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中国IT大手アリババとテンセントの決定的違い

プレジデントオンライン / 2019年11月28日 11時15分

中国インターネットサービス大手・騰訊(テンセント)の無料通信アプリ「微信(ウィーチャット)」のアイコン(中国) - 写真=Imaginechina/時事通信フォト

ネット業界に衝撃を与えたヤフーとLINEの経営統合。その背景には米国と中国で成長する巨大IT企業への危機感がある。このうち中国側の代表格テンセントの歩みを綴った最新刊『テンセント 知られざる中国デジタル革命トップランナーの全貌』(プレジデント社)を読んだ一橋大学大学院の楠木建教授は、「この本を読むと、テンセントとアリババの企業戦略の違いが鮮明にわかる」という――。

■チャンスは日本のベンチャーの比ではない

この本を読んで私が思い起こしたのは、日本の明治維新期のダイナミズムです。テンセントや、そのライバルであるネット通販最大手のアリババが中国で大きく躍進したのと同じような時期が、かつて日本にもあった。背景には共通点が多いと思うのです。

ある国や地域に一定の条件が整うと、爆発的な高度経済成長が起こります。産業革命期のイギリスや、第一次世界大戦前後のアメリカがまさにそうでした。戦後の日本も該当します。そのあと、「漢江の奇跡」期の韓国、改革開放後の中国と続いて、これから先はミャンマーやベトナム、あるいはインドかもしれません。

高度経済成長が起こる条件は、実はいつまでたってもインフラが備わらない国や地域のほうが多く、これらがまれにそろった場所に爆発的な成長期が順繰りに起こりうるわけです。日本の場合、こうした時期が過去に何度もありました。昭和の戦後復興を経ての高度経済成長期が、われわれの記憶に一番近いところです。

しかし、その前に起こった明治維新は、単なる経済的な成長期ではありませんでした。社会的にも政治的にも歴史的大変革が起こり、企業家、事業家、商人にとって、かつてない大きな機会が開かれたからです。

そのオポチュニティをガッチリつかみ、大きく成長した企業がたくさんありました。岩崎弥太郎や渋沢栄一などの若くて優れた実業家が機会を巧みに捉えて、大きな金融資本をベースに財閥を作ったわけです。

彼らの事業は、現代の日本のベンチャー起業家とはスケールがまるで違います。経営者自身の資質や能力、構想がどうこうという以前に、社会から湧き上がってくるオポチュニティの強度が比較にならなかったためです。

■明治維新期に一代でのし上がっていった実業家

今年9月にホテルオークラ東京が、来年の東京オリンピック・パラリンピックに合わせてリニューアルオープンしました。オークラは戦後の1958年に大倉喜七郎が創業したホテルですが、そのルーツをたどれば、戦前の大倉財閥につながります。

大倉財閥を築いたのは、喜七郎の父・大倉喜八郎です。喜八郎は、鰹節店の丁稚見習いから身を起こし、幕末に鉄砲商を始めました。明治維新の際に官軍御用達の資格を得て、日清・日露戦争で商売を大きくしました。当時の世界は帝国主義で、あちこちで戦争をやっていましたから、武器商人には大きなオポチュニティがあったのです。

武器を扱うがゆえにリスクのとり方も激しかったのですが、喜八郎は、建設、貿易、電気、ガスなどへ事業領域を拡げ、いわゆる15大財閥のひとつに数えられるグループを築き上げました。現代においては岩崎弥太郎や渋沢栄一ほど名前が残っていませんが、明治維新期には、こうやって一代で一気にのし上がった実業家がたくさんいたのです。

■長期的停滞があったほうが成長は大きい

では、一国の経済がダイナミズムをもって高度成長するために最も重要な条件は何でしょうか。実は「その前の時期がパッとしない」ということです。中国は1949年の建国後、政治的、経済的、社会的、そして歴史的な背景から、長期停滞が続いていました。西側に匹敵する経済成長を遂げるのに不向きな政治体制のままだったのです。しかし、それが鄧小平が断行した市場経済の導入によって、停滞が一気に打開されたわけです。

