なぜレディー・ガガの曲は耳に残りやすいのか

プレジデントオンライン / 2019年11月15日 15時15分

五線譜には横軸と縦軸によって音楽が記されている。横軸は時間軸に沿って流れていくもの、縦軸はある同一のタイミングで組み合わされて鳴らされる音のセットだ——(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/tonivaver

※本稿は、フランソワ・デュボワ『作曲の科学 美しい音楽を生み出す「理論」と「法則」』(講談社・ブルーバックス)の一部を再編集したものです。

■数学的素養を持つ音楽家は少なくない

音楽は、規則に縛られた特殊な芸術です。

絵画や彫刻などの他の芸術分野に比べ、やたらに制約やルールが多く、その点からも、数学の一種といっていいものです。あるエンジニアの友人から、「数学者は音楽に数学を見出し、音楽家は数学に音楽を見出す」という面白い表現を耳にしたことがありますが、まさにそのとおりでしょう。

実際に、数学的素養をもつ理系人から音楽家になった人は少なくありません。私の先輩世代でいえば、ルーマニア生まれのギリシャ人でフランスで音楽活動をおこなったヤニス・クセナキスや、指揮者としても活躍したピエール・ブレーズら多くの作曲家たちが、建築学や数学を修めています。

■「ハーモニー」を理論的に整理した人物

五線譜における音楽の横軸は、時間軸に沿って流れていくものです。一方、音楽の縦軸は、ある同一時点において、同時に組み合わさって鳴らされる音のセットです。

単一の音では実現できない音の響きを、複数の音の組み合わせで可能にするこの操作こそ、音楽における「かけ算」です。クラシック音楽におけるオーソドックスな「かけ算」には2種類あります。「対位法」と「和声法」です。時代的には「対位法」が先に登場したのですが、みなさんにより馴染(なじ)みが深いと思われる「和声法」から話を始めることにしましょう。

和声法の「和声」とは、異なる音を同時に複数、発音することを指しています。より広義には、和音をはじめとするさまざまなルールや、前後の音とのつながり方などを学ぶ学問の総称を意味することもあります。

どの音どうしを組み合わせるときれいに響き、どうすると耳障りに響くのか——。それを理論的に整理したのが、「和音の父」とよばれるジャン=フィリップ・ラモーでした。ラモーは、バッハと同時代を生きた大作曲家にして音楽理論家で、当時、さまざまなかたちで点在していた音楽理論をまとめ上げることで、和声学の基礎を築きました。

そして、彼が1722年に刊行した『和声論』が、現代に通じる和声学と和音の基礎を確立したものとして評価されています。この『和声論』が出版されるや、早速、実践に移して作曲したのが、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』です。

■時代とともに変わる和音の「美醜」感覚

「不協和音」という言葉は、音楽に縁のない人でもよくご存じでしょう。調和を乱す行いや発言を指して、一般的にもよく使う表現です。音楽では一般に、複数の音が同時に鳴らされた際に、各音のあいだの音程が耳障りに響く関係にある和音をいいます。反対に、美しく響くのが「協和音」です。

美の基準に絶対的なものなどありそうにないのに、和音についてはなぜ、美しい/醜いと呼び分けるのか。ちょっとふしぎな感じがしませんか?

じつは、その違いは単に音楽の種類や弾き方、前後の音の連なり、楽器構成や文化的な背景から生じるものなのです。たとえば、同じ協和音でも騒々しく弾けば耳障りに響きますし、不協和音をやさしく弾けば心地よい音色になりえます。

なかでも、和音の美醜に関しては、時代性の問題が大きいとされています。私が高校生だったころに和声学を教えてくれたティル先生によれば、いまでは当たり前の「トライトーン」(三全音。隣りあう4つの音どうしの開きが3つとも全音になる音程。後出する増4度=減5度の開きの響き)の和音が、中世では「悪魔の音」とされていました。

教会から演奏することを固く禁じられ、この和音を書いた者は火あぶりにされていたというのですから驚きです。この話を聞いたときの衝撃は、今でも鮮明に覚えています。このエピソードからもわかるように、旋律の美の基準は、決して一つではないのです。

また、不協和音を駆使することで、独特のかっこよさやミステリアスさを創り出すことに成功している音楽家もいます。その代表格が、ジャズピアノの巨匠、セロニアス・モンクです。彼の曲には、典型的な不協和音である「ド・ファ#・ラ♭・レ♭」などが登場します。

旋律に対する美醜の意識がさまざまに異なることは、世界各国の民族音楽を聴き比べると、さらに一目(一耳?)瞭然ですね。アフリカ、インド、タイ、インドネシア、日本、沖縄、アラブ諸国、世界各地のどの和音にも独特の存在感があり、それぞれの美しさを発揮しています。

■クラシック音楽の中で進んだ和音の探求

みなさんは、いわゆるクラシック音楽が、いつごろ作られた楽曲を指すかご存じですか?

