六本木で月イチ開催「大人のクラブ活動」の正体
プレジデントオンライン / 2019年11月22日 15時15分
■自分が知りたいことを知るための場所
現在の麹町アカデミアの会場は、六本木ヒルズ内のカフェ、PARK6だ。学頭の秋山進さんと事務局の山仲喜美子さんの話を聞きに訪れたのは、ちょうど月1回の講座のある日。その夜のテーマは「混迷の世界を透視する技術:防衛省元情報分析官による『武器になる情報分析』体験講座」、講師は上田篤盛氏だ。
準備がはじまり、ざわざわしている会場の様子に「いやあ、今日もすごく楽しみですね」と、嬉(うれ)しそうにそわそわしている秋山さん。運営側の立場の人とは思えない、まるで一参加者のようなその様子には理由がある。麹町アカデミアで開かれる講座のテーマや講師はすべて、秋山さんたちの興味だけで決めている、といって過言ではないのだ。
「徹頭徹尾、自分たちが知りたいことを知るためにだけにやっています」
受講者の興味関心だとか世の中のトレンドなどは一切関係ない。ふと頭に浮かんだ「気になる」ことをより深く知るために、あるいは、全く未知の世界への好奇心のおもむくままに「こういうテーマなら、この人の話を聞いてみたい!」という人を講師として招いている。その道の知られざる専門家もいれば、世の中的にはまったく無名の人もいる。
■気がつけば、ファン2000人超え
運営側のいわば「自己満足」のために開催されている麹町アカデミアではあるが、開始からまる6年が経ったいま、メルマガ購読者は2000人を超えている。
「増やそうと思ったことはないんですけど、勝手に増えていってます」
毎回の参加者は、現在は会場のキャパシティ上、40人前後。はじめた頃は20人程度、その後会場が大きくなって80人くらいになったこともあったが「いまが場所の雰囲気もキャパも最高です。一つの学級みたいな感じで講師の先生もお話ししやすいようです」と事務局の山仲さん。
講義のテーマや講師によって参加者の属性はガラリと変わる。これまでに約180回の開催で、参加のべ人数は5000人を超えた。リピーターも多いが、時によっては半分以上が「初参加」ということもある。
麹町アカデミアに集まる人たちは、どんなところに魅力を感じているのだろうか。
「面白いから。——それに尽きると思います」
すぐに役に立つ、とか、勉強になるということが目的ではなく、ただ「面白い」。真面目な学びというよりは、遊び。学びながら、自由に遊ぶことができる場所になっている。
麹町アカデミアでは「講義中、必死でメモを取ったりカタカタとパソコンに打ち込んだりしている人をあまり見たことがない」と、秋山さん。印象としては、「ポカーンと聞いている感じ」だという。参加者は講師の話を聞きながら、それぞれ全く別のことを考えているのかもしれない。運営者としてそれはどうなのか?
「いや、それがいいんです!」
■「効率」とはまったく別の魅力
「こういうことをすごく学びたい、何かをきっちり習得したいという明確な目的がある場合は、本を読んで勉強した方が効率はいいはずなんです」と、秋山さんは言う。それなのにあえて麹町アカデミアのような「すぐに役立つ」ことを放棄している場に集う人たちは、「やっぱり遊びに来ている、としか言いようがない(笑)」。
秋山さんの言う「遊び」とは、「自由な思考空間の中で、いろいろな思いつきを貯めておくこと」だ。
いますぐなにかを知って満足したいわけではない。それよりも、少し気になっているけどよくわからないことについて、専門家の話を聞いてみる。「なるほど。へえー」と驚いたり、感心したり。それは、すぐに現実の課題に結びついて役立ってくれるものではないが、ひとつの思いつきとして潜在意識の中に漂うことになる。
「自由に漂っていることが大事なんです」
と秋山さん。直接の目的に結びつけない思いつきであるがゆえに、何かの折にそれらがひょいっとつながって、「案外、大きなものに育つ」のだ。
■講義から生まれた本が大ヒット
麹町アカデミアの講座は自分たちのために開いていると堂々と公言しているわけだが、一方で、「講師の方に、ここでの講義を通じて何かを得てもらいたい」と事務局の山仲喜美子さんは語る。
講師として招く人たちは、いわゆるビッグネームではない人が多い。世の中的には全くの無名という場合でも、「この人は面白い!」と思ったら招くことをためらわない。そんな1人が今年の5月に『絵を見る技術』を上梓した美術史研究家の秋田麻早子さんだ。
10年くらい前に秋田さんの美術に関するブログを発見し、その圧倒的な面白さに度肝を抜かれた秋山さんは本人に会いたくて「ネットでナンパ」したそうだ。以来交流を重ね、2015年に麹町アカデミアで「絵を見る技術を学ぼう」というテーマで講座を開催。たちまち人気講座となり、編集者の目に留まり出版に至った。発売以降、毎月重版がかかり、3万部に迫るベストセラーとなっている。
麹町アカデミアの講義から生まれた本はほかにもあります、という山仲さん。冒頭でご紹介した防衛相元分析官の上田篤盛氏の新刊も、麹町アカデミアで上田氏の講演を聴いた編集者が企画したものだ。こうした出会いがうまれやすいのはなぜなのか? その理由を聞くと、山仲さんはこう答えた。
「ここでの講義内容は、完全にオリジナルだからだと思います」
たくさんの講演に引っ張りだこの人気講師は、確かに面白い話はできるかもしれないが往々にしてそのテーマは使いまわしになりがちだ。だが、新たに発見してアプローチした人たちは麹町アカデミアの趣旨を理解して、時間をかけて当日の講演内容を練り上げてくれる。他では絶対に聞けない話が生まれるわけがここにある。
