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日本の高齢者は20年前より10歳は若返っている

プレジデントオンライン / 2019年11月16日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JohnnyGreig

いまのお年寄りは、かつてのお年寄りより元気ではないだろうか。統計データ分析家の本川裕氏は「スポーツ庁や厚労省のデータを分析すると、現在の75歳は20年前の65歳と同じレベルの体力がある。また物忘れの自覚症状を訴える人も激減している。全体として日本の高齢者は若返っている」という——。

■昔と今の高齢者の体力知力はどう変化したのか?

日本では、世界のどの国も経験したことのないような高齢化社会を迎え、経済を支える労働力の不足に対しては、これまでを大きく上回る女性・高齢者の社会進出に大きな期待がかけられている。

女性の社会進出をめぐっては、家事の夫婦分担の見直しや保育所の整備などが課題として大きく取り上げられているが、高齢者の社会進出にとってキーとなるのは高齢者の健康度である。そもそも体力が充実してなければ、各分野でこれまで以上の活躍を高齢者に期待することは無理だからだ。

高齢者はますます元気になっている。あるいは若返っているとも言われる。これは本当だろうか。

今回は、高齢者の体力や健康度はどの程度向上しているのかを統計データで検証してみることにする。最初にスポーツ庁によって全国で実施されている体力テストの結果を紹介し、次に、厚生労働省の健康調査の結果から、高齢者のからだの不調の様子をうかがうことにする。そして、最後に、高齢者間で元気な層と不元気な層とに両極化していないかも確認してみよう。

■この20年間に高齢男性は5歳以上、高齢女性は10歳若返った

スポーツ庁(設置以前は本局の文部科学省)では、生徒・学生や65歳未満の成年層に加えて、65歳以上の高齢者層を対象に体力・運動能力を47都道府県で毎年継続的に調査している。ここでは、測定方法が変更されて新体力テストがはじまった1998年度から20年間の時系列変化をテストの合計点で追ったグラフを掲げた(図表1参照)。

65歳以上の高齢者対象のテストの内容は、握力、上体起こしなど6項目である。各項目の得点基準は各年齢で同じだが、男女では異なるので同じ年齢層であっても男女の体力を合計点で比較することはできない。しかし、それぞれの時系列比較は有効であるし、年齢間の比較も可能である。

5歳刻みの年齢層を比較すると、当然ながら、歳を重ねるごとに体力が落ちていく。しかし、時系列的には、男女ともに各年齢層で体力向上が目覚ましい点が目立っている。高齢者の体力や運動能力は明らかに向上しているのである。

高齢者の体力向上

図表から、1998年の「65~69歳」の点数(青線)が、20年後の2018年のどの年齢層の点数と同程度かを調べてみると(矢印のついた点線で表示)、男性の場合は、「70~74歳」と「75~79歳」の中間程度、女性の場合はほぼ「75~79歳」と同じ水準となっていることがわかる。「70~74歳」の点数についてもほぼ同様の傾向にある。

つまり、この20年間に、高齢男性は5歳以上、高齢女性は10歳程度、体力的に若返ったと見なすことができる。

■何歳ぐらいになると加齢による心身の衰えが目立ってくるのか

何歳ぐらいになると加齢による心身の衰えが目立ってくるのだろうか。この点がはっきりわかる統計データを次に見てみよう。

厚生労働省が行っている国民生活基礎調査は、毎年の簡易調査の他に3年ごとに大規模調査が行われ、この際には毎年の世帯票、所得票に加えて健康票、介護票による調査が実施されている。

健康票では、体の具合の悪いところ(自覚症状)があればどんなところかを聞いており、大規模調査だけに、それぞれの症状について、男女年齢別に細かく集計されている。

年齢別の有訴率の変化

調査票の選択肢には、「熱がある」「眠れない」「肩こり」をはじめ42の症状が掲げられているが、齢を重ねると多くなると考えられる「腰痛」「目のかすみ」「もの忘れする」「耳がきこえない」について、「ここ数日それらの症状に悩んでいる」と回答した者(有訴者と呼ぶ)の割合を年齢別に図表2にあらわした。グラフには最新の2016年データを実線で示し、約10年前の2007年データを点線で示して対比させた。