じつは、その範囲は意外に狭く、18世紀半ばにバッハの『平均律クラヴィーア曲集』が完成してから20世紀初頭までの、わずか150年ほどの比較的短い期間に、しかも西洋社会で作られた曲たちに限って、こんにちの私たちは「クラシック音楽」と総称しているのです。音楽の長い歴史と多様性から考えれば、クラシック音楽がごく限られた範囲にすぎないことがわかります。

写真=iStock.com/zTONY
楽器の進化に合わせ、作曲家たちが腕を競うように新曲を書くようになった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/zTONY

クラシック音楽時代の特徴として、ラモーによる和声学の確立に代表されるように、音楽理論が飛躍的に整理されると同時に、楽器自体が目覚ましい進化をとげたことが挙げられます。楽器が進化するということは、すなわち音が安定し、音域が広がり、演奏技術が豊かになる、といったことを促します。

また、楽器が進化するにつれて、合奏用としてオーケストラに迎え入れられるようにもなります。当初は室内楽の編成のように小規模な、あるいは少数の楽器による合奏だったのが、楽器の数が増えることで、オーケストラを構成する人数が増加していきます。

その大所帯に演奏してもらおうと、こんどは作曲家たちが腕を競うように次々と新しい交響曲を発表していきます。さらには、当時の、腕に覚えのある演奏家たちが自身の技術を際立たせるために、あえてテクニックをひけらかすかのような難解な曲を書いていくようになったのです。ピアノでいえばショパンやリスト、バイオリンならパガニーニなどが、その代表格でしょう。

■和音の常識を壊したくなった音楽家たち

さてこの時代、新しい和声学や新しい楽器のために、多くの作曲家たちが無数の曲を書いていきますが、やがて時の経過とともにパターンが定着してくると、慣れ親しみすぎた和声法と和音を使うことに徐々に辟易(へきえき)するようになっていきます。

そのような雰囲気のなかで19世紀には、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』や、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」などに代表されるように、「不協和音をわざと入れてやれ!」とばかりに和声学を無視した曲構成が展開しはじめます。

さらに、20世紀に登場したストラヴィンスキーの『春の祭典』やバルトークの「弦楽四重奏曲第4番」など、和声学を崩壊させた曲作りが世の中に発表されていき、いわゆる現代音楽の時代の幕開けとなるのです。

特にドビュッシーは、「ジャズの父」とよばれるほどに、音楽に新たな和声の切り口を提案しました。そして、そのドビュッシーの影響を強く受けたモダンジャズを代表するピアニスト、ビル・エヴァンスが「和音の転回」という手法を駆使しはじめたことで、モダンジャズはいよいよ盛んになっていくのです。

ジャズの世界で不協和音が積極的に使われるようになる前夜、じつはクラシックの作曲家たちによる革新が先行しておこなわれていたという事実には興味深いものがあります。

■ポップスやロックが引き継ぐ音楽的系譜

それでは、21世紀の現在、私たちが日々、耳にしているポップスやロックミュージックは、いったいどんな理論に基づいて作曲されているのでしょうか?

意外に思われるかもしれませんが、かつてクラシックの巨匠たちが「もう飽きた!」と一蹴した、あのラモーによって18世紀に確立された和声学に基づいているのです。つまり、オーソドックスなクラシック音楽の基準によって指定された協和音の感覚(旋律への美醜の意識)に基づいて、現代の曲作りがおこなわれているわけです。

一周回って元通りのような、ちょっとふしぎな現象が、なぜ生じているのでしょうか?

じつは、文化的な背景がきちんとあります。18世紀に確立された和声学は、当時のクラシック音楽のみならず、さまざまな民族音楽にも影響を与えました。やがて、ヨーロッパ各地の伝統民族音楽——ケルト音楽からブルターニュ音楽、ブルガリアン・ヴォイスとよばれる女声合唱からイタリアのカンツォーネまで——が、和声学の影響を受けて変化していきました。その過程では、個々の伝統民族音楽において使用されていた民族楽器が、18世紀以降に誕生した新しい楽器に置き換えられていく、ということも起こりました。

現代のロックミュージックやポップスは、良くも悪くも和声学の影響を多大に受けた伝統音楽から派生した枝葉の先に位置づけられます。したがって、あたかも連綿と続く遺伝子のように、18世紀の和声学の影響を深く受け継いでいるのも、ある意味で自然な流れといえるのです。

■和声学の伝統に沿うから「耳に残る」

大きな歴史の流れがわかった後でも、もう一つ疑問が残りますね。和声学の伝統が、ポップスやロックミュージックのなかで今なお生き残っているのはどうしてなのか? その理由には、音楽につきものの、ある特徴が関係しています。

フランソワ・デュボワ『作曲の科学 美しい音楽を生み出す「理論」と「法則」』(講談社・ブルーバックス)

それは、耳に残りやすい構成をしているから、なのです。あるいは、歌いやすいから、覚えやすいから、踊りやすいから、と言い換えてもかまいません。

これは、音楽のとても重要な側面であり、たとえ専門的な勉強をしていなくても、特別の素養がなくても、耳でコピーしてリズムやメロディ、歌詞を再現できる、覚えられるというのは、絵画や彫刻などの一定の訓練が必要な他の芸術とは大きく異なる特徴です。

ロックに関しては一概に歌いやすいとはいいにくい楽曲もありますが、大衆向けのポップスでは、その傾向がより顕著に出ています。かつてレディー・ガガがインタビューに応えて、「いい曲というのは、踊りやすくて、覚えやすいものを指すと考えているわ」と明言していました。音楽の特徴を的確にとらえた、ポップスの女王ならではの言葉だと思います。

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フランソワ・デュボワ 作曲家、マリンバソリスト、作家、インスティテュート・ディレクター
1962年、フランス生まれ。94年にレジオン・ヴィオレット金章音楽部門を史上最年少で受章するなど、世界的なマリンバソリスト、作曲家として活躍中。楽器史上初の完全教本『4本マレットのマリンバ』(全3巻/IMD出版)を刊行するなど、卓越した表現力で、作曲、執筆などを通じてマリンバソリストの地位を向上することに大きく貢献。慶應義塾大学で作曲法を指導しはじめたことをきっかけに在日21年目。

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(作曲家、マリンバソリスト、作家、インスティテュート・ディレクター フランソワ・デュボワ)

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