日本の明治維新を振り返っても、その前の幕藩体制が長期的な停滞をもたらしていました。しかし、そのせいで経済的な成長に向けて湧き上がってくるオポチュニティの強度が高かったのです。こうした事情は、現在の中国もよく似ているように思います。

明治維新期の日本では三井や三菱、大倉などの財閥が生まれ、現代の中国ではテンセントやアリババが生まれた。そういう歴史のダイナミズムを、この本から具体的な事例として読み取ることができます。興味深い話がたくさん書いてあるこの本の中で、私自身が最も深く感じたのは、そういうことでした。

三井や三菱、あるいは韓国のヒュンダイやサムスンも同じですが、オポチュニティが一気に生まれると、次から次へと事業機会が開けます。資本を持っている人は、次々に会社を買ったり作ったりします。岩崎弥太郎や渋沢栄一が、毎週のように新しい会社を立ち上げていたのも、当時の日本社会にさまざまなオポチュニティが出てきたからです。

■リアルビジネスへシフトして財閥化するテンセント

同じようなことが、現在のテンセントにも起こっています。中国経済は、成長率こそ鈍化しているにせよ、14億人ものスケールを持つ市場が伸び続けているからです。テンセントの事業の中核は、11億人ものユーザーを抱えるチャットアプリ「ウィーチャット(WeChat 微信)」やオンライン決済の「ウィーチャットペイ(WeChat Pay 微信支付)」、さらにオンラインゲームです。つまり、極めてBtoCの会社です。

このあと、国民一人ひとりの所得が上がり続ける中で、次のオポチュニティにテンセントが資本をどう投下していくかといえば、M&Aでしょう。

細かくフォローしていないのですが、私の印象では、現時点のテンセントはM&Aの対象を、リアルなビジネスを行うBtoCの企業に絞っているように思います。洋服を作ったり自転車を作ったりして大変勢いのある会社が、中国にはたくさんあります。

今はそういった企業を、どんどん買収している状態だと思います。ポートフォリオの中身は違いますが、ライバルのアリババも同じ方向性です。三井グループや三菱グループのように、ますます財閥化、コングロマリット化しています。

■リアルな店舗のデジタル化で成長したアリババ

中国の巨大ITプラットフォーマーといえば、アリババとテンセントが並び称されます。多くの日本人はまだ社名を知っている程度の知識しかないと思いますが、この本を読むと、両社の企業戦略の違いが鮮明にわかります。

呉 暁波『テンセント 知られざる中国デジタル革命トップランナーの全貌』(プレジデント社)

私の感想では、アリババは外交的で派手さを好む会社です。それに対してテンセントは、閉鎖的というか、粛々と事業を進めている印象を受けます。理由は、両社のビジネスの違いにあります。

アリババのビジネスは、eコマースが主軸です。人が物を買う、そのマージンを取る小売業というスタイルは、販売の方法や場所がリアルからデジタルに移っただけで、伝統的なビジネスだといえます。アリババは最近、大きなエリアで実際の小売りを手がけてもいます。

インパクトが大きいのは、アリババのプラットフォームは、中国の都市部よりも地方に多い点です。地方都市や農村に無数にある伝統的なパパママショップが、実際の消費を支えています。

そういう人たちをパートナーとし、一足飛びに近代化されたオペレーションを組めるプラットフォームを、アリババは提供しました。アリババのデポから地方の小売業者へ品物を運び、顧客へ届けるシステムです。要するに、デジタルだけれども根幹的にリアルなオペレーションのある会社なのが、アリババです。

■100%デジタルで成長したテンセント

一方、テンセントの事業は、ピュアにデジタルです。ウィーチャットも情報のプラットフォームだし、祖業がゲームなどのデジタルコンテンツなので、ロジスティクスの制約がありません。したがって、中国のように国土が広くてたくさんの人が住んでいる国でも、一気に広がりやすいのです。

母体になっている事業の違いや、会社のカルチャーの違い。加えて、この本の著者であるビジネス作家の呉暁波氏が特に焦点を当てている創業者の思考様式や行動様式が、企業風土に反映されています。そのコントラストも、多くの人がこの本を読んで面白く感じる部分だと思います。

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楠木 建(くすのき・けん)
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。92年、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』など著書多数。

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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建 構成=石井謙一郎)

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