いずれの症状の有訴者も加齢に伴って増えてくる点では共通であるが、「腰痛」と「目のかすみ」は比較的若い年齢からも増えてくるのに対して、「もの忘れする」と「耳がきこえない」は特に65歳以上になって急増する老人特有の症状であることがわかる。

「腰痛」は40歳代後半になると1割以上の人が悩むようになる国民病ともいうべきものである。進化論的には、人類は、脳の発達にむすびついた「二足歩行」と引き換えに、「腰痛」「内臓下垂」「難産」という三重苦を負ったといわれるが、確かにそうだろうと思わせるデータである。

「腰痛」と「目のかすみ」は老人特有ではないが、それでも60歳代から加齢に伴う上昇カーブの傾斜がきつくなることが図表から見て取れることから老人病的な側面もかなりあることが理解される。

■高齢者の定義を65歳以上から70~75歳以上に変更したほうがよい?

次に、同じ図表2で、こうした症状の年齢別有訴率の時系列変化に着目してみよう。

2年次(2007年と2016年)を比較すると、いずれの症状についても高年齢シフトが認められる。すなわち、有訴率が高まる年齢が大きく右方向にシフトし、老人特有の症状に悩まされる年齢が高くなってきている。言い換えれば高齢者は若返っているといえる。

高齢者の定義を65歳以上から70歳以上や75歳以上に変更したほうがよいのではないかという議論の際に、よく歩行速度が高齢者になっても以前のように落ちないという調査結果が引用されることが多いが、年齢別の有訴率の変化でも同じことが言えるのである。

図表に示したデータから2007年の65~69歳の有訴率が9年後の2016年の何歳年上に匹敵するかで若返りの年齢を試算してみると、以下のように「腰痛」は2.0歳の若返りとあまり変化がないが、目のかすみでは7.9歳も若返っている。

次に、若返りを示すこうした高齢者の有訴率の改善が、最近だけの現象なのか。それとも長く継続している現象なのかを把握するため、65~74歳の有訴率の動きを、データが得られる1998年から調査時点ごとに指数で追ったグラフを掲げた(図表3参照)。

高齢者の有訴率の長期推移(指数)
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■「もの忘れ」を訴える65~74歳が2007年以降に急減

これを見ると「もの忘れする」は1998年から2007年までほぼ横ばいだったが、それ以降、急速に、かつ大幅に有訴率を低下させてきているのに対して、その他の3つの症状(「腰痛」「耳がきこえにくい」「目のかすみ」)については、ほぼ、1998年以降、一貫してだんだんと有訴率が低下してきていることがわかる。ただし、「腰痛」は「耳がきこえにくい」や「目のかすみ」と比べて有訴率の低下幅が小さい点が目立っている。

ここからは憶測になるが、「もの忘れする」は、認知症につながることが懸念される症状なので、近年、だんだんと認知症予防の意識が強まるのに伴って急速に改善してきているのではなかろうか“dementia”に対応する言葉としてそれまで「痴呆」と呼ばれていた症状が厚生労働省によって「認知症」という用語に名称変更されたのは2004年であった。

あるいは高齢就業が増加している影響という見方もできる。何らかのかたちで64歳までの雇用を企業に義務づける改正高年齢者雇用安定法が施行された2006年を境に、60歳代後半までの高齢層の労働力率はそれまでの低下傾向から上昇傾向に転じた。高齢者は「もの忘れ」などしていられない状況になったのかもしれない。

■現在の75歳は20年前の65歳と同等である

これに対して、「腰痛」は、人類固有の弱点なので高齢者の若返りだけでは改善するのが難しく、改善幅も小さいのではなかろうか。

実は「腰痛」の有訴率は若い年齢でも改善傾向にある。これは産業や職業の構造変化の中で、立ち仕事が減り、座り仕事が増えているためと思われる(デスクワークは腰に良くないと考えられているが、立ち仕事よりはましなのである)。高齢者の改善も若返りというよりそうした仕事環境の変化に伴うものである可能性がある。

そう考えると、「耳がきこえにくい」や「目のかすみ」の動きこそが、ほぼ高齢者の若返りをあらわしていると理解できよう。

上で見たスポーツ庁の体力テストにおける若返り年齢と有訴率から見た若返り年齢の試算を考え合わせると、高齢者の若返りは、10年で5歳前後、若返るテンポでこの20年ぐらいは継続しているといえる。すなわち体の具合からいうと、おおまかに、この20年で高齢者は10歳ほど若返っており、現在の75歳は20年前の65歳と同等であると見なすことができよう。

■高齢者間の体力格差は広がっているか?

