ。そんな権威の塊に対し、「都民は納得しない」と冷静に訴え続け、IOC側から見事に譲歩を引き出した小池知事の政治家としての力量は評価されるべきだろう。

■不仲とされる森氏が「英断だった」と持ち上げる不可解

ただ来夏に都知事選を控える身でもある。ここで都民の信頼を失ってはこれまでの都知事としての努力が水泡に帰す。

知事の任期満了日は来年7月30日。公職選挙法の規定上、自治体の首長選は任期満了より前の30日以内に行うことになっている。都知事選は来年6月30日~7月29日の間に投票を終える必要がある。問題は来年7月24日に開幕する東京オリンピックだ。7月には聖火リレーが都内を回り、世界中から選手が集まる。そこに都知事選をぶつけるべきではないだろう。来年の都知事選はこれまで以上に複雑だ。

4者協議(トップ級会談)では、小池知事と不仲とされる森会長が「都知事も苦しんだと思う。英断だった」と持ち上げた。これは沙鴎一歩の憶測にすぎないが、札幌変更問題では水面下で政治的なかけ引きが行われていた可能性がある。森会長の発言はそれをうかがわせる。

■「7、8月は他の主要競技が薄い」というIOC幹部の発言

ところでIOCのコーツ調整委員長が11月2日に読売新聞インタビュー取材に応じ、3日付の紙面に記事が載っている。その記事でコーツ氏は「オリンピックマネー」の問題についてこう触れていた。

「今はこの期間を変えるより、開催場所を柔軟に選択することで対応したい。7、8月は、他の主要競技が薄く、五輪を世界中の視聴者に届けられる。米NBCなどがこの時期を評価するのはそのためだ。我々にとっては、放送権料とスポンサー料を確保することにつながる。IOCの収入の90%は、各国五輪委や国際競技連盟、五輪組織委員会の補助に拠出されており、それは五輪とスポーツの未来を支える収入源でもあるからだ。ただ気候変動が進む今後の五輪のあり方は、招致から考えなければならない時に来ているとも思う」

これは読売記者の「都知事はIOCが7、8月に限定している五輪開催期間を見直すべきだとも指摘した」との質問に対する答えだが、「7、8月は他の主要競技が薄い」「放送権料とスポンサー料を確保」という部分は、10月22日付の記事で沙鴎一歩が指摘したとおりだ。このあたりがIOCの本音なのだ。

■全国紙の社説すべてが「札幌変更」を肯定していた

開催地の札幌変更が浮上した直後の新聞各紙の社説を読み比べて驚いたことがある。全国紙の社説がすべて事前にすり合わせたかのようにアスリートファーストを理由に、札幌変更を肯定していた。

沙鴎一歩のようにへそを曲げる必要はないが、社説が反骨精神を失っては寂しくなる。新聞各社は東京五輪を金銭的に支えるスポンサーでもある。そのスポンサーとしての主張もほしかった。

札幌変更が浮上した直後の社説の見出しを見ただけでも、そのことはよく分かる。各社説の見出しを並べてみよう。

「マラソン札幌案 選手の健康優先で臨め」(10月18日付朝日社説)
「五輪マラソン札幌に 選手の安全優先すべきだ」(10月18日付毎日社説)
「札幌開催は選手第一で準備を」(10月18日付日経社説)
「五輪マラソン 札幌変更もやむをえまい」(10月18日付産経社説)
「五輪マラソン 選手の健康考えた『札幌開催』」(10月20日付読売社説)

■アスリートファーストはまるで「水戸黄門の印籠」だ

大半の社説が、「選手の健康」「選手の安全」「選手第一」という言葉を前に、IOCの突然の発表を強くは批判しなかった。このアスリートファーストは、まさに“水戸黄門の印籠”である。

突然の開催地変更で一番困ったのは、東京に焦点を合わせてトレーニングを積んできた選手たちや選手らを支える現場だ。それを思うと、妙な話である。

たとえば産経社説(主張)は「やむをえまい」とまで言い切っている。ここでは産経社説らしく、IOCに強く反発してほしかった。

ただ、産経新聞は10月18日付の後、4者協議(トップ級会談)前の30日付と、同協議で札幌に正式決定した11月1日の翌日付の計2回、社説に取り上げており、ここではIOCを批判している。言い方を変えれば、産経社説らしさを取り戻している。

■「現場に混乱を招いておいて、責任は負わないのか」

30日付の見出しは「マラソンの札幌案 IOCも責任の一端負え」で、こう書き出す。

「現場に混乱を招いておいて、責任は負わないのか。東京五輪のマラソン・競歩について、国際オリンピック委員会(IOC)が示した札幌開催案は、課題が次々と指摘されている」

さらに、次のような手厳しい批判を繰り返す。

「費用負担をめぐり、東京都や大会組織委員会などが繰り広げる責任の押し付け合いにもIOCは頬かむりしており、腹立たしさを覚える。決定が遅れれば、迷惑を被るのは選手たちだ。夏の暑さばかりが取り上げられ、東京の印象まで悪くなりかねない」

筆致は興奮気味だ。そこが産経社説らしさともいえる。

■「日本代表選手に、謝罪がないのはおかしい」

11月2日付の産経社説の見出しは「マラソンは札幌 一刻も早く準備にかかれ」となっているが、ここでもIOCを批判している。

「札幌開催で生じる余分な費用について、都は追加負担をしないことになった。当然である。『花形種目』のマラソンは、レースを通じて東京の街の魅力を世界に発信する好機でもあった。それを一方的な発表でほごにしたIOCは、費用負担の面でも相応の責任を負うべきである」

「一方的な発表でほごにしたIOC」「責任を負うべきである」との指摘や主張もうなずける。それだけに「札幌変更」が浮上した直後の時点で、IOCを酷評してほしかった。

「何より、新国立競技場で満場の観衆に迎えられてゴールすることを願う日本代表選手に、謝罪がないのはおかしい」

産経社説はIOCに対し、「日本代表選手に謝罪しろ」と求めているが、それだけでは不十分だ。

IOCは日本選手だけではなく、真夏の東京の街を走るためのトレーニングを重ねてきた世界各国の選手たちと、選手たちを応援しようと世界各国からやって来る観衆に頭を下げるべきだろう。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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