ガストの「1人席」はなぜ最高に仕事が捗るのか
プレジデントオンライン / 2019年11月18日 9時15分
■日本屈指のヘビーユーザーとして、ガストにモノ申す
すかいらーくグループが運営するガストでは、東京都や神奈川県を中心にいくつかの店舗で「1人用ボックス席」を設置している。席数の多い順に、ガスト赤坂見附店で17席、ガスト新橋店で12席、ガスト亀有駅北口店で9席となっている(すかいらーくグループホームページより、2019年5月23日時点)。
筆者自身、ワークスペースとして、カフェやコワーキングスペースを利用することもあるが、最近ではガストの1人用ボックス席を利用することが増えている。もっといえば、日本屈指のヘビーユーザーではないかと自負している。「全席に電源がある」「個室で作業に集中できる」「充実したドリンクバーが飲み放題である」と三拍子そろっており、とにかく環境が抜群なのだ。
ちなみに、ガストは2人席の場合でも、2席のうちの1席がカバン置きとして利用されており、実質的に1人席となっていることも多く見受けられる。また2人席が2人で利用されている場合でも、ビジネスパーソンによる軽めの打ち合わせなどが行われていることも多い。
都心の店舗に限っていえば、ガストをはじめとするファミレスの多くは、ファミリー向けに「レストラン機能」を提供しているのではなく、むしろ、ビジネスパーソン向けに「コワーキングスペース機能」を本格的に提供しはじめているのではないかとすら思えてくる。
■顧客ニーズに迅速に対応。すかいらーくのマーケティング戦略
すかいらーくグループとしても、1人席の拡大については、マーケティング上の重要な施策の一つとして位置づけている。実際、2019年第二四半期の決算説明資料において、「売上増の取り組み」の中で、「顧客のニーズに迅速に対応」という項目が新たに加わっている。さらに細分化された項目として、「ガストの1人用ボックス席増加」「全店Wi-Fi整備・コンセント」が明記されている。
1人用ボックス席を導入した理由として、すかいらーくグループの広報は「食事だけでなく、スマホを見るなど自分の時間を過ごしたり、仕事をされたりする方の来店が増えているため」と述べており、今後1人用ボックス席の席数の拡大についても必要に応じて検討していくという。
■気付くと何度も訪れてしまう店づくり
ガスト以外でも、近年の外食産業においては、いわゆる「おひとり様」需要の取り込みを図るべく、1人用ボックス席を設置するケースが目立ってきている。
たとえば、コンビニ大手のファミリーマートでは一部の店舗において、イートインコーナー「ファミマLounge」を設置したうえで、個室ブース席を提供している。もちろん筆者も利用したことがある。とくに虎ノ門ヒルズ店内の個室ブース席を利用した際は、ガストの1人用ボックス席にはおよばないが、作業環境として申し分ないという印象を受けた。
また、本拠地を福岡市に置くラーメンチェーン「一蘭」では、かねて完全個室システムを採用している。店内の光景はまるで「自習室」。席と席の間は壁で仕切られており、女性1人客でも来店しやすい設計となっている。筆者も一蘭には頻繁に訪れる。店員さんと顔を合わせることがないため、なんだか気楽だからだ。ラーメンを食べることに集中できる最高の環境だといえよう。
さらに、「焼肉のファストフード店」をコンセプトとして誕生した「焼肉ライク」では、1人1台の無煙ロースターで「1人焼肉」を楽しむことができる。「1人焼肉が楽しめる店」というコンセプトを明確に打ち出していることもあり、1人でも躊躇(ちゅうちょ)なく入店できるため、気がつくと筆者も月に何度か訪れてしまう。また、注文に利用するタッチパネルのUI/UX設計がすばらしく、かなりスムーズにオーダーを行うことができる点もポイントといえる。
■中国火鍋チェーンの座席に“クマのぬいぐるみ”が続出したワケ
「ソロ活」などの言葉も登場してきているように、国内においておひとり様向けマーケットは確実に拡大傾向にある。国外に目を向ければ、中国においては、若い消費者は、食事や旅行、映画鑑賞などを「一人で謳歌する」生活を楽しみはじめているという調査結果も存在する(出所:2018生活消费趋势报告)。
実際、中国の大手火鍋チェーン「ハイディーラオ(海底撈)」では、1人で来店した客に寂しさを感じさせないように、大きなクマのぬいぐるみを目の前の空席に座らせるサービスを提供しており、一時SNS上でも話題となった。
「家族や友人と一緒に食事する」ことがあたりまえとされてきた中国において、1人で火鍋を食べることはこれまでの常識からいえばありえないことだろう。しかし、上記の調査結果が示すように、中国においても若年層を中心にライフスタイルが多様化し、1人で外食するようなトレンドも生まれつつある状況だ。
■侮れない「1人客」の消費ポテンシャル
加えて注目すべきは、上記のようなおひとり様を対象としたマーケティング施策の強化により、各店舗の売上高が大幅に増加する可能性があることだ。
たとえば、ガストでは、1人用ボックス席の導入によって、従来のメインターゲットである家族連れに加え、ビジネスパーソンや学生などの層を取り込むことに成功しつつある。すかいらーくグループの広報によれば、ビジネスパーソンが来店者の多くの割合を占めるガスト新橋店においては、ランチと夕食の間の時間において、売り上げが2割以上も増加したという。釈迦に説法かもしれないが、売り上げの伸び悩みに直面する飲食店経営者は「1人客」を「狙い撃ち」にすることで、不況を打破するための一手が得られるかもしれない。
■UXファーストにビジネスチャンス
また、独身生活研究の第一人者として、テレビ・新聞・雑誌をはじめとする国内外のメディアで活躍中の荒川和久氏は自著『ソロエコノミーの襲来』の中で、「独身男性が外食に費やす費用は平均3〜4人の1家族分以上である」「全体的に食費をかけない独身女性であっても、外食費だけは1家族分以上を消費している」ことを指摘している。1人客の中で一定の割合を構成する単身世帯の消費ポテンシャルの大きさについても、1人客の取り込みを図る外食産業にとっては、無視できない要素といえるだろう。
自らを「ファミリーレストランを運営する企業」と捉えるのか、「おいしい料理と快適な空間を提供する企業」と捉えるのかによって、経営方針およびそれに伴う施策内容は大きく変わってくる。カラオケボックスがオフィスとして利用され、カーシェアリングが仮眠スペースとして注目される現代。伝統的な外食産業においても、1人席をはじめとした消費者ニーズを捉えた「UXファースト」な事例が生まれつつある兆しを感じた。
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経営コンサルタント
1986年生まれ。幼少期7年間をシンガポールで過ごす。京都大学工学部電気電子工学科を卒業後、新卒で三菱UFJ銀行に入行。4年間の勤務後、PwCコンサルティング、有限責任監査法人トーマツを経て、フリーランスの経営コンサルタントとして独立。約1年間にわたり、大手消費財メーカー向けの新規事業/デジタルマーケティング関連のプロジェクトに参画した後、大手企業のデジタル変革に向けた事業戦略の策定・実行支援に取り組むべく、And Technologiesを創業。執筆協力として、『未来市場 2019-2028』(日経BP社)、『ブロックチェーン・レボリューション』(ダイヤモンド社)などがある。人生100年時代のキャリア形成を考えるメディア「FIND CAREERS」を運営。Twitterアカウントはこちら。
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(経営コンサルタント 勝木 健太)
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