このように、体力・運動能力から見ても、また体の不調を示す有訴率から見ても、高齢者全体の若返り現象は疑いのないところである。

ただし問題なのは、体力が平均的に向上しているとしても、元気な高齢者と不元気な高齢者とに両極化していないかどうかである。高齢者が平均的に元気になっているからといって、国民全体を対象に退職年齢を強制的に遅くしたり、年金の受給年齢を一律的に遅らせたりしたとするなら、不元気な高齢者にとってはたまったものではないからである。

幸いにスポーツ庁は、高齢者の体力テストの結果について、ばらつきのデータを公表しているので、これを検証してみよう(図表4参照)。

■以前は元気な高齢者と不元気な高齢者が分かれていたが

高齢者の体力・運動能力格差は縮小傾向

まず、合計点数のもっとも高いA区分からもっとも低いE区分に分けた総合評価別の人数構成比を見てみよう。2003年から15年後の2018年への変化を見るとおおむね全体的に向上しており、高い区分と低い区分が両極化しているようには見えない。

次に、ばらつきを1つの指標であらわす時に使われる変動係数の毎年の推移を各5歳別の年齢層で追ってみよう。

変動係数の水準そのものは、60代後半より70代前半、70代前半より70代後半のほうが大きくなっていることがわかる。これは、高齢者になればなるほど元気な高齢者と不元気な高齢者とが分かれてくることを示している。

ところが、男女・年齢別の時系列変化(2003年→2018年)を見ると、いずれの層においても、傾向的に変動係数が低下し、ばらつきが小さくなってきていることが明らかである。すなわち、高齢者間の健康格差は縮小に向かっているのである。それとともに、加齢に伴う健康格差拡大自体も遅くなっているといえる。

■高齢者間の体力のばらつきは小さくなっている

このように、少なくとも体力テストに参加できるような高齢者層については、相互に格差は広がっていない。むしろ、加齢に伴って大きくなりがちな高齢者間の体力のばらつきは小さくなっており、全体として高齢者が若返っていることを証明している。

老老格差が拡大している中で高齢者の頑張りに期待するとそれだけ弱者の高齢者の負担が増してしまうので、格差やばらつきの認識は重要である。高齢者間の格差が拡大していないとすれば、一般論として、元気な高齢者がそれぞれの分野で活躍する機会が増え、日本経済復活の切り札となることも期待できそうである。

■要介護高齢者の割合も減ってくる可能性がある

問題は、体力テストに参加できないぐらい健康に難がある高齢者、すなわち要介護の高齢者がどれだけ減ってくるかである。

厚生労働省の調査結果(図表2、3)から見たように体の不具合を抱える高齢者は減少しているのであるから、要介護高齢者の割合も減ってくる可能性はある。この点も含めて、全体として高齢者が若返ってくれば、これまで15~64歳と定義されてきた生産年齢人口の年齢の上限が例えば69歳にまで引き上げられ、こうして生まれる能動的な人的資本の拡大によって経済が活性化してくる余地は大きく広がるであろう。

もちろん、そうなれば一生のうちで働き続ける期間も長くなるのであるから、単に労苦の人生を長引かせることになってしまわないようにするために、若い頃から年寄るまでの生涯を通じて、その都度、今よりも、仕事ばかりでなく、勉強したり、遊んだりする時間を頻繁に織り交ぜながら、有意義な一生を送れるようなライフプランに変更していく必要がある。

元気な高齢者による経済活性化はひとびとの生き方を根本的に見直す前向きな取り組みとセットでなければならないのである。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)

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