薬物犯罪者の常套句「一度だけ自分を許そうと」
プレジデントオンライン / 2019年11月26日 9時15分
■裁判傍聴19年の筆者厳選の被告の「迷セリフ」
被告人にとって裁判は人生の大ピンチ。罪を認めるにしても、できれば執行猶予付き判決がほしいし、実刑なら少しでも刑期が短いほうがいい。その気持ちが焦りを生むのか、法廷ではしばしば、被告人(および代理人である弁護人)による無理のありすぎる弁明が繰り広げられる。
残念ながら、筆者はそれが功を奏した場面は遭遇したことがなく、むしろ逆効果しかないようにも思えるが……。なぜいま、あえてそんなことを言う? 法廷の名物ともいえる、迷セリフの数々を紹介しよう。
■【法廷の迷セリフ1】
「彼女を……愛しているからです!」
出会い系サイトで知り合った女子高生(出会った当時は中学生)を恐喝した疑いで逮捕された37歳会社員。相手に彼氏がいるとわかって嫉妬の炎を燃やし、親にばらすと脅した末、金銭を払って肉体関係を持ったものの、相手にされない(自分が彼氏になれない)ことに腹を立て、写真をネットにさらすと脅して逮捕された。
罪を大筋で認めつつ、自分は決してロリコンなどではなく、彼女との真剣な交際を望んでいたと言い訳。少女に謝罪文を書いたと話し、2度と会わないことを誓った。そして、「どうしてそうするのか?」と弁護人に問われ、大声で叫んだ言葉がこれだった。
被告人は笑顔さえ浮かべていたが、裁判長も検察官も、確信したはずだ。「コイツ、ほとぼりが冷めたらまたやるだろうな」
■【法廷の迷セリフ2】
「好奇心…でしょうか。一度だけ自分を許そうと」
酔っぱらいの暴力事件やクスリ関係の事件では、悪いのは自分じゃなくて酒やクスリだと言い張る被告人が現れる。酒乱傾向のある男が酔って暴れて捕まれば、「酔っていて記憶がない」と言い、ケガをさせるつもりはなかったことを強調。セットでもれなく「もう酒はやめます」がついてくる。もちろん根拠はなく「反省している。今度こそやめられると思う」が常套句だ。
クスリについても似たようなものだが、初めて捕まった非常習者には、売人から覚せい剤を買っておきながら、「クスリの一種としか思わず軽い気持ちで手を出した」などと見苦しい言い訳を並べる輩もいる。
「そうだとしても、法に触れることはわかったはずでしょ?」
検察に突っ込まれ、苦し紛れに発したセリフがこれだった。自分を許すってなんだそれ。それが通るなら、銃を買えば「一発だけ自分を許す」、人をだませば「ひとりだけ、自分を許す」になってしまう。だが、このようにとことん自分に甘い被告人は後を絶たないのだ。
■【法廷の迷セリフ3】
「旅館に頼んで山の中で働かせてもらうことになりました。山ならコンビニもありません」
コンビニで年賀はがきを盗んだ常習犯(前科前歴15犯)。職業は旅館の番頭だと述べ、「自分がしたことをどう思うか」と尋ねられれば、すかさず涙をポロリと流す演技派だが、根っからの悪党ではないようで、仕事をしているのだからそこまで金に困ってもいない。
今回も、母親の葬式で集まった香典の返しの品を、親族などに宅配便で送る手配をしたとき、つい手が伸びてしまったらしい。
被告人の考えでは、盗む気はないのに、手癖が悪いため、ついやらかしてしまうのだという。ではどうすればいいのかと尋ねられ、ひねり出したのがこの珍回答だった。そういうことじゃないんだけどなぁ。
■【法廷の迷セリフ4】
「仕事はありますとも。いや耳がね、いい補聴器さえ手に入ればこんなもの、いくらでも稼げるんです。稼いで人生やり直すんです!」
6800円の財布を盗んだオヤジ。仕事先をリストラされ、耳が悪いためにどこも雇ってくれず、犯罪に走ったと動機を語り、「仕事さえありゃこんなことしません」と断言。じゃあ、仕事がなかったらまたやるのか? 検察官の意地悪な質問にもハキハキ答える。
「それは…しません。しちゃイカンですよ。私もいい歳ですから恥ずかしい」
「でも仕事がないんでしょ?」
ここで飛び出したのが上記のセリフだった。すべては耳のせいなのだ。どんな仕事を探すのだろうか。
「人生やり直すには、やっぱり土木ですね!」
明快な主張を聞きながら、オヤジが次に狙うのは補聴器だなと筆者は確信した。
■【法廷の迷セリフ5】
「私の中では、親の金は自分の金という意識があった」
「私の中では~」「自分の中では~」。これらは事件や事故を正当化したいときに使われがち。法律や世の中のルール全般を無視できる魔法の言葉である。ただ、残念ながら説得力は極めて低く、周囲の賛同は得られにくい。
上記は、金の無心を断った母親を監禁し、顔や頭を足蹴にして全治3カ月の重傷を負わせた娘が悪びれる様子もなく発した言葉。高齢の母親を介護していたとか、母親の横暴に長年耐えてきたとか、それらしい事情もなかった。
やくざな男と家を出て気ままに暮らし(親の世話は兄に任せきり)、ときどきやってきては強引に金を奪い取っていく娘に、そんな権利はまったくない。自己中心的な発想しかしない被告人にとって、親の金は自分のもの、自分の金も自分のものだったのだ。暴力をふるったことは悪いと認めたものの、金を奪ったことについては最後まで反省の素振りすらなかった。
■【法廷の迷セリフ6】
「たしかに逆方向に歩きましたが、気持ちとしては届けるつもりでした」
弁明というものは、それが言い訳に聞こえた時点で、聞くものにいい印象を与えなくなる。
追い詰められれば、人は強引な自己弁護をしかねない。そのことはみんなが知っているだけに、疑いの目で見られてしまう。
拙書『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか ビジネスマン裁判傍聴記』でも実例を挙げたが、その中から「いくらなんでも」と法廷をあきれさせた例を紹介しておこう。
被告人は、犯行の一部始終を見ていた警察官に職務質問され捕まったというのに、自転車カゴからバッグを盗んだ容疑を否認。そのときの言い訳がこれだった。これを受け、被告人の代理人として発言せざるを得ない弁護人も謎の弁明を重ねる。
「被告人の行動は怪しいかもしれませんが、大きく迂回しながら交番に向かおうとしていたにすぎず、無罪です」
大きく迂回って……。傍聴席から失笑が漏れたほど不自然な言い訳で、こんな主張が通るはずもなく、あっさり有罪判決が下った。
なんだか締まりのない迷言集になってしまったが、どこかの国の政治の世界では、これらに勝るとも劣らない低レベルの言い訳やごまかしが日夜繰り広げられている。コントみたいなやり取りは、そんな屁理屈を決して許さない裁判長がいる法廷だけにしてほしい。
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ノンフィクション作家
1958(昭和33)年、福岡県生まれ。法政大学卒。フリーターなどを経て、ライターとなる。主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』(小学館)など。最新刊は『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)。公式ブログ「全力でスローボールを投げる」。
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(ノンフィクション作家 北尾 トロ)
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