■「盛り上げる」ことが目的ではない
講義当日に向けての準備を講師と二人三脚で行うのは、事務局の山仲さんの仕事だ。ほとんどの場合、三カ月程度の時間をかけて内容を詰めていくという。参加申込者の属性なども、順次、講師に伝える。
「テーマに対してまったく素人なのか、あるいは、専門家が多いのかどうか。当日の顔ぶれは内容を決めていく上で大切な要素になります」
ネット上で参加者の属性をサーチしたり、時には事前アンケートをとったりすることもある。そこまでやるのは、すべて、「講師の先生に安心してお話しいただくため」だ。
講師のストーカー的な人がきてないか、業界の競争相手や知り合いがきてないか、そして参加者のレベルが想定と合っているか、などにも気を配る。講演者が気持ちよく話せる場をつくれば、受講者にも楽しんでもらえるという確信がある。
「盛り上げたいとは思っていないんです」
「すごいなあ」と感動させたいわけでもない。時によっては「あれ、思ってたのと違ったな」と思う参加者もいるかもしれない。それでも、「うちに来る人たちは、どんなときでも何らかの面白さを見つけることができる人たちだと信じています」と秋山さんが言えば、「そんな人ばっかりが集まってくるんです」と山仲さんがつけ加えた。
■月1回クラブ活動のようなもの
毎回の講義をほんとうに楽しみにしていて、講義後の質疑応答では結構な割合でいの一番に手を挙げるという秋山さん。いつも、開催日を誰よりも楽しみにしている。
「僕にとっては、月に1回のクラブ活動のようなものなんです。お酒好きな人が飲みに行くのと同じです。僕は一滴も飲めないんですけど」
クラブ活動なので、ビジネスではない。麹町アカデミアには災害用のサバイバルフーズ(非常食)のメーカーがスポンサーについており、事業として採算をとる必要はない。また、秋山さんもアカデミアの学頭は趣味でやっているようなもので、本業はプリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社の代表だ。主にリスクマネジメントのフィールドで企業のアドバイスをしている。そんな仕事柄、どんなことも興味の対象になるという。
「知りたいことができたらまず本を読む。本だけでは分からないことがあったら、著者に連絡をして会ってみる」
そんな、秋山さんにとってはあたり前の繰り返しの中から、オリジナリティの高い講義内容が、そして数々の名物講師が生まれている。
■おかげさまで「ヅカ男子」になりました
シリーズ化している人気講座のひとつに「中本千晶のタカラヅカ学」がある。開講した当時はほぼ初心者だった秋山さんだがすっかり夢中になり、いまや「ヅカ男子の会」の会長だ。「宝塚歌劇劇団とは?/トップとは?/脚本とは?」などを知るための初級コースから始まったこの講座も、いまや「宝塚の娘役とは?」といったより深いテーマをとりあげる中上級編にまで進んだ。
「宝塚が大好きになって、人生において幸せを感じられるものがひとつ増えました」
事務局の山仲さんも、興味の幅がぐんと広がったという。
「以前は興味がなかったことに、講座で接点を得て以降、親しむようになっています」
能楽師の観世流・武田宗典氏を招いた3回連続の「能~入門講座」の準備の際には人生で初めて舞台観劇を体験した。前述の絵を見る講座などにも感化され、どちらかというとアートには関心が薄かったのが、美術館のめぼしい企画展に足を運ぶようになった。
ふつう事務局というと雑用も多く、責任も重い、大変な仕事である。でも山仲さんはほんとうに楽しいと言う。事前の打ち合わせも楽しいし、終わってからの打ち上げも楽しい。それも「徹頭徹尾、自分たちの楽しみのためにやっている」からだろう。
いまは月1回程度の開催だが、秋山さんは「可能なら毎日でもやりたい」と言う。「徹子の部屋」ならぬ「進の部屋」だ。
森羅万象、あらゆるテーマを取り上げていろんな意見を交わし合いたいという。
「だって、僕が楽しいから!」
▼麹町アカデミアのホームページはこちら
麹町アカデミア学頭
リクルート入社後、事業企画に携わる。独立後、コンサルタントとして、各種業界のトップ企業からベンチャー企業などのCEO補佐、事業構造改革、経営理念の策定などの業務に従事。現在は、リスクマネジメント、BCP、コーチング、人事制度構築などのプロ集団であるプリンシプル・コンサルティング・グループの代表を務める。京都大学卒。
著書に(共著含む)『「一体感」が会社を潰す』『社長!それは「法律」問題です』『職場のやりづらい人を動かす技術』などがある。
山仲 喜美子(やまなか・きみこ)
麹町アカデミア事務局
リクルート入社後、新規事業開発、システム開発、事業統括等に携わる。ブライダル企業に転じて経営企画、商品企画などに従事。現在は麹町アカデミア事務局と並行して屋外広告取引市場JAODAQ運営ベンチャーのジャオダックにてディレクターとして事業全般から総務まで担当。東京大学卒。
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ライター・放送作家
リクルートコスモス(現・コスモスイニシア)、ベンチャー企業の経営者をサポートするコンサルティング会社を経て、現在はビジネス書を中心にライターとして活躍。京都市出身。
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(ライター・放送作家 白鳥 美子)
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